帰らないの? ヒノエくんルート 4月・V



「敦盛さんルート・4月」からの続きとなっています。
未だ読んでいない方はそちらからどうぞ










  マンションじたくの扉を開く前から、カレーの香りがする。



  隣の部屋かと思ったけど、こいつは違うね。



  ……敦盛がカレーを?

 いや、無いね。無い無い、そいつは。

  あいつはカレーを作るどころか、

  レトルトのカレーを温めることすら知らないはずだ。





  譲が来ている……。

  可能性としてはあるが、確か、あいつは今、高校の新入部員勧誘期間とかで
  景時に作らせた怪しげな機械ロボットを使って、弓道部の勧誘に毎日遅くまで学校に居るはずじゃん。





  望美が……、

  ……無理だろうな。

  こんな美味そうな香りになる前に、何か事件の匂いになるのがオチだろうからね。





  将臣が……、これも無いな。
  あいつが食うカレーは、キャラウ○イのか、レトルトの極辛とかばっか。

  この香りとは、どちらも違う。





ヒノエは、知っている人間を片端から思い浮かべたが、どれもうまく当てはまらない。



  では……?



  答は一つ



  オレの留守中に、敦盛が女を部屋に上げた!



  ありえないシチュエーションではあるのだが
  そうとしか思えないこの現実かおり



  不愉快度200%の気分で扉を開ける。

  入り口に女物の靴……?

  『敦盛の』にしては大人っぽい靴を履いてる女だね。



少しの疑問

だが、不愉快さが消えたわけではなく、0.5%ほど少なくなったに過ぎない。



まっすぐ一番奥のリビング・ダイニングに向かう。



  「アハハハ、でしょう」



  「そうだな。そのような気がする」



敦盛が女と楽しそうに語らっている。

しかも、自宅のキッチンで。



ヒノエの不愉快は頂点に達し、珍しく声を荒げて言う。



  「敦盛! お前、いったい誰を」



対面式のキッチンから、そのヒノエを迎えた2人と視線が合う。



  「お帰り」



声をかけたのは檜山あさみだった。



  「『誰を』、何だって?」



  「あ、あさ……檜山さん」



  「ヒ、ヒノエ…」



2人のただならぬ雰囲気を察して、敦盛が何か声をかけようとしたのだが

何も気のきいた言葉が浮かばず、おろおろと2人を見ている。



  「何で……」



  「何で? 何で、じゃないでしょ」



  「え?」



  「こんな子1人、家に置き去りにして! 今、何時だと思ってるのよ!?」



  「午後7時37分…」



  「そういうことじゃ無い!

   この子、料理できないのよ! って言うか知らないのよ!

   好き嫌い多いし! インスタントもレトルトも、缶詰すら知らないんだから!」



  「い、いや、私とて、いくら何でも缶詰くらいは……」



  「うるさい! そんな子、1人で放っといて、何してたの!」



  「今日は、大学の講義の後、銀行と証券会社……って、そんな事より何で」



  「何で居るのかって言いたい? 何で居るのかって!」



  「い、いえ別に…、はい」



  「居ちゃ悪い?」



  「どうぞ、ごゆっくり」



と、ヒノエは自分の部屋に行こうと背を向ける。



  「逃げるなヒノエ!」



手にしていたモノを投げつけようとする檜山あさみを敦盛が制して



  「包丁は!」



  「分かってるわよ! 投げないから。そんな顔しないでよ!」



  「ならば、いいのだが」



  「敦盛、サンキュ」



自室に行くのは得策でないと判断したヒノエは、椅子に座る。



  「サンキュじゃない。まったくもう! 

   ……もうすぐ、できるから…。君も、食べてね」



  「カレー…?」



  「そうよ? 何? 不満なの?」



  「い、いや、不満なんかあるわけないじゃん。

   ただ、檜山先生に料理ができたという驚愕の事実を知って驚いているのさ」



  「失礼ね。(コレしかできないけど、コレだけは)自信あるんだから!」



  「ああ、そうだね。美味そうな匂いが外まで漂っていたからね」



  「じゃ、敦紀君、お鍋を焦げ付かせないように適当に掻き混ぜてね。

   はい、これ。ありがとう」



と敦盛にエプロンを返しながらそう言うと、

檜山あさみはキッチンを離れ、荷物を持って帰ろうとしている。



  「え? あ、あの」



  「帰るね」



その一言に、ヒノエも驚いた。

どうやってここに居るのかは分からないが(どうせ人のいい敦盛がドアは開けたに違いないし)、

これから、あさみの作ったカレーを3人で食べながら

重い空気と敦盛同席の中で、怨みつらみが語られるものと

半ば恐怖しながら覚悟を決めていただけに、この肩透かしには本当にヒノエも驚いたのだった。



  「え? 何で?」



  「ヒノエ君、君、今日は『何で?』ばっか。じゃね、私も用事あるし」



颯爽と立ち去るあさみの後ろ姿に

一瞬後



  「送っていかなければ」



と敦盛が後を追いかける。



  「いいの。君はお鍋の番」



  「い、いや…しかし」



  「もう、下で待ってる彼がビックリするでしょ。

   君みたいな可愛い男の子と一緒に降りていったら、誤解されちゃうじゃない」



  「下で彼氏殿が……、そうなのか。それでは」



  「じゃ、代わりにオレが」



と、ヒノエが慌てて後を追う。

檜山あさみはそのヒノエの提案には、イエスともノーとも示さず

それどころかヒノエを顧みることすらなく、スプリングコートを手に

靴を履いて、ドアノブに手をかける。





慌てて、ジャケットに袖を通しながら後を追うヒノエを見ながら

そのヒノエの慌て振りに可笑しさが込み上げ

また、その颯爽とした後ろ姿の檜山あさみに好感を覚えた

敦盛だった。



  それにしても



と敦盛は思うのだった。



  それにしても、あの方は何をするためにいらっしゃったのだろう?











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