忘れ物    -- だって持っていきたかったんだもん! 5-- 









しばし異世界からの来客達は、望美から贈られた各自の品を手に、思いに浸るのだった。


 

   (神子が私に……。礼を言うのは私だというのに……。
    ああ、……私はやっと、……やっと神子を、あるべき世界に帰せたのだな……)




   (この手触りは、思ったよりもしっくりくる。これなら刀を握っても、それほど違和感は感じないですむ……。
    刀は……、こう構えてもいいか……、その上でこう斬る! こっちから斬りかかられたとしたら……こう防ぐ。
    そっちだったら…こうか! その上で……こうしてから、こう……。
    凄いぞ! この『防刃手袋』とやらが望美の言うとおりだったら、格段に戦闘の幅が広がる)




   (望美の世界……。望美からの賜物の『こんぱく…と』、本当に綺麗だわ。
    すべすべした手触り、蛤などの貝とは違うのね。何で出来ているのかしら。
    それにこの鏡……、ああ、本当にこんなに綺麗に映る鏡は見たことがないわ……?
    …! え! ま、まさか……。! ああ! どうしましょう! …ここのところ、連戦だったから疲れが溜まっているのね…、
    肌が……、こんなにカサカサになっているなんて!!)




   (『弊社シルバーコンパスは、どんな苛酷な環境でも磁針の赤が北(磁北)を示します』か。
    へぇ、どんな苛酷な環境でも、ね。……すごいじゃん。
    『〜本体内に充填された弊社特製オイルは磁針の動きを安定させ、振動しても磁針がブレません。
    当モデルは、−50から+70℃までの温度変化に耐えます』か……。
    う〜〜ん……。……便利そうなのは分かるんだけど、『オイル』とか『モデル』って何だ?
    『−50』『+70℃』は温度を指し示す何かだろうけど……分からないね…。
    日ノ本の言葉ではあるのだろうけど、まるで別の国の言葉じゃん。
    こいつは「羅針盤」の使い方より先に、神子姫の世界の言葉を覚えるのが先、かな……)




   (ああ、やはり『コロリ』は伝染性の病気だったのですね、祟りや呪詛では無いと思っていましたが……。
    人の体の中をこのように血は巡っていたのですか。……ああ、心の臓はこの位置にあるのですね。
    それにしても、これは恐ろしい程に人の身体と命の仕組みが紐解かれた書物ですね。
    比叡で読み漁った、どんな書物よりも詳しい。……しかし分からない言葉が多すぎて……。
    先ずは、望美さんの世界の言葉を知ることが必要ですね。それにしても……、すごい。
    本当にこんな大切な書物を、僕などが戴いてしまっていいのでしょうか……。
    ……この知識があれば、あちらの世界で苦しんでいる多くの人達の命を救える……ありがたいことです。
    望美さん、僕はまたあなたに助けられたのでしすね
    でも、……もっと、この望美さんの世界を知りたいと思ってしまう僕は、なんて欲が深いのでしょう)




   (……神子の笛…。この手に触れることすら、…こんな身の私には罪なのではないのだろうか
    しかし……木でもない、竹でもない、……強いて言えば、漆器のようなこの不思議な手触りと質感…
    …………! ああ! いけない……。 やはり私は穢れている。
    笛を奏でてみたい……、この笛がどのような音色なのか知りたい……
    この欲に抗えない自分が………、あさましい…… 兄上……、私はどうしたら良いのでしょうか……)




   (『筆ぺん』っていうのも便利だけどね〜〜〜 それより、やっぱりこっちかな〜。
    何なんだろうね〜〜、ほっっっんと、す〜〜っごく興味あるんだよね〜〜
    泡立てて洗濯の時に使う『洗濯せんざい』って、
    あ〜〜〜、もう、何か洗い物無いのかな〜〜♪)






   「で、先輩。そのトラベルバックの中身は分かりましたけど、そっちの段ボール箱には何が入ってるんですか?」

   「そうそう、さっき弁慶から渡された時、意外と軽くて、逆にビックリしたぜ」

   「これ? これは確か…インスタントラーメンを箱買いして」

   「ぜ、全部ですか?」

   「空いた隙間にインスタントの味噌汁とか、フリーズドライの食品とか、ふりかけとか…」

   「やっぱり食べ物なんですね、先輩」

   「さっきも言ったけど『腹が減っては戦は出来ない』って。それに、異世界むこうに行って思ったの」

   「何をです?」

   「譲君が作ってくれるからそれほどでも無かったんだけど、でもやっぱり時々…」

   「でしょうね。先輩が言いたそうにしている時は、だいたい察しがつきましたから……。でも、特に甘い物は材料的に難しくて」

   「お前はいいよ。それこそお前も認めるとおり、譲が居たんだから!
    俺なんかな! 俺なんか清盛ん所だったんだぞ。お上品にこれっくらいしか飯が出ねえような所に!
    そんな所でちょっとでも思い出したてみろ! 1週間は悶え苦しむんだぞ!
    『キ○ラウェイのカレー』とか、『藤沢のビッグ○ーのカレー』とか、『横浜ボ○ベイのカレー』とか、
    『横須賀の海軍カ○ー』とか、『新宿中村○のカレー』とか!」

   「将臣君、全部カレーなんだ……」

   「ま、まあ…な」

   「だから俺に会った途端に、『カレー、作れねぇか』って」

   「言ったんだ、将臣君……」

   「まあ、な」

   「それと、キャスターケースの中には、ペットボトルの飲み物とお菓子を」

   「ペットボトル! 重たかったはずですね」

   「コーラに午後ティーにスポドリに……、? このリポDは?」

   「疲れた時にって思って…」

   「OKOK、でこっちは、ポッキーにポテトチップスに苺ミルク飴に……
    おお、ラッキー! これは、うまか棒! しかも各種そろって!」

   「それはいいんですけど、この一番下に入ってる消火器は何なんです?」

   「それは……、だから、燃えてる櫛笥小路の屋敷に戻ると思ってたから……」

   「それで防災頭巾も一緒だったんですね」

   「防災頭巾! 懐かしいぜ。『4ねん2くみ かすがのぞみ』か。でもお前、小学校の時の頭巾なんて良く持ってたな」

   「そう? きっと将臣君達も、自分の部屋を探せば出てくるんじゃない?」

   「そうかぁ? ま、捨てた覚えは無いけどな」

   「で、こっちのは何です? って、これ布団袋ですか?」

   「あ! その中は!」

と言うより早く望美は、布団袋を譲から奪い取った。

   「ど、どうしたんですか」

   (はは〜〜ん。おい、譲。お前も案外、鈍感だな)

   「な、何がだよ、兄さん!」

   (バカ、望美が赤くなってるんだから、察してやれって)

   「だから、何…あ」

   (鈍いね、お前も。ま、そんなウブなところが、兄をホッとさせてくれるところでもあるんだがな)

   (先輩の下g…)

   (それだけじゃ無ぇかもよ、たぶんその他n)

   「全部聞こえてる!」

そう叫ぶと布団袋がマッハの勢いで将臣めがけて投げつけられたのだった。

   「ぐお!」

布団袋の直撃を受けて、将臣は倒れ込んだ。

   「オーバーだよ、兄さん。下…コホン、衣類の袋を投げつけられたくらいで」

   「バ、バカ野郎! 何が衣類だ! それとも何か! 望美のパンツは鉄か木で出来てるって言うのか!」

   「何、怒ってんだよ! まったく! 先輩のパ…し、下g、いや、衣類が鉄製のわけ無いじゃないか」

   「だったら、これ見ろ! コブ出来た上に、血ぃ出てんだぞ! 血!
    鉄か木で出来たパンツでも無けりゃ、こんな風になるか!」

   「やわい体。そんなんでよく異世界むこうで『還内府』なんてやってられたもんだ。先輩のパンツで血を流すなんて」

   「だったらお前も望美のパンツぶつけてやろうか! 同じ痛っ…」

望美の蹴りが将臣に的確にヒットする。

   「パンツの話、止め! 他にも荷物が入ってるって想像は出来ないのか! この兄弟は!」

と仁王立った望美が足下の将臣を見下して言った。

   「お、俺だけか! 俺だけ蹴るのか! 譲は!」

   「譲君はパンツなんて言ってないもん!」

   「言ったよ! たった今言ってたよ!」

その騒ぎで八葉達は我に返り、望美と有川兄弟の様子を注目したのだった。

   「知らないもんね」

   「え、依怙贔屓えこひいきだろう! 譲、言ったよなお前、『先輩のパンツで血を流すなんて』って」

   「し、知らないな。それより先輩、 何なんですか? その『他の荷物』って」

   「え? あ、ああ」

そう言って望美は布団袋と開け、中にいくつもの小分けされた巾着袋やビニール袋を取り出した。

   「こっちはジャージと着換え。やっぱり動き易い方が良いかなって思ったから」

   「そりゃそうだ。それにしてもよくお前、あんな白の制服プリーツスカートで戦場駆け回ってたよな」

   「けっこう覚悟いるんだよ。恥ずかしかったんだから」

   「見ているこっちは、もっと目のやり場に困ったのだぞ」

   「九郎さん」

   「でも、洗濯のし甲斐はあったね〜〜。真っ白なんだもんね〜〜」

   「その節はありがとうございました、景時さん」

   「うわぉ! そう言ってもらえると、嬉しいね〜〜」

   「うら若き乙女の柔肌だからね。嬉しくもあり、他の野郎に見せたくないって気持ちもあり。結構複雑な心境だったけどね」

   「ヒノエ、あんまり望美さんをからかうもんじゃないですよ。ああ、望美さん、気にしないでくださいね」

   「へぇ、一番見せたくない野郎に説教されたくはないんだけど」

   「ヒノエ、君という子はまったく。兄さんにも困ったものですね」

   「そ、それと我が家の救急箱」

   「救急箱って、お前! じゃあ何か!? 俺は救急箱に怪我させられたのかよ!」

   「良かったじゃない、その中にバンドエイドでもシップ薬でも入ってるから、すぐに使えて」

   「その前に、救急箱を凶器に使うな! 救急箱で怪我させるな!」

   「それから懐中電灯でしょ、チャッカマンライターでしょ、それと図書館の本!」

   「本って! 箱入りの全集本じゃねぇか! …ラッキー! 俺、良く死ななかったな、今の攻撃で。
    って、人の話、聞いてるか!」

   「大丈夫だよ、手加減はしたから」

   「OK! ありがとよ。…って、だったら何で血ぃ流してんだよ、俺は!」

   「それより、どんな本なんです? 図書館の本って」

   「えっとね『日本史事典・平安、鎌倉編』でしょ、『平家物語』でしょ、それと『源平盛衰記』に『愚管抄』、あと『吾妻鏡われづまかがみ』」

   「先輩、それ『吾妻鏡あづまかがみ』です」

   「そうなんだ。これ全部、図書館司書の五十嵐さんのチョイスだよ」

   「『源平盛衰記』…ですか」

   「こちらは『愚管抄』とある……」

   「あ、弁慶さん、敦盛」

   「どうしたの? 譲君」

   「どうしたって、先輩。だってマズイんじゃないですか?」

   「『祗園精舎の鐘の声、諸行…』」

   「く、九郎さん!」

   「『諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
     傲れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。猛き者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に…』
    なんだ、末法かぶれか」

   「末法かぶれ?」

   「ああ、末法だ、この世は無常だ、と訳の分からんことを言ってまわる坊主や貴族どものことだ。俺は好かん」

   「どうしてです?」

   「今がどんな世であろうと関係ない。己の力量と才覚で、明日はどうとでも切り拓けるものだと俺は信じている。
    そうでなければ、この世に生まれてきたことがそもそも不幸だということになってしまうではないか」

   「九郎さんらしいですね」

   「九郎さんが、あと数百年後に生まれてたら、きっと立派な戦国大名だったでしょうね」

   「せんごくだいみょ…? 何だ、それは」

   「戦国大名というのはですね」

   「OKOK、譲」

   「に、兄さん」

   「いいからいいから。分かり易く言えばだ、九郎。譲はお前のポジティブな所に感心して、褒めてるんだよ」

   「ぽ、ぽじて……、将臣、ま、益々分からん」

   「お前の、そのどんな時も前向きな姿勢に。だよな、譲」

   (兄さん、俺はそんなこと)

   (じゃぁ何か、お前。九郎にこのまま『日本史講座・平安から安土桃山まで』でも受講させるつもりか?)

   (そんなことは)

   (だったら、ここはスルーしとけ。いいな)

   (あ、ああ)

   「敦盛さんの話もこの『平家物語』に載ってるって司書の五十嵐さんが」

   「望美!」
   「先輩!」

   「え? 何?」

   「お前、衝撃の事実をこいつらにいったい幾つ突きつけるつもりだ?」

   「どうして?」

   「平家物語の平敦盛っていえば、お前」

   「だめだ、兄さん。先輩、知らないんだよ、きっと」

   「なんでだ!? 同じクラスだったよな? 古典の授業でやったよな?」

   「そうだっけ」

   『……まさなうも敵にうしろを見せさせ給うものかな。かへさせ給へ。』

   「ヒノエ」

   「いいじゃん、どうせいつかは分かってしまう事なんだからさ」

   「だからって」

   「OK、そうだ、い、異世界。ほら、な! 異世界のことだから」

   「そ、そうそう。敦盛さんと海岸で初めて出会ったのだって」

   「はぁ?」

   「み、神子」

   「あれ? 違った?」

   「わ、私は、三草山で負傷しているところを神子に助けられて」

   「(あ! そっちのルートだったんだっけ!)そ、そうだった、アハハハ」

   「笑って誤魔化そうとしてますね、先輩」

   「神子、落ち着きなさい…」

   「せ、先生」

   『汝が為には好い敵ぞ。名のらずとも頸をとって人に問へ。見知らうずるぞ』

   「な、何も敦盛さん自身で音読しなくても」

   「へえ、この熊谷直実って、敦盛のことを知らずに組み伏したんだ」

   「ああ、そのようだな」

   「それにしても、望美の世界の敦盛も、けっこうきついこと言うじゃん」

   「どうしてなの、ヒノエ君」

   「つまり、『お前のような田舎武士に名乗ってやるほど安い名前じゃないんだ。
    お前にしてみればスゴイ手柄になるだろう。私が誰なのかは、お前ごときが知らずとも、
    首を持っていってお前の上役の誰かにでも聞いてみろ。誰でもが私のことを知っているだろうから』って。
    敦盛、殺される寸前なのに何様な態度じゃん」

   「わ、私はそのように無様に組み臥されなど」

   「ああ、そうだろうね。それに、このオレがそんなことさせないさ」

その続きを、九郎が手にとって読んだ

   「『ただとくとく頸をとれ』……か」

突然、九郎は刀を手にすると部屋から出ようとした。

   「ど、どうしたんですか! 九郎さん」

   「望美、俺は今から一ノ谷に行って、熊谷を止めさせてくる」

   「待てよ、九郎!」

   「すまん、将臣。止めないでくれ! それと、馬を借りる」

   「馬なんか無ぇって!」

   「馬が無い! 俺をたばかるな! 一刻も早く熊谷を止めねば」

   「だから異世界のことなんだから!」

   「く、九郎殿、お気遣いは感謝する。なれど」

   「敦盛本人もこう言っているんですから! 九郎さん」

   「譲君の言うとおりですよ! 落ち着いて、ね! 九郎さん!
    ほら! ここに敦盛さん、いるでしょう! 弁慶さんも何か言ってください!」

   「そうですね。……ふむ、……直実殿なら……やりそうですね」

   「だよね〜〜」

   「だろう! だから俺は行く!」

   「じゃ、オレもちょ〜〜っと行ってくるね〜〜。悪いようにはしないからさ〜。ね、敦盛君」


   「へぇ、敦盛おまえ、みんなからずいぶん愛されてるじゃん」







そして、これから迷宮を廻る戦いが始まることを、彼らはまだ知らない。








09/12/04 UP