帰っちゃうの? ヒノエくんルート・2月−神無月 六





          大変申し訳ありませんが、ナンチャッテ外国語に疲れちゃいました。
  カタカナ表記が英語だと脳内変換してお読み下さい。






  「頭領、起きてますかい?」


  「ああ」


  「昨夜も遅くまでブラットの所だったんですかい?」


  「まあね」


  「大丈夫ですか? ここのところ、いろいろと御無理なさって、お疲れの御様子で」


  「お前は心配性だね。オレを誰だと思ってるんだい?」


  「そうですか……、なら良いんですが」


  「で?」


  「あ、へい。鎌倉からです」


  「こっちに通してくれ」


  「へい」


まだ何かを言いたそうな様子ではあったのだが、
副頭領は、こういう時のヒノエが何を言っても聞き入れない事をよく分かっているので、言葉を続けることを諦めて出て行った。


ヒノエはといえば、遠離るスキンヘッドの副頭領の後ろ姿を見ながらウンザリしたように呟いた。


  「ったく朝っぱらから、色気のない野郎の声に起こされるとはね」


その時、戸口に人の気配がした。


  「頭領、入りますぜ」










この1ヶ月、ヒノエは自分が1人しかいない事が恨めしかった。
それ程やらなければならない事が山積していたのだった。まして、やりたい事はそれ以上にあった。
体力の限界はとっくに通り越していたのだが、それすら気づいていない程、
この熊野を、この世界の何処よりも望美の世界に近づけようとして、
そして、それはこの自分オレにしか出来ないのだというヒロイズムだけで突っ走っていた。






烏の報告を聞き、指示を与えるだけでも「鎌倉」「京」「福原」、
ここ数週間は「瀬戸内の各水軍」「四国」「九州」も毎日となった。


当初の懸念は薄らぎ、どこからの報告も一見平穏と言えた。膠着状態と言う名の無風状態。


神泉苑で源平の和議が成ったとはいえ、いや、逆に和議が成ったからこそ、次の一手をどの勢力も探っている。

  「伊勢平氏にできて、自分達に出来ないはずはない」

胸の内にとりあえず納めた野心は、決して消滅したわけではない。
ただ、その『次の一手』が見つけられないでいるだけのことだ。


神泉苑で、この世のモノではない戦いを目の当たりにした後白河院の厭戦気分は強く

  (ま、いつまで続くかは分かったものじゃないけれどね)

龍神の神子の希求した和平に賛同し、今のところ、和平調停と読経の毎日を送ってくれている。

  (あの生臭坊主が和平調停と読経の毎日? かえって胡散臭いんじゃない)


ヒノエはこの間隙を縫って、奥州と熊野の連合という第三勢力を成立させ、
後白河院タヌキじじいの朝廷を中央に置きつつも「源氏」と「平家」と「奥州・熊野連合」という、三すくみの状態に持ち込もうとしていた。


瀬戸内の水軍は熊野が、九州の水陸両軍は平家が、それぞれ吸収合併し、
源氏には今まで通り水軍力の劣った状態でいてもらうのが理想だった。
関東平野で鍛え上げられた騎馬戦・陸戦の得意な源氏に、強力な水軍力が加わったら……。
当然、その事に気づいて源氏に近付こうとする水軍がいないわけではない。
しかし、そうした不穏な動きに対して、表だっては経正と薩摩守が外交ルートを通じて

  「任せていただいたのですから、その期待を裏切らぬようにせねばなりません。
   でないと、敦盛に会わせる顔がありませんからね」

裏では、知盛を中心とした平家の別働隊が秘密裏に全力をあげて、封じている。

  「やれやれ……、まったく……人使いの荒い……別当殿……だ。……ククク」







対鎌倉工作もヒノエの狙った通りになっていて、源氏は現在、西に注意を向ける余裕がない。
それと言うのも、ヒノエの要請を受けた御館の奥州軍が、源氏勢との境界線各地域で、
大規模な兵の移動や軍事演習を行い、挑発行為を繰り返していたのだった。


ヒノエの熊野と呼応しているなどとは思ってもいないであろう鎌倉にとって、
奥州軍の狙いがどこにあるのかを掴みかねていた。
しかし、奥州軍が境界線を突破して来ないとも限らないので、その都度、各武将に警戒出動の下命を繰り返していた。


鎌倉配下の関東以東・以北の武将達には徐々に疲労が蓄積され、
その澱のように溜まったフラストレーションは、鎌倉に、その中でも特に頼朝の名を借り、
実態も把握せずに噂や臆測だけで下命を乱発している北条に向けられ始めていた。
  「朝令暮改とはこのことだ!」
  「兵を出せと言うのなら、先ず北条殿御一門から出されたがよろしかろうて」
関東の有力武士の間では、公然と鎌倉に不満をぶつける者も出始めていた。
九郎義経という、常に最前線で汗を流していた英雄的求心力を欠いて、
急速に鎌倉武士団の結束が薄れてきているのも確かだ。






熊野ヒノエの狙った通りの戦線膠着状態が訪れたのだった。






この絶好の時期に、ヒノエは熊野のインフラの整備も特に急がせた。
自らも陣頭指揮に忙しく走り回った。


烏の負担軽減、そして情報伝達の迅速化を図る『狼煙台』の整備。
中国の隋帝国のモノを模した情報伝達網だが、これにより山深い熊野にあって国境付近の大まかな情報は、
わざわざ烏が田辺まで来なくても、三山と田辺には半刻もかからずに伝達された。


海の灯台も整備した。各岬に光色の違う石造りの常夜灯を整備しただけなのだが、
それだけでも格段に、海上交通の安全性が向上した。


熊野の次世代を担う人材を育成するための『学校』の整備も進めている。
田辺と三山の4箇所で、そこに通える範囲すべての子供達に対して、読み書き・算術・航海術・体育などを教える、
江戸時代の寺子屋のような施設を作り、別当命令で、5歳から10歳までの子供の親に、必ず通わせる義務とした。
当初、労働力である子供を通わせることに難色を示していた親も、
子供を通わせている家の租税軽減措置を通達したことによって、かえって積極的に通わせるようになってきた。




それでもまだまだヒノエは飽き足らなかった。




水資源の保護と下水道の計画。
平家の『音戸ノ瀬戸』以上の物流中継・貿易基地を熊野に造ろうと、港湾と道路の整備。
商業の促進に必要な市や座の助成。
施薬院や治療院の建設と、そこで働く医師や薬師の育成といった、医療制度の構築。
熊野と奥州の間に定期航路を開設しようとして、海図の作成と、寄港地の選定にも着手した。
外洋の荒波に耐えうる、この時代には有り得ないような大型外洋帆船の設計すら急がせている。

どれもこれも、譲の日本史教科書と鎌倉の図書館で仕入れた知識、
源平の時代以降、望美達・平成時代までの歴史上の偉人どこかのだれかのやったことの模倣だったが、
それでも、ヒノエは本気だった。
たとえ異世界とはいえ、800年後の未来を見てしまったヒノエにとっては、焦りにも似た感覚でもあった。


鎌倉での図書館通いは伊達ではない。
望美の世界をあちこちを好奇心に任せて見て歩いたのも、この日のためだと思えた。
『みなとみらい』や『新宿』は無理でも、せめて長閑な田園風景程度なら……。




ヒノエは走り続けていた。




陽が上っているうちは、回れる限りの部署に足を運び、指示を出し、相談にのった。
陽が沈んでからは、各所へ細かい指示を書き記した文や、
この世界の人間にも分かるように示した各種の設計図面を書くことに費やした。

   「もっとだぜ……もっと熊野を……」

熊野の国中が活気づいている。
怨霊が消滅し、落ち武者も野盗も姿を消した。
何に怯えることもなく、安心して野良仕事や漁に出掛けられる。
しかも日に日に、道や港が整備され、市や座があちこちで開かれ、
物が豊かになり、街が活気づき、生活が少しずつ楽になるのが実感できる。
そのどれもが頭領・藤原湛増の働きによるものであることは、熊野の民で知らない者はいない。

   「我々のために、頭領様は寝る間も惜しんで、働いて下さっている」




しかもそんな多忙なヒノエは、それでも時間を作っては、毎日ブラットの所へ、英語を習いに通っていたのだった。
体力の限界はとうに過ぎていた。疲労の蓄積も相当なものだったに違いない。
異国の民のブラットですら心配していた。


   「君ハ自分を過信シ過ギテイル」


   「冗談。オレ様ハコンナモンジャ何トモナイサ。一晩寝レバ明日ニハバッチリ」


しかし、ちょっとした風邪が、なかなか治ってくれない。微熱も続いていた。
まわりにいる配下の者、特に副頭領に悟られまいとして必死だった。


  「あいつはあんなナリをしてる割に、変なところで勘が利くからね」


しかし、ヒノエの体調不良はもはや周知のことであった。
日に日に、「頭領へ」という差し入れが増えていった。
取れたての鶏卵や魚から始まって、鳥肉、獣肉、果ては漢方の類まで。
配下の者や、領民から敬愛されている証拠であったのだが、
しかし、どこかでヒーロー願望やスーパーマン願望でもあったのだろうか、
ヒノエ自身としては、恥と感じる部分が否めなかった。そこでヒノエは一計を案じたのだった。






  「サテ、ソレジャアソロソロ行クヨ」


  「帰ルノカイ?」


  「『帰ル』…、アア、ソウダネ。デモ、チョットダケ今日ノハ意味ガ違ウ、カナ?」


  「ドウイウ事ダイ?」


  「コッチモ、アッチモ、全部手ニ入レルノサ。ドチラカヲ諦メルナンテ、オレニハヤッパリ出来ナインデネ」


  「?」


  「ダカラ、今日ハ、一番一緒ニ居タイトイツモ思ッテル奴ノ所ヘ『帰ル』ノサ」


  「Oh、君ノ愛スル人ノ待ツ家ネ」


  「アア、アイツガソウ思ッテイテクレテイルト良インダケレドネ……」


  「君ニシテハ弱気ナ発言ダナ? 意外ナ気ガスル」


  「何故?」


  「君ハ……『熊野ノ業平』ッテ有名ダカラ」


  「誰ガ、ソンナ事ヲ言ッタンダイ?」


  「ソレハ……」


  「ヤレヤレ。マァ、大体ハ想像ツクケドネ。デモ、オレハ『業平』ジャナイ。『フェミニスト』トデモ言ッテ欲シイネ」


  「『フェミニスト』……ソンナ言葉、ドコデ知ッタンダイ? 僕ハ、一度モ使ワナカッタハズダケドネ」


  「ヘヘヘ、ソレヨリ、アンタニハ感謝シテル。オカゲデ英語モ、カナリ分カルヨウニナッタ」


  「君ハ語学ノ天才ダ。コンナ短期間デ、ココマデ上達スルナンテ。
   教エテイルコッチガ驚クヨ。後チョットデ、僕ガ教エル事ナンテ何モ無クナッテシマウ」


  「ガキノ頃カラ叩キ込マレタ中国語ガ役ニ立ッタカラネ」


  「僕ノ日本語ハサッパリダ。『こんにちは』『良い天気ですね』『怪しい者ではありません』
   ソレカラ『私の名前はブラット・トールです』『私は熊野別当の下で働いています』……」


  「上手イジャン」


  「デモ、君ノヨウニ構文ヲ理解シテイテ、自分デ文章ヲ作ッテイル訳ジャナイカラネ。単ナル棒暗記ニ過ギナイ」


  「ソレデモ知ラナイヨリハ良イジャン。特ニ『私は熊野別当の下で働いています』、コレハ大事ダカラネ。
   コノ熊野デ、オレノ名前ヲ出シテ、ソレデモアンタニ何カシヨウッテ奴ハ居ナイサ。
   ソレニ、オレガアンタノ所ニ通ッテイル事ハ周知ノ事実ダカラネ」


  「『インフラノ整備』トカ『大型外洋帆船ノ建造』トカ、我ガ国イングランド、No、大宋国デサエ、
   マダ夢物語ナ事ヲ、マルデ見テキタ様ニ知ッテイル。
   単ナル『天才』トカデハ説明ガツカナイ。本当のトコロ、君ハ何者ナンダ?」


  「熊野別当」


  「ソウデハ無クテ……。先ヲ急グト、後ヘノ反動モ大キイカラ」


  「ダカラ?」


  「用心スルコトダ」


  「熊野ナラ大丈夫。ココハオレノ生マレ育ッタ土地ダカラネ」


  「ソウジャナイ。君ノ事サ」


  「オレ? ダッタラ尚更、大丈夫ジャン」


  「……ナラ良イノダケレド。『急進派』トカ『改革派』ニハ、必ズ『保守派』ヤ『旧守派』ガ対抗スルモノダカラ」


  「心配性ダネ、ブラットハ。ソンナンジャ、セッカクデキタ彼女ニ嫌ワレルンジャナイ」


ヒノエの視線を辿ったブラットは、そこに1人の女性が佇んでいる姿を見つけた。


  「? Oh、はなサン。ヒノエ、シカシ彼女ハ『マイラバー』デハアリマセン」


  「アア、ソウダネ。アンタガ熊野ここニ来タ目的ヲ、オレモ忘レタワケジャナイサ」


  「ナラ……」


  「アンタトイウ人間ヲ知ッテイル者ガ、ナルベク熊野デ増エルノハ、オレニトッテモ、熊野ニトッテモ、歓迎スベキ事ダカラネ」


  「僕ハ、ゴク普通ノ人間ニ過ギナイ」


  「ソウ、ソレガ大事ナコトサ」


  「?」


  「世界ハ広イッテ事ヲ知ルノハ、理屈ジャ無イカラネ。
   肌ヤ、髪ノ毛ノ色ヤ、体格ヤ、言語ヤ、信ジテイル神ガ違ッテイテモ、
   同ジ人間ナンダッテ、ソンナ単純ナ事モ理解スルノハ意外ト難シイノサ」


  「助カッテイル。君ノ配慮ニモ、彼女ニモ」


  「あの…お邪魔だったでしょうか、頭領」


  「いや、オレはもう行くところだから」


  「すみません…」


  「ま、ブラットの世話、頼むからね」


ヒノエは、ブラットから『はなさん』と呼ばれた女性にウインクをして立ち上がった。


  「言葉は覚えた?」


  「あ、はい。『わっです』と『どぅゆぅらいくじす』くらいですが……」


  「『これは何?』と『これ、好き?』だね。いいじゃん、その調子で頼むよ」


  「はい」


  「ジャ、ブラット」


  「ヒノエ。イヤ、熊野ノ頭領。最近ノ君ハ無理シ過ギダ」


  「ソンナ事ハ」


反論を試みたヒノエを制して


  「No、僕ハ心配シテイルノサ。無理モ無茶モシナイデ、マタ、ココニ来テ話ヲシマショウ。イイカイ、約束ダカラ」


  「やれやれ、どっかの誰かにも言われた台詞だね」


  「?」


  「アア、約束スル。チョット骨休メニ行クダケジャン。心配イラナイッテ。
   ソレマデニ、アンタモ多少ハ日本語、上達シテオイテクレ」


  「ソレガ一番ノ難題ダナ」


  「気長ニ慣レル事ジャン。彼女ト一緒ニ」


明るい笑顔で手を振りながら遠離るヒノエの姿に


  「無事ニ帰ッテクルンダヨ、ヒノエ」


そう呟くブラッドであった。










  「さて、分かってるな白龍! これからもっと忙しくなるんだからな。覚悟してくれよ」










眩い光に、ヒノエは一瞬眼を被った










空には星が瞬いていた。
ハッと我に返ったヒノエが辺りを見回すと、そこは

小動の岬と、さらにその向こうに江ノ島の展望灯台の灯りが見える。


  (七里ヶ浜……かな? やれやれ。どうせなら横浜の自宅に戻してくれれば楽なのに)


ヒノエは異世界の京に戻された時と同じ思いを抱いた。
突然、ヒノエの頬を冷たい風が吹き付ける。


  (そうか、こっちは2月だったね。むこうでは神無月から、ひい、ふう、みい、よお……。ああ、むこうも如月になったんだっけ。
   4ヶ月以上いたんだ……。こっちの時間、進んでないだろうな。浦島太郎じゃ困るからね)


如月初旬の異世界からの帰還に身体が馴染まないからなのか、異世界での緊張が解けたからなのか
ヒノエにしては珍しく、その場に崩れて動けなかった。













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