帰らないの? 九郎さんルート・9月 

〜 SASUGA特別編 ・ 17 〜










     〜という事情でして。
     で、こんな時間にご迷惑かとは思ったのですが
     はい、では、夜分遅くに失礼いたしました。」










   「ヒノエく〜ん、頑張って!」
   「ヒノエ殿、御武運を」


   「嬉しい声援だね。龍神の姫君二人にエールを送られたんじゃあ、是が非でも頑張らないとね。
    な、敦盛」


   「ヒノエ」


   「分かった分かった。じゃ、始めるよ」


そうウインクを敦盛に投げかけて、スタート位置に向かうヒノエだった。


   「さてと」


そう言うとヒノエは、第2ステージのスタートラインに立ち、手に滑り止めの粉をつける。
すぅ〜っと、大きく一度息を吸い込み、ゴールの赤いボタンをイメージしてから
床を蹴った。
腕にガイドレールの振動が伝わる。
着地地点のマークが見る見る大きくなっていく。
疾走感
風を切る感覚がヒノエを心地よく包んだ。






   『さあ、始まった、サーフラダーで加速をつけて、カコウィイあいつは身軽Sou
    これまた速いYo 身軽だYo!』


   『素敵ぃ、亜紀、あの子も好みぃ、九郎さん、あの子の名前はぁ?』






   「前のガタイのいい兄ちゃんの方が若干だが速いな」


   「体重の重い分、滑り落ちる時に加速がつきますからね」


   「彼には第1ステージでは驚かされましたが、第2ステージはどうですかね」






チェーンリアクションを滑り終えて着地すると、すぐさまサーモンラダーにヒノエは駆け込んだ。


   「え!? ヒノエ! 滑り止めの粉!」 譲が叫んだ。


   『落ち着け! 粉を!』 九郎もブースの中で叫んだ。


残念ながら九郎の言うようには、ヒノエは慌ててなどいなかった。
サーフラダーからチェーンリアクションにかけては、
九郎や将臣に比べて自重の軽い自分が不利な事は承知していた。
それでも、ダブルサーモンラダーからメタルスピンで十分に挽回できると計算している。
ただ、それだけのことでしかなかったのだった。


    ここからが見せ場じゃん


口笛でも吹きたい気分で、ヒノエはラダーのバトンを掴んだ。
一段目に掛けたラダーをしっかりと握った瞬間に、ヒノエの身体は跳び上がっていた。






   『バカっ速! 凄いYo! 速いYo! カコウィイYo!』






    一、ニ、三、四っ、五 OK、もうラダー、後半じゃん、楽勝だね
    体を入れ替え、折り返して、一、ニ、






   「たぁ〜〜、マジかよぉ。さっきの兄ちゃん以上だぜ」


   「ダブルサーモンラダーって、こんな簡単なモンだったのかって、悲しくなりますね」


   「体重が軽いってなぁ、得だねぇ」


   「いえ、船長。彼、そんなに筋肉質じゃないから気づきにくいですが
    全身むらなく鍛え上げてますよ。単なる華奢な体格じゃない」






    三、四っ、五! っと、これでサーモンラダーは終了。
    楽勝じゃん。このままアンステーブルブリッジに跳び移
    !!


瞬間、何かが視界の隅に入った
刹那、アンステーブルブリッジへの跳躍に一瞬の躊躇が生じた。
それは即座に跳躍力の不足という当然の帰結を導き出す。


   「危ない!」

   「ヒノエ!」


   『何故だ!』

   『ヒノエ君!』

   『亜紀、見てられない〜!』


客席中から悲鳴が発せられた。


星野亜紀が再び目を開けた時、しかし藤原ヒノエはダブルサーモンラダーの最上段に
先程テンポよく到達した時と同じ姿勢でぶら下がっていた。


   『うそぉ〜!』






   「今のはかなり危なかったぞ。ヒノエの奴、いったい何があったっていうんだ?」


   「え? 『何があった』とはどういうことです、譲殿?」


   「気が付かなかったかい、朔。
    あいつ、ラダーの最上段からテーブルブリッジの4点吊りに飛び移ろうとしたんだ」


   「ええ、でも失速して」


   「上、かな……」


   「え? 上? 何? 望美?」


   「ヒノエ君、何か見て驚いたんじゃないかな」


   「ああ、神子の言う通りではないだろうか。
    それにしてもヒノエ、器用に体をひねって戻れたものだ。
    まるでサ……いや、……」






    危なかった、確かに今のは危なかった。
    熊野の頭領もまだまだだね。こんなことで驚いてるなんて。
    考えてみれば、あの弁慶おっさんのことじゃん。
    見落としの1つや2つや3つ、あっても想定内だったね。
    ま、鉄骨の骨組みにセットされてるから、客席側からじゃ絶対見えそうにないけど。
    ダブルサーモンラダーの直上の固定カメラ、ね……。
    厄介だね……。ゴールしてから潰すか……、いや無理かな。
    鉄骨に登らないとならないし、そんなことしたら、客席から丸見えだからね。
    と、なると絶好のチャンスは


ヒノエは、体操の鉄棒演技のように大きく反動をつけ、後ろに身体を振った。


再び観客席から悲鳴と歓声が入り混じる。






   『あ〜っと、どうしたんだ! サーモンラダーでありえない動き!』


   『いったい何をしているんだ、ヒノエは!』 訳が分からず九郎が放送ブースで苛立って叫ぶ。


   『九郎、落ち着いて、落ちつて!』


   『これが落ち着いていられるか!? 景時!』






一見無茶なように見える反動から、前方に身体を振って飛び出した。
大きく空中で弧を描き、一回転する。
身体を投げ出した瞬間に、ヒノエは袖口に仕込んでいた鉄礫を両手に一つずつ掴み
ちょうど90度身体が回転し、直上のカメラと正対した瞬間に、
その両掌の中の礫をカメラめがけて投げつけてカメラを破壊した。


    悪く思わないでくれ
    もし修理代を請求するなら、弁慶おっさんに、ね


そのままの勢いを殺さずに一回転し、アンステーブルブリッジの両端を掴


   「ヒノエ君!」

   「ああ! ヒノエ殿!」

   「ヒノエ!」


む筈だったのだが、礫を投げた反動か、身体の降下が計算以上だったのか、
右手で片側を掴むのがやっとだった。






   「あいつは、今、何がしたかったんだ? って言うか、何をしたんだ?」


   「さぁ? 僕にはさっぱり」


   「両腕が妙な交差をしたように見えましたが」


   「やっぱり、そうだよな。あの手の動きにゃぁ、どんな意味があるんだ」


   「皆目見当もつきませんね」


   「船長もレスキューさんも、眼が良いからなぁ」






    ヒュ〜ウ、やばいやばい。
    まったく、この貸しは高くつくぜ、弁慶おっさん
    さてと、ここからどう立て直そうかな






   「急げ! ヒノエ、時間が無ぇぞ!」


   将臣、あんたに言われなくても分かって……ああ、そうか。その手があったね






先ほど将臣がやったように、アンステーブルブリッジの4点吊りと2点吊りを
ヒノエの身体は大きく弧を二度描いて、通過していった。


   「すごい……」


   「ヒュウ〜〜、やるねぇ。さっきに兄ちゃんより器用だ」


   「やはり、かなり鍛えてますよ。
    でなけりゃあ、あんな反動もつけずに体操選手みたいに身体をひねれませんよ。
    しかも、あんなバランスのとりづらい処で」






   『ねぇ、九郎さぁん。もったいぶらずに彼の名前、教えてよぉ〜』


   『え? あ、ヒ、ヒノエだ、藤原ヒノエ』


   『ヒノエ君、へぇ〜、変わった名前〜。何歳(いくつ)なのぉ? どこに住んでるのぉ?』


   『それは、あの、えぇ、済まない、静かにしてもらえないか。気が散って、見ていられん』


   『ブ〜〜、九郎さんのケチ〜』















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