帰らないの? 景時さんルート・6月30日U
「…ということで、そんなに心配することないんじゃないかな〜♪ もう大丈夫だと思うよ〜」
1時間程前までホセ・カレースキ氏と一緒のステージで演奏をしていた音大生の一人が
開店パーティーの余興として行っている景時の占いに、うれしそうに頷いた。
「あ、そうだ♪ おまけに護符をサービスしちゃうからね〜」
「えー! ホントですかー? ……これ、『きゅうきゅう…? りつりょう』? 何て読むんですか?」
「ああ、それは『急急如律令』って読むんだよ〜。
霊符呪術だから、人目につかない所でいいから、いつも持っててね〜
これが、君を災厄から守ってくれるからね〜」
「ありがとうございます」
何となくほっとした様子で去っていく彼女の後ろ姿を見送る景時。
「兄上、大丈夫なのですか? そんな適当なことを言って」
心配そうに、パティシエ姿も初々しい朔が、キッチンから声をかける。
「え〜、も少しお兄ちゃんを信じてよ〜、
こう見えても京の安倍家の中では、結構評判だったんだから〜♪
は〜い、次の方ぁ〜!」
入ってきた中年女性は店内を一瞥し、
その一隅に設えられたカフェレストランには似つかしくない占いのコーナーを見詰めた。
その様子に朔は一瞬、何故だか分からないが緊張した。
逆に、入ってきた女性も、朔の姿にぎょっとした様子で立ち止まった。
「あ、あの……、何か……?」
「さ〜って♪ お次の方〜、どうぞどうぞ〜」
そんな景時の声に、その女性は少し驚いた様子で、
朔と景時の顔を見比べると
フッと笑いをもらして、景時に近寄ってきた。
「驚いた…。あんたの方が占うのかい?」
「はい〜? さ〜、お気軽に座ってね〜♪ で〜? 何を占って欲しいのかな〜?」
「そうね、それは… あなた、当ててみなさいよ」
「え!?」
景時は初めて、その女性の顔を見た。
その顔に見覚えがあった。
「え〜っと、テレビで見かけますね〜」
「この太木加寿子を『見かけます』? あんた、いい度胸してるじゃないの」
「太木……」
残念ながら、景時はその手の番組を見なかったので、
というよりこの家のテレビは、ほとんど朔が時代劇を見るために占領していたので、
この女性の「私を知らないなんて」という雰囲気は痛いほど伝わってくるのだが、
「ああ! ○●テレビの×▽、良く見てますよ〜」といった気の利いた社交辞令が出なかった。
「太木先生、マスターを困らせちゃ、ダメですよ」
そう言って入ってきた青年。
景時は「この青年は知ってる」と思った。
柿沢秀彰、九郎と一緒にタオレンジャーに出演している若手アイドルだ。
以前、九郎がタオレンジャーのロケが始まる前に、開店前の店に来ては、
一緒に出演する仲間が、如何に素晴らしいか、熱弁をふるったことがある。
その中でも、サッカーという球技に秀でた黒崎隼人と、
ジャネーズという音楽事務所にいるという目の前の柿沢秀彰は、特に九郎のお気に入りだった。
それで景時も朔も、この二人の顔は何となく見知っていたのだ。
「だってね〜カッキー、ズバリ言うわよ!!
この人、何だかいい加減な占い、してるんですもの〜」
「いいかげん〜!」
「いい加減!」
思わず、景時と朔が声を荒げる。
「あら、違うの? 筮竹と算木、羅盤まで使って、いかにも手慣れた風ではあるけどさ」
「先生、先生のような高名な占い師の方がいらっしゃるなんて、御存知ではなかったのです。
パーティーの余興ということでいいじゃないですか」
「あ〜ら、カッキーがそう言うなら…、でも、筮竹も算木も使い方が嘘っぱちで」
「うそっぱち〜!」
「嘘っぱち!」
またも梶原兄妹が声をそろえる。
「だってそうでしょ、私のは八星占術だけど、商売だからね
西洋占術も東洋占術も、
筮竹使うって言うなら、江戸時代の新井白蛾からこっちの易は、全部研究しつくしてるんだから」
「えど〜? エド〜?」
「ね〜、カッキー、江戸時代も知らないこんなバカが、占いやってるんだよ」
見かねた譲がキッチンから出て、そっと景時に耳打ちした
「あ〜♪ 江戸時代ね〜 じゃ知らないの、無理ないね〜」
景時の一言を耳ざとく聞きつけた太木先生は、赤みを帯びた顔をして、景時を睨んだ
「無理ない? どういう事だい?」
「あ〜、だってね〜、オレのは陰陽五行の」
「お前! お前が陰陽師だとでも言うんじゃないだろうね」
「え? そ」
その言葉を譲が遮り、また何事か景時に耳打ちして、朔と二人、キッチンに入っていった。
「え〜! ゆ、譲君〜、ホントにやるの〜」
譲はキッチンの奥に入ったのか、姿も見えない。
「どうなんだい?」
「じゃ、じゃ〜、太木先生は、オレが何か先生を占って、当てれば信じてくれますか〜♪」
「なんだい! その話し方は!! 男ならもう少しピシッとできないのかい!!」
「アハハ、これが精一杯、かな〜?」
「で? 何を占うって」
「そうだね〜」
そういって景時は筮竹を高らかに鳴らした。
どれくらい時間が経ったのだろう
筮竹と算木、羅盤を駆使して景時は一心不乱に占っている。
こんなに易に集中したのは、そう、九郎と共に鎌倉から平家討伐軍を率いて出発する前夜以来
いやひょっとすると、落ちこぼれと陰口を言われながら修行していた京の安倍家以来か。
「寅、八白土星、だね〜」
当たりだった。しかし太木は
「当たり、と言うと思うかい!」
「え〜!! 違うの〜!!」
「あってるよ」
「でしょ〜」
「何、勝ち誇った顔してるんだい! そんなのは、あたしのプロフィール知ってりゃ、言えるじゃないか」
「ぷろふぃーる?」
「ああ、もう、どうしてこうもバカなんだい。履歴だよ! り・れ・き!」
「え〜、知らないよ〜オレ」
「こんだけ時間かかったんだ、もっと、ましなことは占えないのかい?」
「先生、もう」
「カッキーは黙っといで。あたしゃね、ニセモノとかインチキが嫌いなんだ」
「そうだね〜、『火は寅に生じ、午に旺んに、戌に死す。三辰は皆火なり』。
今が『午』なら、『戌』に気をつけてほ」
「フン、一応、陰陽の勉強はしてるみたいだけどね。
それでも、『淮南子』の引用なんかで誤魔化されないからね」
「え? 『淮南子』じゃないよ〜、今の占いで〜」
「あ〜、鬱陶しいね、分かった分かった。あんたは死ぬまで、ここでコーヒーいれてな
そうすりゃ、幸せだろうから。
どんな占いするかと期待した、あたしが一番バカだったよ。
邪魔したね」
そういって太木加寿子は立ちあがり、入り口の扉へ向かった。
「先生、そんな言い方は……、すみません、梶原さん」
柿沢秀彰は狼狽えながら、景時に謝った。
「君のせいじゃないでしょ〜、気にしない気にしない〜♪」
「でも……そんな泣き顔されてると、なんだか罪悪感が…」
「や、やだな〜、泣いてなんかいないよ〜」
「でも…」
「それより、これ、出来たら太木先生に渡してよ」
「これは?」
「護符。ホントにあの人、『戌』に険の気だ出てるから…。
君が渡せば、持っていてくれるかもしれないからさ〜」
「分かりました。失礼します」
「ほら、カッキー!! 何、インチキ占い師と話てるの! 行くわよ!!」
と扉に手をかけようとした瞬間
扉は自動ドアのように開き
「あ、し、失礼した」
と紫髪をなびかせ美人が入ってきた。
美人、男性か女性かも分からない、この目の前の若者に、太木加寿子は「美人」と思った。
そして、次の瞬間、彼女の占い師としての全細胞がざわつき、総毛立った。
《 何、この子!? 本当に人間なの!!?? 》
今まで、世界を動かす程の人物にも数多く会った彼女をして、初めての経験だった。
そして、続いて入ってきたまだ二十歳前後と思しい女性に、また総毛立つ。
《 こんな小娘……、なのに何! この気は!? この娘も
そういえば最初に妙に気になったコック姿の娘も……
小娘二人……やはり別の意味で人間なのだろうか? 》
あまりの複雑で圧倒的な気に、それこそ気圧されて太木は逃げるように外へ飛び出す。
そして改めてよく辺りを、落ちついて眺めてみる。
そして気づく
異様な神気によって、この一帯が包まれていることに。
《 何? 何? 何なの? この空気は?
出雲や伊勢でもあるまいに……
これは……、面白い店と、妙な陰陽師を見つけたもんだわ……
やっぱりカッキーは、私の幸運の君だわねぇ 》
そう思っていた時、後ろから、その愛する柿沢が声をかけた。
「先生…、先生? どうされたんですか?」
「え? いえ、別に何でもないわ」
「そうですか? 珍しいですね。先生がテレビ番組でもないのに、あそこまで熱くなるのは」
「熱く…? そう? ……そうね。
いいことを一つ教えて上げるわね、カッキー。
何かちょっと気分的にでも体調的にでも、すぐれないことがあったらね
ここで、あたしと会いなさい。それが、あなたの運気を上げてくれるから」
「ここっていう場所と、先生っていう人と、どっちがその場合に、より重要事項ですか?」
「あんたも最近、言うようになったわね。そう言うからには、感づいてるんでしょ」
「ありがとうございます」
「ちょっと。あんた、最近冷たくない?」
「そんなことはありませんよ。まったく変わらず御尊敬申し上げてます」
「可愛い顔して、サラッとよく言うよ」
「あ、そうそう、梶原さんが、これを」
「エセ陰陽師が?」
「頼みますよ、僕、九郎さんとの付き合いがあるんですから、
せめて、これは持っていてください」
「フン、今度ガキ向けの番組に共演するっていう筋肉バカかい?」
「また、そう言って憎まれ口を……。持ってて下さいね、僕が頼まれたんですから」
「分かったわよ」
そう言ってカバンの中に護符を放り込む。
まさかそれが、数時間後に本当に太木加寿子を救うことになるとは、
この時は梶原景時以外、誰も思ってもいなかった。
いや、景時自身もどうだったか……。
「太木加寿子って恐かったね〜」
「珍しく、兄上のことを可哀想に思ってしまいました」
「入れ違いに出て行った人、太木加寿子さんだったんだ」
「そうよ、望美。兄上の占いにアレコレ文句をつけて」
「景時さんの占い、あたしはけっこう好きですよ」
「の、望美ちゃ〜ん」
「だって、悪いこと、あまり言わないから、なんだか幸せになれるんじゃないかって
そんな気分にさせてくれるんだもん」
「悪いことや脅すようなこと言ってもサ〜、恐がらせるだけだかね〜♪」
「分かってます。そういうものも占いで出てるんですよね。
それを『こうしたほうがいい』とか『ここは気を付けて』って言葉にしてるの
それって、景時さんの優しさじゃないですか。
だから、私は好きだな」
「神子」
「え? 何? 敦盛さん」
「神子は、件の太木某という女性の占いを、知っているのだろうか?」
「どうして?」
「い、いや……。ただ、何となくその女性の占いと比較しての発言だったように感じたものだから」
「そんなに詳しくないよ、私。雑誌を毎週二冊と、
それに、ネットであちこちの占いサイトを毎日見ているくらいだよ」
「それで、お釣りがくるくらい十分ですよ、先輩」
「そうかな? 女の子ってこんなもんじゃない? 譲君は見ないの?」
「占い…ですか? オレは見ないですね。あまり信じないし」
「そうね、譲殿は、御自身の夢見すら、あまりなさらないわね」
「え〜、星の一族の血筋としてはもったいないかぎりじゃないかな〜♪」
「そんなものですかね? 何だかピンとこなくて……」
「最近は嫌な夢でうなされなくなったんでしょ」
「え? どうして、それを」
「将臣君がうれしそうに言ってたよ。
朔に告白した頃からピタリと止んだって」
「せ、先輩! どうしてそれを」
「の、望美! どうしてそれを」
「あ!! あははは、無し無し! 忘れてね〜、今のは」
「まったく油断も隙も」
「まったく油断も隙も」
「朔〜、譲君〜……、こ、告白って、な、何かな〜」
「え? それは……ですね」
「兄上、それは……、内緒です!」
「え〜!! 朔〜、お兄ちゃん、泣くよ〜」
その夜、横浜横須賀道路で大事故が発生した。
大型トラック2台とタンクローリー1台に、間に挟まれた普通乗用車が3台巻き込まれた玉突き衝突
最悪なことにタンクローリーから漏れたガソリンに引火、
懸命な消火活動にも3時間に渡って燃え続け、道路は全車線封鎖された。
その中の1台が太木加寿子のものであったため
スポーツ紙の朝刊早刷り1面は
「太木加寿子 事故死」
「占い師 自分の事故は占えなかった!」
といった見出しがおどった。
しかし、現場の警察からの公式発表は、違った意味で驚くべきものだった。
「時速90Kmから100Kmでの玉突き衝突。普通乗用車は原型を留めない程に潰れるも
死亡者0。軽傷2。それだけですみました。怪我をされた方には申しわけありませんが
奇跡としか言いようがありません。不幸中の幸い、なのでしょう。
良かった」
わざわざ警察発表の最後に付け加えられた一言が、この事故を言い表していた。
取材陣の質問は、乗っていたはずの太木加寿子の様子に集中した。
「太木加寿子…エヘン…太木先生は…、無事です」
取材陣のどよめき。
「無傷で、その…事故原因となったトラックの運転手を怒鳴りつけておられました」
歓声と笑い声。
現場写真で、一カ所、かけ離れた所で燃えている紙が写っていることに気を止めた者は
まして、それが景時がカッキーを通して渡した護符であることなど
警察関係者も含めて誰一人いなかった。
いや、たった一人、太木加寿子本人を除いて。
08/01/26 UP