帰らないの? 敦盛さんルート・8月−1
あっくんかまい隊・5
「これが『本』なんだ」晃
「じゃ、これが『田』か?」浩
「アキの名前なんかより、本文だろう」弘
「本文ねー……」大
「たぶん、最初の二文字は『拝啓』か『前略』なんじゃん」浩
「ああ、じゃ『拝啓』だ」弘
「何で分かる?」浩
「いや、勘なだけ」弘
「でも、このニョロっとした感じは『前』より『拝』っぽくないか?」大
「あ、分かる分かる」浩
「『拝啓(か前略)』ときて……」晃
「ここんとこ、『秋』っていう字じゃないのかな」浩
「『秋』……って、今8月だぞ。何、手紙の冒頭から1、2ヶ月も先の事話し出す?」弘
「ここは『晃久』なんだろうな」浩
「うん、この封筒? の表に書いてある宛名と同じニョロニョロさだもんな」大
「ニョロニョロ?」弘
「何て言うんだっけ、この筆の、こうニョロッとしたやつ」大
「大輔、バカかお前。それを言うならサラサラって言え」弘
「サラサラ?」大
「そうだよ。こういう筆の運び方に使う擬音はサラサラって決まってんの」弘
「ヒロクン、誰が決めたんだよ」大
「大輔、お前ね」弘
「止めようぜ、幼稚園児みたいな言い合い」晃
「あ〜あ、やっぱいくら俺達で考えていても、解んないものは解んないよ」浩
「草書体の手紙なんて生まれて初めて見た」晃
「封筒?の裏の送り主見ても良く分かんねぇんですけど」弘
「でも最後の字の右側、ヘンだっけ」大
「ツクリ!」晃
「そうだっけ? でそのツクリさ、『己』って読めね?」大
「『己』ね〜???」浩
「アキ、本当にこの手紙、あっくんからなのかよ」弘
「ほら、この差出人住所」晃
「だから、読めねって」弘
「ここ、ここ。この郵便番号」晃
「ああ、唯一数字で判る部分な」浩
「これって、ヒノエのと同じだろ」晃
「そうだっけ?」弘
「俺、メルアドと携番以外知らねぇもん」大
「俺も」浩
「あ、何時だったか…」弘
そう言って盛田弘行は携帯のアドレスを開く
「あ、ホントだ」弘
「だろ」晃
「それに、本文のここ、『シーパラダイス』って読めるし」浩
「ああ、唯一カタカナの楷書だからな」弘
「オレ、ここ最近でシーパラ行ったのって、この間だけだし」晃
「やっぱ、誰か書道やってる奴か、こういうの読み慣れた奴に頼むしか無いんじゃん」浩
「国文科か日本史科だろうな。誰か文学部に知りあいいるか?」弘
「英米文か独文ならいるけど」晃
「俺、いない」大
「俺、仏文だな」浩
「……こうなったらアキ、お前ちょっと大学行って、文学部棟辺りで頼めそうな娘、調達してこいよ」弘
「俺が!?」晃
「だって、お前のところに来たんだから、やっぱここはお前でしょ」弘
「でしょ」浩
「異議無し!」大
「じゃ、頑張って」弘
そう仲間の激励を背に受けて本田晃久は8月の炎天下、横浜から慶桜大学日吉校舎へと向かったのだった。
間もなく日吉という辺りになって、本田晃久は思う。
「夏休みの真っ昼間って、大学、人いるのか?」晃
サークルが終わって、仲の良い仲間数人で横浜にでも出ようかという話になった。
キャンパスを出て日吉の駅に向かって歩いていると、向こうから晃久がトボトボと歩いてくる。
「あら、アキ。どうしたの? 珍しいわね、夏休みに日吉に来るなんて」
「あ、チカ。あのさ、今、ガッコって人いる?」
「この時間、あんまりいなかったよ。今日はサークルもあまりやってなかったみたいだし」
「そうか……、やっぱりな」
「夏休みだからね。何? 人捜し?」
「人捜しって言えば人捜しなんだけど……。 ! そういえばチカって書道やってたんだよな」
「何、突然?」
「書道」
「う、うん。やってたけど、高校1年の頃までだよ」
「草書とかって分かる?」
「はぁ? 草書って……。あのさ、見て分からない? これからあたし達、みんなで横浜に出て」
「これ! これ、読めないかな?」
「おぅい! 人の話聞け!」
サークル仲間はクスクス笑って
「チカ、先に行ってるから」
「終わったらおいでよ」
「多分、馬車道か赤レンガ辺りでお茶してるから」
と、去っていってしまった。
「あんたねぇ、空気読んでよ。まして、変な誤解されたらどうすんのよ」
「誤解?」
「……はぁ…。あんたのその一直線な性格、どうにかなんない?」
「性格? …あ、で、これなんだ」
と道路の端でやおら、古風な巻紙式の手紙を見せられた。
「何? これ…? 懐紙? 半紙じゃないよね」
「これに入って今朝方、郵便屋が持ってきたんだけど」
と、もう一つ見せられたのが、水引と紅白の印刷の無い祝儀袋を大きくしたようなもの
「これ、よくアキの家に届いたわね。日本の郵便屋さんは優秀だ」
「で、どう?」
「すっごく達筆……。本田……晃久殿……」
「読めるんだ」
「ゴメン、無理」
「だって今」
「手紙の中央に書いてあったし、アキの名前と照らし合わせながら、
これが『本』、これが『田』って類推して見当をつけただけ。悪いけど、全然読めてないよ」
「そっか……」
「何? 一般教養で古書講読でも取ってたっけ?」
「いや……。 ! これはこれ『平敦紀』って読める?」
「送り主の名前? うん、そうねこれが『平』で『敦』で……。たぶん、そうじゃない」
「やっぱり…」
「誰? この人」
「え? ああ、まあね。サンキュ、助かった」
「ちょっと! もうあたしは用済みか! お〜い」
去っていく本田晃久に、いつか蹴りの2、3発お見舞いしてやる、と固く心に誓い
まだ、今からならみんなに追いつくかも知れないと、駅に急いだ。
「晃久、どうした。さっきから辞書を睨んで」
「あ、お爺様」
「『五体字典』?」
「え? ああ、ちょっとね」
「大学の課題か? しかしお前は経済学部のはず。『古書講読』なんてあったか?」
「いや、違……そうだ、お爺様はこれ、読める?」
「ああ、読めるよ? お前宛の手紙か? しかし、これはまた、実に古風な」
「たぶん草書で書かれてるんだよね。まったく読めなくて」
「確かに草書じゃな。しかも旧字体の草書じゃから厄介じゃの」
「旧字ってあの『学』が『學』とかってやつ?」
「言葉で言われてもそうだとは言えんが、たぶんお前の想像は当たっているじゃろ」
「そうなんだ……旧字…。分からないはずだな」
「で、平敦紀とはどなただね? 品のある、実にキリッとした書体だな」
「へぇ。で、文面の方は?」
「読んでもいいのか」
「うん、お願いします」
「分かった。では。
『拝啓 仲秋とは申せども炎威凌ぎ難く残暑厳しき折、
晃久殿におかれましては益々、御清祥の事とお慶び申し上げ候
当方至極壮健無事消光致しておりますれば他事ながら御放心下さりたく候
さて、過日八景島シーパラダイスにお連れ戴き、無上の楽時を過ごさせて頂いた事、
加えて昨日は多数の写真と称する姿絵まで賜り、心より御礼申し上げ候……』
…え? これってお礼状なのかい?」
「さあ……。って言うか、どういう意味? さっぱり分からないんだけど」
「簡単に言うとな。
お元気ですか? 暑さ負けしてませんか? 私は元気です。
それと、『八景島シーパラダイス』とかって所に連れて行ってくれてありがとう。
それと昨日は写真まで貰って、とても嬉しかったです。
と、そう言うことだな」
「あぁ」
「『直接面会の上感謝申し上げたき所なれど、
晃久殿暇時不有と思し、失礼を承知の上で書面にて御礼申し上げ候』……
この平さんとやらは、いったいお幾つの方なのかね」
「え? どうして」
「いや、書体は覇気もあり実に凛とした風だから若いようにも思えるが
今時の若者がここまでの書面で礼状など……。
お前達の年代は皆、携帯のメールで済ませるんじゃないか?
こんな恐ろしく丁寧な礼状、何十年ぶりだろうな見たのは。
わしらの年代でもようせんぞ」
「敦紀君は、大学の同級生の友人で、……確か、同い年くらいじゃないかな」
「誰と」
「オレと」
「ほぉ、驚きじゃな。で、何をなさっている方なのかね」
「どうして?」
「やや堅さはあるが、筆さばきは迷いがない。で、何をされている? やはり大学生か?」
「いや、……そういえば普段、何してんだろう」
「知らんのか」
「ま、今度会った時にでも聞いておくよ。それにしても助かりました。ありがとう、お爺様」
「どういたしまして。そうだ、今度その平君とやらをウチに連れておいで」
「分かった。ま、彼がOKならだけどね」
「無論、そうじゃろう」
その時、門の外に車が止まる音がして、続いて門の自動扉が開く音がした。
「さて、じゃ、わしは仕事に出掛けるとするか」
「え? こんな時間から」
「何でも、都内のホテルで経団連の食事会じゃそうだ」
「気を付けて。あ、薬、持ったかい?」
「ああ、持ったとも。その言い方がだんだん父親に似てくるな」
「え、それって喜ぶところ?」
「さあ、アハハハハ」
リビングの扉をノックする音がして
「会長、お車が」
「ああ、分かっている。今行く。
晃久、お爺ちゃんの今夜の夕飯はいらないと言っておいてくれ」
「分かりました」
やっぱりこの手紙の返事、するべきなのかな……
オレ、こんな手紙書けないよ!!
09/12/17 UP
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