帰らないの? 敦盛さんルート・4月T
「美雪! その話は本当なの!」
《本当も本当、うちのマンションじゃ評判のカップルだよ》
(ヒノエの野郎……、どうせそんな事だろうと思ったけど!)
「すぐ行くから、行ったらオートロック、解除してね!」
《了解。でも、痴話喧嘩だけにしときなさいよ。あさみ!》
「どういう事?」
《刃傷沙汰は止めてねってことよ。年下なんて興味なかったんじゃないの?》
「そんなに熱くなってないから。大学1年のガキに説教するだけだから」
《なら、いいけど。ま、着いたら連絡頂戴》
「OK!」
檜山あさみは、急いで横浜までの切符を買い、ホームに走り込むのだった。
(ヒ! ノ! エ! フフフ
まさか、同じマンションに、私の友人が住んでいたとは思わなかったでしょう!)
悪い笑みを浮かべながら、あさみは美雪に連絡をする。
(やれやれ、言わない方が良かったかな?)
美雪は、思った以上の展開に溜息をつきながら、
インターホンの向こうの檜山あさみの顔を、モニター画面越しに観察した。
「あさみ、落ちついて! 落ちついてね」
「私はいつだって、冷静よ!」
「そう……(もう、知らないっと)」
オートロックを美雪に解除してもらい、エレベーターに乗る。
まっしぐらにヒノエの部屋がある階のボタンを押す。
(大学受験のカテキョで数学教えてただけの関係だったら、こんなにも……
ああ! 檜山あさみ一生の不覚だった!
美雪の言葉じゃないけど、年下には興味なかったはずなのに!
しかも、手玉にとられて、受験が終わったらポイ!
あり得ないでしょ!!!)
エレベーターの扉が開く。
ヒノエの部屋の前に立つ。
ふと、考える。
自分は何をしようとしているのだろう。
ヨリを戻してと懇願する……、冗談! ノー!
文句の一つも投げつける……、何を弱気な、ノー!
嫌味を言う……、…情けない、ノー!!
ヒノエをぶん殴る……! これだ! ヒット・エンド・ラン! イェス!!
深呼吸を一つ。
ドアの呼び鈴を押す。
扉の向こうに人の気配。たぶん覗き穴からこっちの様子を窺っているのだろう。
ガチャガチャと音がして、扉が少し開く。
中の人は…、ヒノエじゃない! ああ…最悪!……可愛い娘……
ドアノブに手をかけるが、中からチェーンが掛かっている。
「開けなさいよ!!」
ああ、もっと最悪……、何でこんな言い方しちゃうんだろう、私…。
中の娘が怯えたような顔をする。
そりゃ、そうよね。
「す、少し待って欲しい。今、チェーンを…」
開けてくれるんだ……
! ……へ?
い、今の声……男?…の子??
ガチャガチャとまた音を立てて、ドアが開く。
そこに立っていたのは、私とさして身長の違わない、華奢な紫の髪の、綺麗な子だった。
本当に綺麗……。一瞬見とれる。
「ど、どなたでしょうか?」
そのハスキーな声で我に返り、尋ねる。
「ヒノエ、いる?」
「いや、今日はまだ大学から帰って来ていない」
「そう……」
ヒット・エンド・ランが、最初の一歩から脆くも崩れ去り、言葉が続かない。
「ヒノエに、何か用事なのだろうか?」
「え? ええ、そう。そうよ。」
「では、どうぞ。中に入って、待っていてはくれないだろうか。
今日は、戻ってくるはずだから」
「今日は?」
「たぶん、それ程は遅くならないのではないかと思う」
「そぉ……、じゃ、遠慮なく」
通されたリビングでは、何やらこの子が食事中だったらしく、
気が付いたこの子が顔を赤くして、ワタワタと皿とカップを片付け始める。
「す、すまない。今、お茶でも…あ!」
ガシャガシャ!っと派手な音を立てて、手にしたカップと皿を床にぶちまける。
「ああ……、すまない。そちらに座っていて」
「それより、怪我は? 怪我してない?」
「私は大丈夫だ、ただ……皿が…」
と、頼りない手つきで割れた皿の破片を拾い集めている。
ああ、もたもたして、
本当に、家事とかが苦手って言うのを絵に描いて、それに服着せたらこうかなって様子。
「あ」
「大丈夫? ! 指、怪我してるじゃない!」
「い、いや、私は大丈夫だから」
「もう! いいから、ガムテープない?」
「ガムテープ?」
「そうよ」
「確か……向こうに…。でも、何に使うのだろうか?」
「いいから持ってらっしゃい!」
私、何でヒノエのマンションで、ガムテぺたぺたしてるんだろう?
綺麗に掃除の行き届いた部屋。
掃除してるの、絶対この子じゃない……。
腹立たしいやら、馬鹿馬鹿しいやら、情けないやら、可笑しいやら……、……もう!!
あ……、涙出てきた……
「あ、あの……」
「何!」
「い、いや…、もう、十分なのではないだろうか?」
「! あ、ゴメン……そうね。じゃ、これはヒノエに言って捨ててもらってね」
「分かった」
「ところで」
「何だろうか?」
「何、食べていたの?」
「…パンを……」
「パン、そう……、それから?」
「それから、とは?」
「だから、それから? 卵焼きとか、サラダとか?」
「さだらは……。野菜はどうも生で食すのは…」
「好き嫌い多いんだ」
答えない代わりの、雄弁なうつむき。
か、可愛い!
なんで私、キュンとしてるんだろう…
今日、ここにいる目的を忘れるな、あさみ!
「で、でも、パンだけじゃ無いんでしょ?」
「……パン……だけ…だが。……あ、ジャムというものはつけて…」
「それだけ?」
目の前の子は、上目遣いに私を見て、顔を赤くして頷いた。
「それ、食事?」
「ヒノエが居ない時は…」
「で、何枚食べたの?」
「何枚…とは?」
「だから、食パン何枚食べてるの?」
「……1枚」
「このパンは何枚切りなの? 4枚切り? 6枚切り?」
「1袋、8枚のものだが…」
「今朝は何食べたの?」
「…………」
「パン……、か。はぁ…。で? やっぱり1枚?」
「あ、……ああ。
あ! だが、朝はマーガリンというものをつけて…」
「だからそんなに華奢な身体なのよ! もっとちゃんとしたモノを食べないと!」
「わ、私は……そうだな、すまな……茶を、茶でも煎れよう」
「もう! いいから座ってなさい」
「だ、だが…」
「お茶は、私が煎れます」
「そ、それはおかしいのではないだろうか? もてなす側ともてなされる側が…」
「いいから! 慣れた人間が煎れた方が速いって。
それに、また何か割ったり、君が怪我したりしたら、こっちがいたたまれないから」
「そうなのか……、す、すまない」
08/12/07 UP