帰らないの? 景時さんルート・5月T
〜喫茶店やろうよ〜
景時は後悔し始めている。
つらい
あまりに………
そもそもは、可愛い妹と二人、大好きな珈琲と紅茶をいれて
みんなから「美味しい」と言われる、
そんな「喫茶店」をしたいと思っただけなのだが……
資金的には問題なかった。
持つべきものはご先祖様、である
あっちの世界でも、こっちの世界でも。
鎌倉権五郎景政公
この人が関東平氏・大庭、梶原、長尾、村岡、鎌倉の五家のためにと
かなりの財産を鎌倉に隠しておいてくれたのだった。
伝承に過ぎないと笑っていた景時の話に、
弁慶は何やら思いついた様子で九郎と景時を伴って、
鶴岡八幡宮の裏手に出かけていった。
あったのだ、鎌倉権五郎景政公の隠し財宝。
それを元手として異世界の人々は、当面の生活を送っている。
ただ、それだけでは財産は減る一方で心許ないからと
ヒノエと弁慶は「株」を研究し始めた。
ヒノエは天才と呼ばれる自身の才能を駆使して、
現世界の社会、特に「株」を中心とした経済システムを研究し、
今ではネットトレイダーとしてかなりの金額を動かすまでになっている。
景時は……
喫茶店である。
ネットトレイダーほどの華々しさはないが、
可愛い妹と毎日、好きな珈琲と紅茶の香りに包まれて暮らす幸せを
夢見ているだけの。
保健所への喫茶店業務の許可申請、建築許可申請、……
……書類書きは嫌いではない、達筆で書が趣味なのをフルに活かして書類を作成した。
税務署への社会保険料や税金・消費税などの相談、銀行や不動産業者・建築業者との交渉、……
……交渉事も得意分野だ。あちこち出かけていっては、そつなく交渉をすすめた。
内装業者の選定、
デザイナーとの店舗デザインの打ち合わせ、
客席配置のレイアウト、
必要備品の選択・買い付け、
食材業者及び食材などの発注方法の選定、
物流方法の検討、
メニュー版の構成制作、
近隣への営業や挨拶まわり、などなど……
……どれもこれも、楽しく、こなしてた
それでも、景時は後悔し始めている。
……つらい
景時の一つ一つの行動が、
どこをどうしてなのか、必ず朔に怒られるのだ
可愛い妹と、楽しく喫茶店をしたいと思っただけなのだが、
肝心の「可愛い妹」に怒られてばかりなのだ。
妹に「喫茶店をやろうよ♪」と、話を持ちかけた最初の頃は、
「兄上、冗談にも程があります」と相手にされなかった。
それが、保健所や税務署、銀行・不動産業者、建築事務所、流通業者など、
景時が忙しく駆け回り始めると
「本気なのですね、兄上……分かりました、頑張りましょう」と言う妹に
「お兄ちゃん、嬉しいよ。
朔、やっとお兄ちゃんが本気だって分かってくれたんだね」
「ええ、兄上。私も全力を尽くしますから」
と嬉し涙を流した景時だったが、
朔の「全力」が、どのようなものか分かって
景時は恐怖したのだった。
「兄上! 人が良いのも大概にしてください!
この書類のままでは、条件設定が不利ではないですか!」
「兄上!! 金利の設定、その程度で喜んでいては先が思いやられます!
もう一度、担当者と折衝してきてください!!」
「兄上!!! 何で送料、私達の方で払わなければならないのですか!
業者発注の品なのですよ! 業者もちが当然でしょう! 契約し直してきてください!!」
「兄上!!!!」
決定打は店の名前をどうするか、だった。
どの名前も朔が首を縦に振ってくれない。
百や二百ではない数を朔に見せたのだが……
もう、何も思いつかない。
「こんなのはどうだろう?」
「兄上、これは最初に見せてもらったいくつかの中にあったではありませんか!」
「あれ? そうだっけ? あははは〜」
「笑い事ではありません! 真面目に考えてください!」
ちょっと疲れていた景時は、珍しくトゲトゲした声で言い返した
「じゃ、じゃあさ、朔も考えてみてよ〜!」
「兄上……」
「あ! ごめん、ごめんね! お兄ちゃん、ちょっと疲れて……
あ、そ、そうだ! 業者さんと会う約束、わ、忘れてた!
ちょ、ちょっと出かけてくるから」
「兄上!」
そのまま、落ち込んだ景時は、七里ヶ浜の喫茶店建設現場近くの
シーズンにはまだ早いのに、サーファー達で賑わう砂浜に腰を下ろし、
今日は霞んで良く見えない逗子のマリーナ辺りを、ぼんやり眺めていた。
どのくらい経ったのだろう、気がつくと、霧雨が降っている。
逗子が煙っているはずだ。
と、その時、ふっと傘がさしかけられた。
「朔?」
見上げるとそこには、望美の笑顔が。
「え? あれ? の、望美ちゃん? なんで」
「朔が心配してました。
朔にしては珍しくべそかいて、私に連絡してきたんです」
「朔がべそ?」
「言い過ぎちゃったって。
『兄上、きっと七里ヶ浜だろうから』って、
朔を許してあげてくださいね」
「y、ゆ、許すも何も……、
そっか……朔が」
「で、お店の名前なんですけど」
「あ、ああ、そうだった。ねえ、望美ちゃん。
何か、朔が喜ぶような名前、ないものかな?」
「実は以前から、何となく朔の話には出てたんです。
でも、朔、兄上に決めて欲しいからって言って、
私や譲君のアイデアは……」
「ははは、やっぱり、オレって駄目なお兄ちゃんだね〜」
「景時さん、一つお願いしていいですか?」
「望美ちゃん? 何かな〜?」
「朔と黒龍との絆、忘れないであげてください」
「望美ちゃん?」
「朔、すっごく気にしてるんです、
あっちの世界でもそうだったけど。
黒龍との関係、景時さんに何も相談しなかったこと。
それに黒龍が消えてから、景時さんの気づかいを無視して落ち込んでたことも、
世をすねて勝手に尼僧になっちゃったことも、
みんな、景時さんに許してほしくて、
でも、許してもらえるようなことじゃないって、勝手に思いこんでて」
「そうなの?」
「ええ、
私には八葉のみんなも白龍もいるけど、
朔には、黒龍の思い出と景時さんしか、いないから」
「……」
「だから、お店の名前、何か黒龍にちなんだものって、どうですか?」
「そう……そうだね。望美ちゃん、ありがと♪」
「いいえ、そんな。
あ、それに、今は譲君もいるし」
「え!? あ、ああ…
あはははは……、は〜ぁ(溜息)」
複雑な心境のお兄ちゃんであった。
07/10/18 UP