九郎さんルート・6月U
〜プリンスSASUGA〜












みんな言葉も無く、TVの画面を食い入るように観詰めた。



  《 さて、続いてナンバー9は初参加、源九郎22歳。無職。神奈川県藤沢市からの参加

    と言ったらいいのでしょうか、

   実は、この参加用紙には「家出中」と書いてあります(笑)。



    26回を数える『SASUGA』の全参加者でも初めてでしょう、家出中の参加者というのは。

    そしてまた、全参加者、女性を含めても、最も髪の毛が長いのではないでしょうか。

    じっとしていると、地面に着いてしまいかねない程の長髪です。

    『SASUGA』をなめているのか。

    ところが、そうではありません!

    『SASUGA』予選大会、全競技で過去最高の成績をたたき出しての参加なのです!

    この男、運動能力のポテンシャルは測り知れない!!

    さあ、スタートです!

    MAXのポテンシャルを見せてみろ! 九郎・源!!

    今、長い髪をなびかせて、軽やかにまずは「3段飛び石」を走り抜けます!

    速いぞ! これは速い!》








それからの九郎さんは圧巻だった。





タイムレースの第1ステージを、リニューアルしたというのに30秒も残して、クリアした。

ロイター板を使わずに、飛び跳ねるのには驚かされたけれど。

ちなみに第1ステージ通過者は、参加100人中たった12人。

九郎さんの通過タイムは他を圧倒していた。




『SASUGA』オールスターズと呼ばれる常連の人達でも、脱落者が出始めた第2ステージ。

腕力を必要とするこのステージも、危なげなく九郎さんはクリアしていった。

しかもリニューアルしていないこのステージの通過タイムは、歴代2位。




4人しか残らなかった第3ステージは、九郎さんの一人舞台だった。

本気になった九郎さんの敏捷性と身体能力って、こんなんに凄まじいものだったんだ。

『SASUGA』のニューヒーローとか、アナウンサーも絶叫した。

あっという間に各関門を通過するので、テレビカメラが追いつかない程だ。





そして、ついに3分以内に30mのロープをひたすら登る最終関門。





  《 さあ、緑丘スタジオ・屋外特設ステージも夜の帳に包まれました。

    その漆黒の闇の中に照明を浴びて浮かび上がるのは、最終関門「タワーリング・インフェルノ」だぁ!!

    そして、この最終関門までに99人の挑戦者が、各関門の餌食となって無念の涙を飲んでいる!

    そして、その99人の無念と期待を一身に背負い、たった1人の挑戦者が

    今、タワーの麓に歩を進める。

    たった1人のその男、

    驚くことに『SASUGA』オールスターズではありません!

    今大会に特別参加、オリンピック体操個人総合、鉄棒、床の三冠メダリスト、韓国の英雄でもありません!



    『SASUGA』の新しいヒーロー!

    歴代『SASUGA』オールスターズの誰1人として成し遂げる事のできなかった奇跡の記録!!

    予選全競技・新記録!

    そして本選リニューアルした3ステージ全てで信じられない記録をたたき出しての1位通過!!!

    『SASUGA』のニューヒーロー!

    26回を数える『SASUGA』でも異色中の異色!

    信じられない長髪! 信じられない身体能力!! 信じられないポテンシャル!!!

    そして笑える事に家出中! そんなフリーターの星!

    新たな伝説の誕生!

    『SASUGA』のプリンスの誕生だぁ!

    その挑戦者こそ、九郎・源!》





割れんばかりの歓声の中、

真剣な表情で、九郎さんがゆっくりと、手と足の裏に滑り止めのスプレーをしている。





   「へぇ、九郎にしちゃぁ学習のみこみが速いな。」



   「九郎さんは身体で覚えるタイプなんですよね」



   「確かにな。第1ステージではロイター板も滑り止め粉も使って無い、

    っていうか、どう使うのか、使い方を知らなかったんだろうな。

    第2ステージではそれを上手く使いこなしていてる。

    第3ステージでは、さり気に地下足袋に履き替えてる。」




   「さすがは還内府、ですね。あの地下足袋は僕が差し入れたんですよ。」



遅れてやっと来た弁慶さんが、リビングの扉に立っていた。



   「弁慶(さん)(殿)!」



   「ああ、譲君。これをお母様に。

    突然、こんな大人数で押しかけることになってしまって、恐縮しているとお伝えください。」



   「弁慶さん、実は」



   「いいから譲、もらっとけ。それより弁慶、どういうことだ?」



   「あ、あの、弁慶さん、これ、生放送じゃないですよね。

    と言う事は、この番組の収録の日以前に、九郎さんが『SASUGA』に参加する事を、

    弁慶さんは知っていた、ということですか?」



   「ええ、そうです。」



   「何で黙ってたんだ?

    望美が心配してんの、あんただって知ってたじゃん!」



ヒノエ君、怒ってる。



   「ちょっと事情がありまして、九郎に口止めされてたんですよ。」



   「九郎からはいつ連絡があったのかなぁ?」



   「景時、残念ですが、九郎から連絡があったんじゃないんです。」



   「どういうことだ?」



   「番組の……、あ、始まるようですね。この話は終わってからゆっくりとします。」



   「OK、そうしよう」



   「終わったらゆっくり、ね」






登り始めた九郎さんは、ひとつも危なげ無く、あっさり時間内に登り終えてしまった。

何の感動も見せず、息を切らすことも無く、全てのステージをクリアした征服者に対し、

やたらと興奮したアナウンサーが「『SASUGA』のプリンス」と連呼して、場を盛り上げようとしたけど、

余りに冷静な九郎さんの最後のインタビューですべて虚しい努力になった。

クリア直後の興奮さめやらぬ征服者に「今のお気持ちは」とか聞いて、感動の言葉で締めくくろうとしたのに



   「日頃の鍛錬の成果に過ぎない。これも先生のご指導の」



そこで九郎さんの言葉はカットされ、エンディングになってしまった。










どれほど緊張していたのだろう、番組放送中、一言も発しなかった敦盛さんが



   「はぁ………  ! あ、 す、済まない、溜息など……」



   「すっかり紅茶が冷めてしまいましたね。

    いっそアイスティーにしてしまいましょう。

    氷、持ってきます」







と、譲君と朔が立ち上がったのをきっかけに、将臣君が弁慶さんの方に向き直り



   「さて、と。 で?」



   「オレの神子姫様を心配させたんだ。ありきたりの言い訳じゃ、済まないぜ」



   「恐いですね。これからの僕の説明が、還内府殿と熊野別当殿のお気に召すかどうか」



   「ちゃらい前振りはいい」



やれやれ、と弁慶さんは溜息をひとつついてから、話し始めた。



   「九郎には信じられなかったんですよ。

    それこそ、頼朝殿しか見てなかったのですからね。
    頼朝あにうえの創る『武士の世の中』に自分は参画している、その一途な思いだけでしたから。

    それが、その思いが、どんなに頼朝殿にとって危ういものか、考えもせずに。ね、景時」



   「え、ああ……、そうだね」



   「自分の立場を、九郎はやっと客観的に理解したんです。

    木曾殿を、頼朝が本当のところ、どうして排斥しようとしたかも。

    だから異世界に戻ったら、九郎自身が理由で戦が始まるって理解したんです。

    やっとまとまった平家との和議も、御館の奥州も、ヒノエの熊野も、

    九郎という存在を口実に、頼朝殿は戦を仕掛けるだろうって。」



   「そんな……、やっと戦は終わったと思ったのに」



   「残念だけど……頼朝様は、全部狙ってるよ。そのためにも必ず九郎を殺す」



   「え? 何で? 景時さん」



   「最初から、政子様以外、頼朝様は誰も信じちゃいない。

    だから俺に、九郎の行動を逐一報告させて、どうでも良いような失敗を」





そうだ。異世界を何度も逆鱗使って、私も頼朝さんのやり方、嫌という程知ってる。





   「だから、九郎は現世界に残るって決めたのですよ。

    ま、家出中に何をしていたかは、まだあまり聞いてないですけどね。

    残ると決めた九郎は、この世界を見て回って、考えたんですよ。

    現世界に居るとして、まず何が必要なのか。

    6月の上旬に『SASUGA』の番組ディレクターの方から連絡がありましてね、予選終了直後に。

    信じられないような記録で予選通過した、九郎の身元確認でした。

    番組でも言ってましたが、エントリーシートに九郎は、『家出中』と書いてましたのでね。

    連絡先となっていた僕の家電に、そのディレクターが連絡してきたんです」



   「タハハハ、やぁれやれ、だね♪

    まったく、九郎も正直っていうか、機転が利かないっていうか」



   「ま、住所不定・無職、ど素人の新人じゃん。

    人気番組に出してやばくないか、制作サイドとしちゃ、身元確認する気持ちも分かるね。

    で、あんたが身元保証人に?」



   「ええ、電話では埒があかないので、実際に緑丘のスタジオに行きました。あとは御覧の通りです。」



   「何で『SASUGA』なんだ?」



   「異世界に帰らない。OK、理解できる。だが、それと『SASUGA』出場との脈絡が分かん無えぜ」



   「優勝賞金、ですか?」



氷を持って、部屋に入るなり譲君が言った。



   「ヒュー、譲、冴えてるね。

    なるほど、手っ取り早くまとまった現金を手にする公明正大な方法だ」



   「そうか、九郎殿の身体能力をもってすれば、その可能性は高い、ということか」



   「ええ、そうですよ。

    そして、まずこの社会で生きていく為の第一歩として、

    『SASUGA』の賞金で僕のマンションから独立しました」



   「え!!! えぇぇ!?」



   「大丈夫なんですか? 九郎さんを一人にして」



   「それって、不安だよぉ〜!!」



   「ヒノエ、望美さん、景時。

    あなた方の不安も分かりますがね、九郎は九郎で、この数ヶ月、独りで生きてきたわけですし。

    それに、九郎の、自立しようっていう決心は固いようです」



   「ホントですか?」



   「嫌だな、望美さん。僕は、嘘は言いませんよ。」



   「で?」



将臣君が、弁慶さんの話の先を促す。



   「でも、『SASUGA』の賞金はせいぜい100万か200万ですよね」



譲君が疑問を差し挟む。



   「はい、200万円です。」



   「200万て聞くと凄いけど、アパート借りるにしたって、

    それだけで半分は消えてしまうんじゃないですか?

    その後の定収入が無ければ、結局は立ち行かなくなる。」



   「ええ、そうですね。譲君の仰る通りです」



   「こっちの世界での履歴は捏造できたとしても、結局は生活が行き詰まってしまいます」



   「譲君! 九郎さんはあっちの世界に帰った方がいいってこと?」



   「先輩、とんでもない!!

    茶吉尼天は滅んでも、源頼朝は存在しているんです。

    いくら異世界だからとは言え、危険であることは変らないと思います」



   「じゃあ」



   「だからこそ、しっかりと生活の基盤を整えないと」



   「譲が言いたいのは、きっちり生活費稼げってことだ。

    ヒノエとあんた、それに敦盛は、株やら相場やらでしっかり稼いでるらしいじゃないか」



   「いや、将臣殿、私は何もしていない。ヒノエに頼っているに過ぎない」



   「景時兄妹はまもなく海岸通りに喫茶店オープンだ」



   「潰れないと良いんだけどねぇ」



   「兄上が潰さなければ、ですよ」



   「どういう意味かなぁ、朔ぅ〜」



   「リズ先生は、近所で評判、ガキンチョにもなぜか評判の書道教室を経営してる。

    と、なると、どう考えても、一番社会適応してないのは九郎だろう」



   「そうですね。でも先程、望美さんも仰ってましたが、九郎は身体で覚えるタイプなんです。」



   「この約一ヶ月の放浪で、こっちの世界を体で習得したってことか?」



   「ええ、それにビジネスとして、僕が九郎のマネージメントをすることになりましたし。」



   「弁慶さんがマネージメントするなら安心……って? 何のマネージメントですか?」



   「今回の『SASUGA』がきっかけで、九郎は芸能界で活動する事になったんです。」



   「???」



   「やはり時代劇か何か、かしら?」



   「朔、大河ドラマとか『暴れん坊奉行』とか、意外と時代劇好きだものね」



   「残念ながら違います」



   「やはり裏方だろ、ADとかって体力勝負だっていうから」



   「でも将臣君、ADにマネージャーって、必要ないんじゃない?」



   「じゃ、お前は何だと思うんだよ?」



   「ズバリ! スタントマン!!」



   「残念。望美さん、惜しいです」



   「ええ〜。絶対これだって思ったのに……」



   「体操の先生だ」



それまで静かだったリズ先生が、もらした一言はまったくの予想外だった。



   「えぇ!!! 体操の先生(なの)(かよ)(ですか)!?」



   「やはり御存知でいらっしゃったのですね、先生。」



   「うむ。『メール』という携帯を使った文が来たのでな」



   「九郎(さん)(殿)からメール!?」



   「先生、メール操作、できるんですか?」



   「譲君、ちょっとそれ、先生に失礼じゃない?」



   「あ、いや……済みません。ただ、ちょっと驚いたもので」



   「私が毎日2、3回は先生にメール、送ったから。

    最近はスキルアップして、返信してもらえるんだよ」



   「先輩のメール……絵文字と顔文字がほとんどじゃないですか。

    よく文意が分かりますね」



   「問題ない」



   「譲君、それはどういう意味?」



   「いえ、その……で、体操の先生って、どういうことですか?」



   「あ! 話題、逸らした!!」



   「九郎、いい加減、入ってきて、自分で説明したらどうですか?」



   「え!?」



全員の眼が、リビングの入り口に注がれた。

そこにゆっくりと、九郎さんが現れた。



   「済まん、みんな。勝手に出て行って。会わす顔が」



   「そんなことはどうだっていいじゃん」



   「ヒノエの言う通りだぜ、九郎。で?」



   「九郎さん、『体操の先生』って?」



   「実はTBBで放送している子供番組で、二代目『体操のお兄さん』っていうのをやることになった」



   「!」



   「お前にガキンチョの相手、できるのか?」



   「ああ、まあ、な。もう放送3回分の収録というのを終わった」



   「皆さん、まだ、九郎にも言っていないことですが、ここでもうひとつ、発表があるのですよ」



   「え? 弁慶さん、今日、伝えたい事があるって呼び出したのは」



   「九郎さんの二代目『体操のお兄さん』就任ってだけじゃ無いんですか?」



   「九郎。こうでもしなければ、君は皆さんに当分は会おうとしなかったでしょう。

    だから、皆さんに迷惑は承知の上で、集まってもらったんですよ」



   「そうなのか……そうだな……済まん」



   「はいはい、そんな顔をしない。

    めでたい話なんですから」



   「めでたい話?」



   「弁慶さん。九郎さんも知らない話って、何ですか?」



   「そうそう、勿体つけないで早く話し欲しいね」



   「では。

    九郎の仕事がもう一つ決まったのですよ。

    テレビ旭、夏の新番組、『不屈の闘志・超人戦隊タオレンジャー』」



   「戦隊モノかよ!!」






   「ふふっ、レッド役なんですよ」

と、弁慶さんは自慢そうに付け足した。






あとがきという名の裏ネタ(この下から反転です)

弁慶さんがお母さんへのお土産を渡したときに譲くんが「弁慶さん、実は」と言っているのは、有川家の両親が海外出張から海外赴任になったことを伝えようとしているのです。
が、臣はもらえるもんはもらっとけと思っているので譲くんを止めてしまったのです。




07/09/05 UP

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