帰らないの? ヒノエくんルート 4月・U

〜ヒノエ ディスペンサーでぼやく〜












   「おめでとうヒノエ君!」



うれしそうに、そう望美が叫ぶと、

はでにクラッカーが弾ける。

慣れてはきているものの、やはりまだ少し身構えてしまう。

そんな自分に、ヒノエは苦笑する。



   「悔しいけど凄いよな、お前!」



   「慶桜大学か……、 で? 入学式の感想は?」



   「日吉の2年間は近くて楽だね」



   「それだけかよ、お前!? 

    OK! 今の一言でどれだけの受験生を敵に回したと思う?」



   「?」



   「兄さん、そんなこっちの世界の受験事情、ヒノエに言ってもしょうがないだろう」



   「それより、ね、ね。入学祝いのパーティーしようよ」



   「うれしいね、神子姫様にそこまで喜んでもらえるなんて。

    大学生になった喜びが、一層増すね」



   「先輩は単に何かにかこつけて、パーティーしたいだけだから。

    先月だって合格祝いのパーティー、しただろう」



   「譲……、オレが慶桜に受かった事がそんなにプレッシャーかい?」



   「な! 何を言いだすんだ…、そんなこと…、ハハハ」

   《 ヒノエに対抗するためにも、絶対に国立の、

     できれば東大か、せめて一橋の経済学部に入ってやる! 》



と、この時に譲は固く誓ったのであった。







経済、そして望美達の世界を、より専門的に学ぶためには、

「大学」という機関を活用することが効率的だと譲に教えられたヒノエは、

ここ二ヶ月(実際は七ヶ月にも及ぶのだが、それは誰にも言えない…)程、

そのために慣れない努力というものをして、このたびめでたく入学式を迎えた。



望美達の世界の、この日本という国では「大学生」という肩書きがあると、

どんなことをやってもある程度は許される、一種の免罪符のように機能することを知り

ヒノエはその点でも喜んだ。

それも、日吉にキャンパスを持つこの国でも有数の大学の名前は、実に有効だった。



   「ああ、慶桜…なるほど」



   「へえ! 慶桜なんだ〜♪」



   「おお、慶桜かい、すごいね」



今のところ、大学生だと言うと、何故だかすべての行為が

周りの人々に、それが例え見ず知らずの人であっても、納得された。



入学金を振り込みにいった銀行の窓口でそつのない笑顔を貼り付けている女性も

いつも寄るコンビニのレジにいる人の良さそうなバイトの兄ちゃんも、

パソコンショップの可愛いソバカス姉ちゃんも、

昼間に喫茶店で話しかけてきたくたびれた顔の補導員のおっさんも、

区立図書館のいつも必要以上にタイトなスカートで闊歩する司書嬢も、

マンションのエレベーターで時々乗り合わせては挨拶をする程度だった初老のご夫婦も、

近くの公園でよくすれ違う、子犬を二匹散歩させているお爺ちゃんも、

真夜中の路上で職務質問をしてきたどこかの訛りがまだ抜けきらない若い警官も、

レンタルショップでヒノエのことをいつも見詰めているアルバイトの女の子も、

証券会社の担当にいたっては

   「え! 慶桜に合格したの!? 凄いな…、僕も昔、受けたんだけどね…」

と、聞きたくもない彼の受験経験談を30分程切々と語ってくれたりした。



あの譲をして、「悔しいけど凄いよな、お前!」と言った意味を

何となくこの何週間かで察することができた。







   「お前の受験資格、どうやって手に入れたんだ?」

   「お前、試験でどんな方法でカンニングしたんだ?」

と、会う度にしつこく絡んでくる将臣は、笑いながらスルーし、



   「1月に入ってからだよな、お前が受験を考え始めたの!?」

   「受験勉強なんて、いつしたんだ!」

   「お前、その語学力、どうやって身につけたんだ!!」

と驚いてくれる譲の顔や、



   「凄ぉ〜い!! ヒノエ君って、やっぱり天才なんだ」

と単純に感動する望美の言葉は、それなりにヒノエには心地良かった。













再来週、また行くことになったニューヨークへの旅行代金を代理店に振り込み、

新しく送られてきた信販会社の金色のクレジットカードと、

今、ディスペンサーから通帳と一緒に吐き出されたキャッシュカードとを

交互に見比べて



   「やれやれ」



と溜息をつく。



現世界を見聞するために、金を稼いでいるのか

金を稼ぐために、現世界に残ったのか

大学どころか、時々、それすら怪しくなる。



自分の行動を戒めるヒノエ





入学金やら授業料やら、何かと大学生は金がかかる。

ネットトレードにも一層、熱が入る。

トレーディングの為に大学に入ったはずなのだったが

現在の所、大学に通う為にトレーディングをしている

本末転倒? いやいや、先行投資ってことで、いいんじゃないの、今のところは…

そう自分に言い聞かせ、



   「ま、無駄にならないように、しっかり学ばせてもらいましょうか」



今月分のマンションの賃貸料の引き落とされた預金通帳に向かって、

そうヒノエは呟いてから、3冊目の預金通帳をディスペンサーに入れる。

現在ヒノエは、この銀行だけでも支店別に3冊、用途で使い分けている。

それと、敦盛名義の通帳を1冊。



   《 敦盛も、あまり金には頓着しないからね。

     ま、金に苦労させるような事、このオレがさせるわけないけどね 》



あちこちに分散してあるトレーディング用の他行口座から

生活費として毎月の決まった額が、ヒノエの3冊目の通帳と敦盛名義の通帳とに、

それぞれ振り込まれている事を確認する。



   「そう言えば『履修届』は月末まで、だったな。

    それと、同じ『クラス』になった連中が言っていた『コンパ』は今週末……

    だったかな?

    なんとも、金がかかることだね……? やれやれ」



3冊目の預金通帳の入金欄の数字に、ヒノエはフッと苦笑する



   《 ホント、かたい人だよ、リズ先生あの人は…… 》



   「返済不要」

何度も、そうリズヴァーンには伝えている

   「敦盛が気にするから、かえって困る」

とも申し入れたのだが、

その度に

   「問題ない」

と、例の調子で断られ、詰まるところ、こうして月始めになると、

まとまった金額がヒノエの口座に振り込まれている。

もう、何度目だろう。

弁慶や景時の口座にも、当然振り込まれているのだろうね。



リズヴァーンが現在、起居している中古一戸建ての書道教室は

彼ら三人の資金で購入されたものなのだ。



リズヴァーン……



有川家から八葉達が独立するに際して、

リズヴァーン以外の人間の間で、密かに、その処遇が問題となったのであった。



八葉の誰もが同居を申し出たが、リズヴァーンは静かに笑って、首を縦には振らなかった。



サバイバルには慣れている

向こうの世界でもほとんどをそうやって生きてきた

どこか、望美の家の近く、鎌倉で自給自足していけばいい、という程度にしか

本人は考えていなかった。

しかし、果たして当局は、住所不定・無職、大柄な白人の

しかも「剣の達人」という怪しげでとらえどころのない人間を

ホームレスとして放置してくれるのだろうか。

また、

本人がそれでよしとして、

仮に当局も放置してくれるとしても

リズ先生をホームレスにするなど、九郎と望美が断固として許さなかった。

そして敦盛も…



そこでヒノエが、不本意ながらも弁慶と協議して、

リズヴァーンの為の住居の購入を申し出たのだった。

折良く、望美の家の近くの珠算教室が、パソコン全盛の御時世のあおりで教室を閉め

売りに出ているという不動産情報を、景時が聞きつけたのもタイムリーだった



   《 どうも好都合過ぎるね?
     どうせ裏で動いたに決まってるさ、弁慶おっさん

     それを景時の手柄にさせるあたりが心憎い演出じゃん》



ヒノエは最初から、そう思っている



それでも、この申し出も当初、リズヴァーンは首を縦に振らなかったのだ



この事態に痺れを切らした望美が、断固として自分の家に同居させると言い出した。

さすがに「あの」望美の両親でも、それは驚くだろうということになって、

リズヴァーンも、ヒノエと弁慶の提案を受け入れざるを得なかった。







景時が、御先祖様の隠し財宝を、

ヒノエはトレーディングの利益を、

そしてどうやって捻出したのか不明でかなり怪しげではあるが

景時の財宝の一部を元手に作った(と本人は言う)弁慶の資金も、

持ち寄ってリズヴァーンの住居兼書道教室は購入されたのだった。



   《 書道教室なんて、そんなにぱっと儲かるものじゃないだろうに… 》











   「さて、今日は久しぶりに敦盛を誘って、神子姫のところにでも行くか」



そう呟く。

その刹那、バックの中の携帯が震える。



現在、ヒノエは携帯を3つ持っている。



  国際通話契約もしている黒のビジネス用



  望美や八葉とのホットラインとして特別に蘇芳色にペイントした連絡用



覗くと、白い携帯が震えている。



白は……



   (ごめんよ子猫ちゃん。

    今日はもう、たった今予定を決めてしまったところなのさ。

    悪いな)



と震える携帯にウインクをして、そのままバックを閉めるヒノエであった。











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