御伽話の王子様 〜 敦盛さん お誕生日SS 〜
ヒノエ誕生日SS「御伽話の王子様」の外伝、
本編にて、敦盛が清盛の使用した黒龍の逆鱗による竜巻に入っていってからのお話です。
暴風が激しくなる。
陰の気が狂気を帯びて逆巻いている。
しかし、暴風で耳が聞こえなかろうと、陰の気で目が見えなかろうと、私には分かる。
あそこに逆鱗がある、と。
ただの人では、すぐにも絶命してしまうだろう。
しかし
人に非ざる己が身がこうして役に立つ日が来ようとは、
戒めの鎖と枷がこの竜巻に吹き飛ばされぬ重しとなろうとは、
何が幸いするのか分からぬものなのだな。
嗚呼、神子。
あなたはお分かりになるだろうか。
私は本当に今ほどあなたの八葉であることに、
そしてその八葉で私にしか出来ぬだろう役割を見出した喜びに、
これほどまでにうち震えているのだが。
人ならざる身となって以来、
己の内に秘めた本性の暴走に怯え、自ら死すら選ぶこともかなわず、
人との交わりを断ち、いつの日か誰にも知られず五行に溶けていくことだけを願い、
ただ笛と読経の毎日だった。
生の中の死のような、死の中の生のような、そんな明けぬ無明の夜が
今、ようやく終わろうとしている。
この竜巻の中心にあるであろう黒龍の逆鱗を粉砕し、
そして私も一緒に、五行の流れに還ろう。
一歩進む毎に、暴風は凶器となって私に襲い掛かる。
半歩近付く毎に、陰の空気の重さは倍加して私を押しつぶそうとする。
恐怖、悲哀、憤怒、狂喜………これは……、私に破壊されることを察した黒龍の逆鱗の感情か…。
これが………逆鱗…?
これを……破壊することですべてが…そう、すべてが終わるのだ…な。
重い重い空気をかき分けて、やっとのことで逆鱗に指が触れ、
大地をつまみ上げるが如き重さの逆鱗を、掌に乗せ
すべての力を両の指に注ぎ、逆鱗を握り潰そうとする。
これで…
その刹那
…ヒノエの顔がよぎる
なんで今更……
笑っているのか、泣いているのか、気取っているのか、怒っているのか
……ヒノエは……怒るだろうな
許しを請う事も、もう叶わないが
永久の別れだというのに、私はお前に何も告げなかったのだな、……また…
…………すまない
「…り…、……つもり…」
「? !?」
「敦盛…! ああ、気が付いたようですね、敦盛」
「あ、兄上?」
「おお、大夫殿、気が付かれたのですね」
「え? こ、惟盛殿?」
「何をそのような顔で私を見ていらっしゃるのですか? 何か私の顔についておりますか?」
「い、いえ……、あ、いや…」
「経正、大夫殿が目を醒ましたとのことだが」
「はい、相国様」
「お、叔父上」
「おお、大夫殿。気分はどうかな?
大夫殿も目覚めたことじゃ。では、出発するとしよう」
「さあ、敦盛。行きますよ」
「え? 行く…? 行くとは?」
「茶吉尼天も消滅しましたからね」
「私たちが怨霊でいる必要は無くなったのですよ」
「この身を五行に還しに行くのじゃ」
「魂魄はこの世ならざるところへ」
「うまくすれば内府殿に会えるかもしれぬしの」
「難しいでしょうね。ここまで殺生を重ねた身が、父上のいらっしゃる楽土へ参れるとは…」
「覚悟の上、だったのだがな」
「楽土か地獄か、いずれにしろ怨霊は一緒ぞ」
「ええ、お祖父様」
「敦盛、私は永劫、お前の傍にいますからね」
「そう……ですね、兄上。やっと……、やっと怨霊の苦しみが終わるのですね」
「そうですよ」
敦盛は自らの頬に涙が流れるのが分かった。
「どれほど……夢見たことか……」
経正は敦盛の手を取り、
「さあ、参りますよ」
「はい、兄上」
『………でも私…あの人を助けたいんです』
「?」
『じゃあ、これからは私たちの仲間ですね』
「み、神子……!?」
『まったく困った奴だな、好き嫌いが多すぎるぞ』
「譲?」
『敦盛! お前の覚悟、しかと見せて貰った』
「九郎殿」
『私も鬼と呼ばれた身。八葉は神子の楯であり刀、人か人ならざる身かは問題ではない』
「リズ先生…」
『敦盛君の発作は……。この薬で少しでも苦痛が和らげばいいのですが』
「弁慶殿」
『ハハハ〜、今日は洗濯日和〜〜っと♪ ん〜〜いい感じ〜。敦盛君も一緒にどうだい〜』
「景時殿…」
『OK、お前が言いたくないのなら、オレは何も聞かない、さ』
「将臣殿……」
『ちっきしょう! 最後のおいしいところを持っていかれたよ』
「ヒ、ヒノエ!?」
『しょうがないな、敦盛たっての頼みとあっては、断れないじゃん』
「や、やめてくれないか……」
『可愛いね、敦盛。お前となら浜まで泳ぐことだって悪くないぜ』
「やめて…くれ……心が揺らぐ」
『いいか、俺を信じて飛び込め! いくぞぉ!』
『え!? 京に戻ったって! 敦盛が……何……、そう…なんだ…』
『久しぶりに会ったって言うのに、随分とつれないじゃん』
「やめてくれ……、私は…私は現に居るには、あまりに穢れた存在なのだ!」
『敦盛』
『敦盛殿』
『敦盛君』
『敦盛さん』
『敦盛!!』
(言の葉の呪が、私の決心を溶かしていく…)
「敦盛…」
「……兄上…」
「『一緒に』というのは私の欲なのでしょうね……」
「いえ、そのような……。今すぐそちらに……参…」
「敦盛…」
経正の声が遠くから聞こえる
「兄上、お待ち下さい。これは未練……そう、私の未練なのです」
『オレの誕生日じゃん! 戦も和議にこぎつけたじゃん!
だけど…敦盛が居なくなったら、何の意味も無いっ!』
すぐ傍に居たはずの兄・経正は、いつの間にか、かなり離れたところに立っていた。
「あ、兄上…私は……。
怨霊などという穢れた、摂理に反した存在はあってはならないのです。
浄化を願い……五行に還ることを、無に帰ることを願い……」
敦盛の頬に涙が流れる
「…ですが……、ですが、罪深いとは思いながら、全く逆のことも願ってしまうのです。
仲間と呼んでくれる者達と在りたい……と……」
「怨霊として現にあって、まだ永劫の渇きに自ら苦しもうと言うのですか?」
「惟盛殿」
「罪深いのではありません。単なる未練なのです。
そしてその未練は、あなたと、あなたの『仲間』をも傷付けるのですよ」
「いや、惟盛、敦盛は我らとは往けぬようじゃ」
「叔父上……。
……兄上、お教えください。私は……また、あの時と同じあやまちを犯すわけには…」
『敦盛さん、無事に元に戻って来て』
「敦盛、敦盛はまだ往けないよ」
「は、白龍……!?……な、何故だろうか」
「皆の願いが一つになって、敦盛を呼び戻しているからだよ」
「み…皆とは?」
「みんなだよ。神子も、譲も、朔も、将臣も、九郎も、弁慶も、景時も、リズヴァーンも
それから、知盛に、頼朝、後白河、守覚、源氏の武士達、仁和寺の僧侶達、熊野の烏達、
もちろん、ヒノエも ……そして、私も」
「それは…」
「人の願いは、強いね。
私でさえ、人の生き死にには関われないというのに。
願いが大きなうねりになって、あなたを包みこんでいる」
「しかしっ、私は穢れていて………理からはずれた身なのだ!」
「敦盛、あなたも幸せになっていいはずだよ」
「し…幸せなどと…そのようなことは…」
『敦盛殿、後に残される者の傷みを……』
「…さ、朔殿…」
「 お願い、皆を信じて!」
敦盛は意を決して顔を上げ、兄・経正を見た
「兄上」
「……その顔は、決めたのですね」
「はい」
「お前の、その決意は正しいですよ」
「兄上…」
「共に居たいと願ってくれる方々がいらっしゃる内は」
「やはり浄化てはならぬのじゃろうな」
「お、叔父上!」
「そして、お前が何処にあっても、私はいつも、ここからあなたを見守っていますからね」
「兄上…」
「それでは、またいつかお会いできる時を、楽しみにしていましょう」
「惟盛殿…」
「別れの時、じゃな…。も一度、顔を良く見せてはくれぬか、大夫殿…」
「はい」
「……良い男になったな……」
一瞬にしてミルク色の靄に、辺り一面包まれる。
どちらが上か下なのかも、定かでなくなってしまった。
「息災で」
「叔父上! 惟盛殿! 兄上!!」
「私は」
敦盛の胸に熱い想いが込み上げてくる。
「私は一人などではなかったのだな……。昔も、…そして今も」
その時、辺り一面の靄が光輝き、あまりの眩しさに敦盛が目をきつく瞑っても、光が網膜を突き刺してくる。
その光に敦盛の身体は次第に融けていき
痛いほどの光が消え、次に敦盛が目を開いたのは瓦礫の中だった。
「ここは…」
仁和寺と分かり、立ち上がろうとした瞬間、瓦礫のささくれが腕を刺す。
「痛い!」
痛い……!? 敦盛は、何気なくいった自分の言葉に驚き、次いで己の腕を見る。
腕からは、ささくれによる切り口が開き、ゆっくりと赤い血が滴り落ちている。
血? 怨霊の私から血が滴るなど……
「敦盛は、禍々しき呪縛から解き放たれたんだよ」
すぐ隣で幼い白龍の声がする。
「え?」
「よかったね、敦盛。言の葉にのせた皆の願いが成就したんだよ」
「皆の願い?」
「うん。『無事に 元に戻って 来て』って。だから人間に戻って、帰って来たんだよ」
「そ、そのようなことが…」
「信じられない?」
「にわかには……」
「オレの誕生日じゃん! 戦も和議にこぎつけたじゃん!
だけど…敦盛が居なくなったら、何の意味も無いっ!」
「ヒノエ君…」
「何たって、この世界じゃ『御伽話の王子でもアイスクリームは食べられない』ってやつだからな」
「匙…だ」
「だから! いらな !!!! え!?」
「そうか。いらないのなら、私が食してしまっても良いのだろうか」
「あ、……敦…」
「これが『あいすくりぃ』か。確かに冷たくて、この世のものとも思えぬ甘さだな」
「敦盛さん!!!! お帰りなさ〜いっ!!」
望美が、敦盛の首に飛びついてくる。
八葉がワッと周りを取り囲む。
朔は泣いているようだった。
「敦盛! 遅っ! 遅刻するにも程があるって!」
「将臣殿、…す、済みません…」
「どこ、寄り道してたんですか!」
「神子……そ、それは…」
「いいじゃないの〜〜、望美ちゃん、こうして無事に帰って来たんだからさ〜〜」
「ま、デザートに間にあったんだから、OK!」
「で、でざぁと??」
「ええ、譲君特製の『あいすくりぃむ』です。早く食べないと、溶けてしまいますからね」
「敦盛!!!」
ヒノエがゆっくりと立ち上がる。
「愚図で頑固で強情で、思いついたら勝手に突っ走って!」
「わ、私のことだろうか?」
「まったく、いつもいつもいつも心配かけやがって」
「別に心配してくれと頼んだ覚えは無い」
「なんで竜巻の中に入るなんて無茶するんだ」
「無茶……」
「そうだよ! 無茶苦茶だよ! お前のやることなんて!」
「そこまで言われるようなことだろうか」
「……また、…また逢えなくなるのかと思った……」
「? ヒノエ?」
「オレに何も告げずに、勝手に消えちまったんだと思った」
「わ、私はこうして…」
ヒノエは泣きじゃくりながら、その涙を拭おうともせず、敦盛を抱きしめる。
「ヒノエ? は、離してはくれないだろうか?」
「嫌だね」
「ふ、服が汚れる」
「どうせオレの涙と鼻水は汚いよ」
「い、いや、違うのだ、ヒノエ。
先程、私が木のささくれで腕をかなり深く切ってしまったらしく、血が止まらないので」
「!!!! どっちの腕!」
「右…だが」
ヒノエは慌てて敦盛の右腕を掴み上げ
「弁慶! 薬!」
「ええ、分かってますよ。今」
そう叫ぶより早く自分の服の袖を裂いて、敦盛の腕の止血をするのであった。
「何でいつもいつもいつもいつもお前は、こうも人を驚かせるんだよ!」
「すまない」
「この薬が止血と化膿止めには良いでしょう」
「これ使ってよ〜! 綺麗で清潔な布だよ〜、包帯にどうぞ〜」
「うわぁー、ザックリやっちゃいましたねー」
「望美、きゃあきゃあ言う割には、傷口をまじまじと見ているのね」
「望美! 他人の怪我を見て面白がるとは不謹慎ではないか!
それくらいならヒノエを手伝ったらどうなのだ!」
「OK! OK! とりあえずはハッピーエンドだ」
「それってどういう事だ、兄さん」
「そうだよな、敦盛。ラッキー!」
幸せな喧騒
やっと……、本当に帰ってきたのだな。
そう思いながら、
真面目に、それでいて嬉しそうに手当てするヒノエの顔を見つめる敦盛であった。