弁慶さんルート・2月 − 如月 弐







                 この話は『弁慶さんの休日 〜紺屋の白袴〜』(旧題『片陰』)の続編でもありますので
                 まだお読みでない方は、こちらからどうぞ。







五条のたもとに戻った弁慶が、我先に群がる人々に対して先ず行ったのは恫喝だった。
そして秩序を求めた。



  「なしてあんなに怒鳴り散らすんじゃ?」


  「ほんに、ほんに。もっと神々しくて優しいお方かと思うとった」


  「八葉様だか何だか知らんが、偉そうじゃないか?」


  「そりゃあ男の理屈じゃ」


  「はぁ?」


  「なんでじゃ、オババ」


  「あんなに皆が殺気だって群がったら、怪我人が出る」


  「そりゃ、怪我する奴がトロいっちゅう話じゃろう」


  「怪我する年寄りはトロいか?」


  「え」


  「年端もいかぬ子供は」


  「そ、そりゃぁ……」


  「妊娠みおもの女もおった」


  「……」


  「それも皆、なにやらわけのわからん病でフラフラなのじゃ。
   それが百を超える者に押されて踏みつぶされみろ、どうなると思う」






以前、この施薬所で働いていた者たちが、弁慶の帰還と聞いて走り集まってきた。


  「弁慶様!」


  「ああ弁慶様、御無事で」


  「みなさん。……申し訳ないですが、こういう状況ですので、久闊を序している訳にはいきません。
   そちらの2人は、確か以前『ますく』を作っていましたね」


  「は、はい!」


  「では、先ず『ますく』の在庫の確認をお願いします」


  「はい!」


  「そちらの男性の方」


  「はい」


  「あなたは」


  「浄水器の確認、できたら去年、有川様がお描きになった図面を探して、更に幾つか作りましょう」


  「ええ、そうして頂けると助かります」


男は何人かに「おい」と誘いかけ、出ていった。


  「あなたは外で待っている方々のために焚き火で暖をとれるようにしてください」


  「は!」


  「あ、そちらの方何人かで湯を沸かしてはくれませんか」


  「なるべく大量に。白湯でも温まりますが、薬草があればそれで薬湯にしますから」


  「じゃ、みっちゃんと私は大鍋をどこかから借りてくるから」


  「じゃあオレと太助で焚き火に鍋をかけられるように鈎を作ろう」


  「じゃあ、私は薬草の在庫を調べてくる」


  「それならあたし達は薬草詰みに」


そうして望美の世界でいう「スタッフ」は各自の思いつく仕事に走り出した。
弁慶はと言うと、何やら書き物をしている。


  「済みませんが、これを法住寺の法皇に届けてはいただけないでしょうか」


  「え! 法皇様……ですか」


  「いやぁ……畏れ多くて」


  「大丈夫ですよ、後白河院はあれで、けっこう気さくな方ですから」


  「そ、そんなこと、仰られても」


  「なあ」


そう言って尻込みする『すたっふ』の面々を押しのけて


  「では、私が参りましょう」


そう言って進み出たのは、橋のたもとの施薬所には相応しくないほどの身なりをした
白髪交じりの品の良い女性であった。


  「だ、誰?」


  「勝手に入って来ては困ります」


『すたっふ』の面々が怪訝な顔でその女性を制する中


  「あ、あなたは…」


と弁慶は立ち上がり、自らその初老の女性の為の席を設えて、招いた。


  「お久しぶりです、弁慶様」


  「弁慶様、この方は…?」


  「ああ、皆さんはお会いしたことがなかったですね。こちらは」


  「梶原平三景時、朔の母でございます」


そう言って深々と頭を垂れた女性に、皆が飛び退いて、上座に案内したのだった。


  「こ、黒龍の神子様の御母堂様とは」


  「知らない事とは申せ、ご無礼の程、平に御容赦を」


  「いえ、お気になさらないでください」


  「それにしても驚いたな。いったい何時、鎌倉からこちらに?」


  「ええ、………もう二月ふたつきにもなりましょうか」


  「そうですか。やはり櫛笥小路の屋敷に」


  「いえ、それが……」


『すたっふ』の面々は互いに肯いて、席を立った。


  「今は、三条烏丸のさる方のところにお世話になっておりまして」


  「……そうですか。……その、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


  「はい?」


  「その『さる方』とは、どのような…」


  「昔から御懇意にして頂いている貴族の方で……」


そう言って少し頬を染めて俯く景時の母を見て、弁慶はある程度察しがついた。


  「そうでしたか。それはおめでとうございます」


  「え? …そう言って頂けますか」


  「ええ、勿論です」


  「そうでしょうか……。景時と朔が消えて、鎌倉の監視も無くなりました。
   でも、私は独りになってしまって。
   そんな時にあの方から、以前から私の事を案じていたとの文をいただいて……」


  「今がお幸せでいらっしゃるのが分かれば、景時殿も朔殿もきっと喜ぶことでしょう。
   朔殿も景時殿も、たった1人こちらの世界に残して来てしまったお母様のことを、
   それはそれは心配しているのですよ」


  「ああ景時…朔……それで、弁慶様。景時と朔は…」


  「御心配なのは当然でしょうが、御安心下さい」


  「と、申されますと?」


  「前にも増して元気に兄妹仲良く暮らしていますから」


  「そうですか、龍神の神子様の世界で……」


  「そうですね……、(景時も朔殿もこちらの世界に戻ることはできないでしょうから……)
   お寂しいでしょうね。残念ですが、それが龍神の思し召しですので」


  「いえ、どこであろうと良いのです」


毅然と弁慶を見つめて語る母の目は、虚勢も我慢も無く、慈愛に満ちたものであった。


  「いずれの世界であろうとあの子達が無事に幸せであってくれれば、それで私は安心です。
   ああ、良かった。今日、弁慶殿が五条に現れたとの噂を聞き、急ぎ駆けつけた甲斐がありました」


  「それではもう1つ、とっておきの話を」


  「とっておき…ですか」


  「ええ、とっておき、です」


  「何でしょう」


  「朔殿に思いを寄せる男性が」


  「え? でも、朔は出家した身では…」


  「朔殿も憎からず思っているようで、還俗も考えているようですよ」


  「まあ、あの生真面目過ぎるがそこまで……。それは吉報です。
   で、お相手の殿方はどういった方なのでしょうか?」


  「有川譲君。源氏にあっては那須与一殿と一二を争う弓の名手。
   白龍の神子の八葉で、白虎としては景時殿の対。
   聡明で、そして何より朔殿の幸せを1番に考える心優しく誠実な青年です」


  「ああ、直接お会いしたことは無いですが、景時や朔からの文でその名は良く拝見しております。
   確か、殿方には珍しい料理の名手とか」


  「フフフ、そうですね。彼の作る料理ほど美味しい料理を僕は知りませんでした。
   あの後白河法皇でさえ何とか御自分のところに雇い入れようと、かなり御執心でしたからね。
   でも、譲君はその法皇からのお誘いよりも朔殿と一緒にいることを選んだのです」


  「そのような、畏れ多い」


  「それが譲君の朔殿に対する気持ちですから。
   さすがの法皇も根負けされたみたいですよ。
   それに、今でも景時殿や朔殿のところで、よく料理しているようですし」


  「そのような良き殿方を……。
   こう言っては何ですが、あの子は世間知らずでわたし景時あにが甘やかし過ぎました。
   だから、前には訳の分からない京から来た零落貴族だかなんだかといった胡散臭い男性と……
   それに較べれば、弁慶様がそうまで仰るほどの有川殿は余程立派な方のようですが…
   逆に、朔などで良いのかと心配になってしまいます」


  「大丈夫です。真面目な2人が真剣に考えて出した結論ですから
   相思相愛、お似合いのカップルですよ」


  「『かっぷる』?」


  「ああ、これはすみません、僕としたことが。
   『かっぷる』とは望美さん…いえ、白龍の神子の世界の言葉で、
   心から愛し合っている2人のことを『かっぷる』と、そう、かの地では呼ぶのです」


  「『かっぷる』……なにやら微笑ましい響きの言葉ですね」


  「ええ、端で見ていても微笑ましいおふたりですから」


  「弁慶様」


母は改まって居ずまいを正し、頭を下げた


  「文を……、どうか景時と朔に届けてはくださいませんか」


  「文…ですか」


  「ダメでしょうか」


  「何としてでもお届けしたい。これは僕の本心です。ですが……、
   ……分かりました。ただ、僕がその文を読んでもよろしいでしょうか」


  「え? ええ……」


  「申し訳ありませんが、物としての文を持って行ける確信がほとんどありませんので」


  「……そう、なのですか」


  「ですから向こうに戻る時には、僕が覚えておきます。
   この弁慶、命に替えても一言一句違わずに、景時殿と朔殿にお伝え致しましょう」


  「ああ、弁慶様」






半刻の後、景時と朔の母親は、自らしたためた文を弁慶に託し
弁慶の依頼が書かれた文を大事に持って、法住寺へと急いだ。


その母の後をそっと尾行つける2つの影と
その2つの影の正体に気付いて笑う弁慶を後にして。


  「あのような露骨な尾行に気づかれぬ母上でもないでしょうからね。
   どうしてどうして、さすがは梶原兄妹の母上、剛胆ですね」


  (それにしても)
そう弁慶は苦笑しながら考えた。


   後ろの影は足の運びから考えて、まず熊野の烏に間違いないでしょう。
   でも、誰の指示で母上かのじょ警護ガードしているんでしょうね。湛快あにが……? でも、何故?


   そして、前の、あまり尾行に慣れていない影は、確かに陰陽寮の装束ですね。
   あのような目立つ太極の紋の入った装束ではかえって目立ってしまうでしょうに……ハァ…
   袖の家紋は晴明桔梗、景時ゆかりの安倍家が……そうですね、しっかりと守ってあげてください。
   もう、母上かのじょも充分、幸せになっていいはずですからね


そうして少し幸せな気分で弁慶は、懐に預かった母上かのじょからの文の所在を確認し、
一呼吸、大きく息を吸い、外で待つ衆生に言った。


  「みなさん! お待たせしました。施薬を始めます」










  「……」


  「どうしたの、私の半身くろいの?」


  「いや。ただ、私はそのように朔の母に思われていたのか」


  「ショックなの?」


  「『しょっく』? お前しろいのの言葉はお前の神子に影響を受けすぎて、ますます分からなくなってきた」


  「大丈夫。黒龍くろいの黒龍くろいのの出来る限りを頑張ったんだから」


  「お前……いい奴だな」


  「そう?」


  「だからといって、すぐに神子の世界に行こうとするな」


  「え!? ダメなの……」











10/02/01 UP

NEXT→

←SS TOP