帰らないの?  敦盛さんルート・5月U

〜みんなの視線〜












昨日の


本城と名乗るその男の説明は、こちらの世界の言葉が多くて


ところどころ理解できず、正確さには欠けると思うのだが、


以下のようなものだった。





彼は、大学の「雅楽さーくる」という集まりで、篳篥を奏でているという。


こちらの世界にも、むこうの世界と同じ楽器があるということは知っている。


以前、藤沢でCDを購入したこともある。





……そういえばあの時は、


この穢れた私のつまらない欲求に、あの清らかな神子の手を煩わせてしまった。


今思い出しても心苦しくて、私など消えて無くなれば良いとさえ思えてくる。


ああ、そうだ、ヒノエと横浜に住むことにしたのも、


一つには、神子の清浄な気にいつまでも頼っていては、


神子に迷惑だろうと考えてのことだった。






彼の話だ……






4日後に大きな「いべんとのこうえん」というものが控えているらしい。


「こうえん」とは「公演」と記すと言っていた。


つまり、大勢の聴衆の前で演奏するということだ。


三管両弦三鼓での演奏だというが、


その中の龍笛奏者が「ばすけっとぼーる」というもので指を二本折ったという。


よくは分からないが「ばすけっとぼーる」とは、いかように恐ろしいものなのだろうか。


公演まで5日を切っていた。




「ちけっと」というものを「さばいてしまった」ので、


公演は当然中止できない、ということだ。


「ちけっと」というものが理解不能なので、


どう「当然」なのかが、さっぱり分からないが……。






それで、急遽、龍笛の奏者を捜していたのだという。


そして「あの噂」を調べ、私に辿りついたと言う。




「噂」……?


「あの噂」とは、どのような「噂」なのか、


彼は笑って教えなかった。




盤渉調や壱越調の幾つかは以前、経正兄上や惟盛殿、重衡殿と演奏したことがあり、


心惹かれる部分のあるのだが、


あの時も兄上や惟盛殿、重衡殿が、拙い私の笛に合わせてくださったに過ぎない。


初めて会った人と曲が会わせられる程の腕は、到底私などにはあろうはずも無い。




しかも私は穢れて……そんな私が人前で笛を披露するなど……


無理だと断ったのだが、


しつこく食い下がられて






根負けした。




否、本当に「根負け」したのだろうか、


どこかで、望まれ、笛を披露し、喝采を浴びる


そんなあさましい欲を望んだのではないだろうか。




ああ、やはり私は……




兄上、お許し下さい






やむなく明日(つまり今日)、彼らの練習に「付き合う」ことになった。


  「付き合」ってくれ。

  「ばいと」だと思って

  「らっきー」

  「借り」ができた

  「さんきゅー」


頻繁に使われる、彼の言葉。


将臣殿、紛れもなく、あなたはこちらの世界の方だったのですね。






通された「きょうしつ」で10人以上の方々が私を注目している。


ああ……落ちつかねば。


他人の好奇な視線は、心の調和を乱す……




   「この娘が噂の『笛の君』」


   「男性なんだって」


   「男〜!? 信じられない」


   「綺麗」


   「あたし負けそう……」


   「てか、完全に負けてるよ」


   「3回コールド」


   「いや、試合にならない」


   「あんた達! 殺すわよ!」






   「本城、お前の話、信じていいのか?」


   「俺が保証するよ」


   「ナベさん、ホント?」


   「ま、渡辺先輩、ホントかどうか、一曲演奏して貰いましょうよ。

    それで納得するだろうから」


   「私はあなたと違って、厳しいわよ」


   「水野先輩、そういう先輩がバスケで骨折なんて面倒なことしなきゃ、

    こんなややこしいことにならなかったんすよ」


   「分かってるわよ。

    だけどね、私だって折りたくて、指二本も折ったワケじゃないんだから」


   「単にパスカットでやっただけなんでしょ? もろい骨してんですね」


   「華奢とか繊細とかって言えない?」


   「はいはい。じゃ平君、一曲お願いできるかな」




何か、それこそヒノエのように、気の利いた言葉を発せられれば良いのだろうが


私には何の言葉も思い浮かばない。


ただ頷いて笛を取り出す。




   (! あの笛)


   (めっちゃ良い笛じゃん)


   (それに、そうとう使い込んでるって感じだぜ)




そう、この笛は鳥羽院より賜ったもの。


福原に下る際、院にお返ししようと京に戻り、


そして源氏の警備兵に追われ


逃げ込んだ邸で私は神子と……




   (しっ、始まるわよ)






心を込めて、兄上とも良く合わせていただいた曲を奏いた。


兄上……幼い頃から、私に優しかった経正兄上。


眼を閉じて、そんな兄上と過ごした記憶を思い出しながら。







短い小曲が終わる







そうだ……「雅楽さーくる」の方々が聴いておられたのだった。




それにしては静かだ。


眼を開けるのが躊躇われる。


拙い演奏に、呆れられたのだろう。




大きく息をする


そして眼を開ける




真っ先に眼に入ったのは、水野先輩さんの顔だった。


眼を真っ赤にされ、それでもじっと私を見据えている。





その顔からは、私の演奏は良かったのか悪かったのか、


よく分からない。


本城殿も、渡辺先輩殿も、


その他、私を注目する7人の方も誰一人


身じろぎもせず、瞬きすら忘れたかのように私を見ている。




   「あ、あの…?」




私の声を契機に、その後は皆からもみくちゃにされた。


口々に、何かを述べているのだが、ほとんどが良く意味が分からない。


   「ぶらぼ」?


   「信じられない」(ああ、これは神子がよく使っていた)





その時、水野先輩さんが周りを威圧して、私から引き離し、


私に歩み寄られた。


   「ごめんなさい」


   「?」


私は事情が飲み込めずにいた。


   「『私は厳しいわよ』なんて偉そうな口叩いて……。許してね。


    私なんて、あなたの足下にも及ばないわ」


   「気に入ってもらえたと考えて良いのだろうか?」


   「気に入るとか気に入らないとか、そんなレベルじゃないわよ」


   「レベル?」


   「あなた、天才よ!

    私、日本中の主だった横笛奏者の演奏、みんな聴いてるけど、

    あなたの笛ほど美しい音色、聴いたこと無い!

    しかも、何て言ったらいいの、

    ジ〜ンと心に響いた……ああ、こんな言葉じゃ陳腐すぎる。

    とにかく、感動したわ」


   「?」


   「ええ、そうよ、気に入ったのよ。

    気に入りすぎて、どうにかなっちゃいそうなくらい!

    お願い、どうか、公演の龍笛、やってもらえないかな」


   「私でよければ、微力ながら」




またもみくちゃにされた。


口々に「ありがとう」「助かる」「一緒にがんばろう」と言われながら。


この言葉は全部分かった。




   「ところで」


と渡辺先輩さんが尋ねた。


   「どこで、その横笛、どこで習ったの?」











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