帰らないの?  リズ先生ルート・5月T

〜江ノ島のカリスマ〜










チビッコがいっぱい、リズ先生の書道教室から出てくる。



   「先生さよなら」「うむ。寄り道をしないように」


   「ありがとうございました」「うむ。自転車なのだな。車に用心しなさい」


   「バイバイ、先生」「うむ。今日の字は良かった」





見慣れた風景になりつつある。

この時間、いつも出口で生徒を見送るリズ先生は、一人一人に必ず優しく声をかけてる。



   「書道教室、今終わりですか? 先生」


   「神子。どこかに出かけるのか?」


   「いいえ、お母さんの命令で買い物」


   「そうか」


   「買い物があるなら、一緒に行きたいなぁって思って」


   「そうだな。今、戸締まりをする」



と、優しく笑う先生。

そこに近所のおばさんが、袋をもって近づいてくる。



   「先生、これからお出かけ?

    よかったら、これ、食べて。お裾分け。いつも、魚貰ってるから。

    それも、毎回、きれいにさばいてもらっちゃってるから、助かるわ。

    釣った魚貰っても、そのままだとけっこう鱗取るのも、三枚にするのも、大変なんだから」



   (そうなんだ……。

    私、魚の原型をとどめた魚に包丁入れた事無いから、どう大変なのか分からないけど、

    適当にそうそうって相づちうった。

    はい、見栄張っちゃいました……)



   「で、そのお礼……って程の物じゃないですけどね。

    山梨の親戚が送ってきた桃、少しだけですけど、どうぞ。

    望美ちゃん家にもさっき届けたから、先生、気にしなくても大丈夫ですよ。

    あ、それから、桃は冷蔵庫にしまっちゃダメですよ、甘みが落ちちゃいますから」


   「へぇ、そうなんだ……知らなかった」


   「あら望美ちゃん、そうなのよ。

    食べる前に冷やすくらいでなくちゃ。お家帰ったら、食べてね」


   「おばさん、ごちそうさま!」


   「そうか、では、ありがたく頂戴する。神子、台所に置いてくる」



といって、いったん先生は家の中に入っていった。



   「はい、待ってます」


   「それにしても、いい男だよねぇ、リズ先生」


   「でしょ」


   「ねぇ、望美ちゃん、どうやったら、あんなにいい男と、知り合いになれるの?

    それも先生だけじゃないでしょ」


   「え?」


   「だって、去年の暮れから春先まで有川さん家にいたハンサムさん達、

    みんな、望美ちゃんの知り合いなんだってね」


   「え? ええ」


   「ひところ、この辺じゃすっごい評判だったのよ。私があと20若かったらねぇ」


   「え? 20で済むん……いえいえゴホゴホ」


   「神子、待たせた」


   「あ、先生♪ 行きましょう。おばちゃん、御馳走様です」


   「では」


   「あ、はいはい。望美ちゃん、今度ゆっくり聞かせてね」



   (どうしたら知り合いになれるか?

    白龍に選ばれて、白龍の神子になって、異世界に跳ばされて、

    そうすると、神子の八葉ってことで知り合いになれるんだけど、おばちゃん、信じる?

    う〜ん、どうしよう。今度突っ込んで聞かれたら……)








   「あ、先生、今晩は。 お!? お嬢さんと買い物ですか?

    いいですね、親娘仲良くって。

    うちのバカ娘なんざ、俺に近寄りもしませんよ。

    ハハハ、先生、うちの店に今度に飲みに来て下さいよ。

    そんで是非、釣りのコツ、伝授してくださいね。奢りますから!

    約束ですよ。じゃ、失礼します」



   「お嬢さんって、……私? 待って! 私は先生の子供じゃありませんっ!! 

    ってか、先生そんな年齢じゃ無いですよね! って、ぜんぜん人の話、聞いてないし!!

    ……はあ……、先生、何の返事もしてないのに。

    一方的に話して、一方的に約束して、行っちゃいましたね」


   「いつもの事だ」







私のお使いは簡単に終わったんだけど、私の買い物の袋を先生が持つと言って、譲らない。

結局、持ってもらったんだけど、あれ? 先生の買い物は?



   「先生、買い物は?」


   「……」


   「あ! ホントは買い物なんて無かったんでしょ」


   「答えられない」


   「もうあっちの世界じゃないから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


   「……」


   「でも、……嬉しいな」


   「?」


   「先生に心配してもらっ」



その時、



   「先生!!」



(もう! 先生とゆっくり話しなんてできないんだから!

 どうして、こうも御近所の人気者なの!?)



   「ここだって聞いてきたもので」



と息を切らして男の人が走って来る。

先生の家のお向かいのおじさんだ。



   「先生! すみませんが、先生のお力を貸して下さい! 実は……」


   「どうしたのだ?」


   「あ、立ち話もなんですから、そこの喫茶店で」


   「あ、じゃ、私は先に帰ります。独りで大丈夫ですから。」


   「いますぐの用件か?」


   「できれば」


   「10分ほど、待ってはもらえまいか」


   「え? ああ、かまいませんが」


   「先生、ホントに私は大丈夫です。子供じゃないんですから。

    けっこう急ぎの用件みたいじゃないですか」


   「望美ちゃん、済まないね。気ぃ使ってもらっちゃって」


   「しかし、神子……」



それでも先生は納得した顔じゃないな。

う〜ん、どうしよう。



   「じゃ、こうしましょう。私も喫茶店に行きま〜す アハ♪」







おじさんの話のよると、親戚の息子さんが東京のテレビ局で釣り番組のADしてるそうだ。

磯釣りの企画であちこちロケしてたんだけど、どこもほとんど釣れずに、番組の体裁が整わないんだって。

メインの俳優さんのスケジュールは明日までしか押さえてなくて、

なので番組側は、かなり焦ってADさんやスタッフさんが全員で、釣れる磯を探し回ってる。

で、鎌倉で釣りを趣味にしてるこの人の所にも、そのADさんが泣きついてきた。



   「普段、でっかいこと言ってカッコつけてたけどさ、いざテレビ局の取材ってなると、ねぇ。

    俺なんか下手の横好きってレベルだから知ったかぶったら、かえってあの子に迷惑かけちまう。

    正直にそう言って断ったら、あの子も途方に暮れちまってねぇ。

    なんとかして、力になってやりたいんだよ。

    で、先生ならって思って、御相談を。お願いし…」


   「分かった」


   「…ますよ。 ? へ? 今、何んて?」


   「分かった。明日だな」


   「え? ええ、はい、そうです」


   「江ノ島で良いか?」


   「勿論ですよ。磯ならどこだって」


   「明日の早朝なら、表磯の『釜の口』辺りでクロダイかメジナ。

    陽が高くなる頃なら裏磯の『大黒鼻』でメジナか…」


   「ちょ、ちょっと待って下さい、先生。

    今、携帯で、あの子と、時間とかいろいろ確認しますから」



慌てて、でもすっごく嬉しそうに携帯をかけてる。



さすがリズ先生。この近所で噂の『釣り名人』は伊達じゃない。

なんたって、ボウズ(まったく釣れないことをこう言うんだって、私も最近、譲君に教えてもらったんだけど……)

で帰ってきたことがないって評判で、

湘南、それも特に江ノ島で釣りをする人の間では、尊敬の対象になりつつあるんだって

(これは今、このおじさんから説明された)。







その後、逗子あたりにいた、ADさん本人が車を飛ばして喫茶店に来た。

そのまま、詳しい話はリズ先生の家でってことになって、私も車で家まで送ってもらっちゃった。

アイスティーとケーキのセットも、その人(というよりその番組?)のおごり。ラッキー♪

帰りが遅いってお母さんに怒られたけど、気にしない、気にしない。

明日は土曜日だから、朝から先生にくっついて行こうっと。



将臣君と譲君も誘ったけど、二人ともに断られた。


将臣君は
   「パス。釣り糸垂らして、釣れるのジッと待つってのは、性に合わない。

    まして他人の見てて、何が面白い?」


譲君は
   「リズ先生の釣り、ですか。

    一度は拝見したいと思うのですが、明日は練習試合で、朝早くから小田原の方に行くもので。

    残念ですが」



いいもん、私一人でくっついてくから!







目覚ましの音が………




!!!!!  やば!!


目覚ましの音、ふっと一瞬遠くなった。

危ない危ない、寝ちゃうところだった!

目覚まし、止めなきゃ


??


!!って、え!!!!!


あの一瞬に30分も経ってる!

逆か! 30分も寝過ごしちゃった!!




「御飯、食べていかないの!?」っていうお母さんの声

ごめんなさい!

そんな時間無いの!!

良かった、着ていく服、昨夜決めておいて。

5分で身支度を整えて

家を飛び出し

リズ先生の家へダッシュ





   「神子」



良かった、まだ出発してなくて



   「す、す、すみませ…ん。ちょっと遅れちゃって」


   「かまわぬ」


   「先生……。あの、……スタッフの人とかは?」


   「5分程前に出発した」


   「え!! 私、どうしよう……先生、待っていてくださったんですね。

    すみません、すみません。みんなに御迷惑をかけて」


   「神子、落ち着きなさい」


   「でも」


   「まだ、誰にも迷惑をかけてはいない」


   「でも」


   「さ、私につかまりなさい。

    要は彼らより先に、江ノ島に着いていれば良いだけの事」


   「先生」


   「しっかりつかまって」


   「ハイ、先生」


一瞬にして私と先生は、弁天橋の江ノ島側に立っていた。











07/09/13 UP


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