九郎さんルート・6月V
〜体操のお兄さん〜
「さあ、次は『体操』の時間だよ〜!
いつものように! 元気に!
九郎お兄さんを! 呼ぼうね〜!
セェ〜ノ! 九郎お兄〜さ〜ん!!」
(3カメ、ズーム!
2カメに切り替え、
3、2、1、キュー!)
「やあ! 今日も元気に鍛錬しよう!!
無理せず、大きく、まずはその場でじゃぁんぷ! じゃぁんぷ!」
(カット! カット!
誰だよ! 今日の台本!!
九郎に横文字の台詞言わせるなって、常識だろ!)
(5分休憩。2カメ切り替えから再録。
メイクさ〜ん、九郎とチビちゃん達、おさえて)
慌ただしくメイク係の女性が、椅子に座った九郎の顔にパフをはたき、汗とテカリを抑える。
共演の子供達が嬉しそうに、九郎の後ろに順番に並んでいる。
女の子が2人、九郎の髪の毛で三つ編みの練習を始めて、メイクの女性に注意される。
滑るように、九郎の隣に弁慶が立つ。
メイク係はいつの間にか現れた弁慶を、少しだけ見る。
弁慶はと言えば、ヒノエの言うところの「悪い笑顔」で、メイクの女性に微笑みかける。
真っ赤になった顔を弁慶に気づかれまいとして、彼女は子供達のメイクに取りかかる。
そんな二人の様子など、何も気づかずに、九郎が台本を見ながら弁慶に言う。
「何か、まずかったのか?」
「九郎……。君のせいではありませんが、
君も、いい加減、英語の発音に慣れませんか?」
「すまん。自分では、上手く言えたと思ったのだがな」
悪気なく笑う九郎に、そっと溜息をつく弁慶だった。
ADが二人に
「台詞、ちょっと変えます。
15ページの『その場でジャンプ!』は『その場で飛び上がれ!』で
17ページの『キック! キック!』を『蹴れ! 蹴れ!』で
お願いします」
いくらなんでも『キック』くらいは変えなくてもいいのでないかと弁慶は思ったが、
九郎は明るく
「すまん、助かる」
と、ADにさわやかな笑顔をふりまいていた。
ここTBBで「源九郎=横文字NG」は、社長命令として徹底されている。
と言うのも、九郎の事実上マスコミデビューといえる「第26回SASUGA」は
平均視聴率25.6%、
瞬間最大視聴率は、
九郎が最終ステージゴールのボタンを押す直前で、
なんと37.8%!
人気番組「SASUGA」とはいえ、ここ数回は視聴率20%に届かず、
マンネリが指摘されていた。
それが一気に25%を取ったのだ。
その立役者の「源九郎」を、何としてもTBBは手の内にしたかった。
そして、SASUGAオールスターズとは別の、新たなTBB運動系スターとして売りたかったのだ。
だから、
テレビ旭が源九郎と接触していると知った時、
TBBの首脳陣は動揺した。
どうやら「SASUGA」の地方予選から、テレビ旭は九郎に目をつけていたらしい。
所属事務所もない素人だと思って、タカをくくっていたのだが
源九郎の同居人だとばかり思っていた金髪の男も
マネージャーとして、あちこちのテレビ局や映画会社に売り込んでいる。
しかも驚いたことに、生き馬の目を抜く芸能界の
それも百戦錬磨のプロデューサーやディレクターといった連中を相手に
何をどうやったのか、あちこちで太いパイプを作り上げ
「源九郎」を巧く売り込んでいる。
どうせ尾ひれは付いているのだろうが、
「ベネチア映画祭の雄、北山武監督が興味を示している」とか、
「スポーツ用品メーカーのNAKEが、日本及び東アジア向けTVCMに起用するため交渉中」とか、
「MHKでは大河ドラマの準主役に起用する計画が水面下で動き出している」とか、
あろうことか
「ジャン・ウー監督が、次のハリウッド映画に使いたがっている」といった噂まで流れるに至って
TBBは思った。
秋の「SASUGA」特番まで悠長に待っていては、九郎を他局に持って行かれてしまう。
なんでもいいからテレビ旭の放映より先に、源九郎をTBBの場面に露出させたかった。
そこで都合良く空いていた、
子供番組「みんなで遊ぼ!」の「体操のお兄さん」役に抜擢した。
放送はテレビ旭より6週も早い。
多少無理はあるが「運動系」であり、加えて、あのルックスである。
先代体操のお兄さんとはまた違った意味で
「若い母親達の視聴率を狙える」と踏んだのだ。
が、
源九郎は断ってきた。
理由は……不明
やっとの事で、彼のマネージャー「ベンケイ」こと藤原慶二を介して聞き出した「理由」は…
英語(和製英語も含めて)が苦手で、放送局の人々の会話が、
半分どころか、まともには何も分からない。
それでは周りの人に迷惑だろうから……
……信じられなかった
しかし、それが事実であると分かると、
TBBでは「英語ノイローゼ」ということで同情をもって理解され、
それでも視聴率の欲しいTBBは、社長命令として、源九郎の周囲から英語を削除したのだった。
(テイク2…あ! ゴホゴホ、2回目の収録、いきま〜す!
源さん、チビちゃん達、スタンバ…立ち位置についてください!
……やりづれえったらありゃしねぇブツブツ……)
「やあ! 今日も元気に鍛錬しよう!!
無理せず、大きく、まずはその場で飛び上がれ! 飛べ!」
(カット…ストッ…えい!! 中止! 九郎!! 飛び過ぎだ!!!
カメラがついていけないだろう!!
打ち合わせた程度にしておいてよ!)
「すまん。つい」
でも、周りの子供達は大喜び。
みんな、九郎をまねして飛び上がっている。
目の前で見る「長い髪のお兄ちゃん」は、信じられない身体能力で
人間が、自らの身体を使って、跳んだりはねたりする事の楽しさと美しさを
存分に見せつけてくれる。
放送第1回目はさすがに驚くだけだった子供達も、
九郎と言葉を交わし、
九郎に身体の動かし方を指導され、
九郎にじゃれつき、
九郎の天然ボケぶりを見、
その回数に比例して、
九郎との呼吸がかみ合い、
第5回放送分の収録時には、驚いたことに子供達の身体能力自体が向上してきたのだった。
若いママ層の口コミと、ネット情報によって
「みんなで遊ぼ!」の視聴率と2代目TBB「体操のお兄さん」の人気が
じわじわと向上してきた第6回放送の翌日、
初回視聴率としては驚異の数字を記録し、
後に「伝説」とまで呼ばれることになる
テレビ旭の新番組「不屈の闘志・超人戦隊タオレンジャー」第1回放送がオンエアされた。
07/11/20 UP