帰らないの? リズ先生ルート・6月U











リズ先生が、あの時代劇の大スター・松形祐樹さんと一緒にテレビの番組に出演する。

狭い町内はその話で、このところやたらと盛りあがっている。



タダでさえ御町内の人気者のリズ先生

最近では買い物に出かけることさえ、ままならなくなってしまった。

ひとたび出かければ、スーパーの中だろうと、信号待ちの横断歩道だろうと、

誰彼無しに声をかけてきては、あっちで10分、こっちで5分といった具合に

立ち話(といっても先生自身は「うむ」と「いや」がほとんどなんだけど)が始まってしまい

10分で済む買い物が、2時間近くかかってしまうこともある。



   これでは生活に支障をきたすのでは?



そう心配した望美と朔が、

買い物くらいなら何でも言いつけて欲しいと申し出たのだが

丁寧に断られ、今日も正味10分、実働2時間の買い物に出かけていく。



それにしても、近所のおじちゃんもおばちゃんも、毎日毎日よくそう世間話が続くものだ。

怒るのを通り越して、呆れるのにも飽きて、最近望美は感動すら覚える。



   だって、もう半月だよ!



   そんなある日、ちょっと用事で……見栄張るの止めます、補習です、ハイ……

   帰りの遅くなった午後8時半、先生の塾の前を通りかかると

   中から景時さんと弁慶さんが出てくるところに出くわした。



   「あ〜、望美ちゃん、お帰り〜♪ 大変だね〜、受験生も」



   「は、はい、こんばんわ」(受験勉強じゃないんだけどね、補習なんだ。 でも言えない!言いたくない!!)



   「望美さん、今お帰りですか? お一人の夜道はぶっそうですから、僕が家まで送ってさしあげましょう」



   「でも私の家、あそこの角を曲がればすぐですから。大丈夫です」



   「そう、遠慮せずに。

    では、景時、僕は望美さんを送ってきますからね

    君は先に酒屋に行っていてください。

    買ってくるのは、酒だけでよかったんですよね」



   「そ〜だよ♪ じゃ、先にいってるよ。

    望美ちゃん、また家にも遊びにおいでよ〜

    朔も楽しみに待ってるからね〜♪」



   「弁慶さん、何か用事があるんでしょ?

    本当に大丈夫ですから」



   「もう、景時も行ってしまいましたから。

    それに、ちょっとお知らせしておきたいこともありましたので」



   「え? 何ですか?」



   「今晩にでもメールしようと思っていたのですが、直接、お会いできて幸運でした。

    やはり、あなたと僕は巡り逢う運命なのですね。

    こうして、今日ここで出会えたことが何よりの証拠…」



   「弁慶さん」



   「はい、なんですか? 望美さん」



   「もう家に着いちゃいました」



   「ああ、僕としたことが……済みません。

    どうも、あなたといると時の経つのが恨めしいですね、フフ」



   「弁慶さん、家の玄関先で、口説かないでくださいね。

    私、どんな顔して聞いてたらいいのか…。

    それに、中に聞こえたら、お父さん、飛び出してきちゃいますよ、ハハハ

    それより、知らせたい事って何ですか?」



   「ああ、そうですね。本題に入りましょうか。

    実は、リズ先生が来週の火曜日から4日ほど御旅行をされるのは御存知ですね」



   「はい、いよいよ松形さんと釣りのロケが始まるんですよね。

    岐阜の鮎釣りだと聞いてます」



   「ええ、鮎の解禁に合わせた企画で、岐阜の長良川と木曽川だそうです。

    で、その間の水曜日と金曜日に書道教室がある…」



   「あ! そうですね。どうするんだろう、お休みにするのかな?」



   「教室は開きますy…」



   「でもリズ先生はいないんですよ。あ、分かった。
    その時間だけ『鬼の跳躍例の能力』でワープして…」



   「望美さん、話は最後まで聞いて下さいね」



   「ごめんなさい」



   「それに『鬼の跳躍』はワープとは違います」



   「そうなんですか…… ! って、弁慶さん、ワープって何だか御存知なんですか!?」



   「はい。たぶんある程度は理解していると思いますよ」



   「すっご〜い! じゃあ、ワープとリズ先生の『鬼…」



   「望美さん、『鬼の跳躍』とワープの違いは、日を改めてゆっくり御説明いたしましょう。

    それより今は、話を先に進めたいのですが、よろしいですか?」



   「あ、そうですね。どうぞ」



   「で、こういった事は今後も起こりうると予想されますので」



   「先生が『鬼の跳躍』を使う事、ですか」



   「違います。その一つ前の話題です。リズ先生が留守の時の書道教室のことです。」



   「あ! そ、そうでした、そうでした。アハハ」



   「可愛い人ですね。そういうところが放っておけない気にさせられる。

    実に愛らしいあなたの魅力なのでしょうけれどね、フフ」



   「え!? え? え〜…(何、赤面してるんだろう? 私…。単に馬鹿にされてる気もするけど…)」



   「望美さん? 聞いてらっしゃいますか?」



   「あ、はい(きゃー、何、照れてるんだろ…。やっぱり、弁慶さん、さすが熊野! 恐るべし)」



   「で、先生が留守の時の書道教室を」



   「あ! 分かりました。弁慶さんが代わりの先生をなさるんですね」



   「フフ、御名答…と言いたいのですが、惜しいですね。正しくは『僕と景時が交代で』なんです」



   「え? 景時さんもですか?」



   「ああ見えても景時は、書を趣味とするんですよ。実に美しい字を書きます。

    らしく無いと言えば、そうなんですが」



   「いえ、景時さんが達筆なのは知ってます」



   「では?」



   「書道教室って、『教室』なんですよ」



   「はい?」



   「先生の所に通わせると、治るって評判なんですよ、素行や行儀や言葉遣い。」



   「はい」



   「習字より、そっちの評判の方が高いんですよ、リズ先生の所。

    で、それを期待して、『そんな』子の親が入れてくるんですよ」



   「?」



   「つまりは、けっこう腕白な子が集まってるんです、リズ先生の書道教室」



   「ああ、なるほど。

    それで望美さんとしては、そんなチビちゃん連中を御することが果たして景時にできるか心配だ、と」



   「景時さんには絶対、内緒ですよ」



   「言いませんよ、だから御安心ください。

    それにしても、それはちょっと不安ですね」



   「でしょう…。景時さん、きっと手を焼きますよ」



   「いいえ、景時の事ではありません。

    僕、上手くやれるのかな。フフ、それが急に不安に……」



   「はい? 弁慶さん、それ、本気で言ってます?」



   「ええ、本気も本気、大真面目ですよ」



   「私はどっちかというと、弁慶さんが子供達をおとなしくさせる為に、

    何か恐ろしい策をめぐらすんじゃないかって、そっちの方が心配ですよ。

    いいですか、弁慶さん…。子供達、脅しちゃダメですよ」



   「(溜息)望美さんは僕のこと、どう思っているのでしょうね?

    今の望美さんの言葉には、ちょっぴり傷ついたな……。

    僕は…そう、『でりけいと』なんですから」



   「は、はあ…。ところで弁慶さん、デリケートって意味」



   「僕は九郎と違います。分かって使っていますから、御心配なく。

    どうもあなたと話していると調子が狂ってしまう」



   「え、あ、ごめんなさい…」



   「冗談ですから、そんな顔しないでください、フフ。

    それに…、子供に策をめぐらすだなんて、そんなに大人げないこと、しませんので、どうか御安心下さい」



   「…約束ですよ」



   「ああ、あなたの魅力の前には、僕ごときの軍師としての才など、あって無きが如きものですね。

    約束しますから。そんな疑いの眼差しはやめてくださいね」



見詰める弁慶の視線に、真っ直ぐに屈託無く見詰め返す望美。



   「本当に君は可愛い人ですね」



   「プッ、アハハ」



   「フフフ、でも吹くのはひどいな。

    とにかく、これからはちょくちょくお会いすることもあるでしょうから、よろしくお願いしますね」



   「はい、こちらこそ」



その時、勢いよく家の扉が開いて、お母さんが飛び出してきた。

よほど慌てていたのか、サンダルの右足は私ので、左足はお父さんのだよ。恥ずかしい……



   「ああ、やっぱり! 望美、家にあがってもらいなさい。

    弁慶さん、立ち話もなんですから、どうぞお上がり下さい」



お母さん、お正月以来、すっかり弁慶さんファン。

真っ赤な顔をして、精一杯の笑顔を振りまいてる乙女なお母さんだけど、足下がそのサンダルだもんね……



   「これは望美さんのお母様、今晩は。

    折角のお誘い、どうもありがとうございます。

    ですが、望美さんを送らせていただいただけですし、このあと用事がありまして、

    景時…、ああ、梶原を待たせておりますので、今日の所は残念ですが、失礼いたします。

    後日、時間が取れましたら、ゆっくりお伺いさせていただきますので。

    それでは、望美さん、かえって時間を取らせてしまって、申しわけありませんでした。

    お母様、失礼いたします。

    おやすみなさい」



あくまでも優雅に軽やかに、身を翻し、去っていく弁慶さんの後ろ姿を

ハート型の目で見つめるお母さんは、ホゥッと溜息を一つつくと、

私の方を振り返り



   「望美! 今日は」



やば! 補習がばれてる!?



   「ごめんなさい、先生がどうしても今日は逃がさないって…」



   「違うわよ!! 弁慶さんにどうして上がってもらわなかったの!」



そっちのこと…ですか。



   「だって、弁慶さん、リズ先生の所に来てて、たまたまそこで会っただけだもん」



   「まったくもう……。ああ、残念ね。せっかくお父さん、今日は残業で遅くなるっていうのに」



   「お母さん、何、考えてるの?」



   「いいじゃない、目の保養くらい。つまらない……

    で? 先生が『何で』逃がさないって?」



ああ、藪蛇だった……













    ……ということですよ、望美さんが仰るには。大丈夫ですか? 景時」



   「ええぇ! う〜ん、ちょ、ちょっと。でも、ま、何とかなるんじゃないかな〜

    ね、ね、リズ先生。ね〜」



景時は酒を注ぎながら、心配そうにリズヴァーンの顔を覗きこむ。



   「問題ない」



注がれた酒をゆっくり口に運び、味わうように一口飲み



   「どの子も皆、よい子だ」



と、慈愛に満ちた顔で言うリズヴァーンであった。











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