胎動  2











地下鉄の窓に映る自分の顔を眺める。
我慢しても我慢してもこぼれてしまう笑みと、紅潮した頬が映る。
間もなく新橋の駅に着く。


こんな締りの無い顔の女、周りの人に不審がられないかしら?


そう思いながら、また頬が緩む梶原朔であった。






    「何か分からないことがあったら、私の店にいつでもいらっしゃい」


そう言って下さったオーナーパティシエの店に、
初めて、自分の店で作ったスイーツを持って、伺ったのだ。
今の自分のスイーツを客観的に評価してもらいたくて、一昨日、携帯を手に取り
それでも、電話をかけるのに1時間以上逡巡し、そして


女性オーナーは溜息までつかれ


    「ハァ……。あなたが、お兄さんとお店をやっていなければね、
     是非とも私の所で働いてもらいたかったわ。残念」


    「え? では……」


    「自信を持っていいわよ。これなんて、自由が丘であの時に教えた時のをアレンジしたものでしょう」


    「覚えていて下さったのですか」


    「いつか、あなたが私の所に来るんじゃないかって事もね。
     でも、ここまで来ると、もう私のアレンジなんて言えないわ。これはもう、立派なあなたのオリジナルよ。

     それにしても、こんな強力なライバル店を育てちゃったなんて、あたし、自分の首を絞めちゃったかしら」


    「そんな……とんでもな……、ありがとうございます」


と、以前の自由が丘でのスイーツ教室の時と変わらぬ、気さくな明るさで仰って下さった。
その上で、オーブンの扱い方のアドバイスと、材料の購入先まで紹介していただき、
朔はあまりの嬉しさに足取りも軽く、地下鉄に乗り込んだのだった。
そして、間もなく新橋駅


の、はずだったのだが


朔は、ふと気づく
辺りの空気が変わっていることを


平日の昼間とはいえ、地下鉄銀座線の車内、
しかも青山1丁目から新橋へ向かう車内なのだ。
乗った時は、それ相応の乗客がいたはずだった。





誰もいない。
見える限りの前後の車両にも、人の姿は見当たらない


どこかの駅で乗客が降りたという記憶も……


列車が進んでいるのであろう事は、
規則的な車床の振動や時々横にかかるカーブの遠心力、
それと、車窓を後方に流れ去る壁や照明灯で分かるのだが
問題は、どこに進んでいるのか


とっくに新橋駅に着いてもいいはずの時間が経過しても、
この地下鉄はいっこうに減速する気配すらない
どこかの駅を停まらず通過したということもない


     これは……
     迂闊だった……


素早く手にした携帯の短縮ダイヤルを押した瞬間、朔の周りを漆黒の闇が取り巻いた。










    「如月さぁん、府中くんだりまで、いったい何の用なんですかぃ?
     俺様ぁ、てっきり何ンかの仕入かと思ってですね、お手伝いを…、と」


    「……」


    「そう言やぁ如月さん、ここの神社ぁ、最近なんか盗難事件があったってぇ所でしょ。
     あ! じゃぁ、骨董品店の方じゃ無く! 飛水流関係の」


    「雨紋、少し静かにしてくれないか。
     勝手についてくるのは構わないが、考えの邪魔はやめてくれ」


    「すみません」


     なんで消失したのが狛犬一対と絵馬なのか。
     玉眼・漆箔の狛犬は重要文化財だからそっち方面のルートでは高値で取引されるだろうが
     絵馬……、現物を見ないと何とも言えないけれど…『源頼朝旗揚図』……
     なんで最近、この時代絡みが多いんだろう


そう思うと、何やら嫌な予感のする如月翡翠であった。










    「神子!」


黒山の人だかりが校門の脇にしていた。
何だろうとは思ったけど、まさか、その人垣を分けて現れたのが白龍だったなんて。
そういえば、以前にもこんなシチュエーションがあったような……
だけど、あの時は大きな白龍だった。


私は白龍の目線にまで膝を屈めて、白龍を見つめた。


    「どうしたの? いつ、現代こっちに?」


    「神子! 対の黒いのに、神子へ言伝を頼まれたの」


    「え? 『対』って、黒りゅ……」


    「望美ちゃん、この子の知り合い?」

    「この子、ずっとミコミコって」

    「春日さん、『ミコ』って、あなたのことだったの?」


    「あ……、え〜と…」


その時、今度は私と白龍が人垣の中心になっていることに気付いた。
白龍に小声で


「走るよ」


そう言うと、望美は白龍の手を引いて、と言うよりは抱えるようにして、一目散に走りだした。


    「あ! ちょっと! 春日さん!」

    「望美ちゃぁん!」










    「河越の稲荷堂の倒壊事故」


    「2週間前か。我々が把握している最初の事件やつだな」


    「はい、そうです」


    「そうと分かったのは1週間前だったがな」


    「申し訳ありません」


    「お前の責任ではない。あの時点まで関連性があるなど、考えもしなかった。
     この件は何年か振りの大きな事件やまだ。

     ま、そうは言っても、未だに事件としての関連性を把握しているのは我々くらいだろう。
     M+M機関ほんぶですら、分かっていなかったのだからな」


    「はぁ……。で、その次に起こったのが、13日前の関越自動車道・河越インターチェンジの陥没事故です」


    「それから、12日前の航空自衛隊・都頃沢基地、か」


    「東村山のゴルフ場の立ち枯れ事件。これが11日前の事です。それから」


    「ここか?」


    「いえ、その1つ西の…、ええ、その交差点です。
     そこが10日前の小平の青梅街道交差点・多重衝突事故の現場です」


    「で、8日前の国分寺の眞菅田の池湧水地で起きた死体遺棄事件。
     それまで律儀に毎日1騒動だったものが、1日空いたのは……」


    「休業日があるとは考えられませんからね。
     まだ、我々が把握していないケースがあるのでしょう」


    「当然だ。この交差点と眞菅田池との間を洗い直せ。これはお前の班の担当だ」


    「はっ!」


    「国分寺で初めて奴は人間を直接狙い始めた。
     そして1週間前、府中の大国神社の盗難事件」


    「ここです」


    「府中の駅前、しかも白昼堂々だったな。
     こうして地図に示すと、多少東西にブレルが、南に向かってまっしぐらだ
     此処までは、な」


    「それが」


    「ああ、そうだ。そんな奴が何でこの後、突然都内、しかも23区にも拡大した?」


考えあぐねる来栖狩夜であった。










携帯のLEDが点滅している。


     ああ、僕としたことが

     これは


着信履歴を見ると、
いつもなら絵文字がいくつかの、まるで謎解きのようなメールしか送って来ない望美が
伝言まで残してある


     珍しいこともありますね


そう呟きながらも、弁慶は心の隅に不安がよぎり、急いで簡易留守メモリストを開く
次の瞬間にはもう


    「ヒノエ。申し訳ありませんが、緊急事態です。
     ええ、挨拶は抜きです。大至急、敦盛君と一緒に、景時の店に集まってください」


そう言って一方的に切ると、立て続けに何か所かに電話をするのだった。


    「もしもし、お世話になっております。『プロダクションBEN−K』の藤原です。
     大変申し訳ないのですが、本日、九郎は体調不良でして、打ち合わせはキャンセルさせて……
     ええ、ああ見えて意外と、はい。この埋め合わせは必ず。
     私がご期待に背いたこと、……ええ、お任せください。
     では、今回だけは申し訳ありませんが、はい。
     ありがとうございます。本人に伝えておきますので。では、失礼いたします」


    「九郎。訳は後で話します。緊急事態です。可能な限り急いで、景時の店に行ってください。
     ええ、大至急です。
     ……大丈夫。そちらの件はたった今、キャンセ、御断りの連絡を入れましたから。
     では、景時の店で」


    「ああ、突然で申し訳ありません。弁慶です。実は












13/02/03 UP

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