リターン4 ヒノエ企画す
ヒノエは、ホテル・グランパシフィックオーシャンの3階のメインロビーから、
憮然とした表情で日本庭園のライトアップされた噴水を眺めていた。
かなり不愉快な気分でいっぱいであった。
パーティー帰りの可愛い女性や、
女の子同士でお台場に遊びに来た可愛い娘達に声を掛け、
逆に倍くらいの数は声を掛けられていた。
その何人かからはメルアドや携帯ナンバーをゲットしていたし、
2人組の娘からはルームナンバーも教えられていた。
だけど……
ホテル日光の方に行けばよかった
せっかく望美のために、と張り切ってホテル・グランパシフィックオーシャンに来たものの
30階のカクテルラウンジも、2階のバーも
「この時間ですので、成人の同伴者か保護者の方がいらっしゃらない場合、
未成年の方の御入店は申しわけありませんが」
とはっきり断られた。
「保護者はこの後、来る」
というのも、プライドが許さなかった。
保護者と言われるたびに、弁慶の顔がちらつくのが、もっと不愉快な気分を増長させている。
「未成年の方は」
あ〜、腹がたつ。
望美の世界は実に刺激的で、いろいろ楽しいのだが、
唯一、20歳以下を子供扱いするのだけが、どこにいっても邪魔くさかった。
どうせ童顔だよ。
こんなことならば弁慶が予約に来ればよかったじゃん。
そしたらオレは望美と……
チェ
何度目かの舌打ちをして、ロビーから見える噴水を眺め続けていた。
それにしても、遅い
いくらオレが急いで来たとはいえ、後から歩いてくる連中と10分とは違わないだろうに。
もう、こうしてここで15分は、バカみたいに突っ立ってる。
「あの、君」
まただ。
可愛い子に声を掛けられるのなら、まだ我慢もできるが
化粧のやたら濃いケバイ女やら、金だの銀だのを指や首にジャラジャラさせたオヤジが
同じようなニタニタ笑いを顔に貼り付けて、言い寄ってくる。
道を聞かれているだけじゃないってのは分かってる。
こんな時間のホテルの中だ。
返す言葉も目つきも自然ときついものとなる。
そんな自分の態度が、ますますヒノエの気持ちをザラついたものにしていく。
「何かあったのか?」
とも思ってみたが、
あいつらのことだ、この平和な世界じゃ滅多なことで「何か」が起こるって考えられない。
トラブルメーカーの九郎と白龍がいるにしても、
譲と敦盛に、リズ先生もいるんだ。
認めたくないけど、それに弁慶も。
「問題はこの状況をどう打開するか、じゃん」
オレじゃ席の予約ができませんでした!?
はん、死んでも口にしたくないね。
フロアを行ったり来たりして考える。
ふと見た外の夜景は、先程の日本庭園側と反対
!
「こいつは使えるかな……」
携帯を取り出し、慣れた手つきでサイトを検索し始めた。
「へえ……、これはこれは。
まだまだ運には見放されてはいないみたいだね」
急いでホテルの外に走り出した。
「ヒノエ君!」
望美と朔が、交差点を走ってくる。
その後ろから男連中も、小走りでやって来る。
「ちょっと遅かったんじゃない?」
「え〜、ホテルの入り口が見えるくらいになってからのメールだもん、仕方ないよ。
これでもけっこう走って来たんだから。ね、朔」
「ええ」
「嬉しいね、そんなにオレと逢いたかったんだね?」
「冗談は置いといて、どうしたって言うんだ、ヒノエ?
急に場所を変更して」
「真冬の夜中に外を歩かされたんだ、それなりの理由があっての事だろうな」
有川兄弟は明らかに、予定を勝手に変更したヒノエに不満顔だ。
「まあね。
それより、神子姫様の母上お手製サンドイッチと唐揚げは持って来たろうね?」
「ええ、ここに」
「ああ、ありがと朔ちゃん。
って、何だ、気の利かない野郎どもだな。
麗しの神子様二人に荷物をもたせて」
「ま、いろいろあったんですよ、こちらも」
「弁慶が付いてて『いろいろ』?
ぜひ、どんな『いろいろ』か聞きたいもんだね」
「ヒ、ヒノエ。……実は」
「いろいろ、ですよ、ヒノエ。
ね、敦盛君」
「あ…ああ、そうだな」
「フフフ」
「何、そんなに満足そうなんだい?」
「ヒノ…」
「聞きたいですか?」
「敦盛の言葉を意図的に遮ってるってことは、ろくなもんじゃないね。
いいよ、聞きたくない」
(さすがにヒノエは弁慶殿との付き合いが長い。よく分かっている。
だが、原因はこの私……、私とて武門の子……、それなのに……、
弁慶殿と九郎殿はそんな私を助けてくださっただけなのだ)
「おい敦盛、何かまた『私とて武門の子なのに』とかって、グジグジ考えてるんだろうけど、
弁慶達のやること、いちいちお前が『私が原因だ〜』みたいに気にするな。
気にするだけ無駄だからな」
「そうだ、敦盛に非はない。あいつ」
「九郎。
それより、ここに変更した理由が聞きたいものですね」
「ほら、敦盛。総大将と軍師殿は何やら凄〜く気晴らしができたみたいじゃん。
見てみろ、この晴れやかな顔
これは、……そう、フラストレーションを解消したってやつさ」
「嫌だな、ふふ。ヒノエ」
「ほら、その黒い笑いが全てを物語っている。
ホントは喋りたくてしかたない、自慢したくてしかたない、
でも喋ると何か、ヤバイ所業を暴露することになるから、言うに言えないってところだろ」
「オイオイ、どうでもいいけど、九郎のトイレが長かったっていうだけの話だろ」
「そ、そうだぞ、ヒノエ。
それより、温かい茶でも皆で飲もうというのはどうなったのだ?」
「怪しいね、将臣のボケに九郎が突っ込まないなんてね。
それに総大将と軍師殿は、急いで駆けつけたって以上に、服装が……
! 九郎、腕から血が!」
二人の服装を見詰めていたヒノエが、驚いたように九郎の腕を指さした。
「え? そんなはずは!?」
「九郎、腕を見せ……! 僕としたことが」
嬉しそうな笑顔のヒノエに気づいた弁慶は溜息をついて
「ヒノエ、やりましたね」
勝ち誇ったように、ヒノエは敦盛に向き直り
「な、素直だろ、源氏の前線本部は。こんなんでよく平家や茶吉尼天と戦えたもんだね。
将臣もそう思うだろ。
ま、いいや、細かいことは、追求はしないでおいてやるよ。
で、飲み物だけど、そいつは今、景時と白龍が買いに行ってる」
「え? コンビニですか?
ホテルのラウンジは、確か0時か1時くらいまでやってたはずですよ」
「ホテルもいいけど、もっと良いことを見つけたのさ、譲」
「ヒノエ? 何を企んでいるのだろうか?」
「いやだなぁ、敦盛まで。
『企んでいる』んじゃない、『企画してる』って言うんだ」
「今のお前の顔は、絶対に何か善からぬ事を企んでいる」
「『善からぬ』事は何も。ね、リズ先生」
「うむ」
そこにコンビニのレジ袋を下げた白龍と景時がやって来た。
「やあ、みんな来たね♪
お隣の『東京レジャーパーク』ってとこにもコンビニがあるんだよ。
ホッント、東京って便利だね〜」
「白龍、お使い、ご苦労様」
「神子♪ 温かい『ろいやるみるくて〜』というのを買って来たよ」
「これで全員揃ったね。じゃ、行こうか」
「行こうか? どこに?」
満面の笑みで真上を指さすヒノエ
その指の方を見上げる望美達。
その指の先には、お台場のランドマークをフシテレビと二分する
大観覧車が、綺麗な彩りの光を放っていた。
「え〜! だって、もう11時過ぎてるよ?」
「そうだぞヒノエ、こういうのって、9時か10時には終わって……?
動いてる?」
「え? 観覧車だから回ってるのは当たり前じゃないの? 譲君」
「いえ、景時さん。営業が終われば止まるものです。
あとはイルミネーションだけが変化するんですけど」
「そうだな、みなとみらいや葛西臨海公園の観覧車もみんな、9時か10時で終わりだ」
「ところが、ね、将臣。ええと…そう、ラッキーなことに
クリスマスから正月の期間は深夜までやってたんだ」
「すっご〜い。朔、今度は夜景が見られるね」
「……」
「朔?」
「望美、想像しただけで、もう感動しているわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
この円いのに乗れるのか?」
「うん、九郎さん。そだよ」
「近くで見ると、大きなものだな」
「で、観覧車の中でゆっくり、といっても15分くらいだけど
望美の母上お手製のサンドイッチと唐揚げを」
「ヒノエ君、観覧車の中、飲食禁止だよ」
「バレなきゃいいじゃん」
「何言ってるんだ! 飲食禁止なんだぞ」
「譲は固いんだよ」
「ヒノエ……我々はこの世界の決まり事に疎い」
「敦盛……、お前も譲と同意見なのか?」
「ああ。
こちらの世界の人、それも神子と譲が言っているのだ。
やめておくべきだ」
「禁止事項に抵触する行為は、神子への大義を損なう」
「リズ先生まで……。
ちぇっ、良い案だと思ったんだけどな」
「ま、せっかくここまで来たんだ。
乗るだけでもいいんじゃねえか?」
「将臣」
「どっちかっていえば、俺はヒノエ派だけどな。
せっかくのヒノエの企画だし、
そんなことでもめてて、時間つぶしちまうと、勿体ないぜ。
急がねえと、終わっちまうからな」
「『24時終了』か。あと30分ちょっとですね」
「1周16分か」
その時、景時が叫んだ
「あああ!」
「びっくりした!」
「何事ですか? 兄上」
「食べられるよ! 望美ちゃんのお母さんが作ってくれたサンドイッチ!」
「だから兄上、観覧車の中は飲食禁止なのですよ!
今までの話をちゃんと聞いていてください」
「そうじゃないんだよ、朔。
みんな、今行ってきた東京レジャーパークの3階に
24時間のフードコートっていうのがあったよ。
そこなら、座って食べられるんじゃないかな〜って思ったのさ」
「ああ、そういえば、そんな所、ありましたね」
「景時、ナイス!」
「では」
「観覧車に乗って、その後フードコートでサンドイッチ!」
「では急ぎましょうか。チケットは? ヒノエ」
「リズ先生に買ってきてもらってるさ」
「うむ、ここに」
「じゃ、早速、と言いたいところだけどね」
「どうしたのヒノエ君(殿)?」
「神子姫様達の息はぴったりだね」
「で? 何が言いたい」
「最後に問題が一つあってね……」
「何だ? 問題って」
「この観覧車のゴンドラは、最大で6人までしか乗れないんだよ」
男達の眼が怪しく光った。
07/10/10 UP