冬休み 最後の決戦 2











望美の部屋のドアを開けると


    カタカタカタカタカタ


音が大きくなった。


   「これは」


と、朔が言いかけた途端


    カカカ……カカカガタ!


   「望美、朔ちゃんよ」


   「あ、ゴメン。もうちょっとだから」


   「ところであなた、何を縫っているの?」


   「エプロン」


   「エプロン!」
   「えぷろん?」


母親の驚きと落胆は複雑だった。
今現在、娘が悪戦苦闘しているミシンの上に置かれた布の塊は、
どう贔屓目に見ても「作成中のエプロン」には見えず、
せいぜいが、縫い糸のほつれた雑巾か、布と糸で出来た巨大なクラゲのオブジェ。
しかもそれを「着物くらいは縫える」と、こともなく言った、この隣に立つ、
本当に見るからに家事全般をそつなくこなしそうな、梶原朔というに見られているのだ。
自分の娘に、もう少し本気で裁縫や料理を教え込んでおけばよかった。
その後悔が彼女をして、我が事以上に顔を赤くするのだった。




朔の驚きは、また別のモノだった。
カタカタと不思議な音をたてる、今まで見たことも無い白い機械。
その機械に、望美が額に汗すら浮かべて向き合っている。
しかもカタカタと音を立てるごとに、望美の手にした布が、どうやら縫われていくらしい。
朔は、隣に望美の母親がいることも忘れて、望美の手元に注目していた。
上についた糸車の糸が、どういう仕掛けかは分からないが、下の針に送られる。
すると、これもどういう仕掛けか分からないが、カタカタと音を立てるたびに針が上下し、
さらに皆目見当もつかない仕掛けで、布が縫われていくのだ。


   「……凄い…」


思わずつぶやいた朔の一言を、


   「れ、練習よ、練習。ね、望美」


   「え? ま、まあね」


   「あなた、またいきなり縫い始めてるんでしょ。
    何度も言ってるけど、仮縫いしておかないと、布地がよれて……
    ! あなた、またマチ針を打ったままで縫ってるの!?」


   「え? ダメなんだっけ?」


   「ダメじゃないけど、あなた、いつも注意しないから、マチ針を折っちゃうじゃない」


   「今日は調子いいから大丈夫よ」


   「それなら、いいけど」


   「まだマチ針は2本しか折ってないから」


   「さっきの大きい音はそれだったのね」


   「ううん、さっきのはミシン針が砕け散ったの」


   「あなたね……何をどうしたら、ミシン針が砕け散るようなことになるの?」


   「分かんない、アハハハ」


   「『アハハ』じゃないわよ。欠片かけらは全部拾ったの?」


   「大丈夫」


   「で? そんなあなたのどこが『調子いい』の!? 気をつけてちょうだい」


   「はぁい」


   「まったく、返事だけは『調子いい』んだから」


   「お母さん、ウマイ。座布団一枚!」


   「誤魔化さない! 折れた針の欠片が眼にでも入ったら、笑いごとじゃすまないわよ。
    マチ針に近づいたら縫うのをいったん止めて、マチ針をはずしなさいって何度も言ってるのに。
    それにあなた、下糸の糸調子、見てないでしょ。
    このミシンは古いから、自動で下糸の調子を合わせてはくれないのよ。
    気合と勢いだけの裁縫では、またミシンを壊すだけですからね」


   「『また』?」


   「そうなのよ、朔ちゃん。この娘ったら、ミシン3回も壊してるのよ」


   「お母さん! 何もそんな事、朔に言わなくても」


   「この調子でしょぉ、まったく。朔ちゃんからも言ってやってちょうだいな。
    2年前のボーナスで、お父さんに買ってもらった最新式のミシンは、
    去年の夏にあっという間に修理不能にしてくれちゃったんだから」


   「あれは、不可抗力よ、不可抗力。私、ちゃんと説明書どおりに使ってたもん」


   「説明書の通りに使ってて、どうしたら電子部品が焼き切れるの? 修理屋さんも首を傾げてたんわよ」


   「そんな事言われたも…」


   「それで、こんな古い、望美が生まれる頃に買った旧式のミシンを使ってるのよ。
    これだって何回修理に出したことか。
    前回の修理の時にもう旧式過ぎて部品が無いって言われたわよ。
    これまで壊したら、あなたのお小遣いで買ってもらいますからね」


   「ああ、もう、分かりました。
    それより、これ、明日までに完成させないと、家庭科の新井先生に怒られちゃうんだから!」


   「朔ちゃん、こんな娘ですけど、愛想尽かさないで頂戴ね」


   「そんな……。あ、お構い無く。と言うより、私は帰った方が良さそうね、望美。また、来るわ」


   「え! いいよ! 朔はいてよ。もう! お母さんが余計なこと言うから、朔が気にしちゃったじゃない!」


   「自業自得でしょ。でも朔ちゃん、せっかく来てくれたんだからごゆっくり」


そう言うと母親は、自分のコップを持ってそそくさと階下に降りて行ってしまった。


   「まったく、お母さんったら」


   「良かったのかしら? お母様も一緒にお喋りがされたかったのではないのかしら?」


   「いいの、いいの。いつものことだから。
    お母さんったら、私の友達は、みぃんな自分の友達みたいに話しかけるから困っちゃうよ。
    しかもビックリ、最近のお母さん1番のお気に入りは、弁慶さんっていうのも悩みの種だよ」


   「それは……。でも、素敵な方だわ、優しくて明るくて……」


   「そうかなぁ? 口やかましいだけだよ」


   「近くにいてくださって、見守っていただける……。私にはうらやましいわ」


   「朔……」


   「ああ、ごめんなさい。こんな事を言うために来たのでは無かったのに」


   「ううん、私の方こそゴメン。ちょっと上手くいかなくてイライラしてたんだと思う」


   「それにしても、お母様と、『口喧嘩』というのだったかしら、初めて見た時には驚いたけど」


   「朔のいた世界では、親子喧嘩なんて無かったもんね。

    (兄妹喧嘩はしょっちゅう見ていたような気が……。
     違うね。あれはいつも一方的に景時さんが叱られているんだった)」


   「無いのか出来ないのかは微妙なところね。親子喧嘩、最近、何となく羨ましいと思えるわ」


   「え〜?」


   「こっちに来て実感したの。『喧嘩するほど仲が良い』って言葉を」


   「あははは、ちょっと使い方、違うかな。ところで今日は、どうしたの?」


   「え? ああ、ごめんなさい。たいしたことでは無いの。ただ」


   「ただ?」


   「明日から『学校』というものがまた始まるのでしょう?
    だから暫くはまた、冬休み程には会えなくなると思ったから」


   「朔、ありがとう! 朔がそう思ってくれているのって、とってもうれしいよ。
    そうだよね、せっかくの冬休み最後の日なんだから、どこかに出かけて」


   「これは、いいの?」


と、朔はミシンを指差した。


   「う。……だ、大丈夫、大丈夫、あはは。帰って来たらチャチャっと仕上げちゃうから」


   「フフフ、望美ったら。その誤魔化し方は、今日は諦めたって言っているようなものよ」


   「え〜、そんな事ないよ〜」


   「……」


   「朔?」


   「……」


   「どうしたの? 急に黙って?」


   「望美」


   「何?」


   「お願いがあるの」


   「え? 何? 突然」


   「私に、この『みしん』の使い方を教えて」












12/08/22 UP

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