帰っちゃうの? ヒノエくんルート・2月−神無月 四









平経正一行は、翌朝早くに福原に向けて出立した。







   「何だったら…、敦盛のいる世界に、あなたも行かないか?」



ヒノエは、経正の真実を知り、

敦盛同様、龍神の神子の神気が必要なのではないかと感じとった。



しかし、経正は丁重に、そして断固とした意志をもって、そのヒノエの申し出を辞退した。



   「清盛殿も、還内府殿も居られぬ今の平家は、

    二位の尼殿を中心に、知盛殿と薩摩守殿、

    それに惟盛殿と私の合議によって、やっと体裁がととのっております」



   「と言うより、タカ派の惟盛殿とハト派のあんた、

    それに、どっちでも面白ければいいって感じの新中納言殿

    ってバランスで成り立ってるんだろう」



   「『ばらんす』?」



   「釣り合いがとれてるって言うか、

    均衡が取れている、とでも言ったらいいのかな」



   「ああ、なるほど。さすがは熊野の頭領殿、御慧眼でいらっしゃる。

    しかし、ならばお分かりのはずでしょう。

    まだまだ、源氏も、そして悲しいことに平家も、刃を鞘に収めてはおりません」



   「かといって、表だって戦をしかける『口実』はどこにも無い。

    院宣を出させようにも、後白河はあんな化け物同士の戦いを目の当たりにしたんだ、

    厭戦気分は、この上ないはずだし、

    源九郎義経や還内府も従えて、
    怨霊や清盛と茶吉尼天ばけものどもを鎮めた龍神の神子のぞみの意向には逆らわないだろう」



   「しかし、……だからこそ……、今は……。

    湛増殿……、いや、敦盛の幼なじみ、ヒノエ殿としてお願い申し上げる」



   「はい?」



   「敦盛は、あの熊野の三年をこの上もなく、大切なものとしておりました。

    私も……」



   「経正殿?」



   「私も、一緒に過ごしたかった……。

    その話を聞くだに……、かつて病床にあった敦盛が、

    本当に…、瞳をキラキラさせて語る熊野の話を聞くだに、

    私も父上も羨ましくて……、

    同じように、楽しく語らう時を過ごしたくて

    ただそれだけで、敦盛を………。



    あの子には、つらい思いをさせてしまった……、

    すまなかったと、

    このようなつらい思いを、私や父上の我が儘からあの子にさせてしまって。

    どう贖おうにも贖えない罪を私は犯してしまったのですよ。



    だから、……すまなかった…と、

    ……そう敦盛に伝えてください。

    …それと…」



   「…」



   「敦盛の覚悟が、この和議を生んだのだ。

    敦盛のことを、兄は誇りに思う、と」



   「……悪いが」



   「え?」



   「悪いが、敦盛に伝えるのはお断りする」



   「!! 何故ですか、ヒノエ殿。

    私の今生の願い、

    どうか、お聞き届けいただけまいか」



   「今生の願い、……ね…。

    だから、かな…」



   「……分かりません」



   「そんな面倒な伝言、お断りだね」



   「め、面倒などと……そのような…」



   「あんたが敦盛に直接会って、伝えてくれ」



   「! ヒ、ヒノエ殿…」



   「だから、ね。
    それまで、どんなに苦しくても、消えるな死ぬなよ、経正殿」



   「……」



   「いいね。これは、口には出さないが、

    敦盛の本心でもあるんだからね」



   「敦盛……の…。

    ……わ、分かりました。

    この一件が終息しましたら、必ず神子様の世界に……

    では、こう言い換えましょう。

    次に会う時を楽しみにしている、と」



   「ああ、そうだね…。

    それなら、気楽に伝えられる。

    約束するよ」



   「ヒノエ殿、…ありがとうございます。

    ああ、神子様の世界……、

    いかほどに素晴らしいことでしょう」



   「いや……、あまり…、期待しすぎない方がいいかも……ね」







馬の手綱を自ら握り、三度、但馬守経正卿は振り返り、深々と頭を垂れた。



その経正の顔は、笑顔であった。






その経正卿の笑顔にヒノエは、ふと危ういモノを感じ、信頼できる鴉を二羽ふたり呼んだ。




一羽ひとりは、たった今別れた但馬守経正を常に隠密裏に監視し、

福原、または六波羅の鴉を使って、事の大小に関わらず報告を田辺に寄越すこと。




もう一羽ひとりは京の梶原景時邸に、ある物を借り受けに。



   「これくらいの小さな緋色の石の欠片さ。

    たぶん一斤染の小さな袋に入っているんじゃないかな。

    あの整頓好きの景時が、あっちの世界に持っていっていないのだから、

    たぶん、京屋敷にあるね。

    いつも大事なものを仕舞っている晴明桔梗の紋がついた文箱に入っていると思うから、

    御母堂様から丁重に借り受けてきて欲しいんだ。

    その石は何かって?

    御母堂様も御存知ではないだろうね……。

    …う〜ん、分かった。

    お前だから教えるよ。

    言うけれど、決して誰にも、

    そう御母堂様であっても、話してはいけないよ。

    いいかい、心してお聞き。

    そいつは『八尺瓊の勾玉』の欠片さ。

    そう、その三種の神器の『八尺瓊の勾玉』さ。

    事の重大さが分かったかい?

    それを借り受けたなら、すぐさま但馬守経正卿に届けてくれ。

    必ず経正卿に直接、お前が手渡すんだよ。

    いいね。

    そう、それと『敦盛に会うまで、肌身離さず持っているように』と言付けておくれ。

    ……、いや、それが何なのかは告げなくていい、

    っていうか言ってはならないよ。

    ただ、オレからそう命じられたってことで押し通すんだ。

    さあ、頼んだよ。

    一刻を争うからね」




二羽の鴉が消えた後、「これでってくれればいいんだけどね」と、

ヒノエは、らしくもない祈りを込めて独り言ちたのだった。



   「……『空より参らむ 羽を賜べ若王子』……か。

    敦盛……、いい兄上じゃん。

    直接会ったのは、初めてだけど…」















その夕刻、鈴鹿の峠に布陣していた源氏の別働隊二千が撤退を開始したとの報告が、

鈴鹿に張りついていた鴉から入った。



   「神泉苑での和議が不成立だった場合、

    というよりも、平家の主だった将を茶吉尼天が一気に滅ぼした後のシナリオを、

    頼朝は描いていたってことか」







時を同じくして、奥州平泉からの早舟が到着し、

藤原秀衡からの書状がヒノエに届けられた。

剛胆な人物として評判だが、

それにしては柔和な墨の文字に

ヒノエは、秀衡の人物を垣間見たような気がした。



その書によると、念珠、白河、勿来、それぞれの関近辺に、

やはり源氏が出兵して来たそうだ。



京で源平の和議が行われるらしいとの情報が入るのとほぼ同時に、

ヒノエから熊野別当名ではなく、九郎と連名で

(九郎には了解をとっていなかった。つまり、九郎の連名はヒノエの偽造だったのだが)

龍神の神子の「八葉」として、奥州のすべての柵と関を閉めて警戒にあたるよう、知らせたのだった。



その事への感謝が、まず述べられていた。



   「やっぱり、ね。

    ま、それだけ頼朝の天下統一への野心は強いってことだ。

    神泉苑に決まったと聞いた時に鴉を飛ばしておいて良かった、ってことかな。

    頼朝としては巧い計画だったけど、相手が悪かったね。
    頼朝の野心なんてお見通しだったのさ、このオレと白龍の神子のぞみには、ね。

    そして、奥州も直接の武力衝突を避けて、上手にいなしたみたいだね。

    さすが、鎮守府将軍・陸奥守、そして、九郎が『御館』と尊敬する人物だけのことはある」



その後には、京の朝廷への忠誠と、頼朝の野心へは組しないという旨が語られていた。



ただ、その後の一文にヒノエは、奥州と御館の危うさを感じた。



その文に曰く



   《 伊予守義経ヲ大将軍トナシ国務セシムベキ由、男泰衡以下ニ遺言セシム 》







   「まずいな……どうも」



少しの間、ヒノエは考え込み、

そして、この御館の書状を届けた鴉を再び呼んだ。



   「帰ってきたばかりで悪いけど、また奥州まで用事を頼まれてくれないか。

    御苦労だけど、明日。

    熊野で一番の早舟を用意させるから、

    もう一度、奥州の藤原秀衡殿へ届けて欲しいモノがあるんだ。

    明日までに、そいつは船に用意しておく。

    それと、こっちが本題。それも極秘中の極秘なんだけどね、

    藤原秀衡公の健康状態を、調べてきてはくれないかい?

    それも、出来る限り詳細に」




こんな時に弁慶あいつがいてくれれば。

ふとそう思い、否定できない自分にうんざりするヒノエであった。



そして、



   「ごめんな、敦盛…。

    経正殿の伝言は、もう少し後まで待ってくれ」



と、立待の月に向かって呟くのであった。















   「思い出した! 思い出した! 

    オヤジいるか? 出てこいよ! 

    聞きたいことがあるんだから!」





鴉を乗せた熊野で一番の早舟が奥州へと出発したのを見送ったヒノエが、

やはり、その船に乗り組んだ勢子の家族と思われる母子と出会ったのは偶然であった。

何気なく会釈してすれ違う。

向こうはその若者が熊野の頭領だとは気づかなかったのだろう、

ふと手をつないでいた子供が歌を口ずさんだ。

その歌に気づいたのは、ヒノエの観察力の賜物だろう。



   「和音階じゃ、ない!

    オレも熊野の子だ、この地方の歌ならすべて知っている。

    しかし、どこをどうひっくり返したって、この音階は

    …望美の世界でいやというほど聴いた」



何故? と思った瞬間に、

こっちに還ってからずっと引っ掛かっていた心の奥のわだかまりが言葉になった。



   「あの時、バカ親父は『感動のシーン』と言っていた。

    『シーン』!

    しかもあの時、オレは迂闊にも『ラッキー』とか『サンキュー』とか言っちまった。

    にも関わらず、親父は意味を聞き返してこなかった……。

    分かってるんだ、その語の意味を…。

    英語だぞ!

    なんで…?

    この時代に、英語は日本にはまだ……。

    イギリスなんてヨーロッパの辺境、大航海時代すらまだまだなんだぜ……、

    なのになぜ?」





   「ぐぅっど まうにんぐ ヒノエ、ワハハハ

    そろそろ来る頃だと思って、待ってたぜ」



出迎える藤原湛快の、満面の笑顔に

ヒノエは、ここ何度も味わった嫌な予感が、また背筋を震わせるのだった。











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