弁慶さんルート・4月

〜九郎へ〜












  《こっちの世界を広く見聞してみようと思い立って、旅に出る。心配するな。》




夜中にごそごそと何かやっているとは思いましたが、まさか家出とは……




九郎、

それほどまでに「しょっく」でしたか?



君の大好きな、敬愛してやまない兄上・源頼朝公は

結局は、君のこと、

その辺の名もない雑兵と、さほど変わらず

死のうが生きようが心は痛まないといった思いで、見ていらしたのでしょうか……



いいえ、違いますね



死んで欲しいと積極的に思っていらっしゃったのではないでしょうか

それも平家との戦で、できるだけ華々しく、できるだけ悲惨に



戦死した非業の英雄を弟に持つ、悲しみにくれる兄

その立場を、とても欲していらっしゃったのではないでしょうか



だから、君がどんな危険な戦場でも

先陣切って敵に切り込んでいくのは、願ってもないことだった

君の戦の能力は高く評価していましたからね。



でも、その能力が発揮されれば、される程

可哀想ですが、君が生き残れば、生き残る程

君と頼朝公との距離は開いていったのですよ



君の立てる手柄なんて、どうでもよかったのでしょう



九郎



君が兄上の為にと、汗と血を流すほど

頼朝公の心は冷えていったのです



君が「兄上!」「兄上♪」と連呼する度に

かの頼朝公は、顔の筋肉だけで笑顔を作り

眼には苦々しさを漂わせていった




何で分からなかったのでしょうね



更には、いつでもその後ろに控える奥方、北条政子殿の

あの眼……




本当に気づいてはいなかったのですか?




恐るべき鈍感さですね

そんな君だから、望美さんとどこかウマがあったのでしょうか




景時も、泰衡殿も御館も

ヒノエも兄上も、

あの後白河院までも



頼朝公に直接遇ったことがあるのかすら疑わしい望美さんですら



あれほどまでに危ぶまれていたのに……




君の真っ直ぐな思いは

そう、

望美さん……白龍の神子にすら、真っ直ぐすぎて、

時々、彼女をさえ困らせていたのですよ。



まして、心に闇を持つ人間、そう、ちょうど頼朝公や僕のような

そんな人間には、君の真っ直ぐさは利用し易くもあったのですが

でも、それ以上に理由の分からない、

いえ、理由がよく分かっているからこそ、

そこを改めて、君などに指摘されたくない

申し訳ないですが、

そんな理不尽な黒い苛立ちを、君という存在は抱かせるのです。





でもね、九郎


現世界こちら異世界あちらでは、違う運命が巡っているのではないでしょうか

そう思いませんか?



例えば……僕



現世界の「武蔵坊弁慶」は、偉丈夫で、膂力にものをいわせる性格で

源九郎義経に絶対の忠誠心を示し、

最期は立ち往生……



僕は嫌ですよ、そんな無様なことは。

そうはならないように、「策」とはめぐらせるものなのですから




だから、そんなにも「しょっく」を受ける必要は無いのかも知れない



でないと、僕は君の為に、

奥州の高館で、泰衡殿の軍を相手に、立ち往生しなければならなくなるんですよ



やれやれ、じゃないですか?





ま、見聞を広めるのはいいことですね



じっくり観てまわるといいでしょう



望美さん達には、携帯の充電方法を教えなかったことにしておきます。



だから……














携帯に着信





誰から?



非登録者からであることを示す着信音……?



090−7……



見覚えすら無い番号ですね



   「ただ今、電話に出ることができません。ピーという



間違い電話なら、この辺りまでに切れるのですが



   「えー、突然で申しわけありません。

    私、TBBテレビで『SASUGA』の番組ディレクターをしております、

    小西と申します。

    実は、源九郎さんについて、少々お伺いしたいことがございまして、

    御連絡いたしました。

    また改めてお電話いたします。失礼いたします」



TBBテレビ?



九郎について?



何か、九郎が事件にでも……?

ですが…… 被害者? 加害者?

う〜ん……残念ですが、どちらも想像がつかないですね。




それに、もし事件なら、テレビ局よりも

先ず「警察」という現世界の探索機関から連絡が入るでしょうし……



僕としたことが迂闊でした。



このところ、荒れ模様の相場に苦労していたもので……




大学生になったヒノエからは、「素人が相場には手を出すな」と忠告されていたのに

いえ、ヒノエに「素人」呼ばわりされたことで、かえって意地を張ってしまって
この泥沼の撤退戦ありさま……




そのせい、とは言い訳できないですかね
この4,5日、確かに九郎きみの捕捉を怠っていました。



今の電話の男は「さすが」と言っていました。

もう一度、携帯の簡易留守メモを聞き返しても、「さすが」と。



小西という、この男の言いようでは

「TBBの『さすが』」と言えば説明せずとも当然分かる、と云った口ぶりでした。



僕は、将臣君や望美さんと違って余りテレビを観ないですからね

これも、困りました







   5分ほど携帯を持ったまま考え込んだが、何も

   思い当たることはない

   妙案も浮かばない



   弁慶は着信履歴の番号を眺め



   一度、ゆっくりと息を吸い



   発信ボタンを押した











07/12/28 UP

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