6 八葉 恐怖す
将臣がエンジンをかける。
「先生……。
実は、この『くるま』というものに乗ったことが無いのです」
「九郎、臆することはない」
「しかし……」
「八葉は神子と共にある」
「……そうですね……分かりました、先生。
では将臣、よろしく頼む」
「OK、任せとけって。
ま、不安ならシートベルトくらい締めてくれ」
「しいと……何だ、それは?」
「教えてやるからさ。
さっさと乗って、奥の座席に坐ってくれない?」
「すまん、ヒノエ! 恩に着る!
では、先生、お先にどうぞ」
「うむ。
敦盛、行くぞ」
「は、はい」
弁慶とナビの譲が、春日家の車に乗り込む。
景時も交代要員として乗車した。
そこで朔も当然のように、春日家の車となる。
「朔、お台場で会おうね」
「ええ、望美。
いらっしゃい、白龍」
「えぇ? 神子はあっちの『くるま』なのに……」
「こっちだ、白龍」
譲も車内から手招きする。
「…………、分かった……。
神子、私の神子。
お台場まで息災で」
「白龍もね」
「神子は、小さい私の方が好き?」
「突然、どうしたの?
う〜ん、そんなことは……でも、そうだなぁ。
車に乗るなら、小さい方がかさばらないから、いいかな」
屈託無く答える望美。
「そう、……分かった」
寂しそうに、白龍は車に乗り込んだ。
「まぁ、随分、大人数で出かけるのね。
二籠に分けておいて良かったわ」
「お母さん!? 」
「ハイ、これ」
「え? 何?」
「サンドイッチと唐揚げ。
急だったから、このくらいの物しか作れなかったけど……。
皆さんでどうぞ」
「わぁ、お母さん、ありがとう」
「といっても、こんなに大人数だとは思ってなかったから、ちょっとずつでしょうけど……」
「お車をお借りした上に、このようなお心遣いまでしていただいて。
ありがとうございます」
いつの間にか車を降りて、爽やかな笑顔をふりまきながら望美の脇に立つ弁慶。
「とんでもない。
こちらこそ、望美が御世話になります」
すこし頬を赤らめる望美の母であった。
「本当に、美味しそうな香ですね。
僕が独り占めしてしまわぬようにと、二籠に分けたのですね。
きっと、あちらの車の者達も喜ぶことでしょう。
遠慮無く、ご馳走にあずからせていただきます」
「お口に合うかしら?」
「お母様のような麗しい方が作ったのですから、きっと素晴らしい味だと思いますよ」
「まあ、弁慶さんったら」
(お母さん、本気で照れてる!
恐るべし、源氏の軍師テクニック!)
望美は、今また、弁慶の本性を垣間見た気がした。
その時、
「OK、それじゃ、麗しい神子の作った食い物も、今後は喜んで残さず食うよな、弁慶」
「え、えぇ、当然、じゃ、ないですか、将お……」
「ハハハ、顔色が悪いぜ、弁慶。
サンキュウ、望美ママ」
「ひっどぉ〜い。
まるで私の料理、不味いみたいじゃない。
それじゃぁ明日は、私が料理の腕、振るっちゃうからねっ」
事の成り行きを見守っていた者達は、一斉に狼狽える。
(おいおい本気かよ、神子姫様?)とヒノエ。
(神子……)絶句する敦盛。
(もっと早く、本当のことを伝えるべきだったのか……?)と悩む譲。
(ノーマク サンマンダー バーザラダン センダー……)と不動明王真言を唱え始める景時。
(これは、八葉に課せられた試練だ)と天を仰ぐ九郎。
(私が教え込むわ。舞の時と同様、望美は飲み込みは早いはずよ)と決意する朔。
(神子……。まだ早い)と涙するリズヴァーン。
(ああ、五行の力が不足しているから、神子の力になれない)と涙する白龍。
「その前に、望美。
これからはもうちょっと、お家の手伝い、してちょうだいね。
それからよ、『腕を振るう』なんて言うのは」
(望美ママ、ナイス突っ込み)と心の中で拍手する将臣。
(臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。)印を結びつつ、心静かに九字を唱え邪気を払う弁慶。
「ホントにこの娘ったら。
ごめんなさいね。
どうせ、この娘が言い出した我が儘なんでしょう?」
「御母君、それは違」
敦盛の言葉を遮るように弁慶が
「言い出しっぺは、このヒノエなんですよ」
「え! オレかよ!」
「こちらこそ、この子のワガママに望美さんが付き合ってくださって、申し訳なく思っているのですよ。
なにせ『和歌山』の草深い山奥育ちなもので、都会が珍しくてしょうがないんです」
(へぇ〜、『この子』ときたか。
しかも、こともあろうに、望美の母君に。
言ってくれるじゃん)
「叔父さん、あんただって行く気満々だったじゃん」
「ヒノエ。
済みませんね、口のきき方が悪くて。
兄はこの子を、放任主義で育てたものですから」
「おいおい、子ども扱いも」
「ヒノエ」
敦盛が黙っていろと視線で指示する。
(やれやれ、分かったよ、敦盛)
「そうだ、ヒノエ。
せっかくだから、何か望美さんのお母様に、お望みのものをお土産として買ってきてさしあげなさい。
何か、御希望のものがございますか」
(え? オレが買うのかよ?
別に神子の母君に土産を買うのに異存はない。
だけど、なんで、あんたに指図されなきゃならないんだ?)
「まぁ、そんなお気遣い無く。
でも……そうね、せっかくだから、望美、何か美味しそうなスイーツがあったら、買ってきて頂戴。」
「はぁい」
「なぁに、この手?」
「へへへ、購入資金」
「しょうがないわね。はい」
「わ、サンキュウ。お母さん」
「来月のあなたのお小遣いから前借りにしておくわ」
「えぇ〜」
「それでは弁慶さん。くれぐれも、望美と朔ちゃんをよろしくお願いしますね」
「はい、承知いたしました。
お嬢様方は、責任をもって」
二台の車のテールランプを見送りながら、
(弁慶さんて、本名は何というのかしら?
望美が帰ってきたら、忘れずに聞いておかなくちゃ)
と思う母親であった。
そして、さっきから心のどこかに引っ掛かっていたことが、ふいに言葉になった。
(将臣君、いつ免許取ったのかしら?)