リターン5 八葉 休息す
「前のゴンドラは、すっごく楽しそうじゃん」
「ええ、そうですね」
「それに引き替え……はぁ〜ぁ。
何で野郎ばっかで、こんな夜中に観覧車に乗ってるんだ?」
「将臣君、これはこれで、結構楽しいんじゃないかな〜♪
ほら〜ヒノエ君も弁慶も、外の景色を見て御覧よ♪
九郎なんか、こんなに夢中になっているじゃない」
ヒノエと弁慶は、景時が言うところの九郎を見る。
九郎は、椅子に膝立ちして、所謂「子供座り」で窓の外を眺めている。
ヒノエはもう一度、深い溜息をつく。
そして、あの時、何でパーを出さなかったのか、もう何度目かになる後悔を噛みしめる。
弁慶は頭を抱え、あの時にグーを出してしまった自分を、あらん限りの言葉で呪った。
だから……分かってはいるのだが、
どうしても目の前の脳天気な源氏の総大将への言葉がきつくなる。
「九郎、せめて履き物は脱いでください!」
そんな弁慶の言葉も、九郎の耳に届いているのか疑わしい。
紅潮した頬で、九郎は次第に高くなっていく自らの視座を堪能していた。
「九郎、履き物…」
「まあまあ弁慶、いいじゃない。
考えてみれば、九郎はこっちの世界に来て、
あんまり高い建物に登ったこと、無いんじゃないかな。
珍しいんだよ〜」
「そういえば、江ノ島の展望灯台にも登ってないだろう、こいつ」
「ええ……、そういえば、そうかもしれませんね」
「首都高では、外をじっと見ているだけだったな」
「九郎、あれが日本科学未来館だよ〜
そして、その向こうのちょ〜っとかわった形がテレコムセンタービルだね♪
その、ちょっと後ろだけど、小さく光ってる円いのが、葛西臨海公園の観覧車だね」
その度に、九郎は「おお」とか、「そうか」とかいった感嘆符だけの相槌をうっていた。
「その葛西臨海公園の先には、もっとすっ〜ごく楽しい所があるって♪」
「もっとすっごく楽しい所?」
九郎が初めて、景時の顔を見た。
「うん、そう望美ちゃんが言ってた。
東京ネズミリゾット……あれ? 何んだっけ、譲君?」
返事がない
「譲君? あれ?」
「景時、譲君は寝ています。お疲れなのですよ、きっと」
「そうか〜、そうだよね。
朝早くから『アサレン』っていう、弓の練習に行ってるしね」
「兄とは似ても似つかぬ、真面目な努力家だ。
弓については、与一が太鼓判を押す程の腕前になった。
もはや俺は、譲の足下にも及ばない」
「こいつが弓を始めたのは、俺のアドバイスさ」
「あどば……? 何だ、それは?」
「俺が薦めたのさ、小さい頃、やってみろって」
「フ、それって将臣が自慢することかい?」
「自慢なんか、してないぜ、ヒノエ。
ただ、俺には人の才能を見抜く目があったってことさ」
「立派な自慢じゃん」
「まさか、後々、那須与一の代わりに扇や逆鱗を射抜くことになるとは
夢にも思ってなかったけどな」
「ああ、あれはすごかった。
与一が『自分にはあの小さな逆鱗を射抜く度胸はない』って言っていたぞ」
「そうですね、譲君はどこかで腹をくくると、驚くほど大胆になりますね」
「まあな。ばあちゃんの血、一番強く受け継いでいるみたいだしな」
「そうなのか? 星の一族だったという御祖母様の」
「それに、オレ達の食事、朔も手伝ってはいるけどさ、
基本的にはぜ〜んぶ譲君がやってくれてるんだし」
「そう思うなら、景時、お前も手伝えば?」
「あ、あははは。お互い様〜ってことに、しとかない?」
「僕も本当に今日は疲れました」
「珍しいね〜♪
弁慶がそんなことをいうのってさ〜」
「そう、ですね。
たぶん、この望美さんたちの平和な世界に慣れて、
多少は気を緩めても大丈夫だろうって、
僕自身も気づかないどこか、僕の心の奥底が思い始めてるんでしょうね」
「そうだね〜、ホント、幸せってこんな暮らしのことかな〜って思っちゃうよね」
「異世界に帰った時が恐いですね」
「少しぐらい、骨休めだと思っていいんじゃねえか?」
「街中の人々が幸せそうだ。
戦に出かけていつ死ぬか、
戦に巻き込まれていつ死ぬか、
戦場から離れていても、野武士や落ち武者、怨霊なんかに、いつ襲われるか
そんなことにビクビクしなくていいんだ」
「そうでもないんだけどな。
まあ、異世界ほどシビアな事態は、この国の中じゃ滅多に無いだろうな。
でも、お前達の世界だって、ちょっとずつ良くなってるじゃねえか」
「将臣?」
「和議で戦は、とりあえずかも知れねえけど、止んだろ。
怨霊も茶吉尼天も、滅した。」
「そうだね〜♪」
「取り返しがつかない、多くの犠牲を払ってしまいました」
「だからこそ、だよ。
だからこそ、死んでいった連中や、生き残った連中、
そんなみんなの
それこそ命がけの努力の結果だろう」
「そう……、
……そうであって欲しいものですね…」
「『そう』なんだよ。弁慶」
「将臣君…」
「焦らねえってことじゃねえのか、
これ以上、もう犠牲となって泣く人を出さないって思いを忘れずに。
一歩一歩、あと800年頑張ってみろ、
この世界なんか目じゃ無え、すっげえ楽しい、幸せな世界になってんじゃねえか?」
「へえ、」
「何だよ? ヒノエ」
「初めてじゃない?お前の言葉に感心したのは」
「ひでえな、今まで俺のこと、どう思ってたんだよ」
「行きあたりばったり」
「金と権力と女(特に望美さん)に弱い還内府」
「ははは、正しいかもな、それ」
「やれやれ、聞くんじゃなかったよ」
「800年後か……頑張らねばならんな」
「九郎、お前800年生きる気か?」
「弁慶なら、可能かもね」
「どうして……あ、分かりましたから、言わなくて結構ですよ、ヒノエ」
「何だ? どう分かったというのだ?
800年生きられるなら、俺にも教えてくれ」
「九郎、ヒノエの言葉は聞き流してください。
本気で取ってはいけませんよ」
「ま、あれだ。『憎まれっ子、世に憚る』っていう奴だろう、
ヒノエが言わんとするところは」
「将臣、…人から憎まれると、どうして長生きすることになるのだ?」
「だから……え〜と……つまり……
お〜い、誰か九郎に教えてやってくれ」
大笑いの一行のなかで、憮然として辺りを見る九郎であった。
そして、少しだけ寝苦しそうに顔をしかめる譲に、
景時がみんなにむかって、人差し指を唇に当て、
「シ〜」
と言うのだった。
「済みません。景時さんに起こしてもらわなければ、
俺、観覧車にもう一周乗っているところでした」
温かいコーヒーを飲みながら、譲が言う。
サンドイッチを片手に、
もう片方の手に自販機で買った南国のめずらしい果物のジュースを持ち
一口飲みながら
「いやあ、ホント、よく寝てたよ、譲君……これ、マズ!」
といって、缶をもてあます景時。
母手作りの唐揚げを頬張りながら、
「ごめんね、とっても疲れてるのに
引っ張り回して、お台場まで連れて来ちゃって」
と、少しも済まなそうではない、どちらかというと楽しそうな望美。
「先輩が気にすることありませんよ。
俺が決めたことですし、それに観覧車でちょっと寝たら、だいぶスッキリしましたから」
「そう? 譲殿、
本当にそうなら、いいのだけれど。心配だわ…」
と、譲の隣に座り、譲の体調を案じる朔。
ここは観覧車に隣接する東京レジャーパークビル3階のフードコート。
「観覧車って、結構長い時間乗ってられたね」
「ホント、ホント。それに、夜景が綺麗だったね〜」
「それにしても景時さん、お台場、すごく詳しいですよね」
「え♪ そうかな〜」
「九郎さんに一つ一つ指さして
『あれが日本科学未来館』とか、『テレコムセンタービル』とか
あげくには『葛西臨海公園の観覧車』、ですからね。
そんなに詳しい人、俺の周りでは景時さんが一番ですよ、絶対」
「そう? そう♪ でも譲君、寝てたんじゃなかったの」
「俺、眠りが浅い時って、周りの物音を聞いていられるみたいなんです」
「器用だね〜」
「半分、夢うつつですけどね」
「でも嬉しいな〜♪」
「兄上、何をそんなに喜んでいるのですか」
「いや〜、だってさ〜、こっちの世界の人に詳しいって褒められたんだよ。
前にお台場来てからずっと毎日、地図見てた甲斐があったじゃないか〜」
「兄上! 譲殿は褒めたのではなくて、呆れているのです!!」
「ええ〜! そうなの? 譲君……」
「朔、そんなことないよ。
景時さん、そんなことないですから、
そんなにあからさまに落ち込まないでください」
「そうですよ、『葛西臨海公園の観覧車』、覚えててくれたんですね」
「ま、まあね」
「こんどは、千葉県側の地図、覚えてくださいね。
葛西臨海公園、そこの浜辺ってシーズンには潮干狩りもできるんですよ」
「本当かい? 望美ちゃん」
「そうやって、みんなで兄上を甘やかすんだから」
「アハハ、甘やかされたオレは、ちょっ〜と別の飲み物買って、
ついでに九郎達の様子を見てくるね〜♪」
「もう、兄上!」
「潮干狩りって、英語で『r』の付く月がシーズンなんだよ」
「先輩、それは『牡蠣』です。『アサリ』は春じゃないかな」
「じゃ、春になったら、潮干狩り行こうね、朔」
「別に、わざわざ葛西臨海公園まで行かなくても潮干狩りなら
湘南や横浜でできるじゃないですか」
望美は人差し指を左右に、メトロノームのように振り
「チッチッチッ、甘いな、ワトソン君」
「先輩? それヒノエがよくやる探偵のマネですよね」
「そ、マネのマネ」
「誰のマネだって?」
「ヒノエ!」
「ヒノエ君!」
「姫君がオレのマネをしてくれる、
それは愛ある証だよ。
さあ、姫君! オレと一緒にこの夜空に羽ばたこう!!」
「寒いから一人で行ってね」
「つれないね、
ところで、何で潮干狩りは葛西じゃないとダメなんだい?」
「しっかり聞いてるじゃないか!
他のみんなとボーリングに行ったんじゃなかったのか?」
「1ゲームで要領は分かったからね。
後は、野郎とムキになってやってもつまらないじゃん」
「で、先輩と朔を呼びに来たってわけか?」
「御明察。
でも、こっちはもっとおもしろそうな話をしてるからね」
「そうよ望美、譲殿の何が甘いの?」
「おや? 朔は譲君の味方ね」
「そういうわけじゃ……それより話を進めましょう」
「フフフ、朔ちゃん、恋する乙女は可愛いね」
「先輩、ヒノエ本人の前で、よくモノマネしようって気になれますね」
「まあまあ譲。
姫君も、もう少し語尾は声をひそめて、色っぽくね。
いくよ、せ〜の
フフフ、朔ちゃん、恋する乙女は可愛いね」
「フフフ、朔ちゃん、恋する乙女は可愛いね」
「そうそう、上手いじゃん」
「勝手にやってろ、それより先輩、話の続き」
「ハイハイ、葛西のちょっと先に、ね」
「あ、何だ」
「あ、何だ」
「今度はヒノエ君と譲君が一緒♪
譲君、誰とでも仲良しだから、朔、大変ね」
「先輩!」
「もう望美! で葛西のちょっと先って?」
「『東京ネィズミーリゾート』だろ」
「さすがヒノエ君ね」
「何なの、その『東京ネィズミーリゾート』って??」
「お台場も楽しいけど、もっともっとも〜っと楽しい
一日かけて回っても回りきれないくらい、
おっきな遊ぶところ」
「朔、この前DVDで観てただろ、『シンデレラ』とか『白雪姫』とか」
「ええ」
「ああいったものを体験できるんだ」
「体験? 譲殿、想像できないわ」
と、言いながらも、精一杯想像力を駆使している朔の顔だった。
「それとパイレーツ!」
「先輩、そういうの、本当に好きですね」
「あの、聞いても良いかしら、望美」
「何? 朔?」
「『暴れん坊奉行』はあるかしら」
「そ、それは……」
「そう、残念だわ」
07/10/31 UP