帰っちゃうの? ヒノエくんルート・2月−神無月一









京から奈良・吉野を経由し休息を取らず、

一気に走り抜ける人影がある。

京から吉野までは二つ、吉野で合流した影が二つ。




雪の降り積もった吉野路を、人とは思えぬ速さで三つの影は駆け抜ける。




今も、海抜1000mを越える十津川渓谷沿いの雪降る山道を

ものともせず一気に走り抜け。



熊野に入ると三方向に散った。

一つは熊野本宮へ、

一つは本宮を通り越しそのまま速玉大社へ、

そして残る二つは今、中辺路近くの獣道を、その獣より速く田辺へ向かっている。





一つは「鴉」と呼ばれる熊野の情報収集と伝達を担う者。

もう一つは……



   「!! 誰かがつけてきます」










有川家のリビングで盗み聴いた弁慶達の会話。



あれ以来だ。

ここ何日か、胸の奥にモヤモヤしたものを感じるのは。



   「お前を怨んでいる女性の念ではないのだろうか?」



と、敦盛は軽く言うが、こいつは違うね。

いや、正しくは「怨みを抱いた女性の念」がどんなものかは知らないから

比較しての結論ではないけれど、

でも違う。




熊野だ




何かがやばい。

熊野別当としての本能にも似たカンがそう告げている。



現世界と異世界では時間の流れが異なっている。

その上、将臣の例でも分かるように

別の世界から戻ると、そっちの世界で過ごした肉体年齢は解消される。

そういう説が成り立ち、だからこそ安心して望美達の世界でのんびりしていたのだが……




九郎は言った「和議が成り、これで戦のない世が訪れる」…



弁慶は言った「これで残った怨霊達も漸次、五行に還っていくことでしょう」…



景時は言った「茶吉尼天が消滅し、本当の意味での平和が生まれる」…




   果たして、そう都合良くいくものなのかな?



   だから弁慶あんたらは甘いのさ。

   それだけで「頼朝」が諦めるかな?

   戦は、政治と経済の結果じゃん。

   頼朝個人の野心は、それこそ「口実」。



   源氏を押し立て、平家政権下で冷や飯を食わされた連中が、

   今までの怨みを倍返しして、立場の逆転を狙って動いている。

   その集合体が源氏軍であり、「源頼朝」。



   源氏一族のアイドル・源九郎という戦の天才と、

   梶原景時という兵站・後方支援・情報収集の名人と

   最も脅威であった「茶吉尼天」をも失った源頼朝個人など、

   今では単にその旗印に過ぎない。



   だが、大義名分こうじつなら、いくらでも作れる。



   事実、頼朝も

    「高倉宮以仁王の令旨により(平家討伐)」

    「後白河法皇の要請(義仲討伐)」

    「勅命により(怨霊撲滅)」…
   などと、自分に都合の良い口実たいぎめいぶんを次々に押し立てて、

   現在の勢力にまでなった。




帰る時かな。



敦盛を現世界に置いていくのが心配だけど、

要らぬ程、お節介をやいてくれそうなのが

片手で余る程いるから、その点では安心か、

いやいやいや、だからこそ心配といえば心配なんだけどね。

やれやれ…





宵っ張りの望美の部屋に、いつものように深夜に忍び込む。



   「たまには玄関からおいでよ、ヒノエ君」



   「玄関から入るのじゃ、このドキドキ感は味わえないんでね」



   「『ドキドキ』というより、この状況を両親に見つかって、

    あらぬ誤解を受けるんじゃないかっていう『ビクビク』感でいっぱいだよ」



   「『あらぬ誤解』? じゃ、誤解でなく『事実』にすればいいじゃん」



いつものヒノエの軽口
いつもの神子姫様のぞみの右ストレート



   「アハハ、敦盛君に言いつけちゃうからね」



   「え、そ、それは……。つれないね、神子姫様は」



と、いつものように呆れ顔の神子姫様をからかい
いつものように貢ぎ物プレゼントを渡し

いつものように小一時間、他愛もないお喋りをして

いつものように窓から退散し
いつものように「次は玄関から出入りしてね!」って、望美の罵声別れの言葉に送り出されて……



でも、いつもと違うのは
オレの手の内には逆鱗ホンモノがあり、
望美の机の上には偽造逆鱗レプリカがあるってこと。



窓から手を振る望美の姿を確認して、

ついでに大声で


   「愛してるよ! 神子姫様のぞみ!!」



今日の神子姫様は御機嫌麗しかったとみえて、

(それともティファニーのペンダントヘッドがお気に召したのか)

投げキスなんぞをしてくれる。



路地を曲がって

望美に気づかれないように、そっと望美の部屋を盗み観る。



望美の部屋の窓が閉まり、数分後、灯りが消える。



   「グッバイ、神子姫様

    生きて、また逢おう」



辺りに誰もいないのを確認し

逆鱗を握り



   「分かってるだろうな! 白龍! 頼むぜ!!」










邂逅










   「!! 誰かがつけてきます」



と走りながらも、鴉が抜刀して身構える。



   「大丈夫。収めな」



   「は?」



   「おい、出てこいよ」



   「やはり気がついてお出ででしたか」



   「バレバレじゃん」



   「バレバ…??? お疲れ様です、頭領」



   「で、瀬戸内は?」



   「はい、やはり、御指摘の通り、です…」



   「伊予水軍と村上水軍、それに肥前松浦党も様子見か」



   「まさか、源氏と、平家が、……和議を結ぶ、とは、

    思って、いなかった、ようで…、ハアハア」



   「おいおい、まさか副頭領ともあろう人物が

    この程度で息を切らせてるんじゃ、ないだろうな?」



   「ハアハア、その言い方は、いえ、その……すみません」



   「へへへ、お前でも照れることがあるんだ、可愛いね。

    じゃ、この続きの詳しいことは、田辺の邸で聴く。

    オレもこいつも、それぞれもう一カ所、寄る所があるんでね」



海岸線が見えてきた辺りで、三つの影は散った。




   (あれが田辺の海……オレの生まれ育った世界の……

    懐かしいね、何もかもが)


ヒノエはそう思いながら、慣れ親しんだ熊野の道を更に加速して駆け抜けた。










源氏と平家が和議を結んだ直後の、京・神泉苑に戻ってきた。



  どうせだったら、田辺に直で戻してくれれば

  修験者でもあるまいに、

  こうして京から熊野を、延々走る羽目にならなくて済んだのに

  バカ白龍!



毒づく。

八つ当たりとも言い切れないが、

時間が惜しいヒノエにとっては切実だった。




京近辺だけでは足りず、河内・南都辺りの鴉まで総動員して、

全国の動向を探らせている。

特にヒノエが気にしたのは、関東と瀬戸内、それに奥州。




奥州は、九郎の敬愛する「御館」の統べる国、

清盛も頼朝も、あからさまには敵対しなかった、その国力の脅威。

やっと源平の合戦が終息しかけている現状において、

御館という一大カリスマの人柄が、自らの野望のために戦を仕掛けて、

民百姓を苦しめるとは思えないけれどね。

そうは言っても、平家も源氏もこの戦で疲弊している今、

しかも源平の合戦に加わっていない、この超大国は、

兵力と国力を丸々温存していたとも言えるじゃん。

奥州にとって、日の本全土を手中に収める絶好のチャンスであることも事実。

彼も武人を名乗るなら、それが分からない程、馬鹿ではないだろうしね。

御館の野心や如何に?





近場の瀬戸内は早々に田辺に報告が入った。

思った通り過ぎて、ちっとも面白くないじゃん。

いや、「面白くない」は撤回だ。ここは、思った通りでいてくれて助かったのだ。

伊予水軍にしろ、村上水軍にしろ、肥前松浦党にしろ

瀬戸内での覇権を求めて動き出したら、

また海で、船乗りの血が多く、無駄に流れることになるからね。

だから、彼らが動こうとする前に、

この和平の状況を固めて、動く気そのものを起こさせないようにしないと。

そのためには、この「様子見」は大歓迎だ。




  関東は……

  いったん様子見に入ってくれればいいんだけどな



  北条は、無理してでも頼朝を押し立てるだろう。

  なんたって天下を牛耳る絶好のチャンスだ。



  ただ、それ以外の関東八介や、梶原以外の旧鎌倉党が動かなければ、

  北条時政は単なる一地方豪族に過ぎない。



  で、その連中の動向は……






   !!!



ヒノエの身体が横に数メートル飛び退く。



飛び退きながら、ジャマダハルを右手に装着し、

着地と同時に仕掛けてくるだろう攻撃に備えた。


足下に矢が3本刺さる。











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