知盛の初月給 4
『みしん』とは何か。
それが最近の知盛にとって、最大の関心事であった。
まあ、譲か将臣に聞けば簡単に分かるのだろうが、
「何でお前がミシンなんかに興味を持ったんだ?」
と尋ねられる事は必至で、そうなると説明するのが面倒だった。
と言うより、自分でもミシンが何なのか知ってどうするのか、そこまで深く考えていなかったので、
面倒というよりは、どう答えていいのか自分でも分かりかねるのだった。
そんな或る日、dragon noirの客足が一段落した午後のこと。
景時は何かが足りなくなったとか言って、奥の部屋で業者に発注の電話をしているが、
なかなか商談がまとまらないのか、どうでもいい余談で盛り上がっているのか、なかなか戻ってこない。
知盛は店内の椅子を整頓する、というよりは整頓するべき椅子に座ってぼんやり店内を眺めていると
カウンターで珍しく朔がノートパソコンを持ち出してきて、何やらカタカタやっている。
時折、何かの画面を覗いては
「はぁ……」
と、知盛のところにも聞こえる溜息をついていた。
(ククク、飽きない眺めだ……)
そう思って、しばらく眺めていると
カランコロン
軽く入口のカウベルが鳴って、数人の常連客が入ってきた。
「あ、いらっしゃいませ」
朔は急いで席を立って、厨房に入った。
知盛も慣れた手順で、客の座った窓際のテーブル席に水を運んだ。
「マスターは?」
「奥……」
知盛がそう言うと
「あんた、相変わらず愛想無いね」
そのやり取りをまったく無視して、他の客が
「朔ちゃん、まだランチ大丈夫?」
と尋ねると、厨房から朔が
「ええ、大丈夫ですよ」
と明るく答えた。
(ほお……、「時計」とか言う、壁の……掛け物の短針は……3を過ぎて……いるが……。
もう……『らんち』の刻限は過ぎている……はずだが……な。
ククク……、やれやれ、有川弟ならば……『まったく商売っ気が無さ過ぎる』……とでも……
一言……釘を刺すだろうに……)
「じゃぁ、それ3つね」
「かしこまりました」
知盛がセットのミニサラダを運び終わり、何気なくカウンターのパソコンを見ると、その画面に
『brazher コンピュータミシン RC8000』
の文字と、そのコンピュータミシンらしき絵姿があった。
「ほお……、これが……『みしん』……か」
そう新中納言は理解した。
「宅配便でーす!」
「あ、はい。兄上! 宅急便です」
「はいは〜〜い」
景時が手慣れた様子で印鑑を持って、キッチン側の出入り口に小走りに向かった。
「梶原朔様宛です。あ、ここにお願いします。はい、では。重いので気をつけて下さい」
「御意〜、……お」
宅配業者は重かった段ボール箱を景時に渡して、ホッとしたように軽やかな足取りで立ち去った。
「兄上、何ですの?」
「朔ぅ、これお兄ちゃんにじゃなくて、朔宛てだよ〜。
って、ホント、重! ここに置いておくからね〜〜」
そう言ってキッチンのテーブルに景時は宅急便の包みを置いた。
ちょっとしたビールケース程の大きさ。
「私宛? ……ですか……??」
怪訝な顔で朔が宅配便の宛名を見る。
そこには
お届け先 梶原朔様
ご依頼主 梶原朔様(梵天通販)
品名 手芸用品・brazher RC8000
とあり、朔は頼んだ心当たりもない通販用品が届いたことで、いっそう怪訝な気分が増した。
「どうしましょう、兄上。私、注文した覚えが」
「無いのかい〜? う〜ん、ま、とりあえず代金は支払い済みみたいだから、開けてみたら〜」
「でも……」
「この『brazher RC8000』って??」
「え、そういえば……え! brazher RC8000! ま、まさか……」
慌てて、しかし、それでいて包み紙は丁寧にはがすと、
中からは、朔がこのところ毎日、パソコンの画面で見ては値段を考えて溜息をついていた
一番欲しかったミシンが梱包されていた。
「兄上! ありがとうございます」
「え? え?」
「このような高価なものを…」
「あの〜、朔が喜んでるのは嬉しいし、オレも礼を言われるのも悪い気はしないけどね〜〜。
でも、朔〜〜、残念ながらオレじゃないよ〜」
「え? では誰が……」
「さぁ〜……」
11/02/02 UP
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