知盛の初月給 3
ガッコーン
自販機からペットボトルが吐き出される。
釣り銭をポケットにねじ込む。
景時の店が定休日だと、特にする事が無くて困る。
相変わらず海岸線をフラフラと歩いている知盛だったが、最近では挨拶をされることが増えた。
「こんちは」
「今日dragon noir、定休日?」
「朔ちゃんによろしく」
「リズ先生、今日いるかな?」
いっこうに他人の顔を覚えない(覚える気がない)知盛にとって、この鎌倉に馴染んできた証であったが
くすぐったいような、鬱陶しいような、妙な気分がして落ち着かないのだった。
ペットボトルのキャップをひねり、冷たい茶を一口飲み干す。
そう言えば
と知盛は思い出す。
そう言えば、正月の夜中にこの辺りで『ぼうそうぞく』とかいうヤンチャなガキ共と遊んだ時
確か、あの時もこうして自販機で何かを買ったはずだが、あの飲み物はどうしたのだったか
歩きながら、あの時を思い出すのだが、自販機で買ったものを取り出したのかも、定かでない。
俺も惚けたものだ
そう思った次の瞬間に、思い直す。
どうでもいいことだ
「……帰って、…寝るか……」
そう思って、鎌倉の駅に向かう。
知盛は最近、江ノ電に乗ることも多い。
江ノ電に乗って、ガタゴト揺られながら見る車窓の風景の変化がおもしろいと感じるのだ。
女子高の裏手を歩き、横須賀線の踏切を渡り、駅に向かおうとしたその時、ふと知盛の足が止まる。
目の前の、道路の向かいのビルの入り口に見知った顔が立っていたのだった。
「ほお……」
その見知った茶色がかった黒髪は、ビルの前のセールワゴンの品をじっと見つめていた。
何度か手にとっては、思い悩んだように頬に手をあてては考え込み、
そしてまた、ワゴンに丁寧にそっと置く。
その度に、対面2車線道路の反対側にいる知盛のところまで聞こえるような溜息をつくのだった。
「ククク、……おもしろい見世物…だ」
道路を隔てた反対側で、自分の店の従業員が姿を隠そうともせず、
仁王立ってペットボトルを飲みながら自分を見物していることに、気づく様子もなく
梶原朔は、今、リネンの特売品と自分の財布の中身を比較検討することに追われていた。
「この『リネン』のハギレが半値。ああ、でも」
かれこれ5分以上は経っていたので、さすがに知盛も飽きてきた。
道路を渡り、からかいの一言でも、と思って近づいたのだったが
「ミシンを買う方が先ね。ここは我慢しなければ」
そう誰に聞いてもらうのでもないのだが、敢然と言い放ち、朔はスタスタと歩き去ってしまった。
「ほうっ……」
1度だけ後ろ姿でも、それと分かる大きな溜息をついて。
声をかける機会を逸してしまった知盛は、朔の歩き去るのを見つめ、
そしてたった今、ワゴンの中の朔が手放した『りねん』とやら言う布を手に取って眺めた。
「……『みしん』?」
再び朔の遠離る後ろ姿を観る。
その真っ直ぐに前を見て、流れるように歩くその後ろ姿に
「梶原の……朔姫が、何をお悩みか……ククク…、おもしろい」
そう言って、手にした『りねん』を掴んで、店の中に入っていった。
10/02/06 UP