拍手 5 九郎、箱根駅伝を観る 編 08/01/02 UP
九郎、箱根駅伝を観る バージョンA
景時の店の大型テレビを食い入るように見詰める九郎の後ろ姿を
おせち料理の残りをつつきながら、望美と朔が眺めて、
「九郎さん、いつになく真剣にテレビを観てるね」
「そうね、朝からあのまま微動だにしないわ」
餅をカナッペ風にアレンジしたものを二人に渡しながら、景時が言う
「『箱根駅伝』ってやつだよ〜♪ 望美ちゃん」
「ああ、そうか。今日は2日だもんね」
「何やら大勢の方が道路脇で声援されているわ」
「あれ〜? あの海岸の景色、見たことあるね〜」
「時間的に言って、たぶん茅ヶ崎あたりですからね」
「え! すぐ近くね、望美!」
「!!!」
急に九郎は立ち上がり、身支度を調え始めた。
「九郎さん、何処に出かけるんですか?」
「こうしてはいられない、彼らの応援に」
「そうだね〜、近くだし、見に行ってみようか〜♪ 朔〜」
「そうですね、兄上」
「藤沢から大磯までの間は、どの駅に降りてもすっごい人ですよ…
毎年の事だけど、…って、あれ? 九郎さんは?」
「走って行ってしまわれたわ…」
「す〜ぐ、その気になっちゃうね〜、九郎は」
「と言うより、人の話、ちっとも聞いてないんだから、もう!
それに、盛りあがってるところ残念ですけど、
着いた頃には終わっちゃってますよ」
「え〜? そうなの〜??」
「残念だわ」
「じゃ〜九郎も、そのうち諦めて帰ってくるよ」
「それにしても望美、『箱根駅伝』というものに詳しいわね」
「この辺りの人じゃ、当然よ。何たって1月2日と3日に毎年やるからね」
「へ〜、毎年♪」
「小さい頃は将臣君や譲君と、藤沢あたりまで応援に出かけてたんだよ」
「そうなんだ、残念だわ」
「ごめんね、朔。そんなにみんなが興味持つなんて思わなかったから…
来年は寒くないカッコして一緒に行こうよ」
「ええ、約束よ。楽しみだわ…」
「え〜!? の、望美ちゃん! 朔! テ、テレビ…テレビ観て〜!!」
「何です、兄上。そんな素っ頓狂な声をだして……、え〜!?」
「く、九郎さん…!?」
「どうやって?」
「いつの間に?」
「え〜? 無理だよ〜、あり得ないよ〜」
先頭の選手に声援を送りながら、嬉しそうに沿道の歩道を走り続ける九郎
の後を、これまた軽快に走り続けるリズヴァーンの姿がテレビに映る。
「リ、リズ先生!」
「リズ先生が!?」
「リズ先生〜♪♪」
《馬鹿な師弟…》
こんな先生と兄弟子を持ったことに軽い目眩を感じた望美であった。
九郎、箱根駅伝を観る バージョンB
「九郎さん、帰ってくるの、遅いね」
「仕方ないわ、望美」
「そうだね…、新聞社やテレビ局の取材、dragon noirにも凄かったものね」
「結局、弁慶さんに連絡して、マスコミ処理してもらうことになったもんね」
「弁慶さん、絶対、不機嫌だったよね、朔」
「ええ、でも…、私達では無理よ。望美」
「仕方ないよ〜。 あのまま、先頭の選手に併走して、
箱根のゴールまで付いてっちゃったんだからね〜」
「仕方ないわ、兄上。選手の方は2人も替わったのに」
「九郎とリズ先生は、ずっ〜と走りっぱなしだったもんね〜、ハハハ、凄いよね」
「凄いというか、間が悪いというか……」
「4区も5区も、区間新記録だったのにね」
「しかも、いつものGパンにスニーカーで」
「上に着ていたダウンのベストを投げ捨ててしまわれて…」
「でも、ダウンベストは箱根湯本の派出所に届けられてるって」
「ええ、こちらの世界の方は親切だわ」
「それをまた、先頭走ってた大学の関係者って人がさ、
『ずっと応援して下さって』ってお礼のついでに教えてくれたんだよね〜♪」
「景時さん、あの電話の声、お礼って言うより、怒ってなかったですか?」
「ま、九郎に併走されてさ〜、事前に計画してた予定のペースより
Km10秒近く速かったらしいからね」
「第4走者の方も、第5走者の方も、九郎殿について行くのに必死だったようで」
「襷渡すと同時に、倒れ込んでたものね」
「はあ…、大声で声援を続けて、なおかつ、選手以上に元気に
箱根の山道を駆け抜ける九郎殿……」
「先頭の選手より目立ってたもんね、テレビ」
「まあ、オレ達は『九郎だから』で、すむけどね〜」
「こちらの世界の方々にとっては、驚くことなのでしょうね」
「あっちの世界でも、九郎さんは特別仕様だよ」
「……そうね、望美。ハア…」
「タオレンジャー・レッドは伊達じゃないってさ〜♪」
「兄上、何ですか、それ?」
「さっき取材申し込んできた、テレビ旭の人が嬉しそうに言ってた言葉さ」
「元気、有り余ってるもんね。九郎さん」
dragon noirの電話がまた鳴った。
「今度は、誰が出ます?」
「ああ、もうウンザリ」
「も〜、勘弁して欲しいよ〜」
「ええ、私ももう御馳走様」
3人して鳴りやまない電話を、いつまでも見詰めていた。
九郎、箱根駅伝を観る バージョンC
「九郎さん、今日はおとなしくテレビ観てるね」
「昨夜、弁慶殿がすっごく叱ってらっしゃったから」
「今日はここから一歩も出ちゃダメだってさ〜」
「『もし約束を破るようなことがあったら、僕にも考えがありますからね、九郎』
あの言い方は恐い。久しぶりにブラックな弁慶さんを見た気がしたよ」
「そうね、望美……、
あれが『源氏の軍師』と平家方に恐れられた弁慶殿の本性なのでしょうね」
「でも何で、自宅じゃなく、毎日dragon noirに来てるのかな?」
「お正月…だからではないのかしら。私はそう思っていたけれど…」
「いいじゃない♪ どうせ、お店も休みなんだし」
「今日の午後には敦盛さんとヒノエ君も来るって話だし」
「明日で譲殿の寒稽古も終わりだわ」
「リズ先生も来ればいいのにね」
「昨日のことがあって、顔を出しづらいのではないかしら?」
「なんかね、今日と明日は町内会の『火の用心』の見回りと
その後の餅つき大会に引っ張り出されてるらしいよ。
ホントに、いつまで経っても御近所のヒーローなんだからね〜」
「お灸が効いたみたいで、今日はおとなしいね、九郎さん……
!! な、泣いてる??」
「え? 誰が?」
「九郎さん」
「まさか……!! あ、兄上、どうしましょう!!」
「え? ええ!? く、九郎? 何かあったのかなぁ〜?」
「どうして、待っていてやらないのだ!」
「はい?」
「何? 何!? 何の事かな〜?」
「どうしたの? 九郎さん」
「あの襷は、皆の2日間の苦労の象徴! それをどうして待ってやれない!!」
「箱根駅伝?」
「ああ、残りの大学の選手が! 何故、強制的に出発させられてしまうのだ!!
余りに冷たいではないか!!!
ああ、せめて、あの…あの見えている者だけでも…
どうして、あの襷を渡すことを許さないのだ!! 非情な!!
許せん!!! 文句を言ってくる!!!!」
「だめだよ〜!!」
「弁慶殿に怒られます!!」
「九郎さん! それが駅伝の規則なんですよ!!」
九郎、箱根駅伝を観る バージョンD
dragon noirの扉が開く。
「弁慶さん、明けましておめでとうございます」
「弁慶殿、 明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます。望美さん、朔殿。
うれしいですね、新年の祝辞を龍神の神子二人からいただけるなんて。
では、うれしいので、これをお二人に」
「え? わ〜い、お年玉だ♪ 弁慶さん、ありがとう」
「え? 望美、これは?」
「お年玉だよ、朔」
「お年玉?…」
「いいから、朔ももらっておきなよ」
「そ、そういうものなの……? ありがとうございます…」
「ふう、やっと新年の挨拶廻りも終わりました。
慣例とはいえ、大変ですね、こちらの世界も。
それに、昨日は余計な仕事を、誰かさんたち、が増やしてくださったもので」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、望美さんや朔殿、それに景時は少しも悪くありませんから、
気にしないでください。
気にして欲しいのは……、九郎!」
「済まん、弁慶。恩に着る」
「そんなもの着たくありませんね、ほら、ベスト」
「…済まん」
「まったく、僕の知りあいが今日、ちょうど箱根からの帰りに
湯本の派出所に寄ってくれたからいいようなものの」
《誰? 誰が箱根に行ってたんだろう? すっごく気になるよね、朔》
《そうね望美。それにしても、いつも思うことだけれど、
弁慶殿の交友関係の広さには驚かされるわ》
《本当だよね〜、「鎌倉市長」も「日本喫茶店協会連合会会長」も
例の京都の老舗の和菓子屋やお茶問屋も、
み〜んな「藤原慶二」っていう、弁慶のこっちの世界の名前
知ってるんだよね〜》
《昨日のマスコミの人達も、その名前出すと、
おとなしく引き下がってくれたもんね》
《ああ、弁慶殿……。こちらの世界でも暗躍されているのですね……》
「酷いな…、みんな聞こえていますよ。
こう見えても僕は『ないーぶ』なんですから」
九郎、箱根駅伝を観る バージョンE
「冗談じゃねぇぜ、まったく」
将臣は、テレビのスイッチを入れながら、リビングのソファーに身を投げ出してぼやく。
「正月の2日から、警察に呼び出されるなんて。
何だか今年一年が思いやられるぜ」
「ククク、『さんきゅ』還内府殿」
「知盛の『さんきゅ』には、ちっとも感謝の気持ちが感じられないんだよな」
「ククク」
「それにしても、材木座の海岸で暴走族相手に大立ち回りとはね」
「太刀は使っていない、素手だ」
「ダジャレかよ? 変なところは、こっちの世界にバッチリ順応してんだよな」
「ククク、あれは向こうが勝手に殴りかかってきたのさ」
「お前が、変な挑発、したんだろ?」
「一方的に殴られるのは、俺の趣味では無いのでな」
「逆! お前、一発も殴られてないだろ」
「当然…。俺を誰だと思っているのだ?」
「で、相手の暴走族は7人とも気絶したんだろう」
「楽しめなかったな。
もっと骨のある連中かと思ったのだがな、ククク。
これなら、黒龍の神子の方が、まだましだ」
「お前、そんなこと言ったのが譲にばれたら、また飯抜きだぞ!」
「有川弟は兵糧攻めが得意でおられる」
「たく! もう、目立つことは止めてくれよ! 分かったな」
「……『源氏の総大将』はいいのか?」
知盛の指さした先には
テレビの画面いっぱいに、
うれしそうに箱根路を駆け抜ける『源氏の総大将』の姿が映っていた。