ファイナル1 譲 困惑す
辺り一面、夜の暗い海
周りに遮蔽物など何一つある筈もない高み
見下ろすと、漁船が何隻か誘漁灯を灯しているのが下の方に小さく見える
冷たい冬の海風が容赦なく頬を貫く
その風音にかき消されて、何も聞こえない
遠くには、目指す目的地の灯
更に遠くには対岸の街の灯。
振り返り、後背には不夜城、東京の摩天楼群。
見上げれば冬の夜空に白く輝く源氏星と赤く輝く平家星。
その狭間で冴え渡る住吉三神の三つ星。
「へぇ、吉兆だね。住吉の神々も御照覧あれってことか」
「うむ」
「意外と用心深いんだね、『鬼の跳躍』ってやつは」
「不測の事態とは、油断した時に起こりやすいもの」
「じゃ、大丈夫だね、目標はしっかりと確認した。
これまた大吉、辰巳の方角じゃん、約1里。
じゃあ、リズ先生、よろしく!」
「しっかりと掴まっているように」
「了解」
「では」
「風の塔」と呼ばれる、この海上の楼閣の高みに立っていた影が二つ消える。
時間は30分ほど前に戻る。
場所は大黒SAのパーキング。
九郎と将臣はイライラしていた。
リズ先生と敦盛は静かに座っていた。
「いくら何でも遅いんじゃねぇか?」
「いったいどうしたというのだ。
景時はああ見えて、約束の刻限を違うようなことは絶対にしない男だ」
「ま、時間の約束はしてなかったがな」
「そうだが……、出発はさほど変わらなかったではないか」
「そうだよな、いくらUターンがヘタだったとしても、
いくら、信号全部に引っかかったとしても、
20分も到着に差がつくとは思えないんだが……で? 弁慶の携帯はどうだ?」
「ダメだ」
携帯は弁慶本人の留守電メッセージだけ
『申しわけありませんが、現在、手が放せませんので、お掛け直しいただくか、
ピーという音の後に言伝けを残しては、頂けませんでしょうか』
「で、言伝けは残したのか?」
「2度ほど……」
「でも、帰りの運転は景時のはずだ。
携帯に出られない状況じゃ無いだろう」
「弁慶が携帯電話をこの状態にしていると、着信音と、あの…、
何というのだったか、ブルブルする機能も切ってあることが多いのだ」
「サイレント・マナーモードかよ! 厄介だな」
「そうそう、その『さいれん』だ」
「そこで単語を切ると、微妙に違う意味に聞こえる、っていうツッコミは置いといて、
何で、いつもサイレント・マナーにするんだよ」
「どうせ電話に出られない状況ならば、きっぱり出ないと決めているからだろう。
掛かってくるかどうかも分からない電話を気にするより、目の前の事に集中したいと言っていた。
ただ、電源を落とすと、相手が留守電に言伝けを残せないから、と」
「じゃあ、運転手の景時は? ダメもとでかけてみろよ」
「ダメもと?」
「ダメでもともと、駄目を承知でってことだ」
「それこそ、景時は運転中で出られないと思っていたので
かけていなかったのだが……そうだな駄目もとで、やってみよう。
ところで将臣、お前こそ譲にかけたのか?」
「当然。だが何度試しても、呼び出し音がきっちり15回鳴って、留守電になっちまう」
「言伝けは?」
「最初の1回だけ入れた。着信履歴は15は超えてると思うぜ」
「譲らしくないな」
「ああ、あとは……、望美が朔と連絡つけてるはずだが」
そこへ、スイーツを大人買いした望美とヒノエが戻ってくる。
「望美、朔との連絡はついたのか?」
「あ! ゴメ〜ン、すっかり忘れてた。今するね」
「ったく、これだ」
「ってことは、他の人間の携帯は…?」
「まったくダメ」
「へえ…、おかしいね、景時はまだしも、譲とあいつの3台ともっていうのは……」
「あれ〜、『おかけ』になっちゃう」
「ち、やっぱり、かよ」
「『おかけ』とは何だ?」
「『おかけになった番号は、現在電源が切られているか、電波の届かない所に』って奴だ。
九郎、お前だって一度や二度は聞いたことあるだろう」
「ああ、あれか。ヒノエの電話でそうなったことがあったが…、
ヒノエの替わりに本当の女性が出たのかと思って慌てた覚えがある」
「おいおい、とんだところで、話がこっちに向いたものだね
ま、九郎がオレのことを、普段はどう思っているのか窺い知ることができて収穫だったけれどね」
「あながち事実無根と言うことでは、無いのではないだろうか?」
「おいおい敦盛まで、そんなつれないことを言うのかい? ひどいとばっちりだね」
「お前ら、ヒノエからかってないで、実際こっちはどうするんだ?」
「待つしかないだろう」
「待つしか…、ね」
「じゃあ…、ここで待ってるのもあれだから、3階のマックに行かない?」
「望美…、お前、往きにも行ったろう」
「でも、みんなは行ってないよ。だから…」
「そうだな……、コーヒーでも飲んで待ってる方がまし、か…」
「じゃ、決まり! みんな、行くよ」
「お前、またハンバーガー食べるわけじゃ、ないよな」
「まさか〜、ハンバーガー、そんなに何度も食べられないよ」
「だよな」
「だから、今度はアップルパイとポテトだよ」
「やっぱり食べるのか! お前! いつか太るぞ!! 絶対、太るって!!」
「大丈夫、その分しっかり鍛錬してるもん! 誰かさんと違って。ね、リズ先生」
「うむ」
「間違ってる! 根本的に、鍛錬の目的を取り違えてる!」
「え〜、いいんだも〜ん」
そして、3階でくつろいでいた、その時、将臣の携帯が鳴る
「お! 譲からだ…。やっと来たかな?
どうした、譲? 到着がやけに遅かったな」
その声に、一同に何とも言えない安堵感が漂う。
「やれやれ、やっと着いたんだな」
「景時の安全運転も度が過ぎるんじゃん?」
「何事もなくて、良かったのではないのだろうか」
「うむ」
「3階のマックにいるから、はやく」
《 いや、残念だけど、兄さん。こっちの車は、まだ大黒には着いてないんだ 》
「ああ? 着いてない? …って、じゃあ、今どの辺りを走ってるんだ?」
《 走ってない 》
「どういうことだ? お前達、今どこなんだ?」
《 海ほたる 》
「はい? え!? なんで…??… ! あ〜あ、景時、そこまで方向感覚が」
《 そうじゃない 》
「じゃあ、どうして『海ほたる』なんかに」
「グホ!!!」
途端に、望美がポテトを喉に詰まらせて咽せた
「ケホ! ケホ!! う〜〜〜!!」
「神子! 水を!」
「先生!! これを」
渡された紙コップの水を一息に飲み干して
「プハ〜、先生、敦盛さん、ありがとうございます」
「大丈夫か?」
「はい、先生」
「ならば、よい」
望美は将臣を見て
「私を殺す気!? 『海ほたる』って、どういう冗談?」
「オレじゃないだろ! 譲がそう言ってるんだ
お前の冗談で、オレが望美から怒られちまったじゃないか」
《 冗談じゃ、ないんだよ 》
「あ〜、はいはい。分かったから、さっさと大黒SAに来いよ
適当に、時間潰ししてっから」
《 それが、そうもいきそうにないんだ 》
「どういうことだ?」
《 ……どうしよう、兄さん。運転手が二人とも運転できなくなった 》
「?? どうして? おい、譲? 何があったっていうんだ?」
《 二人とも 》
「二人とも、どうした?」
《 酒を飲んでしまったんだよ 》
「へ? 酒?」
《 正確には、缶チューハイとビール、それにシャンパン……、かな? これは 》
電話の向こう側から、景時の「大丈夫大丈夫〜♪」という調子良い声が聞こえる
この声は……、うん、酔ってる、間違いなく…
《 運転手がいないんだ、残ってるのは朔と白龍と俺だから 》
「仕方がない、お前が運転して来いよ」
《 冗談だろ! 》
「冗談じゃないぜ。それしか方法ないだろ。
それとも朔か白龍に運転させる気か?」
《 冗談だろ!! 》
「冗談だよ。だから」
《 無理だよ。俺、運転する気は無い
それに、もし運転したとしても、いきなり高速は無理だよ 》
「それでもオレの弟か!」
《 関係ないだろ! 》
「ま、そうだろうな」
深い溜息をつく将臣であった。
その時、ヒノエの瞳がキラリと光ったことに気づいたのは
リズヴァーンだけであった。
08/02/07 UP