帰らないの?  敦盛さんルート・3月T   敦君あっくん紅緋色あかい自転車 1





午後4時過ぎ。

鎌倉・極楽寺近くに開塾した書道教室に、小学校を終えた子供達がやって来る。



『風変わりな書道教室』。



そういう前評判の割には塾生は多く、夕方ともなると子供達の乗ってきた自転車で道路が溢れるようになる。

どこがどう風変わりかと言えば、

金髪に蒼い眼の、見るからに異国の人間といった趣の大男が、書道の教室を開くという、

それだけでも異色過ぎるだろうに、

更にはこの大男、暇さえあれば江ノ島で釣りに興じ、その上、釣った魚の大半を近所の主婦にお裾分けするという、

慣れるまでは怪訝な眼を向けられ、

慣れてしまえば、ありがたい人であった。



何と言っても今晩のおかずに一品、とびきり新鮮な刺身が加わるのだから。

それも魚屋でもここまで見事には出来ないだろうという程に丁寧に鱗が取ってあるのは勿論のこと、

三枚に下ろしてまであるのだから、食費も手間も大助かりである。



人々はいつの頃からか、この金髪碧眼の大男の事を、親愛の情を込めて「リズ先生」と呼ぶようになった。

いつもこの男の傍らで、じゃれつくようにしている、御近所でも評判の元気娘・春日望美の呼び方に倣ったものではあった。







  「リズヴァーン、来てやったぞ!」



  「こら!」



  「ゲッ! また居やがる! 暇なんだな、お前!」



  「またそんな悪い口きいて!」



  「望美ぃ! お前こそ、そんなんだから彼氏の一人も出来n……#$%&!!!」



  「この口か? この口が悪い言葉を出すのか?」



  「&%$#!!! ってえな!! この、男女!!」



  「キャッ! スネ蹴るのは痛いでしょ!

   せ、先生も、ニコニコしてないで、しっかり怒ってくださいよ!」



  「ヘヘェンだ!」



後ろから怒鳴る望美にアカンベーをしながら、教室の入り口に走り込もうとした、その時



ドン!



と誰かにぶつかって尻餅をついてしまった。



  「痛ててて」



  「す、すまない。大丈夫だっただろうか?」



  「え……」



見上げると、そこには子供心にも美しいと思える人が、オロオロとした様子で立っていた。

赤くなる自分の顔に、「大丈夫だい! どけよ!」と、つい声を荒げて、教室に走り込んだ。



  「あ、あの……」



  「へぇ、男の子だね」



  「え? 神子、どういうことなのだろうか?」



  「え? あ、アハハハ、何でもない何でもない。それより、敦盛さんは大丈夫ですか?」



  「ああ、別に私は…」



教室の中では



  「バッカでぇ、お前。敦紀さんを女の人と勘違いして赤くなってやんの」



  「そんなんじゃ、無ぇよ! 誰だよ、あいつ」



  「平敦紀さん、リズ先生のお手伝いに今日は来てるんだって」



  「平敦のり……」







  「〜で、ここはこう止めると良いのではないだろうか」



  「へぇ」



  「おぉ!」



  「敦紀、やるじゃん」



  「や、やるじゃん…とは?」



  「こいつなりに照れてるんですよ」



  「ゲ! 望美! お前、まだ居たのかよ。早く帰れよ」



  「ああ、良い子なのだな」



  「べ〜〜っだ!」



  「こら! せ、先生も、ニコニコしてないで、しっかり怒ってくださいよ!」



  「皆、良い子だ……」



  「せ、先生」







1時間ほど経って書道教室が終わり、子供達が家路につく。

リズヴァーンはいつものように入り口で、その子供達を見送る。



  「車に気を付けるように」



  「じゃあな、先生」



  「今日の字は良かった…」



  「サンキュー、じゃぁね」



  「うむ」



  「先生、またね」



  「うむ、次はヘンとツクリを間違えないようにな」



  「テヘヘ、はぁ〜い」



その隣に立つ敦盛が、誰に語るでもなく言う。



  「幸せな光景ですね」



  「うむ」



  「皆、乗り物で来るのですね」



  「自転車と云うものだ」



  「じてんしゃ……そうか」



  「敦紀、自転車知らないのかよ!?」



  「ああ、すまない。私は1度も乗ったことがないので…」



  「え! 敦紀、チャリ、乗ったことないのかよ!?」



耳聡く聞きつけた子供達が、珍しそうに集まる。



  「ちゃ、ちゃり?」



  「自転車のことです。『チャリンコ』とか『チャリ』って呼ぶんです」



と、教室に通う6年の女子達が、顔を赤らめながら説明してくれる。


  「そうなのか。かような乗り物にもあざながあるのだな」



  「え? 『あざな』??」



  「『あだ名』のことじゃない?」



  「そうだ! 敦紀さん、自転車、乗ってみませんか?」



  「わ、私が……」



  「さ、私のだからサドルが低いけど、どうぞ」



渡された少女の乗る自転車に慣れない様子でまたぐ敦盛だったが、

どうしたら乗れるのか、まして、どうしたら前に進むのかが、皆目見当もつかなかった。

ハンドルを持ったまま途方に暮れる敦盛の様子に、



  「何で、こんなにでかくなるまでチャリに乗ったこと無いんだ?」



  「そ、それは…わ、私は幼い頃から身体が弱く」



  「そうだよな。ウチの姉ちゃんより華奢だもんな、敦紀」



  「お前の姉ちゃん、中学生だろ。今の言葉、聞かれたらお前、殺されるぞ」



  「わ、和歌山の知りあいの家に、私は預けられていたので…」



  「3年まで一緒だったあやちゃんと同じだ」



  「『てんちようよう』って奴だな」



  「それを言うなら『てんちりょうよう』でしょ」



  「なんだよ、お前だって意味分かって言ってんのかよ」



  「身体が弱いから、空気の綺麗な自然のいっぱいあるところで暮らすのよ。

   フン、あんたこそ知らないで言ってんじゃない。ガキ!」



  「そ、そうなんだ」



  「それにしても……」



6年の子供達は、3年生の頃、寂しそうに笑いながら転校していったあやちゃんを思い出していた。



  「そんなに身体が弱かったんだ……」



3年の頃、何かというと咳き込み、喘息で苦しんでいたあやちゃんの面影を敦盛に重ね、男子の何人かが



  「じゃ、オレが教えてやるよ」



  「俺が教えた方が早く乗れるって」



  「お前、この間、車に轢かれるところだったじゃんよ。

   オレなら、手放し運転だってできるぜ」



  「返って危ないじゃない! ね、先生」



  「うむ、危険な乗り方をしてはいけない」



  「何、先生に言いつけてんだよ」



オレが、俺が、で数人の男子が譲らずにいる。



  「今日はもう遅い。陽も暮れ始めている。明日、皆で教えることとしなさい。敦盛もそれで良いか?」



  「え? ええ、そうですね。皆、よろしく頼む」



  「まっかせなさ〜い!!」



  「じゃ、明日! 学校が終わったらな」



  「終わったら、どこ? ここ集合?」



  「由比ヶ浜の歩道!」



  「お、いいね。ナイスなアイデア」



  「交通事故には気を付けなさい」



  「はい!」



  「それと、歩行者に迷惑をかけないように」



  「はい!」



元気よく返事をする子供達の瞳は輝いていた。









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