弁慶さんの野望 〜進む覚悟〜











宇治川にこんなに霧が立ちこめるなんて珍しいな



霧に紛れて何が動くか、分かったものではないですからね

用心をするのに、し過ぎることは無いでしょう



おや、あちらから歩いてくるのは……

こうまで霧が濃いと分からないですね……



でも、こうも無防備に歩いているからには敵とは思えませんが







先頭は……おや? あんなにも大柄で…金髪……しかも、この歩き方

直接お会いしたことはないけれど、九郎から噂に聞いていた

九郎の剣の師匠、……たしかリズヴァーンとかいう方ではなかったかな?





後に付き従って来るのは…

弓を持った男が一人、それに子供?…ですかね

それから女性が二人…

ああ、一人は景時の妹君ですね。

よかった、無事で



景時は今、宇治上神社に出陣中で助かりました

もしこの橋姫神社前の陣にいたら



目に入れても痛くない程、可愛がっている最愛の妹君が

この霧の中、しかも我々鎌倉軍と木曾の軍、それに平家の部隊まで入り乱れた中で

行方不明、なんて事態を知ったら

それこそ軍の指揮どころじゃなかったでしょうからね



どうやらリズヴァーンは、橋姫神社に他の人達を案内しているようですね

では、僕もこの薬草を摘んで、急いで陣に帰るとしましょうか











   「景時の妹御か。霧の中で迷ったのか、……その者たちは」



   「私は春日望美です」



   「こんな戦場を出歩いていたのか」



おや? 九郎の敬愛するリズヴァーンは?

いない……みたいですね

どうしたのかな? 九郎には会わなかったようだし



   「木曾の女兵……ではなさそうだが、まあいい」



よくはないですがね、九郎

そもそも木曾の女兵とは、服装も装備も違うでしょう

それも、あんなに目のやり場に困る程、素足をさらしてなどいるわけがない



   「……朔殿、霧が出ているし、女人の足で強行軍はつらいかもしれない。

    だが、隊から離れられては迷惑だ」



やれやれ……、僕がいないといつもこうだ。

九郎

憎めない性格なのは近しい者になら分かります

君がそういう言い方をするのは、自分の失敗に苛立っている時だということも

僕や景時になら……

でも、どうしてそうもきつい物言いになるんでしょうね



   「命を落としてもおかしくない。

    子供の遊びではないんだ、軽はずみな行動は差し控えてもらいたい」



確かに女性にはきつい行程だったのですから、

景時が別働隊として宇治上神社に出向く時に心配して、

「九郎、朔のこと、よろしく頼むね〜」と、あんなに何度も言っていたじゃないですか。

分かっていたはずの君や僕が、ちゃんと付いていてあげなかった

それが……

僕達の落ち度ですよ



斬っても突いても起きあがっては向かってくる怨霊との初めての実戦に、

さしもの九郎の鍛え上げた精鋭部隊も浮き足立ち、

何とかまとめて橋姫神社に着き、陣構えを立て直してみると……



   「……申し訳ありません」



ほら、本当は君が謝らなくてはいけない相手が

逆に恐縮しまくっているじゃないですか

こうなると九郎には事態を収拾できず、余計に声を荒げてしまいかねないですね

僕が助け船を



   「あのっ ちょっと待ってください!

    それなら、どうして朔を連れてきたの?」



へぇ、すごいな

あの九郎に物言いをつける女性がいるなんて



   「なんだと?」



ああ、こういう事態に慣れていない九郎が狼狽えてますね

これは……
ちょっと見物みもの、かな?



   「朔も鎌倉殿って人に無理に連れてこられたみたいです

    大変な場所だってわかっているなら、帰してあげればいいのに」



もっともな意見ですね

『黒龍の神子』とはいえ、怨霊を鎮めはできても浄化はできない
それに、景時の妹君が『黒龍の神子』かどうかは、確認のすべがない。

ほとんど自己申告みたいなものですからね

それなのに最前線に放り込む頼朝殿の気が知れません



   「鎌倉殿の――兄上の命令は絶対だ

    だが、確かに女人に厳しい場所だとはわかっていた

    置き去りにしたのは俺の手抜かりだな」



ま、自分の非を認めるあたりは可愛いんですけどね、九郎も

あの無条件な兄上賛美だけは、何とかならないものでしょうかね

やれやれ、そろそろ出番、ですかね。



   「九郎、その辺にしてはいかがですか

    無事に見つかったんだから、もういいでしょう」


おや、このは僕の言い方に不満なのかな?

こっちを睨んでますね

それとも、九郎が非を認めたことをうやむやにしようとして

話に割って入った僕の意図、読まれたのかな

ここは謝るのが一番、ですね



   「すみません朔殿。本当は心配していただけなんですよ

    無事で本当によかった

    君に何かあったら、僕たちは景時に会わせる顔がありません」



こんな言葉一つで、そんな納得顔をしてくれるなんて、

この娘も九郎同様、人がいいですね

お人良しばかり……その中に僕……ですか

ま、作り笑顔と嘘は、僕の得意技ですから…



   「ええと、そちらの可愛いお嬢さんは……春日望美さん…でしたね?

    申し遅れました。僕は武蔵坊弁慶といいます

    ここでお会いしたのも、きっと何かのご縁ですね」



! 普通の女性なら、これで赤面してくれるんだけどな…

この娘は…そうとう鈍いんだろうな…

隣で聞いている尼僧の朔殿ですら赤面しているんだから

……そうでなかったら……、まさかね



   「それで、こっちの仏頂面なほうが」



   「名なら自分で名乗る

    九郎だ。源九郎義経」



   「え!!」



   「え? ど、どうしたの 譲君」



この男は譲というんだ
いったい何歳いくつくらいだろう?



   「どうしたのってことはないでしょう。源義経ですよ!

    牛若丸ですよ 鎌倉幕府の源頼朝の弟です」



!!!!

九郎の幼名は…、まあ知っていたとしても不思議ではないでしょう

けれど、この譲という男の次の言葉は…『幕府』?

いつ鎌倉の頼朝殿は征夷大将軍になったのです?



確かに頼朝殿が直接、軍を率いて上洛しないのは、

平家と同様に階位を拝領して公卿に列せられ、昇殿を許され、

気が付けば武士としての気骨をすっかり失ってしまう愚を犯すよりも、

もっと実のあるものを狙っているだろうとは思っていましたが……


『幕府』ですか…なるほどな。

その手なら軍事力は朝廷に返上することなく

自らの指揮下に置いたまま、ある程度、臨時に行政執行も行える……



そんな頼朝殿の深謀を、この目の前の若者が何故……??



   「兄上を……鎌倉殿を呼び捨てるな

    お前たち、何者だ?」



そう、それは正しい質問ですね、九郎

ただし、その質問に正直に答えた者は、誰一人としていないでしょうが



   「あっ、私たち 別に怪しい者じゃないんです」



その言い方自体、怪しい者だと言っているという事が、

この娘には分からないのでしょうか?



   「違う世界から来たばっかりで ちょっと気が動転してて」



!!!



   「違う……なんだって? いったい何を言ってるんだ、お前は」



応龍が実在したんですからね

龍神の神子伝承が本当であっても……

ということは、朔殿も…本当の?



いや、確証のない事をそのまま鵜呑みになんて



……!!!



   「そうか この石の意味は……」



これは、どういう因果なのでしょうね?

天罰?

それとも悪い冗談?
この右手の甲の宝玉いしは、龍神の神子に仕える八葉の証……なのかな、やはり…

僕が??



   「望美さん、君は龍神の神子ではありませんか?

    朔殿が黒龍の神子ならば、君は……白龍の神子なのでは?」



対…

この二人が龍神の神子

本当かどうかも疑わしかった100年前の伝承の存在



   「はい、私が龍神の神子です」



   「神子! うん、あなたが神子、そうだよ」



この子供は…、

そうか、僕としたことが

これが五行を失った白龍の姿だったのですね

僕が滅した応龍の…





僕のこと、分からないのですか?

君をそんな姿にした、憎むべき当の本人ですよ。

噂に聞いていた朔殿の話も本当なのでしょうか……

時期的には確かに符合しますからね。

そうならば、朔殿が未亡人になったのも僕のせい?



ああ、やはり僕は罪深い咎人ですね。

僕に怨みを抱く人の数に際限がない。



すみません、今は許してくださいね

きっといつか、この僕の命をもってしても、必ず贖いますから



   「〜九郎殿、弁慶殿。この娘は白龍の神子です。

    ここに至るまでに怨霊を封じる力も発揮しています。

    白龍の神子以外の誰が封印をなしえましょうか」



!!
その手がありましたね、この源平の戦いたちごっこの次の一手



   「京を守るという龍神の神子の話か。ただのおとぎ話じゃないのか?

    だいたい、今はそれどころじゃない。

    悪いが、この話は後回しだ。

    この宇治川を制することが、京を手に入れられるかどうかの〜」



違う……、九郎

彼女の存在は、龍神の神子の存在は、

宇治川や京なんて小さなものではない。

この後の、この国の歴史を左右する。







そして…





清盛が応龍の力を利用し、一族が栄える

僕がその龍脈を穢し、衰えさせる

清盛が黒龍の逆鱗を手に入れる

僕が龍脈を止めて龍神を滅する

清盛が怨霊を使役する



これは清盛と僕の双六でもあるのです



そして、僕は次の一手を探しあぐねていた

僕の負けかなって思いながら。



清盛の勝ちで双六が終わるのは少しだけ癪だな

ま、清盛に勝ちをくれてやってもいいのですがね


でも、ひとつだけ……


市井の人々の困窮した惨状を見るたびに思うのですよ


僕も清盛も

決して弄んではならない禁じ手を、双六の賽として振ってしまった

だから……

応龍の復活は、どんなことがあっても成し遂げる。

それだけは、僕の命と引き替えであっても惜しくない


そのためなら本当のところは、源氏も平家も……、

そう…、熊野でさえ、どうでもいいのですよ


こんなこと九郎に言ったら、どういう顔をするんでしょうね



   「〜俺は平家の陣を攻める」



でも九郎。源氏軍は、怨霊という清盛の賽の目に、為す術が無い

いや、無かった



   「私も九郎さんと一緒に行きます」



   「何を言ってるんだ。まさか本気じゃないだろうな」



彼女は本気ですよ

そして、その申し出に対する返答は、源氏の今後を決定付けます



   「けれど九郎。平家は怨霊を連れている。

    彼女たちの助力はありがたいのではありませんか」



ありがたい、どころではないのですよ。

彼女、春日望美さん…でしたか

この娘をおいて他に怨霊に対抗する術は、この世に存在しないのです

受け入れなさい九郎。



   「怨霊を鎮める黒龍の神子と封じる白龍の神子の二人の力は」



   「……だが」



そして、受け入れなさい僕も…、この状況を。















雪の中を宇治上神社に向かう

前を歩く白龍の神子と譲君の会話が聞こえてくる



   「源九郎義経……。九郎さんは、まあ、そこそこ、そうかなって思うけど

    弁慶さんは……ね〜」



   「武蔵坊弁慶、ですからね。ちょっとビックリしました」



僕? 僕が何で?



   「荒法師って感じじゃ」



   「無いですよね」



?? 何で?

何で知っているのでしょう? 

僕の思い出したくない 恥ずかしい昔を。

これも龍神の神子の神通力なのですか?

いや、だったら譲という若者が知っているのは?

分かりませんね



   「五条の橋で、九郎さんに負けて」



   「生涯忠誠を誓って臣下になった、って感じじゃないですよね」



   「ね〜、信じられない〜」



ぼ、僕が九郎に負けた!!!?



盛大に咳払いをする



   「! 弁慶さん」

   「先輩、聞こえてたんですよ」



   「はい、しっかりと

    それにしても、聞き捨てならないことを言いますね!

    僕がいつ九郎なんかに負けたのです!?」



   「盗み聞きは良くないですよ」



   「往来で開けっぴろげに、人の悪口をいっておきながら、言う台詞ですか?」



   「悪口??」



   「もう一度言います。僕がいつ九郎なんかに負けたのです!」



   「え〜、だって私達の世界では常識ですよ」



   「常識!!!」



   「ええ『京の五条の橋の上 大の男の弁慶が♪』」



   「う、歌ですか? それは唱歌なんですね? 歌にまでなっているのですか?」



   「はい」



   「僕が九郎なんかに負けた事が!!」



   「はい、『長〜い長刀振りかざし〜』」



   「望美さん、止めて下さい!!!!」



   「え〜」



   「そんな嬉しそうな顔をして『え〜』とか言わないでください。

    それに、その歌、先の展開が、何となく読めて不愉快です。聞きたくありません。

    それにしても…」



   「それにしても?」



   「あなた達は、酷い世界から来たものですね」



   「そうですか?」



   「お願いですから、そちらの世界にいって、是非とも訂正をさせてください」



   「何を? ですか」



   「もちろん 僕が九郎なんかに負けてはいないということをです」



   「無理…だと思いますよ」



   「無理でも、です!!」



やはりこの状況は受け入れがたいですね!

僕の名誉のためにも、

こっちの世界の戦なんか、さっさと終わらせなければならなくなりました  











      無印三巡目、弁慶さんルート攻略後の設定です。

      『弁慶さんの野望』は神子の感想です。

      「もう、弁慶さんったら♪ 負けず嫌いなんだから」という望美ちゃんの気分でご覧下さい。












08/02/11 UP