あっくんのお食事・番外編・九郎
ここは、ヒノエと敦盛がルームシェアしている横浜のマンション。
早朝、その部屋への来客を告げるチャイムが鳴る。
敦盛がテレビモニターで確認すると、そこには正面玄関前で所在なさそうにしている源九郎の姿が。
「く、九郎殿? どうされたのです、このような朝早くに?」
慌ててモニター越しに敦盛が言う。
「おお、敦盛か? すごいな、本当にこのようなもので話ができるのか。
入れてくれないか?
ここの入り口は、中の住人専用の『かどき』? 『かぁどき』?」
「カードキーでしょうか」
「おお、そうだ! それが無いと入れないのだ」
「少し、お待ちください」
「すまん」
敦盛は、慣れない手つきで入り口のドアロックを解除した。
数分後
「さすがにこの階まで、この荷物を持って上るのはきついな」
「か、階段で来られたのですか!?」
「ああ、どうもあの『えらべぇた』だったか『えれべぃた』だっかは、苦手で」
と目の前の九郎は屈託無く笑う。
「どうぞ、こちらへ」
と、リビングに案内された九郎は、
「おお、さすがに高い階だけのことはある。窓からの見晴らしがいいな」
「え、ええ…」
どう返答したものか敦盛は困って、曖昧に笑って誤魔化した。
「そうそう、実は」
「はい」
「すまん!」
「は? な、何がでしょうか? いや、その前に頭を上げてください、九郎殿」
「皆がお前に朝食を作っていた事」
「そ、それが?」
「俺は何もしてやれなかった」
「そ、そんな…」
「で、今日はその償いと言ってはなんだが」
と、目の前のテーブルに大きなレジ袋が置かれる。
「これを買ってきた。一緒に食べようと思ってな」
「は、はあ…」
「今日もヒノエは居らんのだろう」
「はい」
「昨夜、景時から聞いた。それで…」
レジ袋からは次々と缶詰が現れる。
「お前も知っているだろうが、俺は料理は譲や景時や弁慶のようにはできん。
将臣のような『野戦食』も作れん」
「そ、そのような」
「そこで、これが俺の陣中見舞いの品だ」
「これは…桃の缶詰?」
「そうだ。食べたことはあるか?」
「い、いえ」
「良かった。ぜひお前に食わせたかったのだ」
「ありがとうございます」
「缶詰めを開けて」
「あ、あの……私は…缶詰めを開けたことが…ないので…」
「そうか♪ では、俺が教授してやろう」
「よ、よろしくお願いします」
「ところで缶切りはあるか?」
「か、缶切り……ですか? さ、さぁ……」
2人で暫くキッチンを探したのだが、缶切りは発見できなかった。
実は、九郎のイメージしている固定刃タイプの缶切りはこの家には無くて、
ペンチのような形状で缶を挟み、
脇に付いているハンドルでローラー状のブレードを回すことにより蓋を切開していく
いわゆる回転刃型缶切りはあったのだが……。
「しかたがない、少し待っていてくれ。そこのコンビニで買ってくる」
「ならば、私が」
「いや、お前の為に買ってきたのに、お前が買いに行ったのでは、かえって申し訳ないからな」
「九郎殿」
「行ってくる」
と、嵐のようにけたたましく去った。
たぶん全力で階段を駆け下りるであろう九郎の姿を想像すると、
敦盛は思わず、笑みがこぼれるのであった。
そして、話は7行目に戻る……やれやれ。
「入れてくれないか?」
「いろいろあったが、こうして開けることができた」
「すごい、九郎殿は缶切りにも熟達されておられるのですね」
「え? い、いや、それほどでも…。ま、まだリズ先生には足下にも…」
「いえ、私にはとても」
「やってみるか?」
「わ、私が…ですか…」
「これも修行だと思って。さあ」
「分かりました。私とて武門の子、ここで臆しては」
「良く言った。では」
「はい! 敦盛、やらせていただきます」
そして桃缶が2つ開いた。
「初めてにしては、実に見事な手首の返し方だった」
「いえ、私など…。汁もこのようにこぼしてしまいました…」
「謙遜するな、ハハハ
実は」
「はい」
「桃缶には、白桃と黄桃と2種類あってな」
「缶の色と絵が異なっておりましたのは、そういうことだったのですか」
「ああ、迷ったのだが。両方を買ってみた。敦盛、お前はどちらが好きだ?」
「さ、さあ…」
「では、食ってから考えるとするか」
「はい」
「どうだった?」
「どちらも美味で、甲乙は付けがたいかと…」
「どちらも気に入ってくれたか。良かった」
「え?」
「実は、俺も、だからだ。ハハハ」
「あ、そうでしたか…、アハハハ」
「それともう一つ」
「はい?」
「『とっておき』があるのだ」
「とっておき…ですか」
「そうだ、コップを借りるぞ」
「な、何をなさるのですか?」
「この缶の汁を、こう、コップに注いで」
「はい」
「そこに、この炭酸水を入れる」
と、クラブソーダをレジ袋から取り出して、プルリングを押した。
「! く、九郎殿」
「こうして氷を入れ、まどらぁですてあする」
「どういう意味ですか? 『氷を入れ』の後に仰った意味がまるで分からなかったのですが」
「『まどらぁですてあする』か? 気にするな、俺も分からん」
「え? し、しかし」
「弁慶の受け売りをそのまま言ってみただけだ。ま、とにかく、これを飲んでみてくれ」
「はい…。コク…! 甘くて…シュワシュワして」
「だろう」
「はい♪」
「俺には少し甘すぎて、本当は、『もええちゃんどん』という酒で割るともっと美味いのだが、
こっちの世界では、まだ敦盛は酒は御法度だからな」
「お気遣いいただき、ありがとうございます
なれど、これで私は十分、美味しいです」
「ならばよかった」
「ところで九郎殿」
「ん? 何だ?」
「これは?」
「それは缶ジュース」
「いえ、それは知っております。その上に付いているこれは」
「それは…何と言ったかな?? ぷるり? ぷるりん? とか。
お前とて缶ジュースなど、珍しいモノではないだろう」
「九郎殿、その『ぷるりん』が、我々の開けた桃缶の下にも付いております」
「何と!! 本当か!? き、気が付かなかった…。俺はなんと迂闊な…」
と、九郎はその中身の無い桃缶のプルリングを引く。
クポッという音がして、缶は綺麗に開いた。
その音をきっかけに、何故だか2人とも笑い転げてしまった。
あっくんのお食事 完
08/09/20 UP