リターン3  景時 英雄ヒーロー








 
時間は10分ほど前に遡る。


場所は、お台場フシテレビ前交差点。
梶原景時は、先ほどから白龍と横断歩道を渡るでもなく、目の前にそびえる建物を見上げて
語り合っていた。

  「神子の世界はすごいね。こうした建物から、創った人や造った人の意志が伝わってくるよ。」

  「でも、ほら、あっちの世界でも、平家の福原や厳島、頼朝様の鎌倉、鶴岡八幡なんて、
   結構なものだったじゃない」

  「ううん、違うよ景時。
   清盛や頼朝の造った街や社は、神にその力を希う『よりしろ』。景時の護符と変わらない。
   でも神子の世界の建物は、神や仏といったものに頼ってはいない。
   人が人として持てる力だけで、この世に対峙しようとしている。
   来る途中で見た『らんどまーく』には、天空をめざし、地上の標たらんという意志があった。
   この丸には、何かを世に送ろうとする意志を感じる。」

  「『何か』って何だい?」

  「人の言の葉は難しいね。
   ええと、そう、神子がよく言う『わくわく』とか『どきどき』、
   あれの具現と言ったら分かってもらえるかな?」

  「『わくわく』とか『どきどき』ね……うん、なんとなぁく、分かるよ。」

  「そんな、この世界で育ったから、私の神子の意志は、強く美しく、そして潔いのだろうね。」

  「そうだね。」

何度目だろう。歩行者用信号が青に変わる。
景時の脇を、4、5歳の女の子が母親の手から離れ、横断歩道を走り出すのが二人の視界に入る。
笑いながら「ダメよ」と言いつつ、後を追おうとした母親の顔が
一瞬で凍り付く。

  「ダメぇ!!!」

大音量のクラクション。
耳をつんざく排気音。
それに負けない大音量の音楽。
速度を落とさず交差点を左折してきた車が二台、歩行者を蹴散らす。
横断歩道を渡っていた何人かは、慌てて飛び退く

少女は気づくのが遅れた。
気づいた瞬間、彼女の身体は硬直した。
見ていた歩行者から小さな悲鳴。
すべては一瞬のことだ。

  「まずいよ!」

言うより速く景時は、少女に飛びつく。
タイヤの軋む音。
運転手の若い男の罵声、笑い声。
少女を庇いながら、地面を転がる景時。

  「景時!」

白龍にしては珍しく狼狽えた声。


一瞬の静寂の後、子供の泣き声が爆発する。

  「のぞみちゃん!」
母親の泣き叫ぶ声。

  「あたたたた、」
ゆっくり立ちあがる景時。
腕には少女が抱えられている。

  「お嬢ちゃんも『のぞみちゃん』なんだ。
   ちょぉっと、ビックリしちゃったねぇ。
   でも、どこも怪我してないと思うよ。
   って、あたたた」

  「ママぁ!!!」
車に轢かれそうになったことに怯えてなのか、
知らない男に突然抱きかかえられ、地面を転がったことにビックリしてなのか、
『のぞみちゃん』は母親へ飛びついて、さらに泣き声を大きくする。

  「景時、信号が変わる。急いだ方がいい。」

  「御意ぃ〜ってね。さ、急いで渡っちゃっおうね。」

景時と白龍は、元いたところに戻ろうと歩き始める。

  「まいったなぁ。このところ、ちょぉ〜っと鍛錬サボってたからなぁ。」

  「うん、景時も少しは九郎を見習うといいよ。」

  「そう、なんだろうけどねぇ。
   九郎と鍛錬だなんて、まだ死にたくないよ。」

  「でも、神子は『だいえっと』とかいうもののために、九郎と鍛錬している」

  「望美ちゃんは特別だよ」

  「一昨日と昨日は朔も一緒だった」

  「えぇ! 朔もなの? う〜ん、朔もかぁ……。」
景時は振り返って、後ろから付いてくる母子を見る。

  「あの子は大丈夫。どこも傷めてはいない。
   自分の恐怖感を、母親に訴えているだけだ。」

母親が子供を抱えて、横断歩道を戻りきった景時の所にやって来る。

  「ありがとうございました! ありがとうございました!
   本当に何と御礼を申しあげたらいいか。
   あの、お怪我はありませんでしたか?」

  「大丈夫、大丈夫ってね。ホントに心配しないでね。」

  「あの、本当に大丈夫ですか?」

  「うん、景時は照れているだけだ。
   本当にどこも傷めてはいな ! 景時、それは」

白龍は、景時の胸を指さしている。

  「ああ! 申しわけありません! 
   助けていただいた上に、服を汚してしまって……」

母親は慌ててハンカチを出し、景時の胸の汚れを拭き取ろうとする。
景時はにこやかに母親を制して、

  「擦るとかえって染みになっちゃうから。
   このままにして、染み抜きして洗えば綺麗に落ちると思うから、気にしないで。」

  「でも……」

  「うん、景時には洗濯の才能がある。
   このような汚れはかえって、景時の『洗濯心』をくすぐるよ。」

  「でも、それでは申しわけが」

景時は、急に真面目な面持ちで母親に尋ねた。
  「お母さん。それより、ちょっと教えて欲しいんだけど」

  「は、はい、何でしょうか?」

  「これ」

と胸の汚れを指し

  「何なのかなぁ? 洗濯の時の参考に、ちょ〜っと聞いておこうかなぁって思って」

   「あ、気が付きませんで、済みません。この子が持っていたプリンです!」

  「プリン! ああ、ホントだ♪
   でも、このプリンは珍しい色をしている」

  「え?」
突然、白龍が嬉しそうな声を上げたので、母親は不思議そうな顔を白龍に向ける。

  「あ、アハハハ、気にしないで下さいネ
   彼はプリンに、ちょぉ〜っと特別な思い入れをしてるだけだから。」

  「そうですか。ごめんなさい。御礼に差し上げられればよかったのですが。
   『海ほたる』で、一つだけ、この子が自分のお小遣いで買った『いちごプリン』なものですから……」

  「ウミホタル!?」
白龍は首をかしげる。

  「そっかぁ、せっかくお小遣いで買ったのに、残念だったねぇ。
   でも『のぞみちゃん』に怪我が無くってよかった♪
   『のぞみちゃん』、これからは、飛び出しちゃダメだよ。」

幼い『のぞみちゃん』は母親のスカートの後ろから顔を出し、
  「ご、ごめんなさ」
後は泣き声になってしまう。

  「あああ、ごめんごめんごめん、お兄さん、怒って言ってるんじゃないからね。
   もう泣かないんだよ」

  「景時、自分をお兄さんと呼ぶには無理があるのではないか?」

  「や、やだなぁ。敦盛君みたいな言い方しないでよぉ。」

遠くから、先ほど『のぞみちゃん』を轢きかけた車のけたたましい音が近づいてくる。

  「!!! 景時。」

  「ああ、分かってる……」

急に真顔になる二人。

が、すぐに景時は優しい笑顔を作り、母子に向かって

  「さ、青信号だ。
   左右に注意して、信号が変わってしまう前に、
   お母さんと手をつないで、渡ろうね。」

  「二人とも急いだほうがいい。」
白龍も、母子の背中を優しく押して、渡ることを促す。

  「では、本当にありがとうございました。」
横断報道で何度もこっちを振り返っては、頭を下げる母子。
そんなことを繰り返していると、今度は渡りきる前に信号が変わってしまうのではないかと、
景時は少し心配になった。

ちょうど向こう側に渡りきった時、歩行者信号が赤に変わった。
向こう側からこっちに向かって、元気に手を振る『のぞみちゃん』に、
手を振り返す景時と白龍。
もう一度深々と頭を下げる母子を見つめ

  「良い母子だ。
   優しい気が二人を包んでいる。」

  「けど、『のぞみちゃん』って名前の女の子は、みぃんなそそっかしいのかなぁ。
   ハハハ ! 来るよ。」

  「うん、同じ気が近づいて来る。」

先程と同じ騒音が近づく。
どうやら、どこかを一周して戻ってきたらしい。
道路の向こう側の母子があきらかに怯えている。

  「心配で戻って来たのかなぁ?」

  「ううん。残念だがこの気は、そんな優しいものではない。」

二台の車が大騒音をまき散らして、先程と同じように左折する。
ただ、先程とは違って、二台は景時と白龍の前の横断歩道上に停車する。
車の中から男達が降りてくる。
しかしその顔つきから、車で少女を轢きかけてしまい、心配で戻ってきたのでない事は明らかだ。

  「うわぁ……、6人も降りてきたよ。」

  「何だろうね、景時」

男達は、景時と白龍を囲み
  「さっき道路を転がってたおっさんだよな!」
と、先頭のドレッドの男が凄む。

右側の鼻と耳がチェーンで繋がった男が叫ぶ。
  「ざけんじゃねえぞ! くぉら!! 返事しろ!!」

  「や、やだなぁ。何をそんなに怒ってるのかなぁ? 君達」

  「危うくガキィ轢くところだったろうがぁ!」

  「あ、やっぱり心配して戻って来たんだ」

  「んなこと、あるわけねぇだろ!!」

  「え?」
白龍の顔色が少し変わる。

  「じゃ、じゃぁ、何で戻って来たのかなぁ〜っと」

  「慰謝料、払えよ!!」

  「?? ハイ??」

歩道を歩いている数少ない人達は、同情の視線を二人に向けるものの
巻き添えにならないように、足早に通り過ぎるか、さりげなく踵を返して来た方向に歩き出す。

  「払えって言ってんだろぅがよぉ!!!」

  「な、何でかなぁ〜ってネェ」

  「ヘラヘラしてんじゃねぇぞ!! こらぁ!」

  「危うく事故ぉ起こすところだったんだぞ!!」

  「あのさぁ、基本的に誤解がいくつかあるみたいだねぇ。
   まず、第一に、あの子はオレの子供じゃぁ無いしぃ」

  「関係ぇ無ぇんだよ! 誰のガキだろうと歩かせんじゃ無ぇよ!」

  「何故?」
白龍の声が普段より2オクターブ低い。
白龍はかなり怒りがこみ上げてきているらしく、髪の毛が逆巻いている。

  「は白龍、落ちついて落ちついて。」

  「でも……」

景時は慌てて白龍をなだめる。
いざとなれば龍神様だ、けっこう怖い。
その怒気を察したのか、取り囲んだ男達の輪が半歩大きくなる。

  「ダメだよ、白龍。ここはオレに任せて。
   ね。」

  「……分かった」

白龍をなだめて、男達に向き直り、
  「あ、君、お酒臭いねぇ〜」

  「てめぇ、誰に向かって説教たれる気だ? ああ!!!」

  「せ、説教なんて、ねェ。
   で、でもさぁ、誤解その二でェ、女の子は青信号で横断歩道を歩いてたんだしぃ」

  「歩いてねぇだろ! 飛び出して来ただろ!」

  「あ、ああ、ははは、そ、そうだね。」

  「だろ! 認めるよな!!」

  「でも、だよ。歩行者安全義務違反だよねェ、運転手の。
   オレ、免許取る時に、勉強したんだからネ。」

  「違うだろぅ! 運転してた俺たちに、『驚かして済みません』だろ!」

  「有り金残らず出してってもらおうか!!」

  「俺たちの邪魔をするのはもっと罪が重いんだよ!!」

  「それって言いがかりって奴だよね。」

  「なんだと!!」
一瞬で殺気立った男達は、口々に脅し文句を投げつける。

その様子に景時は、溜息をついて
  「女の子とお母さんに謝る気は無いんだ。
   女の子をあんなに怖がらせて。
   お母さんをあんなに心配させて。
   分かった」

そう言うなり景時は印を結び、呪文を唱え始めた。

  「何をブツブツ言っ……? !? !!」

  「ヒ! ヒィィィィ!!!」

  「うわぁぁぁぁあ!!!」
そう言って男達は走り出した。

  「? 彼らに何をしたの、景時?」

  「ちょっとネ、お灸を据えてあげたのさ。
   みぃんな、それぞれが死ぬほど恐ろしいと思うモノに追いかけられてるっていう幻術をネ。」

  「凄いね。景時の幻術も役に立つことがあったね。」

  「その言い方はちょっと、傷ついちゃうかな、オレ」

  「そう? ごめんなさい。
   朔がいつも『兄上の幻術など、役に立ったためしが無いんだから』って言っていたから」

  「白龍、朔の声色で言うことは無いからネ。
   朔ぅ、そう思ってるんだ。……お兄ちゃん、泣くよ。」

  「景時の幻術も陰陽も、神子のためにある。」

  「リ、リズ先生」

  「リズヴァーン」

  「先生、いつからそこに」

  「先刻より」

  「だったら、助けてくださいよぉ」

  「景時の幻術、見事だった」

  「は、恥ずかしいなぁ。先生、そんなこと言っちゃ」

  「ねえ、景時」

  「何? 白龍」

  「彼らはいつまで、恐ろしいモノに追いかけられているの?」

  「ま、お酒が抜けるまでかな。お酒が抜ければ、気が付くさ」

  「疲れるだろうね」

  「のぞみちゃんっていう女の子をいじめた罰さ。
   ところで白龍、この車、どっちか一台、持って帰れないかなぁ♪」







07/08/15 UP


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