九郎さんルート・6月W

〜戦隊ヒーロー・オンエア直前〜












黒崎隼人は、長いメイクから解放され、生まれて初めてのセットでの撮影に向かった。

こんなに緊張しているのは、いつ以来だろう。

……そう、ドイツ・ブンデスリーグのデビュー戦だったホームスタジアムのヴェーザーシュタディオンで、

更衣室から暗い通路をピッチに向かって歩いている時以来か……。

あの時は

   『企業スポンサーも連れてこない日本人選手が、俺達のチームにどんな貢献ができるんだ』と言った、

品定めでもされている気分だった。

ホームゲームなのにアウェイのような人々の視線…。





   「いよいよ今日からだな」



後ろから突然、テンション高く話しかけてきたのは、共演者の源九郎だった。

一瞬、ほんの一瞬だが黒崎は驚いた。

サッカー選手として、普通の人よりは近づいてくる人間には敏感なはずなのだが、

この源九郎は、いつ近づいたのか、いまだに分からない。



   「九郎…、あ、これは黒崎隼人さん。おはようございます」



   「やあ、べんけ…、あ、いや、で、何か用か?」



   「ええ、ちょっと…」



『そしてもう一人』と、黒崎は思う。

この源九郎のマネージャーだか付き人だか友人だかよく分からない金髪の男。

この男は、源九郎以上に存在に気づけない。

気配を意識的に断っているのかと思うほどだ。

『こいつらは何者なのだろう』と、普段はあまり他人に興味を持たない黒崎が、自分のそんな思いに戸惑う。

『こいつらは何者なのだろう』…十年近い昔、都内の高校生だった頃に思ったことがあったのと似た感情。



「源九郎」は、バカだ。

『今時珍しい程の純粋で真っ直ぐな』という評判だが、

このところ分かったのは、真っ直ぐかも知れないが、バカ、だということである。

身体能力、適応能力は尋常ではない。

サッカーもオレが1、2年教えれば、ひょっとするとJぐらいなら通用しそうな程だ。
今はどこで修行しているのか分からない剣道バカ京一そっくりだ。
そういえば源九郎このバカも「花」何とかという必殺技を習得した、あのバカ京一と同じ剣道バカだった。



「BEN…何とか」と外人のように呼ばれる「藤原慶二」は、日本人なのだろうが、

染めたとは思えない綺麗な金髪をなびかせて颯爽と歩く。

その姿に、イイ男など見慣れているだろうテレビ旭局内の女性達が、報道部の女子アナも含め、

色めき立っているという噂だが……。



この二人には、芸能人やサッカー選手とは違う何か、敢えて喩えるなら

高校時代にいっしょだった『あいつら』と近い匂いを感じるのだったが、



   『まさかな。あんな連中が、あっちにもこっちにもゴロゴロいたりするもんか』



と、思い直すのだった。





   「源君、じゃ、先に行っている」



   「ああ、そうだな。すまん」



   「お気遣いいただいて、申し訳ありませんね。すぐに、九郎も行かせますので」



と、にっこり微笑む藤原慶二を見て、



   『なるほど、この作り笑顔に女性は弱いのだろうな』



と、納得するのだが、

どこかで見慣れた笑顔のようで、デジャビュにも似た目眩を感じた。

その目眩を振り払うように、首を振り、



   「いや」



と答えて、歩き出した。




   「では、許可が下りたのだな」



   「ええ、このバンダナマスクで決まりましたよ」



   「やった! リズ先生! 見ていて下さい!」



遠離っていく二人の会話を聞きながら、



   『リズ先生って誰だろう』



と思う、黒崎隼人であった。











撮影スタジオの重い扉を開けると、いきなり外国語が聞こえてきた。



   「Dovrei stare in piedi qui?
       (ここに立っていなければならないの?)」



   「Si. Per favore l'imiti, E……
       (はい。彼のまねをしてください、そして……)



   「おはようございます」



   「あ、黒崎さん、おはようございます」



   「誰? あのマスクマン?」



   「あ、あれは第1回オンエアのゲス」



   「Ciao, e dopo un'assenza lunga. HAYATO !
       (やあ、ひさしぶり。隼人!)」



   「チャオって、イタリア人? Chi ?(誰?)」



   「Hahaha〜、Io non capiro io sono chi. Io sono Pierre
       (ハハハ〜、誰だか分かってないね。ピエールだよ)」



   「Pierre!? Perche e in Giappone?
       (ピエール? 何で日本にいるの?)」



   「あああ、マスク取っちゃった……、もう!」



   「Pierre、Un direttore e adirato.
       (ピエール、マネージャーが怒ってるぜ)」



   「黒崎さん、イタリア語、出来るなら言って下さいよ。

    マスク取っちゃうと、またメイクセットに時間かかっちゃう、って」



   「それより何で、セリエA・ユーベのキャプテンが、日本のテレビ局の、

    それも戦隊モノのセットに、こんな訳の分からない、

    プロレスラーみたいな衣装にマスクまで被って居るんだ?」



   「Io sono mil mascaras♪
       (僕はミル・マスカラスだよ)」



   「Oh, Lei e un ventilatore della lotta professionale.
       (ああ、あんたはプロレスのファンだったね)」



   「E un fatto.
       (それは事実だね)」



   「そのプロレス好きのファンタジスタが、どうして日本の戦隊ヒーロー物に出演を?」



   「アレックさんは、たまたま別のキャンペーンで来日中だったのを

    ウチのエグゼクティブ・マネージャーと、それからほら、

    あの人が直接出向いて出演交渉したんですよ」



振り返った先には、ちょうどそのエグゼクティブ・マネージャーと一緒に

副調整室に上っていこうとする、藤原慶二その人がいた。











   「そうそう、これを」



   「何だい?」



   「いえいえ、そんな大したものではありませんよ。

    お嬢様が、もうすぐお誕生日だそうで」



   「あ? ああ、そういえば…、え? 娘にかい?」



   「はい。クラシックバレエのレッスンにも通われていらっしゃるとか。

    で、トートバックです。レッスンに通われる時にでもお使いください」



   「悪いね、いつも気ぃ使ってもらっちゃって。

    バレエ、そうなんだよ。

    僕はそっちの方はさっぱりなんだけどさ、女房が言いだしてね。

    娘も、珍しく熱心に通ってるんだ。あの飽きっぽい子が、さ」



   「素敵ですね。やはり芸術家の血なのでしょうね」



   「誰が芸術家……、って、僕? やめてよ、真顔で言われると照れちゃうよ」



と、まんざらでもない顔でエグゼクティブ・マネージャーは笑った。

スタッフは、調整室で収録の準備に忙しい。

副調整室の扉を閉めると2人だけとなった。

スタジオ内の指示用マイクをONにして、エグゼクティブ・マネージャーが言った。



   《 じゃあ、準備ができたらスタートね。

     調整室、ディレクター、よろしく 》



   「それから」



   「え? 何?? 藤原君」



   「これを奥様に」



   「女房にも?」



   「ええ、バレエスタジオへの送り迎えは何かと大変でしょうから、

    あなたからのプレゼント、と言うことで送られてはいかがでしょうか?」



   「いいのかい? これ、ティファニー本店の包装だよね」



   「はい」



   「高いだろう?」



   「実は、甥が先月、ニューヨークにいった際に買ってきたものなんですよ」



   「それを貰っちゃっていいの?」



   「ええ。それに」



   「それに……?」



   「先週のニューヨーク出張、慌ただしくてお土産がお買い求めになれなかったと、窺ったものですから」



   「じ、地獄耳だね。そうなんだよ……。帰国以来、どうも女房の視線が………、助かるよ」



   「で、その代わりと言っては何ですが、お願いが…」



藤原慶二の瞳が妖しく輝いた。











いよいよ、あと1ヶ月後になった『不屈の闘志・超人戦隊タオレンジャー』第1回オンエアに向けて

番組宣伝が本格的に動き出した。

キャンペーンとしてポスターと関連グッズが、テレビ旭内のショップで先行販売されはじめた。

   「また戦隊ヒーローか…」

と代わり映えがしない企画に、あまり人目を引きつけることはなかったのだが、

まず、テレビ旭内のショップに張り出されたポスターを見た人々の驚きから

   「え? 本当か?」

とネットの口コミで話題に上ったのが、正式発表されていなかったキャスティングだった。

戦隊ヒーロー物としてはあり得ない、顔の分かるバンダナマスクのコスチュームだからだが、

それぞれのファン層の臆測がネット上で駆けめぐった。



   「何で、以前の仮面ライダーが戦隊モノに出るのか」

   「年齢的に若干違いのある彼が、何の役を演ずるのか」



   「サッカー、引退するのか」

   「プレミアリーグからブンデスリーグへ移ってまだ2年、Jリーグに移籍する話すら無かったぞ」



   「フィギアスケートは引退するのか」

   「妹と次の冬季オリンピックを目指していたのではなかったのか」



   「相方のシンゴは出ないのか」

   「お笑いはどうするんだ」



   「グラビアアイドルが、顔をさらしてスタントできるのか」

   「何も今更、新人の登竜門のような仕事に出なくてもいいのでは」



フェードアウトするように視聴率のジリ貧だった前作の戦隊モノが、

『タオレンジャー』の話題で押し上げられるように、数字を上げていった。

ラスト3話は毎回、それまでの最高視聴率を更新した。

だがそれは、CMの途中に挿入される『タオレンジャー』の予告Vの映像を確認しようとする人々によるものだったのだ。



局内のショップと、局の公式HPと、予告CMのみの番組宣伝で、

キャスティング発表も、番組制作記者会見も第1話オンエア前日という、ありえないテレビ旭の戦略に

かえって、噂が噂を呼んだ。

その噂を最大に煽ったのが、前戦隊モノの放送時間帯でのみ流される、『タオレンジャー』の予告Vだったのだ。





3週前に流された最初の、『タオレンジャー』第1話の30秒予告V



そこに映ったのはBGMも何も無い、ただ爆発音の轟く画面いっぱいに

トップアイドル・カッキー&ツバサの柿沢秀彰が見るもおぞましいグロテスクな姿で高笑いをする。

センセーショナルなSEに合わせて、マスクを取って振り向く男の横顔。

その向こう側に燃えさかるのは……国立競技場!?

そして『タオレンジャー』のロゴ。

戦隊ヒーローも、そして戦隊モノにありがちな巨大ロボも、一瞬たりとも映っていない斬新すぎるCM。

これが、日曜朝8時の子供向け番組なのだろうか。

たまたま弟と見ていた少女の多くは、柿沢秀彰のあまりに変わり果てた姿に卒倒しかけ、

昨夜の歌番組の彼の姿を思っては、泣きじゃくってしまったという。



マスクを取った男は……、

サッカー好きの少年達は目を疑った。

だって、そこに戦闘でボロボロになったとおぼしき姿で立っていたのは、

間もなくシーズンが始まるイタリアサッカー・セリエAの名門ユヴェントスのキャプテン、アレック・サンドロ・デ・ピエール!!

「何で?」と「本当かよ!!」と「CGじゃん!?」と「ありえねー!!!」の声で、脳の中がグルグルする。







翌日の小学校はもう、どこもこの話題で溢れていた。







翌週の『タオレンジャー』の予告V



先週のインパクトもあって、CM時間帯が視聴率トップとなったこの番組。



どうせ特撮だろうと思いたくても、どうしても思えないレッドとブラックの危険極まりないアクションから始まる。

良くできたCG? と確認する間もなく、このブラックって……、日本人ブンデスリーガー・黒崎隼人じゃん!!

先週のデ・ピエールのこともあって、サッカー好きを自負するほとんどの小中学生が見守る中

黒崎隼人は、軽やかに空を舞い、レッドと息のあった連携攻撃を、まるで香港映画のように演じた。



そして、ヒーロー戦隊の本部と思われる所で、真剣な顔で指示を出すグリーンは……ジャネーズの幾田十真君!!!

その後ろのブルーは人気お笑いコンビ、エキ・ラジの藤森君!!!

少女達は、先週のショックを忘れたように狂喜乱舞した。





そして第1回放送まで、あと8日となった土曜のゴールデンタイムのCMで、突如

朝日だか夕日だかは判然としない太陽を背に、歩み来るタオレンジャーの5人。

そして、



   ♪ 苦しい時こそ前を見ろ 歯を食いしばり 大地踏みしめ

     そこに友がいる限り 絶対止めない 諦めない 

     倒れん! 倒れん!! タオレンジャー!

     勝機が見えたぞ! タオレンジャー!!





初めてオンエアされた主題歌は、瞬く間に日本中の小中学校を席巻した。











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