弁慶さんルート  5月T













   待ち合わせの約束をしたのは、確かこの喫茶店みせですね。



   5月とはいえ、寒くはないのでしょうか?

   確か「おぉぷんてらす」と言うのでしたね。

   景時の店にもあった、建物の外に並んだ椅子に座り、お茶を飲む席ですね。

   まだ望美さんの世界に慣れないのでしょうね、

   こんな今にも泣き出しそうな空模様なのに、店内より賑わっているのには驚きました。



   それにしても、いったいこの店の、いや町中を闊歩している大勢の人達は
   何を職業なりわいとしているのでしょうか。

   今日は「木曜日」という日で、

   普通の人はほとんど「会社」というところで仕事か、

   「学校」というところで勉学に勤しんでいるのではなかったのでしょうか?



   あの将臣君ですら、土曜と日曜以外は学校に行っていますからね。











   「こちらで待ち合わせの約束がありまして。

    TBB番組ディレクターの小西克樹さんという方なのですが」



にこりと笑顔で尋ねると

小西氏はこの店をよく仕事向きに利用しているのだろう、すぐに席まで案内された。



テレビ局近くの喫茶店で、美形の外国人やモデルや芸能人も見慣れているだろうウエイトレスだったが、

しかし、弁慶の笑顔に眼を合わせられず、顔を真っ赤にしながら席まで案内した。





店の一番奥の席で、身を縮めるようにして何かの台本に目を通していた

TBB番組ディレクター・小西克樹氏の印象は、

弁慶の予想から、それほど大きなズレはなかった。

がっしりした体つきの割に顔色の優れない、一目で胃が悪いと分かる顔。





逆に、初めて弁慶・藤原慶二を見た小西氏は、その弁慶の容姿に、率直に狼狽えて、



   「え? え〜、あの、藤原け、慶二さんでしょうか?」



と聞いてきた。
半年近く望美の世界こっちで過ごしている弁慶には、もはや見慣れた相手の態度だった。



   「ええ、藤原です。TBBの小西克樹様でしょうか」



と社交的な笑顔をふりまいて、こう答えた。


   「御安心下さい。こんな外見なりですが、れっきとした日本人ですから」



と付け加えることも忘れずに。



   「あ、え〜、いやいや、あはは、そうですか。そうですよね」



と、何を指して「そうですよね」なのかは曖昧なまま、中途半端な笑顔で誤魔化して立ち上がり

慣れた手つきで名刺を取り出し、挨拶した。



   「今日はお忙しい中、わざわざお呼び立て致しまして。

    TBBでSASUGAのディレクターをしております小西克樹と申します」



   「藤原慶二です」



形だけの挨拶が終わり、

それを見計らったように先程のウエイトレスが、コップの水をトレーに載せ、

平静を装いながらオーダーを取りにくる。



   「アイスコーヒーをお願いいたします」



弁慶の、その何でもない一言に耳まで真っ赤になり、

復唱することも忘れて、ただ頷くだけで彼女は戻っていく。



   《あたし、どうしちゃったんだろ?》



そう思いながらも、彼女は何だか幸せな気分で満たされていた。







弁慶のオーダーが終わると、いきなり小西氏は単刀直入に九郎の話を始めた。



   「率直にお伺いしますが、彼はいったい何者ですか?」



   「源九郎ですか?」



   「ええ」



   「れっきとした日本人ですよ、彼も」



   「それはそうでしょう……ハハハ」



声だけで笑った小西氏は、しかし藤原慶二という目の前の男を油断無く観察しているようでもあった。



   「聞きた方が悪かったですね、え〜。

    私が聞きたかったのは、ですね…そうだなぁ………」



小西氏は言葉を身体の奥の奥から探し出すかのように、コーヒーを手にしたまま、じっと目を閉じた。

そして、



   「え〜、彼の…、運動神経といいますか、う〜ん、あ、そう、

    身体能力だ。その、身体能力は普通ではないじゃないですか」



   「?」

   《「ないじゃないですか」と言われても……、困りましたね。

    まぁ、九郎の生まれ育った世界では、

    持久力、筋力、瞬発力、そして精神力といったものが対峙した相手よりも劣るということは、

    そのまま「死」を意味しますからね。

    その上、総大将たる九郎には、常に先陣を切って突き進むことが求められるし、

    万一、九郎の「死」は、そのまま全軍の壊滅という事態にもなりかねないのですからね。

    リズ先生という得難き師にも恵まれて、

    文字どおり九郎も命を賭けて自らを鍛え上げましたし。

    だから、尋常ではない『身体能力』なのは当然でしょうが、

    しかし、そんなことは目の前のこの小西というディレクターに、告げられるはずもないですしね。

    さて……》



黙ったまま、弁慶は自分の感情を読まれないように細心の注意を払いながら

目の前の不健康そうな男性を見つめている。



小西ディレクターは、弁慶の沈黙をどう思ったのかは分からないが、言葉を続けた。



   「え〜、そう。た、例えばですよ、

    源君は、ですね、垂直跳び一つとっても三桁にもう少しで届くんですよ!」



   《三桁? ああ、長さの単位ですか。

    確か「まーたー」とか言いましたか? いや? 「めーたー」だったか……

    このくらいでしたね。え? それの三桁? 

    ああ、その下の単位の「せんちめーたー」ですね。

    「せんちめーたー」で三桁、ということは、このくらい、ですかね。

    太刀も差さず、鎧甲冑も着けていないのですから
    九郎には容易たやすいことでしょう》

   「ま、そうでしょうね」



   「え? そう、なんですか……う〜ん、しかし、ですね、え〜、教えていただけませんか?」



   「はい? 何を、ですか?」



   「何をどう鍛え上げると、こういう身体になるのですか?

    特に筋肉質という程でもないのに、並み居る力自慢が誰一人として彼の足下にも及ばない。

    失礼とは思いましたが、彼の過去の経歴を調べさせてもらいました」



弁慶の心のどこかが、ピクリとして、臨戦態勢にも似た緊張感が走る。



   「しかし、小・中・高のどこでも、

    え〜、これといった競技・スポーツの経歴は無いんですね、これが。

    どの大会や競技会、記録会の結果を調べても、ですね

    『源九郎』という名前は見あたらなかったんですね、これが。

    TBBのリサーチ能力は、え〜、自慢ではありませんが、

    馬鹿にしたものではないはずなのに、です。

    常識的に考えて、ですよ、

    彼の年齢までに小学校・中学校・高校、あ、大学は? あ〜……失礼、

    ま、その、え〜、あんな尋常ではない身体能力の持ち主なんだから、

    どこかで何かのスポーツをやっていても不思議ではないじゃないですか。

    私が学校の教員なり、何かの運動部の顧問や、スポーツクラブのコーチなら、

    放っておくワケがない」



   《そういうものなのですか?

    この世界は、そういう構造になっているのでしょうか?

    困りましたね……迂闊なことは言えませんから、用心しないと。

    ……望美さんも将臣君も高校というところにはいても、

    運動部にもスポーツクラブにも入っていませんしね……。

    ああ、譲君は弓を、高校の部活動というものでやっていますね、確かに。

    何かの大会で『そこそこ』の成績を収めたとも聞いていましたが。

    でも、それだけでは目の前の男が次々に投げかける質問にどう答えていいか、

    何の「ひんと」にも成り得ないですね》



緊張が相手に分からないよう、笑顔の鎧を強化する。

その御利益あってか、相手は勝手に何かを弁慶の笑顔から感じとって納得し

九郎の身体能力に関しては、この後、何も尋ねなかった。



小西氏は話題は九郎の経歴に移っていった。



弁慶は予め用意しておいた捏造履歴を話した。

先程の小西氏の話でも分かるとおり、九郎もある程度の捏造した履歴はTBBに伝えているらしい。

その履歴と、自分が話す履歴にズレが無いか、弁慶は細心の注意を払った。



その履歴とは、

白龍がこちらに残る事を決めた八葉と朔の為に造った、こちらの世界での経歴であり、

更には、その白龍の履歴の粗を、ヒノエと弁慶が2人で丁寧に修正したものだった。



八葉の誰もが、それを徹底的に頭にたたき込んでいる。

こちらの世界で生きていくための、必要事項だ。

そう、皆が認識していた。



   《九郎にも徹底しておいて、良かった》



そう弁慶は思い、溜息をついた。





小西氏が最も気にして確認したのは、経歴や学歴などではなく

「TBB出演に差し支える何らかの契約を他局、または何らかのプロダクションと結んでいないか」と

「前科・処罰などの前歴が無いこと、つまり、テレビに出しても問題ないこと」の2点だった。

当然だが、それについては何の問題もない。

これは事実だったので、弁慶も話すことに何のわだかまりもなかった。

その点では小西氏も安堵の表情を浮かべた。



出身地や母校、交友関係、幼なじみなど、

弁慶からすれば最も神経を使い捏造した、

別の言い方をすれば最も警戒すべき事柄には触れられずに終わった。



その後は、他愛もない会話を交わし、

『SASUGA』本選の収録日に、TBBの緑丘スタジオに行くことに決めて分かれた。

二つの条件も無理矢理呑んでもらうことにして……。





   それにしても九郎、

   君は、世間を見て回るのではなかったのでしょうか。

   それが、いきなりテレビ番組の『SASUGA』ですか……

   何がどうなると、そこに行き着くのやら

   考えるだに頭がクラクラしますね

   いや、考えるだけ無駄なのでしょうね、たぶん。



   それにしても、君の本能ですかね

   世間の注目を集めようなどとは、君自身は露ほども思っていないのでしょうに

   気が付くと華やかな舞台に上がっている……。



   天賦の才

   英雄の血

   ですか?



   幼い頃からそんな君を、僕は見続けてきたんですね

   ウンザリする程



   鬱陶しいのか、羨ましいのか、

   ……はあ……、僕自身にもよく分からないんですよ、困ったことに











2日後、条件の一つに対して、小西氏、というよりTBBから回答が届いた。



答えは「YES 詳細は未定ながら」





   実に「しんぷる」なメールですが、今はこれで十分でしょう。

   これで九郎も、この世界での独り立ちができるでしょう

   そして僕も……、



   あちらの世界でもこちらの世界でも、手段と状況は違いますが、

   どちらでも、結局は君を利用させてもらうことに変わりはないんですね、僕は。

   気づかず利用される君……

   よく分かっていて利用する僕……



   許して下さいね。

   いつか、この借りは返しますから。












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