帰還して 編  09/03/02 UP





帰還して1   九郎編

 



当サイトの本線は『迷宮』の後、鎌倉時代には戻らず平成の世に残るというものですが

今回の拍手SSSは『迷宮』後に鎌倉時代に戻る別ルートということでお楽しみ下さい。






神泉苑での源平の和議から一月ほどの歳月が経とうとしております。

聴くも恐ろしい入道相国様と鎌倉様の奥方との、この世のものではない争いも

九郎様と龍神の神子様の御働きによって鎮められ、

ようやく争いのない、穏やかな日々がやってまいりました。



ああ、これは失礼いたしました。

私は、このたび征西軍総大将改め、六波羅探題・鎮西大将となられました

源九郎義経様に近侍しております女官・さつきでございます。



あの神泉苑からお帰りになられても九郎様は毎日お仕事で、

昨日は大原、今日は宇治、明日は御室……と、

京中を毎日元気に走り回られていらっしゃられます。







ただ、夕餉時の茜空に紫がさす頃になると

なにやらお寂しそうな、物憂いお顔をなさるのが

私としても心配でございます。



やはり、それというのも

龍神の神子様がこの世でない、

神子様の楽土にお帰りになっておしまいになられたからなのでしょうか。



時々いらっしゃる熊野別当様などは、そんな私のこころうちがお分かりになられるのか

もったいなくも私などのようなはしために優しくお声をおかけくださっては、



  「ま、心配するだけ損なんじゃん。九郎のはちょっとしたホームシックだから」



そう仰られていらっしゃいました。



ちょっとしたほおむしっく??



私なのどのような無教養な者には難しい御言葉です。





ちょうど今日、九郎様の所へお兄様の名代でいらっしゃっていた黒龍の神子様・梶原朔姫様に

その別当様の御言葉「ちょっとしたほおむしっく」の意味をお尋ねした所

お笑いになって、何も答えてはいただけませんでした。

ただ、そのかわりに



  「そうね、今度弁慶殿、ヒノエ殿と相談して、できるものなら作ってさしあげたいわね」



と仰ってから、優しい笑みをいっぱいにされて



  「心配しなくても大丈夫。

   ただ、……もし、それほど九郎殿の様子が心配な時は……、

   そうね、この季節だから…桃でもお出ししてみてはどうかしら」



  「もも……あの、水菓子のことでしょうか?」



  「ええ、水菓子。あ、そうそう『缶詰ではありませんが』と一言添えて」



かんづめではありませんが……



黒龍の神子様……ああ、ますます分からない言葉がふえてしまいました。

下賤な私には、高貴な御言葉過ぎてさっぱり意味が分かりかねるのですが。

それにしても「ちょっとしたほおむしっく」は

「『かんづめではありませんが』という呪文を添えた水菓子」で治るものなのでしょうか?

確かに万葉の昔から、桃は歌にも詠まれ、漢方としても珍重されてはおりますが……



でも、あの御真面目な黒龍の神子様が、私をおからかいになられたとも思えないし……







あちこちとツテを頼って探し回り、やっと手に入れた桃の実二つ

勇気をふるって

今日の夕餉の後で、九郎様にお出しいたしました。



  「おお! 桃か! よく手に入ったな」



九郎様もお喜びの御様子。

そこで朔姫様直伝の呪文を添えさせていただきました。



  「どうぞ。かんづめではありませんが」



そのとたん



  「か、缶詰! ああ、桃缶!

   ……カップメン!! レトルトのカレー!!

   どうして、こっちの世界にはキノ○ニヤが無いのだ?!!」



と桃を二つ、両の手に持って、叫び声をあげられて庭へと走っていかれてしまいました。

わ、私、何か呪文を間違えたのでしょうか!?



そして、またも謎のことば

「ももかん」? 「かっぷめん」?? 「れとるとのかれえ」??? 「きのく○や」????



私、このお仕事、向いていないのでしょうか……。




























帰還して2    景時編

 





今日は櫛笥小路にお住まいの梶原景時様のお屋敷へお使いで参りました。

以前、我が主の源九郎様の元へいらっしゃった黒龍の神子様、梶原朔姫様のお兄様でいらっしゃいます。

何でも、九郎様をお慰めする物の試作品が出来たからということで景時様が、

私を直々に御指名なされたのだそうです。



ああ、これは失礼をいたしました。

私は、六波羅探題・鎮西大将となられました源九郎義経様に近侍しております女官、さつきでございます。







屋敷に通されると、どのお部屋にも中央に見慣れない四角いものが鎮座しているのでした。

何だろう……、そう思い、ふと、足を止めて見入っていると、後ろから



  「あはは〜、アレはね炬燵っていうんだよ〜〜」



こたつ……



  「自信作なんだ〜。入って入って〜!」



と、御自身がお手本を示されるように、夜具のような厚手の布をめくり、その御御足を差し込まれるのでした。

御当主、景時様と向かい合わせのこのような間近で座るなど畏れ多いことですが

景時様の、あまりに期待に満ちた御顔を見てしまうと、お断りする方がかえって失礼な気がして

見よう見まねの動作で布をめくりました。



何と、そこには板の間が切り取られ、その「こたつ」の下だけに穴があいているではありませんか。

四角くくり抜かれたその穴は、四方と底が板で覆われ、まるで木の箱を埋めてあるかのようで、

その中央に何やら炉のような物が置かれているようございます。

恐る恐る私も足を入れさせていただくと



あ、暖かい



  「でしょ〜でしょ〜。もう、京の冬は寒いからね〜。

   炬燵無しでは、もういられなくってさ〜〜」



ならば、そのお腹も背中もお出しなさった御装束を普通の物になされば、

もう少し暖かくお過ごしになることができるのは、間違いないのではないでしょうか……

そう思ったのですが、私のような下賤の者が申せるわけもございませんので、

曖昧に笑って誤魔化しておりますと

後ろの戸が開き、朔姫様が入っていらっしゃいました。



  「兄上! そのように感動を強要して!

   御覧なさい、困っていらっしゃるではないですか!!」



  「え〜〜!! オレ、そんなつもりじゃ…、ごめんごめん」



  「いえ、そのような畏れ多い御言葉を……。暖かいです。これが『こたつ』なのですね」



  「そうそう♪ も〜、望美ちゃんの世界は便利でさ〜〜

   エアコンもファンヒーターも電気がないから無理だけどね〜。

   これならって思って作ってみたんだよ〜」



えあこん? はんひいたあ?? でんき???

ああ、またしても謎の御言葉が……



  「褒めないでくださいね、兄上が調子に乗ると困るので。

   炬燵が完成するまでに、何度ボヤ騒ぎを出したか……。

   御近所の方々に何度私が謝って回ったとおもっているのですか、兄上」



御仲の良い御兄妹でいらっしゃるとは噂でお聞きしておりましたが、本当に。



  「あはは〜〜〜 で、九郎に渡して欲しいのは、これ」



と梶原様の差し出されたのは不思議な形の鉄の筒が三つ。



  「鉄の延圧と板金はリズ先生にしてもらったんだけどね〜

   内側のコーティングが巧くないと思うから、

   錆びる前に、そうだな〜〜、今日中に食べちゃってって言ってね〜」



  「あ、あの?? これは??」



  「ああ、ゴメンゴメン。これを貼らなきゃぁね〜」



と梶原様は、桃の絵と『桃缶』と書かれた紙をその鉄の筒にお貼りになられたのです。



桃缶! これが九郎様の仰っておられた『ももかん』なのですね



  「といっても、見よう見まねの素人製だからね〜。

   外の缶はリズ先生が、中の桃のシロップ漬けは朔が、密封はオレがやったんだよ〜♪」



ああ、九郎様!

九郎様がどんなにかお喜びになられることか!!



  「ありがとうございます!」



そう言って、もうすぐお帰りになるであろう九郎様のお屋敷に急ぐのでした。




























帰還して3   ヒノエ編 





  「ダメじゃん、九郎。お前のところの若い女官を、お前が落ち込ませちゃ」



  「俺が? 俺は何も……。そ、それより、熊野の田辺にいたはずのお前が、何で我が屋敷内の事を…」

   い、いや。そうだな…、すまん」



  「オレに謝るより、下働きの人間まで心配してるんだからさ、

   総大将としては、もっとシャキっとしていた方がいいんじゃん」



  「あ、ああ。分かった」



  「じゃ、また数日後に連絡するよ」



朱雀大路を遠離っていく九郎の後ろ姿を少しの間見つめていた熊野別当・藤原湛増ことヒノエは

路地を曲がって人目の無いのを確認し、口笛を吹いた。



  「ここに」



  「いつもすまない。面倒だけど当分は九郎のガード…、じゃなかった警護を隠密裏に頼むね」



  「は!」



音もなく現れた烏は、音もなく去っていった。



  「何だい? そんなところに隠れてないで、出てこいよ」



  「お分かりでしたか」



  「ああ、お前とは長い付き合いだからね。で?」



  「ヒノ…いや、すみません頭領。吉報です」



  「櫛笥小路に張りついてるはずのお前が吉報? いったいどんな?」



  「実は…、お耳を」



と、二人目の烏はヒノエの耳元で何事かを囁いた。

途端、ヒノエの顔が輝く。



  「へぇ、そいつは…。でかしたよ、グッジョブ! この礼は必ず」



  「期待しております。では、また梶原屋敷に戻ります」







2日後、櫛笥小路の景時の元にヒノエが訪れていた。



  「〜という訳で景時の持っている、いや、望美の世界から持ってきた物を貸してほしいのさ」



  「え〜、どうして知ってるの〜? さすが熊野別当だね〜」



  「で? どうなんだい?」



  「でもね、AMラジオもFMラジオも聞こえないんだよ。

   懐中電灯と蛍光灯しか役に立たないんだから〜」



  「これには必要じゃん」



とヒノエが取り出したのは、携帯電話だった。



  「え〜〜! ヒノエ君は携帯だったんだ〜〜」



  「オレ『は』? やっぱり他の連中も何か持ち帰ってるってことかい?」



  「望美ちゃんの世界から帰るっていう段になって、

   みんな、恥も外聞も無く山のように荷物を抱えていたけどね〜」



  「でも、どうやら一つだけみたいじゃん。

   オレは携帯だし、敦盛はi.Podだからね」



  「オレは災害用多機能ライトでしょ〜。九郎は缶切りでしょ〜。

   リズ先生に至ってはリスのぬいぐるみだからね〜。弁慶と朔は何を持ち帰れたのかな〜〜」



  「でもそのおかげで、オレの携帯と敦盛のi.Podは息を吹き返すことになる」



  「この多機能ライトの手回し発電機が、まっさかこっちの世界で役に立つとはね〜

   でもヒノエ君、その携帯、充電しても通話できるの〜?」



  「え?…」




























帰還して4    朔編







〜ということで、我慢して召し上がられたのです。

召し上がられれば、この上なく甘美なのですが……



  「ああ、本当に。どうもこの金属臭いのが気になって、食べようという気分にはなれないわ」



目の前の炬燵の板の上には私が、先日こちらの梶原様から九郎様へと送られた『桃缶』の一つが置かれております。



  「食べてしまえば、桃もシロップも申し分ないのになぁ〜〜」



  「何とかならないのでしょうか、兄上?」



  「う〜〜〜ん、異世界でそんなに真面目に缶詰めの製造工程を調べた訳じゃないからね〜

   何らかのコーティングを施すか、ビニールやパラフィンでくるめば巧くいきそうだけどね」



  「缶詰めができれば、食べ物の保存や運搬が格段に楽になるのでしょうに」



  「そうは言うけど、朔。800年も技術に開きがあるからね〜

   ま、もう少しリズ先生とも相談しながら、工夫をしてみるよ〜。

   九郎にも、もうちょっと我慢してって伝えておいてね〜。

   オレはちょっと出掛けてくるから〜。ごゆっくり〜〜」



そう、私などには身に余る御言葉を仰って、部屋から出て行かれました。



ああ、これは申し遅れまして、大変失礼をいたしました。

私は、六波羅探題・鎮西大将、源九郎義経様に近侍しております女官、さつきでございます。







  「もう! 兄上!! ゴメンなさいね、変な兄で」



  「いえ、そのような……お羨ましいです。私には兄弟がおりませんので」



  「え? 一人っ子なの?」



  「いえ……」



朔姫様はすべてを御察しになられた御様子で「ごめんなさい」と、小さな声で仰られました。



  「そ、そのようなもったいない御言葉を……」



  「では、これを九郎殿に。試作品なのでお湯を注ぐだけとはいきませんので、

   ここの辺りまで水を入れてから、この鍋ごと火にかけてくださいね」



  「は、はぁ……、あの、これは?」



  「『ラーメン』と言いたいけれど、『ラーメンみたいなもの』が精一杯かしら」



  「これが『らあめん』……」



  「で、こちらはあなたに」



  「え!? わ、私ですか? そのような、もったいない…」



  「いいのいいの。先日、屋敷に来た時、だいたいのボディーサイズは見当をつけておいたので、

   かなりぴったりのはずです。着方をお教えしますから」



  「『ぼでえさいず』?? え! き、着方!?」



神子様から手渡された包みを開くと、そこには



  「これは! は、白龍の神子様の……」



  「望美のものを参考に、私が作りました」



  「黒龍の神子様のお手製……そのような畏れ多いものは…」



  「一度着ると、着やすい上に動くのが楽なのよ。

   私以外にこの屋敷には若い女性っていないので、

   無理は承知なのだけれど、あなたのものを作らせてもらったの」



  「無理などと、そのような畏れ多い御言葉を……、あの……、このお召し物の御名前は…?」



  「望美の程、短いものは勇気がないけれど、一応『プリーツスカート』よ」



  「ぷりいつすかあと……」



でもでもでも黒龍の神子様! 確かに素晴らしいお召し物ですが

このように素足をさらす着物など、私にも着る勇気がありません!!




























帰還して5    弁慶編







武蔵坊弁慶は、丁寧に丁寧に水を撒いていた。



こちらの世界に帰るという時に、

集められる限りの漢方とハーブ、芋や豆のタネや苗を懐と言わず鞄と言わず詰め込んだ。

また、薬草、薬品、衛生学、医学などの書籍も堆く積み上げて、その上に鎮座していた。



しかし、こちらの世界に戻った時、残っていたのはフードの中の

僅かな豆とハーブの種だけだった。

打ちひしがれた気分になったのは否定できないが、

それでも全部が無くなったのではないのだからと、自分に言い聞かせ、

五条の施薬小屋近くに僅かの土地を借り、傍らに小屋を建てて住み着いた。

それから数日、弁慶は寝食を忘れて作業に没頭したのだった。



  「この種は寒さに弱い上に、十分な陽が必要ですね。

   これは秋に蒔くのは適さないので、来年の春まで大切に保管をしておきましょう。

   これは湿気の少ない半日陰に」



1つとして無駄にはできない。



土を耕し、肥料も作り、風除けを設け、望美の世界で言うプランターも木で作り、

リズ先生に協力を求めて、有川家の庭にあった温室を参考に、

それでもビニールもガラスも手に入る筈もない世界ゆえ、和紙と油紙とで小さな温室風の小屋まで作り……



施薬小屋で治療に当たりながらも、手が空くと畑やプランター、温室に出掛けて行き、

祈るような思いで芽の出るのを待ちわびていたのだった。



  「弁慶先生様、ありゃあいったい何ですか?」



  「あれは『希望』です」



  「きぼう…??」



そんな弁慶のひとしおでない思いが、施薬小屋を訪ねる人々に伝わらない筈がない。

弁慶の居ない間、畑やプランター、温室を、風や野犬や不心得な人間から守る者が現れ、増え、

いつの間にか、複数の人間の当番制になっていた。

昼の当番を受け持つ者に、年頃の女性が多いのは、弁慶の個性が反映しているのかもしれないが



その中のひとり、よく漢方薬に使用する薬草を摘んできてくれる少女が、

施薬小屋で治療中の弁慶の元へ、息を弾ませて駆け込んできた。



  「弁慶様! 弁慶様! 弁慶様!」



  「どうしました? そんなに慌てて」



  「芽が」



それで十分だった。弁慶はにっこり笑って少女に礼を言い、治療に戻った。



  「よろしいのですか、弁慶様?」



  「はい?」



  「あの娘だって、弁慶様といっしょに『きぼう』が芽を出したのを喜びたかったんじゃ…」



  「ええ、そうでしょうね」



  「だったら……」



  「大丈夫ですよ。後何人かで、休憩になりますから、その時に」



  「もったいない御言葉です」



  「いえいえ」



  (それよりも)



と弁慶は思った。



今飛びこんできた少女が、白龍の神子・望美さんに思えたのは、いったい何故なのか?



僕はそれ程までに彼女の事を……? いや、そんな筈は…





スカート!!

今の少女は、あの白龍の神子のような出で立ちをしていたように思えて、驚いた。



  「何故、あの娘はスカートを…」



  「いやだな、弁慶様。知らないんですか?」



  「何をですか?」



  「『今様』言うて、今、京で流行りの服でっせ。

   ま、あっしのようなじじいは目のやり場に困りますがね」



  「今様……?」



  「何でも黒龍の神子様が、楽土にお帰りになった白龍の神子様を偲んでお作りになったとか。

   動きやすい上に、この世をお救い下さった神子様の装束を真似られるとあって、若い娘に大人気だそうで」



  「そうですか……。朔殿が望美さんを…」



弁慶は心の中で思った。



  (朔殿、グッジョブ!!)