帰っちゃうの? ヒノエくんルート・2月−神無月二
足下に矢が三本刺さる
矢羽根は……、
……ハ……、ハ〜ァ…
やれやれ、冗談きついんじゃん!
足下の石を拾い、矢の飛んできた方向の木立の中に素速く投げ入れる
「ぎゃ!! 痛ててて」
「オ! ヤ! ジ!!」
「たんこぶ出来た! たんこぶ出来た!」
「たんこぶでラッキーじゃん こっちは弓矢!!」
「避けられるだろ、お前ぇなら、よ」
「避けられなかったら?」
「まぁ、何だ、その…、そん時はそん時で」
「泣けてくるね、嬉しくて…」
「喜んでもらえたのなら、もう一度…」
「矢を三本同時に一つの弦で射るなんて…曲芸だね」
「曲芸!!! そんな言い方は」
「はいはい、分かったよ。オレには出来ないよ、凄いよ凄い」
「だろ♪」
「しばらく見ない間に、ますます性格が軽くなったんじゃん?」
「そうか?」
「何、照れてるんだい? 褒めてなんか、いないんですけど…」
「ところで、お前、どうしたっていうんだ? あちこち忙しく鴉を動かしてるみてぇだが」
「話をはぐらかしてないかい?」
「…………」
「分かったよ。質問に答えてやるよ。…京で源平の和議が成った」
「そいつぁ知ってる。昨日、鴉から知らせがあった」
「時代が動く」
「ワハハハ、お前ぇらしいな」
「熊野の力を示す時じゃん」
「欲をかくと、ろくな事にはならねぇぜ」
「そうだね。身の程はわきまえないと」
「そうそう。お前ぇも、随分と大人になったじゃねぇか。ヘヘヘ」
「だけどね、鎌倉殿の天下っていうのも楽しくないんでね」
「ハハハ、和議の成った今、頼朝は天下人だぜ」
「だから、その頼朝に思い知らせてやるンじゃん」
「何を?」
「この世はお前だけの『もの』では無いって事を、ね」
「ハハハ、勇ましいこった。ま、死なない程度に頑張りな。
命って奴ぁよ、大事に使えば一生使えるんだぜ」
「弓を射かけてきて、よく言うじゃん。ま、この矢羽根、ありがたく貰っておくよ」
「え? 持ってっちゃうの? その矢羽根…」
「オヤジが大事にしてた奴だろ。だからこそ、だね。サンキュー」
「え? え!? ホントに??」
「泣かないでくれない。枯れてもいないくせに隠居なんかしてるから、ろくでもない悪戯しか思いつかないんだよ。
……、ああ、もう! 分かったよ。ホラ」
「ヘヘヘ、悪りぃな」
「やれやれ。ガキなんだから。…じゃ、行くぜ」
「なんだか慌ただしいね」
「今は時間が惜しいんでね。明日の夜あたり、田辺の本宅に行くよ」
「分かった。親子の再開という感動のシーンは明日の夜だな。酒ぇ用意して待ってるぜ」
「ああ、楽しみにしてる」
「気ぃつけろ」
駆け出す…と、やっぱり、後ろから小石が飛んでくる
難なく避けて
「オヤジ! バレバレなんだよ!」
と叫ぶヒノエの様子に、大笑いするオヤジ……
「……まったく子供なんだから!」
そのオヤジの子供っぽい行為の為に、ヒノエは、一瞬脳裏をかすめた「気になること」を忘れ、駆け出してしまった。
後日、驚くことになる、その「気になること」を……。
その後、ヒノエは忙しく紀伊路を駆け回っては、
様々な指示をあちこちにして廻った。
そして翌日、陽も暮れかかった頃、田辺の本宅に戻ったのだった。
そして夜、前・熊野別当殿の高笑いが邸中に響き渡る。
《 今日は御機嫌だ…… 》
仕えている誰にもそう思えて、微笑ましかった。
「自慢の御子息、湛増様が京からお帰りだとか」
「お前、知っとるか?」
「何をだい?」
「何でも若頭領様はお一人で、源平の戦をお止めになったそうだ」
「たいしたものだ」
「まったくじゃ」
「その上にの、聞いた話だとな、若頭領様は、さすがは神職でいらっしゃる。
何でも、都を守る龍神様の御家来の……、何と言ったかの…、
確か、七葉とか八葉とか言うものに、おなりになったそうだ」
「それでなのかのぉ、源氏の鎌倉公も平家の清盛公も、
あの後白河の法皇様ですら、
湛増様には一目置いていらっしゃるという話だそうな」
「へぇ〜、それはそれは」
「これで熊野も安泰じゃ」
「まったくじゃ」
「湛快様も御自慢のはずだ」
「まったくじゃ、まったくじゃ」
下働きの者までも何だか誇らしい気分になり、その噂の当の主を一目見ようとして、
あれこれ用事を取り次いだり、酒やら肴やらを運んだりしては、親子のいる広間にやって来た。
数刻後、すっかり酔い潰れて高いびきの前熊野別当殿に、そっと夜具を掛け
別棟の広間に音もなく滑り込むヒノエ。
そこには、十人ほどの黒い衣装の男達が、ヒノエの来るのを待っていた。
「待たせた。すまない」
「いえ」
副頭領が答えた。
「で、伊勢路はどうだった?」
鴉の一人が言う。
「はい。やはり御指摘のとおり、源氏の別働隊と思しき兵が約二千、鈴鹿の峠に布陣しておりました」
「二千……、また軽く見られたものだね、熊野も。で?」
「今夜の食事に、ちょっと」
「おいおい、一服盛ったのかい?」
「いえいえ、そんな物騒なことは。ただ、二、三日は動けなくなるかと」
「上出来だね。二日あれば良い、だろ?」
別の鴉が言う。
「速玉大社にいる手勢を移動させましょうか?」
「いや、それにはおよばないね。
というより、源平の和議が成った今、武力による直接衝突はまずいんじゃない
ヘタすると朝廷に弓引くのは熊野ってことにさせられてしまいかねないじゃん」
相変わらず、源氏は「海」をなめているとしか思えないね
九郎がどうしても熊野を味方にしたかったわけだ
「それより、
二日の間に、状況が変わるだろうからね。
次に、瀬戸内は?」
一番後ろに座していた鴉が立ちあがり
「は! 報告によると、お互いに牽制していて、
目下の所、動くに動けないというか、
一番最初に動いて貧乏籤は引きたくないというか、
ま、様子見をしているといったところです」
「上々だね。
九州は?」
目の前の小柄な鴉が云う
「九州すべての報告は二日か三日かかるとと思われますが、
現在入っているものからの判断では、専守防衛を保っているようです」
「思った通り……だと良いけどね……、
もともと九州は平家の勢力圏だから、還内府の指示に従っているのだろうね。
薩摩守と呼ばれるだけあって、忠度殿のにらみも効いているのだろう。
そのままでいて欲しいものだね」
「最後に…奥州」
副頭領が答える
「まだ、到着していません」
「そうか、そうだね。九州以上に遠いからね、奥州は……
これからの熊野のためにも、足の速い船を造らないとならないね。
お前達、御苦労だが、あと四、五日は気合いを入れて頑張ってくれ。
この五日は、熊野の運命を決める五日だと思ってくれ」
「は!!」
かねての打ち合わせどおりに、副頭領が鴉達に指図する。
四散する鴉達を見送りながら、ふと、
《 鴉だから黒装束なのか、黒装束だから鴉なのか
どっちにしろ芸がないじゃん
いっそのこと『迷彩』にさせてみよう 》
と思うヒノエであった。
その次の日も、早朝からヒノエは、前日以上に精力的に動き回った。
常に鴉がヒノエの周囲を慌ただしく飛び交っている。
その中の一人がヒノエに耳打ちする。
「但馬守経正様が、急ぎ田辺に向かっておられます」
それを聞いたヒノエは、急いで紀伊路を駆けた。
《 そりゃ、そうだろうね。
突然、消えたんだから、心配もするだろう。
だけど、どう説明する?
けっこう難問かもしれないね、これは 》
数人の鴉を従え、馬で紀伊路を走り抜けながら、馬上でヒノエは考えていた。
08/03/30 UP