知盛の何気ない日常いちにち  後日談・5













  「このグシャっとなった車の事なんて、どう説明したらいいんだよ!

   この刑事さんの事も、あの偽パトカーの事も! 頭痛いよ、兄さん!」



  「俺に振るなよ! 俺に!」



  「だって、そもそも兄さんが、あの刑事を店に連れてきたからだろう」



  「そりゃぁ……そうだけど…」



その時、タイヤの音を軋ませて、見慣れた車が駐車場に入ってきた。

鶸萌葱のボディーカラーのシトロエン。

慌てたようにドアが開き、飛び出してきたのは



  「なんだ、もう終わってしまったのか!? 将臣」



  「よ、九郎。遅い遅い」



  「済まん、これでも急いで来たのだが」



  「では、事後処理だけでも任せて頂きましょうか」



と、運転席から降りるなり弁慶は、携帯を取り出した。



  「藤原です。ええ、ご無沙汰いたしております。お忙しいところを申し訳ありませんが、実は…」















  「政子さんが2人って…??? どういうことだい?」



  《い、いや。詳しいことは……。

   『こっちには政子様があと2人いる』と朔殿が、譲から必ず伝えるように言われたそうだから》



  「ふ〜ん、譲がね。それより敦盛、今、由比ヶ浜駅に向かっているから合流しないか?」



  《え? と言うことは、神子は……、神子とは落ち合えたのだろうか?》



  「え? あ、ああ。神子姫様なら今、隣にいるよ。伝えるのが遅れたみたいだね、済まない」



  《ヒノエ……!、きm…》



文句の一つも言おうとしたのだが、電話の向こうの声に敦盛は声を発するのを慌てて止めた。



  「ご、ごめんなさい、心配かけて。それに連絡も遅れて」



  《! み、神子……、い、いや…、心配など

   (ヒノエ、私の機嫌が芳しくないと察して神子に携帯を押しつけたのだな)

   神子が無事ならば、私はそれでいい》



  「ありがとう、敦盛さん」



  《神子。礼など…》



  「でも敦盛さん、本当に怒ってません?」



  《いや、私が神子を怒る筈もない。ヒノエにはちょっと怒っているが》



  「ふふふ、ヒノエ君に伝えておきますね」



  《ああ、怒っていると伝えて欲しい。ところで神子、次に来る電車に乗るのだろうか?》



  「いえ、実は歩いてそちらに向かってるんです」


  《え? 歩行かちとはまた…。神子、何かあったのだろうか?》



  「えへへ、ちょっと事情がありまして…あ! まだ話してるのに」



  「もうすぐ由比ヶ浜の駅に着くからね、詳しい話は会ってから。

   だからお前も、早くホームから出ておいで。じゃ」



  《あ、ヒノ…》



携帯は一方的に切られたが、望美の声も聞くことができて、緊張感から解放された敦盛はホッとする反面、

何故、わざわざ歩いてこちらに向かっているのか

そしてそれ以上に、朔殿からの譲の言付け「政子様があと2人」とはどういう意味なのか

新たな疑問符が頭の中を駆けめぐって、ヒノエへの怒りなど、とうに忘れていた。

いや、元々ヒノエへの怒りなどあったのかどうか。



  「す、すま…すみません。と、通しては、もらえないだろうか?」



敦盛を見つめている多くのギャラリーをかき分けるようにして、改札口へと急ぐのであった。















犯人の1人に現職の刑事がいたこともあって、神奈川県警本部長が直々に陣頭指揮に当たる、

鎌倉署長以下この近辺の警察関係のトップクラスがほとんどやって来た。

そうした『お偉いさん』をガードやらサポートやらをするスタッフや、公安関係まで出動してきたため、

dragon noirの駐車場はごったがえしていた。
しかも、その現場検証の最中にdragon noirのはす向かいにある海岸駐車場に、壊れた車が1台と

拳銃を握ったままの、組関係者と思しき気を失っている男が3人

(当然、知盛がわざとらしく拳銃を握らせたのだが)発見されて、事態は余計に複雑になっていった。

パトカーだけでも20台近くが赤色灯を点灯させて駐車している。

救急車も6回、けたたましいサイレンを響かせて搬送作業を行った。



完全に海岸通りも交通規制となった。



更には、現場検証に立ち会っている被害者と思われるdragon noir関係の人間の中に

テレビで見慣れた、トレードマークの長い髪をなびかせた源九郎の姿まである。

近隣の住人だけでなく、たまたま通りかかった観光客でごった返し

規制線での野次馬整理だけでも、動員された警官達は汗だくであった。



そして、2時間。



やっと野次馬も消え、潰れた車も撤去され

1台、また1台とパトカーも赤色灯を消して、平常の警邏に戻り

dragon noirに静けさが戻り始めていた。



  「さすがに見事な陣頭指揮でした。本部長」



  「世辞などいい。それより、この騒動は無かったことにしろというのかね、藤原君」



  「いやだな本部長。僕が本部長に『しろ』などと偉そうなことを、言うわけがないじゃないですか」



  「だが、しかし…」



  「それに、その方が、良いのではありませんか?」



  「う…、ま、まあ。現職の警官が暴力団と内通していたなど、公になった日には、警察の信用は失墜する」



  「ですから、ね。なにも、事件そのものを無かったことにしろ、なんてお願いしているのではないのです。

   車がぶつかっても割れなかった喫茶店の窓ガラスとか、…」



  「喫茶店ではありません、カフェレストランです。弁慶殿」



  「…、一介の喫茶店のマスターが暴力団員や刑事と格闘して、気絶させたとか、…」



  「あ〜〜、弁…あ、藤原さん。刑事は将臣君が」



  「景時、君まで口を挟まないでくださいね。いいですか」



  「は、は〜〜い♪ コ、珈琲でもいれてくるね〜〜〜、あはは〜〜朔、手伝って〜」



  「え、ええ」



  「ちょっと濃いめでお願いしますね」



  「しかし、……やはり信じられんな」



  「はい?」



  「梶原景時……鎌倉時代の二度駆けの武士と同じ名前とは言えだよ、

   今、珈琲をいれているあの彼が、3人もの相手を叩きのめせるものなのだろうか」



  「逆に彼だったからこそ、相手も油断したのでしょう」



  「…そう、だろうな。うむ、そうとしか考えられんが、それでも…」



  「それに、長谷の方でも逮捕された方が何名かいるのでしょう?」



  「え? そうなのか、署長?」



  「はい。同じ暴力団の構成員です」



  「彼らは、今なら何を聞いても正直に答えてくれると思いますよ」



  「な、なぜ?」



  「いろいろとありましてね、いろいろと…。お聞きになりたいですか?」



  「い、いや、止めておこう。それより、藤原君がああ仰ってるんだ。署長、取り調べを急ぎ給え」



  「は!」



県警本部長の命令で、わさわさと鎌倉警察署長以下、大勢が移動を開始した。



  「それにしてもこの事を、どうマスコミに伝えれば……」



  「本部長、それは僕に任せてはいただけませんか? 伊達に芸能関係で働いてはおりませんので」



  「し、しか……、そうだな…。また、今回も君に借りを作ってしまったな」



  〔今回も?〕



  〔ああ、しっかりと『も』って言ったな〕



  〔いったい、どこをどうすると一介の芸能マネージャーが神奈川県警本部長と知り合えるんだ?〕



  〔さあ…〕



将臣と譲は考え込むのであった。そんな2人の小声に一瞥して、弁慶は話を続ける。



  「借りなどど、嫌だな…。僕は本部長を尊敬して、お役に立ちたいと思っているだけですよ」















銭洗弁天近くの甘味処



  「あ〜〜、満足満足。美味しかったね」



  「ああ、抹茶白玉に抹茶アイスと寒天が抹茶みつと良くあっていた」



  「うむ、美味だった」



  「よかった、先生にも敦盛さんにも気に入ってもらえて」



  「望美、だからってここの宇治白玉クリームあんみつを2つもあっさり完食するとはね」



  「あ〜、お茶が美味しい。あ、すみませ〜ん、田舎しるこ1つ追加で!」



  「おいおい、まだ食う気かい? 凄いな……望美…」



  「どして? 美味しいよ?」














  「あとは、組関係れんちゅうがこの後どう動くか…だな」



  「粗茶ですが」



と朔が、皆に日本茶を振る舞っている。

お茶請けには、いつもの京都直送の豆餅が添えられている。



  「それは、大丈夫だ。もう連中は、この一件には手を出さん」



先程からどこかに電話をしていた、カウンターの老人がいきなり話し始めた。



  「え?」



  「え? あなたは?」



  「あ! あなたは木戸内要蔵!……さん…ですね」



本部長が、急に居心地悪そうな顔をした。

その本部長と老人の顔を交互に見て、将臣は何かを思いだしたように



  「あ、そうか……あんたは、鎌倉の……。ま、本部長が同じ店内に居るってだけでもマズイな」



  「い、いや、そんなことは…」



  「無理すんなよ」



  「お前さんの名は?」



  「え? 俺? 俺は有川将臣」



  「有川 あ、あはは」



  「何だよ、人の名前、聞いておいて。失礼だろ!」



  「き、君!」



本部長が一人で慌てている。



  「いや、失敬。そうか、君が……ああ、どこかで見たことがあると思ったが。

   菫さんの……じゃ、そちらは弟さんの、ゆz」



  「有川譲です」



  「覚えてるかな? 菫さんが元気な頃は、何度かお宅の温室で、土の入れ替えとかを手伝ったもんじゃが」



  「え? あんたがウチの祖母ちゃんの?」


  「ああ、そうじゃよ。もっとも将臣君おにいちゃんが幼稚園に入った頃かな。

   その後、儂もいろいろあって忙しくなったもので、ついつい足が遠のいて。

   ま、ここで遇ったのも、菫さんが引き合わせたのかもしれんからな。

   この儂に、何かあんた達の手助けをしろ、とでも」



  「ば、祖母ちゃん、アカの他人もこき使ってたのか」



  「ところで、どうしてもう暴力団が俺達に手を出さないと言い切ることができるんですか?」



  「それは…ま、餅は餅屋じゃよ」



  「餅は餅屋…ね。ま、いいんじゃねぇか? 

   何たって『鎌倉の御隠居』だの『昭和の妖怪』だのという異名の持ち主だ。

   ま、祖母ちゃんの知りあいだったってのはビックリだけどな」



  「そうですか……。でも、礼は言いませんから」



  「おい! 君! 木戸内…さんのお心遣いを」



  「譲……ハァ…」



  「君、君の弟なんだろう、何とか止めt…」



  「無理無理」



  「どうして。相手は…」



  「相手が誰であろうと、譲君がああいう物言いをした時は」



  「ふ、藤原君、君まで!」



  「そういう事」



  「もう、この店も俺達もヤクザの標的にならなくて済むってことは本当に助かります。

   ですが、考えてみたら知盛に、あ、ウチに居候している奴ですが、あいつに手を出して負けて

   逆恨みして付け狙って、尽く返り討ちにあって、標的を俺達にしたただけじゃないですか」



  「そうなのか?」



  「九郎、静かに」



  「基本的に俺、嫌いなんです、ヤクザとか。だから助かりますが、礼は決して言いません。

   これが当たり前の状況なんですから」



  「フフフ、さすが菫さんのお孫さんだ。まるで菫さんに叱られているようじゃよ。

   菫さんの昔なじみの我が儘だと思って、許してくれないか」



  「…わかりました。それから、お願いが1つあります」



  「何だね?」



  「この店に来るな、とは言いません」



  〔君の弟は何を言い出すんだね!〕



  〔俺に言わずに、直接、譲に言ってくれよ〕



  〔木戸内を怒らせたら……私は知らんぞ!〕



  「ただ、この店に来るときは、いろいろな肩書きは置いてきてくれませんか?」



  「ただの老いぼれで来いと……。ま、そのつもりじゃて」



  「ありがとうございます」



九郎が突然、拍手をして立ち上がる。



  「九郎?」



  「九郎さん?」



  「よかったではないか、譲。『はっぴえんど』というのだろう?」



  「ハッピィエンド…ですか…?」



  「ま、角が立たずに終わったんだから、いいんじゃねぇか?」



  「それにしても……」



弁慶が考え込む。



  「ああ、それにしても、だな」



九郎も腕組みをして考え込む。



同じように、景時も、朔も考え込む。

皆の考えを譲が代弁するように呟く。



  「この騒動の張本人は、何処にいったんだ?」















  「はぁ〜、食べた食べた、満足♪」



  「そりゃそうだろう、神子姫さま。宇治白玉クリームあんみつ2杯に田舎しるこ1杯、

   口直しにってフルーツあんみつ1杯……。お前の胃袋のキャパが知りたいね」



  「いやだなぁ、ヒノエ君。良く言うじゃない? 甘い物は別腹って」



  「言わないから、絶対。全部、甘いし!」



  「お会計です」



  「はいはい。……ってあれ?」



  「ヒノエ? どうかしたのだろうか?」



  「変…だね。数が……」



  「え? どれどれ? 見せて。

   えーっと『宇治白玉クリームあんみつ』が6つ、『田舎しるこ』が3つ、『フルーツあんみつ』が2つ…

   って、みんな1つずつ多いよ!」



  「え? ですが、あちらのお客様が……」



  「あちらの……って?」



  「誰?」



全員が一斉に、テラス席に振り向く。



  「ククク、馳走になったな……別当殿。サンキュ」

















08/11/24 UP

知盛の何気ない日常いちにち 後日談  完