帰らないの? ヒノエくんルート 7月・T
「おい、あの娘達、ちょっと見かけないけど、可愛いじゃん?」
「へぇ、こっちのキャンパスの主だった女の子達は把握してるつもりだったけどな」
「主だった?」
「分かってる癖に」
そんな会話があちこちで交わされている、そのほぼ同心円の中心で
「どうしよう朔……」
「ええ、望美…」
「まいったなぁ、ヒノエ君が気楽に言うもんだから、気楽に遊びに来たんだけど。
慶桜大学って、さすがに広いんだね。うちの高校とはえらい違いだよぉ」
「ここまで広いとは思わなかったわ」
遠巻きに群がっていた一群を押しのけて、その望美と朔に声をかける者が現れる。
「誰か、探してるのかな?」
「え? ええ」
「あの…、あなたは?」
「俺? 俺は弘行、盛田弘行。経済学部の1年生さ」
「経済学部!?」
「お? 何?何? そのリアクション」
「えっと、私、春日望美って言います」
「へぇ、望美ちゃん、ね」
「あなたと同じ経済学部1年の藤原ヒノエ君を捜してるんです」
「へ! ヒノエ……、あそ、ヒノエ……ね…」
「どこにいるか、御存知じゃないですか?」
「知ってるような、知らないような」
「え〜〜、意地悪しないで教えてください」
「ヒノエなんか無視無視、俺達とどっか行かない?」
いつの間にか、数名の男に取り囲まれている。
「こ、困ります」
「いいじゃん、いいじゃん」
「の、望美…」
「さ、朔! 困るんですけど!」
「お、怒った顔もかわいいじゃん」
と、弘行と名乗った男の後頭部に小石が当たる。
「痛ってぇな! 誰…あ、やべ…」
「オレの姫君2人に、汚い手で触るのは何処のどいつだい? ……なんだ、ひろクンか」
「その言い方はやめろよ」
「今日はママと一緒じゃないんだ」
「やめろって。それより、紹介してくれよ」
「望美、朔ちゃん、こいつは盛田弘行。小学校からの慶桜組、要するに金持ちのボンボンさ」
「ひっでぇ言い方するなよな。第一印象が崩れるだろう」
「大丈夫ですよ。ね、朔」
「お! 脈あり?」
「ええ、第一印象は最悪のほんの少し手前というところなので、そんなに崩れてはいないと思うわ」
「それって、笑うところ?」
「ナイス! 朔ちゃん」
「アハハ、ヒノエ君、近くに来たんで、ついでだけど寄ったんだよ。約束通り、案内してくれるんでしょ」
「でも望美…、突然押しかけたので、ヒノエ殿の御迷惑ではなかったかしら?」
「朔ちゃん、迷惑なんて考えないでよ。いつでも歓迎するから」
「よ、よろしいのかしら?」
「いいんじゃない、ヒノエ君がああ言ってるんだし」
「嬉しいね、じゃ早速、慶桜日吉キャンパスを御案内させて頂くよ」
「わ〜い」
「ヒノエヒノエ」
「なんだよ、ひろクン、まだ居たのか?」
「で? どっちがお前の本命なんだ?」
「はぁ?」
「お前の本命に手を出すつもりはないからさ。その代わり、そうじゃない方は」
「止めておいた方がいいと思うけどね」
「勿体ぶるなよ」
「いや、勿体ぶるというより、お前達の身を心配してるんじゃん」
「え? どういうこと?」
「どっちも取り巻きが怖いぜ」
「え? そうなの? ま、まさか、ヤッチャン関係」
「それよりもっと……かな」
「何だよ、それ?」
「それに、姫君自身も強いぜ」
「え……、強い? 何が? まさか……これ?」
と、盛田は腕の力こぶを指した。
「ああ、とてつもなく」
「信じられないんですけど……それに、力ずくでどうのって、オレがするわけないじゃん」
「そう? ま、忠告は、したから」
「ヒノエ君、早く早く!」
「はいはい、姫君2人、両手に華とは光栄だね。じゃ、まずは、何処がいい?」
「学食!」
「アハハハ、言うと思った。で、食堂棟に5店舗、あとテラスとラウンジがあるけど、どこがいいかな」
「え〜、そんなにあるの!?」
「ああ」
「1番美味しいところ!」
遠離っていく3人を見送るように、4人の男は立ちつくしていた。
「取り巻き??」
「おい、あの娘、可愛いんじゃん?」
「へぇ、こっちのキャンパスの主だった女の子達は把握してるつもりだったけどな」
「主だった?」
「分かってる癖に」
平敦盛は方向感覚を失いつつあったが、それでも好奇心の方が勝っていた。
(このように広い敷地だとは……思わなかった…。
そうか、ヒノエはこのような立派な学舎で、日々、経済という学問の研鑽を積んでいるのだな)
その頃ヒノエは、校舎の2階で数名の女の子と楽しく語らっていた。
「……で、来週もノートの方はよろしく」
「え〜、またヒノエ君、どこか行くの?」
「今度はどこ?」
「またニューヨーク?」
「ま、そんなとこ」
「いいなぁ」
その内の1人が、階下のテラスを見やり、呟く。
「すっご〜い。綺麗な娘…」
「え、どこどこ?」
「ほら、真下のベンチ脇の」
「あ、ホントだ。綺麗な紫髪……。誰だろう?」
「あ〜あ、早速、盛田達が寄ってった」
その言葉に素速くヒノエが反応する。
「え? ヒノエ君!!」
「きゃぁ!! 飛び降りた!?」
遠巻きに群がっていた一群を押しのけて、その敦盛に声をかける者が現れる。
「誰か、探して…」
「オレの客に、勝手に声をかけないで欲しいね」
「え! え? ヒノエ、今、どこから?」
「お前、2階の窓から飛び降りたのか?」
「どうでも、いいだろう」
「お! その慌てよう。ははぁん、分かった」
「何が分かったのか、だいたい察しは付くけど、違うから」
「その態度からして、望美ちゃんや朔ちゃんはお友達で、こっちが」
黙ったまま、じっと相手を見るヒノエに、相手がたじろぐ。
「そんな、マジになんなくてもいいじゃん、ヒノエ」
その声を無視して、ヒノエは敦盛に向きなおって
「で、何で来たんだ? 来るなら来るで連絡をくれれば」
「2階から飛び降りるのは、どうかと思うぞ。ヒノエ…」
その声に、2人を取り巻いていた盛田達がどよめく。
「え? ハスキーな声…って、男!?」
「だから言ったろう。で、敦…、突然どうしたんだい?」
「い、いや、別に……。ヒノエに会いに来たのではないのだが……」
「じゃぁ、何で」
「あ、居た居た! 平君、こっちこっち」
「……あいつらは!」
遠くから駆け寄り、敦盛を手招きするのは、
(敦盛が参加している雅楽サークルの…たしか本城と渡辺…だったかな)
「あの方達に呼ばれて、今日はこの大学の音楽同好会の方々と親睦会という催しがあるというので」
「音楽同好会? 親睦会? この大学でそんな固い催しがあるとは思えないね。行くよ」
「し、しかし…」
「いいから!」
「わ、分かった。しかし、少しの間だけ待ってもらえないだろうか?」
「どうするんだい?」
「本城殿にお断りを申し上げて来る」
「ああ、そうだね。存分に申し上げて来てくれ」
「ヒ、ヒノエ? 何か、怒っているのだろうか?」
「別に」
「……言ってくる」
「ああ」
本気で不機嫌な藤原ヒノエというものを初めて見た盛田弘行は、
逆にこの2人に対して、とてつもなく興味を持ったのだった。
「え〜〜、何で!! 横笛の貴公子が来るって約束だったから、私も友達呼んだんじゃない!」
「だ、だから…急用で……。ね、渡辺先輩…」
「あ、ああ。そうそう」
「だったら、私達、帰ります!」
「そうそう、今度きちんと敦紀様がいらっしゃった時に、またお伺いいたしますわ」
「じゃ、そういうことで」
嵐のように女の子達が去った後、本城が半泣きで言った。
「せ、先輩! ここの払い、どうします?」
08/12/03 UP
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