譲君の御伽話 〜 2 〜
「『冷たくなったネロと、隣に寄り添うように息絶えたパトラッシュの魂を
そっと優しく抱え上げ、天使たちは神の国へと導いていくのでした。』」
「ワァァァン、オオォォ……、譲くぅ〜〜ん」
「アアァ、……何て可哀想な『ねろ』……」
「ワァァァン、何で、何で犬の『ぱとらっしゅ』しか、『ね、ね……ろ』の…アアアァァ」
「これでは……、あまりに哀しすぎます……」
「……と、以上が鎌倉殿からの御指図だ。そこで俺達はこれから熊野に……
? 景時?
景時!」
「景時? 君らしくありませんね、軍議の最中に居眠りとは」
「い、いねむり〜、違うよ違う、ちょっと」
「『ちょっと』なんだ! 兄上からの御指図なn
え! お前、泣いているのか?」
「い、いや、やぁだなぁ九郎、な、泣いてなんか、いる訳ないだろう、アハ、アハハハ」
「それにしては、眼が真っ赤に潤んでいますね。
泣いていないのであれば、どこか体調が悪いのでしょうかね?」
「アハハ、違う違うって。ごめんね〜。
ついさっき、ここに来る前に、朔と二人で、譲君の話を聞いててさ〜
それをちょ〜っと思い出しただけだから〜」
「いかに君が涙もろいとはいえ、ちょっと思い出しただけで、
源氏の戦奉行が軍議の最中に泣いてしまうのですか?」
「譲の奴、いったいどんなつらい事を、お前に打ち明けたんだ?」
「ええ、心配ですね。僕でよければ相談にのってさしあげると、譲君に伝え」
「え? あ、いや、違う違う、そんなんじゃないから〜」
「えぇい、景時! お前の話はさっきから『違う違う』ばかりで、一向に要領を得んではないか!」
「九郎、そう怒鳴っては、景時も話しづらくなってしまうじゃないですか。
譲君から口止めされているのですね。
大丈夫です、ここにいるのは僕と九郎だけ。決して他言いたしませんから、話してみては」
「あ〜、ゴメン。それも違うんだ。」
「? どういうことですか?」
「譲君、別にオレ達兄妹に相談事をしたんじゃなくてね、実は
足音も荒く渡殿を踏み鳴らして九郎が譲の処にやって来る。
「譲!」
返事も待たずに戸を開くと、部屋の中で有川譲は書き物をしていた。
その筆を止め、九郎を見上げて譲は穏やかに言った。
「ああ、九郎さん。どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも無い! お前、景時に何を吹き込んだ!」
九郎の怒気に、反ってムッとした譲が
「『吹き込んだ』? 俺がいったい何を景時さんに吹き込んだって言うんですか」
「それは俺が尋ねているんだ!
お前が景時と妹御にした話とやらのせいで、景時が思い出しては泣いてばかりで、軍議が先に進まんのだ!
あいつの部下に動揺も広がっている!」
「え! ……そうですか、仕方ない人だなぁ」
九郎は、ゆっくりと左手に持った太刀の柄に右手を添えて言った。
「やはり『話』をしたのだな」
「ええ、しましたけど」
「どんな『話』をしたのだ」
「どんな? たいした話では無いですよ」
「しらをきるのか?」
「はぁ? 何で俺がしらなんかきらなきゃあならないんですか」
「お前がそのつもりなら」
九郎はゆっくりと太刀を抜き放ち
「言え」
その九郎の様子を見て、譲は
「はぁぁ、こんなことになるなんて」
と言いながら、文机の上の書きかけの紙を九郎に見せた
「『幸福な王子』『人魚ひめ(泡)』『フランダースの犬』『ごんぎつね』『泣いた赤……
何だ、これは!?」
「ですから、これが景時さんと朔に話した御伽話の一覧です。
この頃は日に何度もせがまれるので、まとめておかないと、
何を話して何を話してないかが分からなくなってしまうので」
「『御伽話』?」
「あ、こっちの世界でいう『伽草子』みたいなものです」
「伽草子だと! ふざけるな!
そんなものを思い出して、大の大人が軍議の最中に涙を流して泣くというのか!」
「涙、流したんだ、景時さん」
「そんなことはどうでもいい!
お前はもう少し真面目で正直な奴だと思っていたぞ、譲!
そんな嘘など言わず、本当のことを言え!」
「! ふぅん……、嘘……ですか」
「当たり前だ! 大の男が『伽草子』ごときで泣く筈がなかろう!
つくにしても、もう少しマシな嘘を」
「俺は、嘘など言っていませんよ、九郎さん。」
「何! 貴様」
「じゃぁ、九郎さん、試してみますか?」
「『〜になった赤鬼は、幸せに暮らしましたとさ』おしまい」
「………」
「これが、景時さんに最初に話した『泣いた赤鬼』っていう……九郎さん」
「……」
天を仰いだまま、九郎は身じろぎもしなかった。
正しくは、今、正面を正視してしまうと、両の眼から涙がこぼれるかも知れないから、なのだが。
「で、その青鬼は、その後どうなったのだ?」
涙声になっていないか慎重に声のトーンを気にしながら、一語一語、確かめるようにゆっくり言った。
「はぁぁ……」
「何だ、その溜息は」
思わず譲の方を向いた九郎は、慌ててまた天井を睨んだ。
「何で、上を向くんです」
「か、考えごとを、だな。だから、青鬼はどうしたのかを」
「似た者同士なんですね。景時さんも、聞き終わった後、まったく同じことを質問してましたよ」
「やはり、同じ疑問は生じる」
「泣きながらでしたけど、景時さんは」
「俺は堪えた……あ」
「人間、素直な方がいいですよ。」
「何!?」
「じゃぁ、気分直しに笑えるお話でもしましょうか」
「そんなのも、あるのか?」
「ええ、ただあまり、上手じゃないですよ、俺」
「いや、いまの話しぶり、十分巧みだった。頼む、やってくれ。笑える話を」
13/01/05 UP
