帰らないの? ヒノエくんルート 4月・T
〜ヒノエの入学式〜
と言う、この混迷の現代にあって、我が慶桜大学に入学した諸君は、その塾生としての誇りを自覚して
入学式典の壇上では学長の演説が続いている。
何か、陽稚舎でも中等部でも高等部でも聞いたような台詞だね。
違うかな?
ま、どっちでもいいや。あんまり覚えちゃいないし。
入試突破組は神妙な顔して拝聴してんだろうけど、内部進学組は……どうかな。
お!? あいつ、たしか高等部で隣のクラスだった
盛田弘行は式典の最中だというのに、軽く手を振ってみる。
隣のクラスだったというその相手も、片手を上げてウインクしてくる。
「ヒロクン、誰に手ぇ振っての?」
隣の席で、七五三のような服装に身を包んだ松下大輔が尋ねる。
「別に」
「あのさ、まだ怒ってんの?」
「別に」
盛田弘行は、堤浩太朗・本田晃久・松下大輔と日吉の駅で待ち合わせの筈だった。
この3人とは慶桜の『陽稚舎』と呼ばれる小学課程からの腐れ縁だった。
どこに行くのも、何をするのも、そして家柄の良さも。
そんな4人を周囲の人間は、『仲良し陽稚舎組』と揶揄したのだった。
弘行が改札を出ると、慶桜の入学式に向かう人混みの中に、
一目で超が付く程極上のスーツをさり気なく着こなした晃久が、弘行に向かって手招きしていた。
「浩太朗と大ちゃんは?」
「浩太朗は先に行った」
「へ? 何で……。あ」
どうせお祭り好きの堤家だ。家族全員で浩太朗の入学式見物に出かけて来たのだろう。
特に音大生のあの姉ちゃん……。ガキの頃から俺達全員、あの姉の下僕のようにこき使われてきたんだっけ。
その上、自分の方も「この子もやっと大学生なのね」と感慨に耽る母親と、
「私大の入学式も見てみたいなぁ」と真面目なのか馬鹿にしているのか見当もつかない東大生だった兄の
列席を断念させるのに、3日がかりだったことを思い出して、溜息をつくのだった。
ポケットの携帯が震える。
「噂をすれば。大輔から……、あ〜あ、やっぱり」
「遅刻?」
「先に行っててってさ。オレ、待ってるよ」
「じゃぁ、オレも」
「いや、アキ、先に行って席確保っておいてよ。それに浩太朗とも合流しといて」
「え、オレ、あの姉ちゃん苦手だぜ」
「いや、確か入学式って、保護者席と入学者席って別だったはずだから」
「ああ、そうか。そんなこと、そういやぁ書いてあったな」
「ということで、よろしく」
「分かった。場所、分かったらメールして」
「了解」
「それから、その後。行くだろ」
「当然じゃん」
「じゃ、そっちのセッティング、大ちゃんとやっとく」
「今日は?」
「上手くいったら、本日からの同級生、ってどう?」
「いいじゃん。任せたよ」
「じゃ、後で」
そう言って別れて1時間。まさか此処まで遅れるとは
ゴメンゴメンと連呼する割に、ちっとも済まなそうな様子が見られない大輔を急がせて
記念講堂に駆け込んだ時には既に式典が始まっていた。
さすがに晃久が確保していた席に(よりによって前から2番目の中央部なんて!)行く度胸は無く
真ん中辺りに空いていた2席に潜りこんだのだった。
「可愛い娘、いた?」
「違げぇよ。ほら、あいつ。確か高等部の」
「あぁ、何だぁ……」
そう言ったきり、松下大輔は興味無さそうに前を向いてしまった。
『続きまして、慶桜大学の教職員を代表致しまして、政策総合部長・国料次郎教授より祝辞を
相変わらず式典などまったく興味のない盛田弘行は、場内を眺めている。
お? あの娘、良い感じじゃん。
あっちのメガネの娘もちょっとイケてんじゃん。
隣に座った大輔に体力は劣るものの、視力なら互角。
その視力に物を言わせて、この広い日吉の記念講堂に集まった新入生を、
いや正しくは、これからの4年間のキャンパスライフを楽しませてくれそうな弘行好みの可愛い女子を、物色中であった。
「なあ、大ちゃん、あのメガネの……、大輔?」
振り向くとたった今、弘行に話しかけてきたはずの大輔は、隣の席で軽く寝息を立てている。
苦笑しながら弘行は、再び場内を見渡していた。
へえ、慶桜にもゴスロリって入学するんだ……。
ああ、あっちの娘はそんなメイクしなければいいのに。素材は、そんなに悪くないんじゃん。
すげ! こっちの娘! 入学式で気合い入ってるのは分かるけど、キャバクラじゃないんだからさ。
そんな時だった。
お!
何と言うこともない服装だったが、これまでに弘行が出会った女子でトップ3に入るであろう娘を発見した。
おぉぉ! いいね、いいね。
ちょっと身長はありそうだし、きつそうな眼だけど……。
何か、俄然、大学通うの楽しみになった!
「なぁ、大……」
いや、止めておこう
何となく、大輔に言い出すのを躊躇った弘行だった。
「あ、ちょっと! ねぇ! 君!」
入学式が終わり、狭い講堂の出口が人でごった返す。
そんな人混みをかき分けながら、盛田弘行は先程、講堂内で見かけた彼女に何とか近付こうと悪戦苦闘していた。
「ちょっと! あ、済みません。ゴメン、と、通してね。
ねえ! 君ぃ!」
人混みを苦にせず、紅い髪をなびかせて歩く後ろ姿。
170近くある、しかしその長身に似つかわしいすらりと伸びたしなやかな細い手足。
そして地毛なのか染めたのか分からないが、やはり似つかわしいやや癖の強い紅い髪。
人混みに何度も掻き消されたのだが、その颯爽とした後ろ姿は五千人や一万人の中では隠れようもなかった。
すごいすごい!
歩く後ろ姿だけで美人だって分かるじゃん!
弘行ほどでは無いにしても、
その紅い髪の近くを歩く男達が、ある者は「お!」という顔で、ある者はデレッと
見とれてはいるのだが、誰も弘行のように声をかけようとはしないのだった。
「ねぇ! 君! そこの紅いショートの」
その紅い髪が立ち止まる。
チャンス! 気付いてくれたかな!
すかさず人混みをかき分けて、その後ろ姿に駆け寄り
「はぁはぁはぁ……。や、やっと気付いてくれた」
「?」
その紅い髪はゆっくりと弘行の方を振り向いた。
と、その瞬間
ビンゴ!
弘行は心の中で叫んだ!
健康的に日焼けしているものの透き通るような肌、
小さな頭にこぼれる程大きな目と、やや紅みを帯びたこれまた大きな瞳。
入学式ということでほとんどの女子が正装、つまりドレスやスーツ、でいる中
肩に羽織ったジャケットも颯爽と、ジーンズにブーツ姿は異彩を放っていた。
「オレ、経済学部1年の盛田弘行、よろしくっ!」
紅い髪は小首を傾げる。
会釈だろうか、話しかけた事への疑問を示しているのだろうか
しかし、警戒心は若干解いたように見える。
弘行はここぞとばかりに話し始めた。
「ま、1年って言っても内部進学組だからさ、このガッコのことは詳しいから。
君、入試合格組だろ。今まで見たこと無いからね。
で、どうだろう。早速だけどさ、今日あたり、合コンしない?」
「合コン?」
お、意外と声が低い。風邪かな。でも、ちょっと表情が柔らかくなった? もう一押しじゃん!
「どうかな? 参加してくれない?」
「へぇ、面白そうだね。で? どの辺りを誘うんだい?」
「え!?」
男なのかよ!
そう叫びそうになった弘行だったが、かろうじてその言葉を飲み込み、
そして何とか平静を装うことができた(と自分では思えた)。
「あ、ああ。君のお好みの娘に声をかけてみてくれよ」
「いいけど。オレのメガネにかなう麗しき姫君は、そうは多くないと思うけどね」
普通だったら「けっ!」とでも言ってしまいそうなキザな台詞だったが
そう言って笑う目の前の美しい男の説得力に納得してしまう弘行だった。
それからのそいつの行動は、ナンパで軽いと自他共に認める弘行と大輔をして圧倒されるほど
あからさまで歯が浮く台詞を連発しながらも、その彼の女性を見る目は的確過ぎて恐ろしいほどだった。
「な、慣れてるよ……、あいつ、絶対、高校時代コンパやりまくったタイプだよ」
後から合流した浩太朗と晃久が驚くのも無理は無かった。
瞬く間に5人、全員が慶桜の現役新入生。
しかも全員どこかのモデル事務所にでも所属しているような美少女ばかり。その上、全員が別の学部。
御丁寧なことに全員、地方からこの春めでたく慶桜に合格して上京したての1人暮らし。
政策総合学部、情報環境学部、医療看護学部、医学部、薬学部、
「同じ経済学部の娘よりは、後腐れなくていいのかなと思ってね。
それに別キャンパスか、来年そうなる学部ばかりでチョイスしてみたんだけど」
とまで宣ったのだった。
この後、仲良し陽稚舎組の面々が、『幹事マックス』なヒノエを思い知らされるまで、1ヶ月も必要としなかったのである。
10/11/09 UP