ファイナル3  リズヴァーン 跳躍す






風が一段と冷たさを増してきた。

何と言ってもここは東京湾のど真ん中だ。

しかも真冬の1月5日の深夜2時。



いかに尼僧として修行をしたとはいえ、

黒龍の神子として多くの修羅場をかいくぐって来たとはいえ、

こんな所に来るような格好ではないのだから、寒さが応えたとしても仕方ないだろう。


それは譲とて同じことだった。

  「クシュン」

  「朔、寒いのか?」

  「大丈夫よ、譲殿」

  「無理しないで、車に戻って」

  「ヒューヒュー、お熱いね。お二人さん♪」

  「だ、誰……! ヒ、ヒノエ!」

  「ヒノエ殿!」

  「どうやって?」

  「リズ先生に連れて来てもらったのさ」

  「鬼の跳躍……。こんな遠くまで、跳べるんですか!」

  「問題ない」

  「せ、先生」

  「事を急がねばならぬ。
   譲、景時と弁慶は?」

  「あ、はい。こちらです」

と、ヒノエとリズヴァーンを案内すると
そこにはだらしなく酔いつぶれ、
しかも勝手に鍵を解除して、楽しそうに足湯につかっている景時と
テーブルに突っ伏して寝息を立てている弁慶の姿が目に入った。

  「あ・に・う・え!!!」

  「はい〜? 朔もどう〜〜? 暖かくて〜気持ちいいよ〜〜〜♪」

  「はぁ……。譲殿、どうしましょう」

  「さ、まずは弁慶を」
  「弁慶あんたがこんなになるなんて、ホント珍しいね。って言うより初めて見たかな?」

と、譲と二人で弁慶を担ぎ上げ、リズヴァーンに背負わせる。

  「ぼ、僕はぁ、『ないーぶ』なんですから、もっと丁寧にぃ、扱ってくれませんか…」

  「ハイハイ、分かりました分かりました」

と、譲は朔と見合って笑ってしまった。
  「分かった分かった。ったく、弁慶おっさん、こんなになるなんて、ホント疲れてるんじゃん。
   ま、リズ先生、よろしく頼みます。
   いつもは、こんなんじゃないんだけど、ね」

  「分かっている。この紐を弁慶の後ろに回しなさい」

  「まるで『おんぶ紐』ですね」

  「ええ、譲殿」

  「『まるで』はいらないね。まんまじゃん」

  「ヒノエ殿、笑っては悪いわ」

  「いや、めったに見られるもんじゃないからね。一枚、写メっておこうか」

  「その写真は、肖像権侵害ですよ」

  「酔っぱらってる人の言う台詞じゃないですよ、弁慶さん」

  「とか何とか言いながら、酔っぱらってるよな。ちゃっかりピースサイン出してるじゃん」

  「リズしゅぇんせい……、申し訳、ありません。ぼ、僕と、したことが…」

  「よい。地の朱雀が気を解いたこと、喜ばしく思う」

と、優しく笑うリズヴァーンであった。

  「せ、先せ…、しかし…」

  「張りつめたままの心は折れやすいもの。
   ま、いつもこのようでは困るが、な」

  「リ、リズ先生…」

  「たまになら、良いではないか。
   ここにはお前のことを助けてくれる、『仲間』というものがいるのだ」

リズヴァーンはヒノエと譲と朔を見て言った。

  「神子に伝えてほしい。私を待たずに出発しなさい、と」

  「え? 先生は?」

  「私は弁慶と、先に鎌倉に向かう」

  「大丈夫なのですか?」

  「問題ない」

  「そう…ですか。でも、無理はしないでください」

  「うむ」

  「男性二人、謎の転落死ってニュース、聞きたくはないからね」

  「用心しよう。お前達も気を付けて」

  「ヒノエに言って下さいよ。ハンドル握るのはこいつなんですから」

  「そうだな、ヒノエ。くれぐれも無茶をしないように」

  「『無理』なら、してもいいのかい?」

  「いや、お前は『無理』はすまい。ただ『無茶』を好む傾向がある」

  「嫌だな、冷静沈着なオレをつかまえて」

  「フ、ならば良い」

そう言うと、背中の弁慶に

  「さあ、しっかりつかまっていなさい」

そう言い終わらない内に、二人は消えた。





  「行ってしまわれたわ」

  「大丈夫だろうか、リズ先生」

  「あの人は『無理』も『無茶』もしないさ。大丈夫。
   さ、俺達も出かけるとしようか?」

  「では……、あ・に・う・え!! 行きますよ!! ちゃんと元通りにしてください!」

  「ぎょ、御意〜〜〜」

  「さ、外のベンチでしょんぼりしてる白龍も連れて来よう」

  「『しょんぼり』? 龍神様に何があったんだい?」

  「苺プリンが…。ま、これは、後で教えてやるから」

  「龍神様と苺プリンの謎…。すっごく興味をそそられてるんですけど」

  「後々、さ、帰るぞ」

  「運転手はオレ、だからね。もう少し敬意を持って欲しいものだ」

  「ええ、ヒノエ殿。頼りにしております」

  「朔ちゃんにそう言われたら、俄然、がんばろうって気になるね」

  「だからって、兄さんと弁慶さんのやった『首都高バトル』は無しだからな。
   真っ直ぐ、鎌倉に向かってくれよ」

  「え〜〜〜!」

  「『え〜』じゃない! やっぱりやろうとしてたんだ!」

  「ヒノエ殿!!」

  「はいはい、やれやれ…」







  「さて、次のニュースです。

   昨夜遅く、東京お台場の海浜公園で暴走族同士と思われる乱闘事件がありました。

   骨折など重傷者4、軽傷者は30名近くにおよび、近隣の病院に搬送されました。

   警視庁湾岸署の発表によりますと、『北関東暴走連合』と名乗る集団34名が海浜公園で休憩中、

   乱闘相手の暴走族と思われる者数名に襲撃されたとのことです。

   抗争相手と思われる暴走族の検挙のため、現在も、首都高湾岸線の一部とレインボーブリッジ、

   並びにお台場に通じる一般道すべてで、昨夜午前1時過ぎから検問が行われております。

   そのための渋滞も現在解消されず、お台場を中心に首都高湾岸線は東行きが『新木場』まで、

   西行きが『空港中央』、湾岸線から東海JCTで分かれる1号羽田線が『昭和島JCT』、

   同じく11号台場線がレインボーブリッジを通過して『芝浦JCT』まで渋滞し、

   通過はすべて50分程度となっております。

   なお、午前九時現在、相手と思われる暴走族は依然見つかっておりません」




  「随分とまた、派手にやったもんじゃねぇか。え? 九郎」

  「な、なんで、俺なのだ」

  「お前と弁慶だろ」

  「俺も、おかしいと思いましたよ。いくらトイレでも、あんなに時間がかかるのは」

  「ゆ、譲まで…!」

  「『被疑者は不明。金髪の白人男性らしい。【ばけもの】で大柄』、
   そう現場の警察官は報告していたからね」

  「ヒ、ヒノエ」

  「最初はリズ先生かと思ったけど、『ガタイが良い』とも言っていたからね」

  「そんな!」

  「リズ先生のはずが」

  「そう、『木刀を素手で叩き折ったり、70kg以上の体重の者を片手で放り投げたり』
   ま、リズ先生も、やろうと思えば簡単にできるだろうが」

  「うむ」

  「でも、先生じゃない」

  「なんで分かるんです?」

  「それはね……」

コンビニのレジ袋から、ガラガラとナイフが7本転がり出た。

  「べ、弁慶!」

  「二日酔いの頭に響くので、大声は出さないでくださいね。
   それにしても、だからあんな所に捨てるなと忠告したのに。
   九郎、君という人は…」

  「すまん。持っているのが邪魔くさかったもので」

  「やれやれ。でも、まさかこれをヒノエに見つかるとは……。
   君は本当に『油断ができない』というか、『手癖が悪い』というか。
   ゴミ箱の中まで漁るとは」

  「褒め言葉と取っておくよ、叔父さん。
   ちなみに、ディテクティブ小説ファンとして、一言忠告しておこう。
   あんなところに、あんたらの指紋ベタベタのナイフ捨てたら、後々厄介なことになるんじゃない?」

  「でてく…? 舌を噛んでしまいそうだな。何だその、何とか小説というのは?」

  「『推理小説』のことですよ」

  「チチチ! 『探偵小説』と言って欲しいものだね」

  「どう違うのだ?」

  「そんなこと、どうでもいいでしょう。
   それよりどうして『厄介なこと』になると断言できるんです?」
  「あんた達の指紋に前科まえはないからね、直接、指紋からあんた達が見つかることはないだろうね」

  「ええ、そうですよ。だから捨てたのです」

  「でも、未解決の事件の加害者の指紋として登録されたままっていうのは、どうだろうね」

  「今後、何かで僕や九郎の指紋が、警察に知られる、と?」

  「ま、そんなドジは踏まないって思ってるんだろう?」

  「当然でしょう」

  「でも、リスクは少ない方が良い」

  「! そうなのか?」

  「ま、そうでしょうね。
   こちらの世界にいる限り、望美さんや将臣君達に迷惑がかかるようなことは、
   極力避けるべきでしょうからね」

  「だろ?」

  「ヒノエ、悔しいですが、今回はお礼を言っておきますよ」

  「ああ、今回に限らず、いつでもお礼をいってくれて、かまわないよ」







  「これもまたお台場のニュースです。

   お台場で昨年暮れから頻発していた、連続恐喝窃盗団が逮捕されました。

   昨夜午前0時過ぎに、お台場のテルコンセンタービル前で、

   奇声を発して走っている6人の男を警邏中の湾岸署自動車警邏隊が発見。

   職務質問をしたところ、意味不明の返答しかできないため湾岸署に連行しました。

   事情聴取をしたところ、恐喝未遂を自供、緊急逮捕となりました。

   また、挙動が著しく不審で常軌を逸していたため、麻薬などの薬物検査を実施。

   逮捕された6人から薬物は検出されませんでしたが、

   彼等が乗り捨てたと思われる大型RV車2台から、覚醒剤およそ6gを押収しました。

   現在、湾岸署ではこの覚醒剤の入手ルートを厳しく追及しており、

   この6名の検挙を糸口に、覚醒剤の都内での販売ルートを解明しようと…」




  「あ、兄上! 麻薬まで使ったのですか!!」

  「さ、朔〜! 違うよ違うよ! 良く聞いてよ〜。
   『薬物は検出されませんでした』って言ったでしょ」

  「では、こちらの世界では知られていない、何か危ない『薬』を!」

  「使ってない使ってない使ってない…って、どうしてこの事件がオレだって思うのかな〜??」

  「白龍が、苺プリンの一件はそもそもが兄上の幻術から始まったことだと、海ほたるで言ってました」

  「オ、オレ〜〜〜! オレ、悪くないよ〜〜」

  「それにしても、よりにもよって麻薬まで使わなくても…」

  「だから、使ってないって〜〜! 泣いちゃうよ、お兄ちゃん」

  「って、泣きながら言わないでください」

  「ま、まだ、怒ってるのかな〜〜〜」

  「何を、ですか!」

  「昨夜…、お酒…飲んじゃったこと…」

  「あたりまえです!!!!!」

  「ごめんよ〜ごめんよ〜ごめんよ〜〜〜!」

  「ハァ…、ヒノエ殿とリズ先生がいらっしゃらなければ、いったいどうなっていたことか」

  「まだ今頃は、高速バスで川崎駅に向かっている頃、かな」

  「望美の家の車は」

  「海ほたるに置きっぱなし…」

  「あり得ないでしょう!! 兄上!!」

  「わ〜〜〜、ゆ、譲君! 朔をたきつけないでよ〜〜〜!! 
   そ、それに、べ、弁慶だって」

  「それでも弁慶殿は、昨夜、望美の帰りの遅かったことと、
   車を返すのが更に遅くなった今朝も、春日家に謝りに行かれてます。
   それに比べて兄上は…」

  「朔、許してあげなよ。景時さんは酔い潰れてただけだから」

  「『だけだから』が許せないのよ、望美。
   同じように泥酔されたはずの弁慶殿が、ああして気丈にふるまわれたというのに」

  「いやいや、弁慶もかなり怪しかったぜ。
   無理矢理コーヒー3杯も流し込んで、口臭除去のうがいを何度もさせてから
   望美の家に行かせたからな。望美、オッケーだったろ?」

  「ま、何と言うか…。
   うちのお母さん、弁慶さんにメロメロだから、何でもオッケーだろうけど。
   かなり危ないっていうか。
   弁慶さん、珍しくろれつが回ってないんだもん、もう、ドキドキしちゃった」

  「で、大丈夫だったの? 望美?」
  「うん、お母さん『弁慶さん、何だかいろっぽかったわぁ』とか、舞い上がってたから…」
  「ま、弁慶こいつは酔った時の方が女性に強いからね」

  「望美さん、お母様にくれぐれもよろしくお伝えくださいね」

  「二日酔いなんだろ? まめというか、律儀というか……。
   ホント、あんたのストライクゾーンの広さには、敬服するよ」

  「ヒノエ…」



  「よし!」

  「望美? 何が『よし』なの?」

  「朔! 次は『東京ネィズミーリゾート』だよ!!」

  「ええ、素敵ね。楽しみだわ…」

  「敦盛さん、もちろん行きますよね」

  「あ…」




慌てて敦盛さんの口を、ヒノエ君が押さえたのは何でなんだろう?






08/06/11 UP