帰らないの? リズ先生ルート・6月W     代打先生 景時・弁慶編











水曜日である。


  「と、言うワケでぇ、リズ先生が今日と金曜日、お出かけしますのでぇ、
   オレ、あ、僕、梶原景時がぁ〜、……ねぇ、あの、ちょっとみんな聞いてるかな〜〜?」


  「聞いてまぁ〜す」


  「そ、そう?? じゃ、じゃあ、君、こっち向いてくれないかな〜」


  「今、忙しいんだよ」


  「でもでも、君、後ろの子の顔に墨塗ってるだけだよね〜」


  「墨塗ってんじゃねぇよ」


  「でも、後ろの子、顔、黒くなってるよね〜」


  「アートって言えよ、アート」


  「ア、アートォ??」


  「ちょっと、あんた達、いい加減にしてよね」


  「お! なんだよ、良い子ぶって」


  「うるさくて集中できないでしょ!」


  「ね、ね、ね〜、迷惑な人もいるんだからさ〜、こっち向こうね〜」


  「ったく、こいつだって習字なんかやってねぇじゃん!」


  「いいでしょ、静かに塾の宿題やってんだから。黙ってなさいよ、ガキ!」


  「なんだと! ブス!」


  「なんですって! チビ!」


  「お前だって胸だけチビじゃ」


  「女の子に向かって、なんて事言うの!」


  「自分で『女の子』って言うな! ホントは男のくせに!」


  「いいかげんにしてよ、2人とも!! 先生! うるさくて習字、できませ〜ん!」


  「あ、あ、アハハハ、困ったねぇ〜〜」


  「え!? 先生」


  「見なさいよ! 梶原先生、泣いちゃったじゃない」


  「え!」


  「まじ!」


  「アハハハ〜、な、泣いてないから、大丈夫大丈夫ぅ〜ってね」


  「景時、お前、そんなんじゃ、今の小学校、通えねぇぞ」


  「ええ! そ、そんななの〜〜??」


  「当然!」


  「中学校はもっと怖いって、お姉ちゃん言ってた」


  「オレんの地区、けっこう荒れてるんで、中学から私立に入る奴、多いんだ」


  「うちのお姉ちゃん、5年ン時いじめられて、プチ引きこもりになった」


  「だからか? 今、藤沢にある私立の一貫校に通ってんの」


  「リズ先生に励まされて、引きこもりも治ったんだって」


  「そうなんだ……」


  「リズ先生、けっこう頼りになるもんな」


  「うん。それに、お姉ちゃんをいじめてた中学生と高校生、
   どうもリズ先生が注意してくれたらしいって、お母さんがお父さんと話してた。
   リズ先生には感謝してもしきれないって」


  「え! でもさ、それってかえって、仕返しされなかったのかよ!?」


  「うん。それどころか」


  「それどころか?」


  「ほら、長谷の駅前とか海岸通りの歩道、毎週土曜日に高校生がゴミ拾いしてるじゃない」


  「今年の4月からボランティアで始まったんだって、新聞に載ってたの読んだことある」


  「いっつもでっかいゴミ袋もって歩道の隅にいるよな」


  「あの人達なの」


  「え?」


  「嘘ぉ!」


  「うちのお兄ちゃんもそうだった。
   リズ先生のところに、うちの両親と担任の先生までいっしょになって、お礼に行ったって。
   だから、私もここに入りなさいってことになって。
   ちょうど私もけっこうイジメの標的になってて酷かったから……
   可愛い子って損なのよねぇ」


  「オレは逆に、イジメる方だった……」


  「え〜!! 信じらんない!! アホなあんたがぁ??」


  「まあね。リズ先生に会うまでって、けっこう荒れてたから、オレ」


  「全っ然、想像できない!」


  「実はあたしも」


  「嘘ぉ!?」


  「うち、けっこうゴタゴタしてて。あたしもなんかイライラしてたから。
   そんな時にリズ先生と道で会って、声をかけてもらって」


  「リズ先生、やっぱ、すげぇよ」


  「アハハハ〜、さすがリズ先生だね〜。来週の月曜には、帰ってきてるからさ〜」


  「え? って事は」


  「金曜も景時かよ」


  「アハハ、残念だけど〜」


  「じゃぁ、金曜、休みかよ。チェッ、つまんねぇの」


  「へぇ、あんた達、そんなに書道好きだったっけ?」


  「そんなんじゃ無ぇけど、……なぁ」


  「ああ、ここ来ると学校と違って、変に緊張してなくていいっていうか」


  「バカ言っても冷たい目向ける奴いないし」


  「家や塾みたいに『勉強しろ!』って言われないし」


  「勉強してても『もっと勉強しろ!』だもんな」


  「下手くそな字でもリズ先生、褒めてくれるし」


  「なんかオレ、最近、字が丁寧になったって父ちゃんに言われた」


  「あれで!?」


  「うるせぇな」


みんなの笑い声。


  「それに、たまに先生、お菓子やお刺身、御馳走してくれるし」


  「そうなんだ〜〜。でね〜、金曜は、オレじゃないけど、代わりの人が来るからね〜」


  「ゲ! ま、まさか、望美……」


  「残念〜ン、はずれ〜〜」


教室中が、いろいろの意味を込めて、ホッとするのだった。


  「え? え? 何かなぁ〜、この『ホッ』は?」


  「べ、別に。なぁ」


  「それより、誰が金曜日は来るんですか? あ! 平さんですか!?」


  「敦紀君〜? 残念だけど、それもハズレ〜」


  「え〜〜」


明らかな女子の失望。男子も……


  「じゃあ……」


  「みんな、会ったことあるのかなぁ〜、弁k…、藤原慶二って人だよ〜」


  「藤原ぁ?」


  「ヒノエさんだったら、知ってるけど」


  「アハハ、そのヒノエ君の叔父さんだよ〜」


  「ヒノエさんのおじさん???」


慶桜に通う、この辺りでは見たことのない超カッコイイ大学生のヒノエ。
平敦紀さんと時々、この書道教室に尋ねて来て、きさくに小学生じぶん達に話しかけてくれる人。


女子にとっては、小学生の自分をちゃんと女性として扱ってくれる、楽しくて素敵な人。
そのヒノエさんの叔父さん??


男子にとっては、スケボー・BMX・バスケ・サッカーから、ケン玉・ベイブレイドまで
何をやっても敵わないスポーツや遊び、そして悪戯いたずらや勉強まで、何でも天才の、憧れの兄貴分。
そのヒノエのオジサン? 


想像が追いつかない。
自分の親戚の、オジサンに当たる人を想像しては


  (いや違う違う! あのヒノエさんのオジサンはそんな人じゃない、はず……???)


  「アハハ〜、え〜とね、時々、みんなが帰る時にオレと一緒にリズ先生の所に来る金髪の」


  「あ! ……嘘、あの人が?」


  「お、分かった子もいるみたいだね」


  「誰誰?」


書道教室は、ヒノエのオジサンに会った、会ってないで大騒ぎとなった。


その時、教室の入り口が元気よく開き


  「こんばんわぁ〜」


  「あ! 望美だ!」


  「望美お姉様と言うように、いつも言ってるでしょ!」


そう言いながら望美は、その男子を羽交い締めにした。


  「く、苦し……」


  「分かりました、は?」


  「わか、分かったから」


  「分かり・ま・し・た」


  「分かりました、分かりましたってば!」


  「よし」


  「ケホケホ、タップしてるのに! バーカ!」


  「フフフ」


  「あ〜、朔〜。朔も一緒だったんだ〜」


  「ええ、兄上がちゃんとリズ先生の代わりが務まっているのか、見にきたのです」


  「どう? どう? ちゃんとやってるでしょ〜」


  「でも、1枚も書いてない子がいるではないですか?」


  「景時さん。この子、顔が墨だらけですよ」


  「え〜、そ、それは……」


  「男子は景時さんとず〜〜っとお喋りしてばっかりだったんで〜す」


  「あ! 女子だってそうじゃん!」


  「じゃぁ、残念だけど、朔お手製のプチケーキは無しみたいね」


  「ええ、望美、残念だわ」


そう言って、朔と望美はこれ見よがしにケーキの箱を開いて、中身を子供達に見せるのだった。


  「わぁ! 美味しそう!」


  「どこで買ったんだ?」


  「これはね、手作りなんだよ!」


  「嘘ぉ! 望美、お前が作ったのかよ?」


  「ゲエェ!!」


教室中がパニック寸前になった。


  「あんた達全員、ホント、1度死んでみる?」


  「パス!」


  「ふふ、 望美って子供達と仲が良いのね」


  「これのどこが? いい、あんた達、これは、ここにいる朔が作ったのよ」


  「あ、この箱のロゴ! 七里ヶ浜の海岸通りに今度できる「dragon noir」のじゃない!」


  「あ! 知ってる。もうすぐ開店ってこの前、チラシが家にあった」


  「試食会っていうのがあって、お母さん、行ってきて、ケーキと紅茶がすっごく美味しかったって」


  「うちのお姉ちゃんも行ってきたって、喜んでた」


  「朔ぅ〜〜」


  「ああ、兄上。この言葉を聞けただけでも、今日、こちらに伺った甲斐がありました。
   望美、嬉しくってどうしましょう……」


  「よかったね、朔。でね、みんな、朔は、そのdregon noirのパティシエさんなんだよ」


  「『ぱてしえ』? 何だ、そりゃ」


  「あんた、ホントにガキね。『パティシエ』ってそのお店のスイーツ専門のコックさんよ」


  「すいぃつ?? ああ、ケーキを作る係か。え! じゃあ、あの店のケーキって」


  「そう、すべて、この梶原朔お姉ちゃんが作るのよ、凄いでしょ」


  「って、何で望美が自慢してんだ?」


  「え? 梶原……」


  「アハハ〜、朔はオレの妹だよ〜〜」


  「え〜、全然似てないじゃん。朔姉ちゃん、美人だもんなぁ」


  「そ、そうかな〜。ちょっとは似てると思うんだけどね〜」


  「さぁ、リズ先生が出した課題の出来上がった人から、好きなのを選んで、召し上がれ」


教室の空気が一変した。


皆、何も話をせず、真剣な面持ちで墨を擦り、手本を睨み、筆を走らせるのだった。
その一枚一枚に、景時が朱を入れながら


  「ああ、おしいね〜〜。こう跳ねたら、もっと勢いのある字になったね〜〜」


  「上手上手、いいね〜〜。でも、ここ、ね、ここでこうカーブさせてキュッと止める、と、ね」


  「ホントだ。景時、すげえ字ぃ綺麗なんじゃん」


  「アハハ〜、ホント、うれしいな〜〜」


  「ホント。リズ先生の字って豪快な感じなんだけど、景時さんの字って、華やかって感じですよね」


  「望美、兄上をおだてると、どこまでも調子付く性格なのは知ってるでしょう。
   私に言わせてもらえるなら、リズ先生の書と兄上の落書きを比べるなど、バチが当たります。
   兄上の書く文字は、不必要にツンツン跳ねて華麗なフリをしているだけで、
   神経質そうな右肩あがりの癖は相変わらず」


  「朔……、厳し過ぎるよ」











金曜日である。


  「と言うわけで、リズ先生の出演される番組は、二週間後の土曜、午後3時から放映となりますので
   釣りに興味のある方も無い方も、是非御覧になってくださいね」


しわぶき一つしない教室の中、黙々と紙に筆を走らせる生徒達に向かって、藤原慶二が説明する声が響く。


  「ああ、それと」


弁慶が言葉を続けようとすると、男子のほぼ全員がビクッ!っと身体を反応させる。
息をすることさえ慎重に細心の注意を払って……、
呼吸を整えなければ……。
背中に冷たい汗が流れる。
中には、手が震えて思うように文字が書けない生徒もいる。


  「どうしました? 嫌だな、初対面ではないでしょう。
   男子諸君、そんなに緊張しないでください。それで、ですね」


弁慶が言葉を再び続けようとすると、女子のほぼ全員がハァ〜と頬を赤らめて弁慶を見上げる。
中には頬づえをついて弁慶を見続けたまま、一文字も書けないでいる生徒もいる。


  「困りましたね。僕などよりも、リズ先生の手本をしっかり見てください。それで、ですね」


弁慶が言葉を続けられず困っていると


  「藤原先生、この字はどうでしょう?」


そう言って、弁慶にアドバイスを求める声が、教室の後ろの方からする。
弁慶がその席に朱筆を持って近付き、


  「そうですね、こう、ここをこうして力を抜くことを意識すると」


息のかかるほど間近にある弁慶の顔を、うっとりとした眼差しで見つめ続ける。


  「こう、ですか?」


  「いえ、それでは逆に力が入ってしまっていますね、いけない人だ」


そう言って弁慶はその質問者の後ろに回り、筆を持った右手に、自らの右手を添えて


  「こう、そして、ここでこう、ゆっくりと」


  「ああ……」


  「お分かりですか、亮君のお母様


  「ええ、素敵……」


その様子に、嫉妬と羨望の入り交じった視線が幾つか交差する。


  「さて、今日は参観の御父兄に……、というかお母様方ばかりですが、
   生徒のみなさん、あなた達の書いた習字を見て頂く、良い機会です。
   頑張りましょうね」


  「(おい、亮、なんでおまえのママ、質問なんかしたんだよ?)」


  「(お前ん家なんか、母ちゃんだけじゃなく、姉ちゃん2人まで来てるじゃん)」


  「(怖ぇえよ、この人)」


  「(女子の居ないところにオレ達だけ集めて、にっこり笑って言った言葉)」


  「(オレ、おしっこ、ちびるかと思った)」


  「なにか言いましたか?」


笑顔で弁慶が教室を見渡す。


  「(ヒッ!!!)」


  「(や、られる……)」


その時、教室の入り口が元気よく開き


  「こんばんわぁ〜」


  「あ! 望美…お姉様!」


  「望美お姉様と言うように、いつも言……? 言ったのね。ど、どうしたの?」


何かを訴えかける男子達の顔・顔・顔、中には眼に涙をうかべている子までいる。


それとは対称的に、
望美の入って来たことにまったく気付かず、ハートの眼と赤らめた頬で弁慶を見続ける女子の顔・顔。顔。


その上、何故か今日は教室が狭いと感じ、後ろを見て望美はビックリした。


今日に限って、保護者(しかも全員女性!)が十数人参観に来ていたのだ。こんな事は初めてだった。
その中の1人に望美は驚き呆れ、思わず近付いて行って、小声で言った。


  「(お母さん! いったい何してるの!)」


  「(何してるのって、望美。弁慶さんがわざわざメール下さってね。
    今日はリズ先生の代わりに書道教室の先生をするから、時間があれば参加しませんかって)」













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