帰らないの? 敦盛さんルート・6月U
〜雑誌の取材〜
「支度、出来たんだろう」
「え? い、いや……本当に行くのだろうか?」
「当然じゃん」
「し、しかし……、取材などと」
「ほら、行くよ」
……結局、連れて行かれた。
ランドマークタワー最上階の展望レストランは、冷や汗の連続だった。
少英社出版の清水さんは、我々が現れた時点で素直に喜んでくれた、
のだが、その後の型どおりの質問が辛かった。
つくづくヒノエが一緒にいてくれて助かった。
彼の口八丁の才能が無ければ、私は今頃、どうなっていたのだろう……
ただ翌朝になって、つまり先程ふと思ったのだが、この取材自体、ヒノエが受けたのだ。
私が何でこんなにドギマギしたり、慌てたりしなければならなかったのだろうか?
冷静に考えてみれば理不尽極まりないことだ。
ヒノエ…
「どうも、取材に応じていただきましてありがとうございます。
少英社出版の清水義則と申します」
「ほら」
「あ、ああ。平敦盛です」
「え?」
「平敦」
「フ、清水さん、あんた今、面白い聞き違いをしたろう?
よくあることだけどね。
こいつの名前は『平敦紀』、『たいらあつのり』さ」
「ああ…、ああ! そうですよね! 一瞬びっくりしました」
「横笛、美少年、ときて名前が似てるからね。
よく勘違いされるんだ。慣れっこだけれどね」
「あ、あなたが電話の……、どうも御協力、痛みいります」
「オレは藤原ヒノエ。こいつとは幼なじみでね。
早速だけど、質問内容については、チェックさせてもらうけど、いいね」
「質問のチェックはどうぞ、構いませんので。ただ」
「ただ? 何だい? 気になる言い方だね」
「いえ、単なる雅楽コンサートの追加取材にしては…、その…」
「妙にガードが堅い?」
「え!? ええ…」
「そうだね……、敢えて言えば、オレ達二人とも
プライベートをあれこれ詮索されるのが、好きじゃないってところかな」
「はあ…?」
「オレもこいつも、熊野から出てきて、現世界には親も兄弟もいない身なんでね。
オレの学費も二人の生活費も、自前で稼いでいるからね。
何だか、あれこれ詮索したくなるような状況設定満載、だろ?」
「そうでしたか。御苦労されているのですね」
「いや……、私はそんな……。苦労など」
「ま、良いじゃん。今は楽しく二人で暮らしているからね」
「分かりました。掲載原稿が出来ましたら
そちらのチェックもしていただくことでいかがでしょうか」
「今の話も、なるべくオフレコで願いたいものだね」
「はい、承知しました」
「結構。助かるよ。じゃ、初めてくれて構わないよ」
「あ、その前に、何か召し上がりませんか?」
「いいね、気前がいい大人は好感がもてる」
眺めがいい。
港と、港に架かるベイブリッジが見える。
いつも下から見上げている建物も、眼下に小さく見える。
目の前に出されたココアとホットケーキの甘い香りに心が和む。
目の前に、清水某がいなければ、すぐにも食したいところなのだが…。
隣で、コーヒーを静かに飲んでいるヒノエはじっとこちらを見ている。
なかなかココアにもホットケーキにも手を出しづらい。
「…と、言うことは、敦紀君の横笛はお兄様に習ったということですね」
「ほら、敦…… お前、何、ホットケーキ見詰めてるんだ?」
「え! あ、ああ…すまない」
「お前の笛は、経正さんに習ったのかってさ」
「ああ、そうだな。惟……のり殿と兄上に小さい頃から……
お二人で優しくお教えくださって……。
兄上…、兄上の琵琶に私の拙い笛を合わせるのが、何よりも嬉しかった……
その、お二人も今は……」
敦盛の瞳に涙がにじむ
「あ!! あ、あの、あの、何か、まずかったですか?」
「ちょっと、ね。まずかったかな……。
今の話に出た二人とも、もう現世界にはいないのでね」
「そうだったのですか……、それは……
あの…、差し支えなければ、どうされたのか、
お教えいただけませんか?」
「そ、それは……」
「差し支えありすぎるんでね。それは、やめてやって欲しい」
「そうですか……すみません。では話題を代えましょう。
それでは、え〜と……、そうそう
こちらの大学サークルの方々とはどうやってお知り合いになられたのですか?」
「そ、それは……」
「本城と渡辺という、雅楽のメンバーに山下公園でナンパされたんだよな」
「ヒ、ヒノエ、それを言うなら『スカウト』なのではないのだろうか」
「いや、あいつらは当初、お前のことをナンパした気分でいたに違いないじゃん」
「ヒノエ!」
「アハハハ、そうですね。それ、何となく分かります」
「え? そうなのだろうか?」
「な! そうだろう」
「あの〜、こんな言い方は何なんですが、敦紀君、天然っていわれませんか?」
「てんねん?」
「プー、アハハハハ、天然ね」
「ヒ、ヒノエ!!」
こんなワケの分からない取材は、初めてだった。
結局、巧くはぐらかされて、聞いた質問には全て答えてくれたのだが、
本当に知りたいことは何一つ分からなかった。
それでも穴埋め記事を書くくらいの内容には、十分なのだが…
あの「藤原ひのえ」という大学生は、実に一癖も二癖もあるな。
これは元・写真週刊誌記者のカンだ。
そもそも、編集の都合で出来た2.5ページの隙間を、来週中に埋めるための取材として
編集部に贈られてきたチケットの山の中から、一番自宅から近くて、
手頃な時間に行われるコンサートが、昨日の文化センターの雅楽だった。
やっつけ仕事、それだけのはずだったのに。
たかだが大学のサークル定期演奏会。
金をかけているとは云っても区民文化センター、たかだかキャパ600人。
ま、「東義某氏以来、雅楽は注目のジャンル」って感じで記事にして
足りない紙面は写真と広告で埋めて……そう考えて軽い気持ちで
行ってみると、当日券を求める長蛇の列!
後で知ったのだが、ここ数週間、横浜で流れていた「噂」の主が出演すると、
あちこちのネットを使って派手に情報がリークされていたらしい。
さらに、ずっと後になって分かったのだが、
ネットの情報掲示板やら噂掲示板やらに書き込みをしたのは
この雅楽コンサートのメンバー、どうも本城君と渡辺君、それに水野さんらしい。
招待チケットの指定座席はけっこういい席だった。
と、斜め前に大柄な金髪の、しかもかなり髪の後退した男性が座る。
恰幅がいい…というより、この座席一人分で大丈夫か? と思うくらいのヒップを
何とか座席にめり込ませて座り、隣の、通訳とおぼしき初老の女性と話をし始めた。
? この外人さん、何か見覚えがある……
ある! どころの騒ぎではない
私の所の雑誌が、次号で大々的に特集をするはずのテノール歌手、ホセ・カレースキ
その人じゃないか!世界三大テノールの一人だ!
「すみません。…あの、すみません」
「はい?」
「そちらの男性は、テノール歌手のホセ・カレースキさんですよね」
「ええ、そうですよ。あなたは?」
「あ、あの……、今度のコンサート楽しみにしてるとお伝えください」
「あら、ファンの方?」
「え? ええ……、そうですね。もう、チケットも手に入れましたし」
女性が何やらホセ氏に小声で話している。
「オオ」
ホセ氏はそう言ったかと思うと、シートが軋むのも構わず、体をこっちに向け
満面の笑みで、やたらと早口の英語ではない言語を捲し立てる。
「こんな純和風なコンサートを聞きに来る方の中に、
私のファンが居るとは思ってもいなかったのでとても嬉しい。
体調はいいので、期待していて欲しい」
1分ほども早口で捲し立てた内容としては、寂しい限りの通訳だけど
それでも、ここでホセ・カレースキ氏と顔見知りになれるのなら、ありがたいことだ。
「日本の楽器に詳しいですか?」
ホセ氏が尋ねる。
2頁半の穴埋め記事用の取材だけれど、それなりの予習はしてきた。
それが、こんなところで役に立つなんて、なんてラッキーなんだ!
「通り一辺倒程度なら」
そう答えると、通訳の女性が困っている。「通り一辺倒」の訳語が思い浮かばないらしい。
「基本的なことでしたら」
そう言い換え、予習した知識の全てをホセ氏に伝えた。
その度に、ホセ氏は「ハハン」とか「ホオ」とか、とても嬉しそうに相槌を打つ。
「ホセ氏があなたの説明に、とても感謝しているそうです。
コンサートの時は、ぜひ楽屋に尋ねて来て欲しいそうです」
「え!!! いいんですか?」
いいのかな? 言うかどうしようか迷っていたことを、正直に女性に告げた。
「あの…、僕、音楽系の雑誌の記者なんです。それでも、いいのでしょうか?
言いだすのが遅れて、申し訳ないのですが…」
何だか分からないが、女性は相変わらずにっこり笑って、そのことをホセ氏に告げた。
「ハハハハ」
ホセ氏は、そう高らかに笑ったかと思うと、僕にウインクした。
OKってことですよね、マスコミでも構わないってことですよね
「あ! ありがとうございます。
それでは、是非、特大の花束を送らせて頂きますので」
「あら、うれしい。主人も喜びますわ。主人は日本の菊が好きなの」
「そうですか、では」
とは言ったけど、菊!? 特大の菊の花束? …ヘタすると、葬式か墓参りになりかねない。
う〜ん、コンサート終わったら、忘れず会社に連絡して、
そっち方面に詳しい誰かに見繕ってもらおう
コンサートが始まった
5分も経たず、ホセ氏のことを忘れた
何だ?? この胸を締め付けられるような、哀しくも凛と張りつめた笛の音は
女性とも男性とも見分けは付かないけど、美しい横笛の奏者
慌ててパンフレットを見るが、別の女性の写真とプロフィールが載っている
誰だ?
このコンサートの演目が幾つか変更になって
横笛が、より際だつような曲に選び直されている。
直前の曲目変更は結構冒険だろう、けれど
この場合、その冒険は英断だろう
なんと言っても、他の奏者には申し訳ないが
横笛の彼もしくは彼女は、レベルが違いすぎる
他の奏者もよく分かっていて
横笛の演奏を邪魔しないようにしよう
この場のムードをぶち壊さないようにしよう
という緊張感が、妙に程よく調和したこの場の雰囲気を醸し出していた。
3曲目が終わった所で、雅楽のコンサートとしては異例のアナウンスが入る。
横笛奏者が怪我のため、急遽奏者が交代したこと。
そのために曲目も一部変更したこと。
客席がざわつく。
しかし、それも一瞬で次の曲の初めの横笛の一吹きで、会場は静まりかえった。
この笛の音を一音たりとも聞き漏らすまいと
最後の曲が終わる
一瞬の静寂
「ブッラッッボォー!!!」
ホセ氏が持ち前のテノールの美声、その有らん限りの声を張り上げて叫んでいる
そのホセ氏の声に、呆然としていた観衆も我に返って拍手と声援、歓声をあげた。
スタンディング・オベーション
大学の雅楽サークルの定期コンサートで……
アンコールを求める声と拍手が止まない
奏者達は、まさかアンコールがあるとは思っていなかったのだろう
うれしいような、困ったような顔をして互いに顔を見合っている
少し大柄な笙の奏者が、件の横笛奏者に何か耳打ちする
横笛奏者が一瞬、笙奏者を困った顔で見て、そして意を決したように頷くと
玉笛転銀盤
これは、当たり、だ!
何としても取材しなければ
で
ランドマークタワー最上階の展望レストラン
この後も延々と
この18、9歳の藤原ヒノエという大学生に
いいようにこき使われることになろうとは……
確かに彼への頼み事は高くついた。
08/01/30 UP