「そんなバカな!!」
お隣の有川家から大声が聞こえた。
久しぶりに将臣君の家に遊びに来ていた九郎さんの声だ。
何事だろう。
急いで、将臣君家のリビングに行くと、
九郎さんが本を手にしたまま、リビングの真ん中で仁王立ちしてる。
「どうしたの?」
近くにいた譲君に尋ねると、何も言わずに九郎さんの持っている本を指さした。
本……?……譲君の教科書……日本史の……日本史!……まさか!!
「先輩、分かりました?」
「ついに知っちゃたのね」
「ま、いつかはこうなると思ってたんだがな。案外、遅かった方じゃねぇのか」
冷静に将臣君がつぶやく。
結局、異世界のみんなが、当分現世界に留まる事にしたのは、今年の1月。
「おまえが異世界から戻った『時』は、お前が異世界に跳んだ『時』の直後だったな」
そんなヒノエ君の言葉がきっかけで、
現世界で過ごした時間は、異世界に戻った時にはカウントされないだろうってことに気づいて、
(そうでなければ私と譲君は、壇ノ浦までで1年ちょっと、
奥州まで行ってからなら、更に数年経ってから帰ってきたことになる。
もう、完全に留年決定 (T_T)
間違いなく私は行方不明の家出人捜索リストに入ってるよ。
将臣君に至ってはその上、プラス3年!)
だったら、もう少し現世界を堪能してからでもいいだろうってことになった。
いつまでも有川家に居候っていうわけにもいかないので、
どう画策したのか誰も教えてくれないんだけど、
戸籍と住民票、それに今日までの現世界での偽の履歴まで捏造して、
(絶対ヒノエ君か弁慶さん、何かとっても悪いことしたに違いないんだから)
みんな、別の場所に移った。
リズ先生は、家の近くの中古一戸建てで、近所の子供達に書道教室を開いてる。
なんだか御近所に評判で、この間先生と一緒に近くのスーパーで買い物してたら、
「先生」「先生」って、おばさんやおじさんに取り囲まれた。
どうやら教室のない昼間、先生はよく江ノ島で釣りをしてるらしい。
釣った魚を、しかも、ちゃんとさばいてから御近所にお裾分けしてて、おばちゃん達に大好評。
そして、必ず魚を釣り上げて帰ってくる釣りの名人って事でおじさん達にも絶大な人気を誇っている。
景時さんと朔は御霊神社の近くにアパート借りてる。
何でも、住居を兼ねた喫茶店を七里ヶ浜の海岸通りに建設中なんだって。
朔はこのところスイーツの研究とかいって、東京の方まで出かけることが多い。
何となく、あちこちでケーキ食べてるだけって気がしなくもないんだけど、私の分も買ってきてくれるから、ま、いいか。
朔、二人でもうちょっとダイエットしようね。
弁慶さんは藤沢の駅前にマンションを買った。九郎さんはそこに転がり込んでいる。
「別に一緒に住もうなんて言った覚え、無いんですけどね。」
いつだったか溜息混じりに弁慶さんが言ってたけど、
九郎さんを独りにさせる方が、いろんな意味で『危ない』気がするから、ちょうどいいと思う。
これ、将臣君の受け売りだけどね。
ヒノエ君と敦盛さんは二人で横浜に住んでる。
でもヒノエ君はあっちこっち飛び回っていて、週に何度かしかマンションに戻って来ないらしい。
一昨日の夜、相変わらず私の部屋に窓から入ってきた時は、
ティファニーのペンダント、プレゼントだって置いていったけど、
これ本店で買った? ニューヨークの? 行ったの? 私も連れてけー!
海外なんていったこと無ぁい!!
しみじみ思うけど、みんなお金持ちだよね。そのお金、いったいどうしたんだ!
白龍は…………、
五行が満ちて龍神として異世界の京を守護している…………、
はずなんだけど、譲君の餌付けのせいか、何だか良く現世界にフラフラ遊びに来ては、
誰かのところ(主に、リズ先生の家か、有川家に。ま、絶対に弁慶さんのマンションには行かないけど)転がり込んでる。
で、2、3日こっちを楽しんで、またあっちに帰っていく。
どんな神様なんだか、やれやれ。
「どういうことだ? これは本当のことなのか?」
教科書のページ(たぶん鎌倉幕府成立の辺り)を指さし、将臣君と譲君の顔を交互に、食い入るように見つめる。
「ああ、歴史的事実ってやつだ」
「ほ、本当なのか、譲?」
「こっちの世界では、ですが、事実です。
源頼朝は、後白河院から勝手に官位を受けた義経を討伐します」
「で、兄上と戦となるのか!」
「いえ、奥州に落ちのびた義経は藤原秀衡にかくまわれます」
「御館に。 で?」
「……」
「もう、大声は出さん。約束するから続けてくれ」
「……」
「OK、俺が言おう。秀衡が1年くらいで死んじまうんだ」
「御館が!! あ、いや、済まん。将臣……続けてくれ」
「で、跡を継いだ泰衡が、頼朝の脅しに屈して義経一行を襲撃。義経一行は全滅」
「全滅……」
「まだ続けるか?」
「に、兄さん! そこまでは」
「いや、まだあるなら、全部話してくれ」
「将臣君、もう止めようよ!」
「止めないでくれ、望美。 将臣、かまわん、続けてくれ」
「義経の首は鎌倉に送られる。その首実検をしたのが、梶原景時だ」
「!」
「そのあと、鎌倉軍に奥州は急襲され、奥州藤原氏は滅亡。
頼朝はめでたく平家と奥州藤原を滅ぼして、国内に敵無し。
晴れて征夷大将軍として君臨し、めでたく日本は『鎌倉時代』になるんだ」
「鎌倉時代……」
「そして」
「まだあるのか?」
「さらに数年後に、頼朝は落馬がもとで死亡」
「そんなバカな、兄上が落馬?」
「最後まで聞けよ。
で、二人の子供が跡を継いで二代目と三代目の征夷大将軍となるんだが、
どちらも、ろくな最期じゃなかったらしい。
で、政治の実権は北条時政、政子親娘に移る」
「北条……政子様の……。だから、だったのだな。
いろいろ思い当たるところがある。
だから、後白河院の呼び出しに、譲や望美は反対したのだな。
そして……、だからあれほどまでに、お前達は兄上と政子様を警戒していたのだな。
……だったら……オレのこれまでやってきたことは何だったんだ?
新しい武士の国を造るという兄上の為なら、この命など惜しいと思ったことはない。
その俺の気持ちは……
なのに俺は、兄上に殺される?
それを知っていて、今まで黙っていたのか? お前達」
「今の今まで知らなかったのは、九郎、お前だけだ」
「何だと! 弁慶も知っていると?」
「ああ、異世界から来た中では、最初に知ったんじゃないか」
「景時も? ヒノエも?」
「当然」
「敦盛もか?」
「あいつが一番遅かったんじゃねぇかな。
だが、それがきっかけで歴史を調べまくってたけどな」
「だから一時期、図書館に籠もっていたのだな…… ! まさか、リズ先生は?」
「それに関しちゃ俺も確認してないが……」
「何だ? ここまで言っておいて今更口ごもるな」
「だよな。ま、こいつは俺の勘なんだがな、
リズ先生は異世界の時分から、ある程度は知ってたんじゃねぇかな」
「何だって! ……俺以外、全員知っていたんだ、……俺が兄上に殺されることを」
「あくまで、こっちの世界では、です。九郎さん」
「そうそう、意外とあっちの世界じゃ、お前が逆に頼朝倒して征夷大将軍になってるかも、な」
「将臣!! 貴様! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「こんな事実突きつけられても、まだ兄上兄上か! 目を覚ませよ!」
「そうやって皆で笑いモノにしていたのか!」
「いい加減にしなよ!!」
「の、望美……」
「将臣君の言い方は確かに優しくないけど、でも、誰も笑いモノなんかにしてないよ!
するわけないじゃない。みんな、九郎さんがどんなに頼朝さんに尽くしてきたか、知ってるんだよ。
だから逆に、誰も九郎さんに、このこと、告げられなかったんじゃない。あんまりな仕打ちだから」
「望美…」
「先輩の言う通りですよ。それに、」
「それに? 何だ?」
「あくまでも俺の考えですが、現世界と異世界は、同じ時間軸上の現在と過去では無いと思うんです」
「?? どういうことだ?」
「例えば、怨霊です。
俺たちの飛ばされたのが、単純に現世界の過去なら、怨霊なんて存在、あり得ないんです。
これは飛ばされた最初の頃、俺も先輩も、本当にビックリしたんですから」
「そうなのか?」
「それに同じ時間軸上の現在と過去なら、
俺達三人が異世界でやったことは、その後の歴史にかなり変化を与えてしまうはずです。
でも、戻った世界には何の変化も無かった」
「茶吉尼の迷宮以外、な」
「よくあるタイムスリップモノのSFの言葉ですが、
過去に飛んだ者は、息をすることさえ歴史を変えてしまう罪なんですよ」
その後、九郎さんは2週間ほど図書館通いをしたらしい。ちょうどクリスマス頃の敦盛さんみたいに。
で、まもなくGWを迎えようというある日、突然弁慶さんのマンションから姿を消してしまった。
《こっちの世界を広く見聞してみようと思い立って、旅に出る。心配するな。》
というメモを残して。
「別に心配はしませんよ、九郎は携帯を持っていきましたから。居所は分かります、GPS機能で」
って、子供用携帯だったの、九郎さん!?
ま、いいけど。九郎さんには扱い易いだろうし。
笑ってた弁慶さんだったけど、1週間もしない内に九郎さんの居場所は分からなくなった。
「失敗しました。携帯は充電するものだってこと、九郎に教えていませんでした」
このボケ軍師!
そして私たちは、九郎さんがいないままGWを迎えることになった。
譲君が進級して、新しい教科書をリビングで見ていた事が発端となります。
共通序章 ・ 07/08/24 UP