凪の海 下弦の月
壇ノ浦決戦前に平家が南の島に落ちのびるルートの、その後の話です。
見渡す限り海原。
凪の海である。
下弦の月が、それでも己が存在を示そうと西の空にあり、
さらには、南の水平線から西空に刷毛でなぞったかのように斜めに天の川が輝く。
「あれがデネボラ…獅子座の尻尾か。
あっちがスピカだな。乙女座…か」
春の大三角形を構成する星々を見つめながら、杯をあおる。
あと一時ほどで東の空が白んでくる。
フッと漏らした溜息に
「ガラにもなく……、『ほーむしっく』か? 有川…」
と、酒の入った船徳利を数本持った知盛が、背後で笑う。
「お前、その言葉をどこで覚えたんだ?」
「ククク…」
「俺じゃ無い、とすると望美か?」
「…まぁな」
「やれやれ、お前たちは熊野でいったい何を話てたんだ?」
「…別に…、ククク」
知盛の差し出した徳利に、杯で答える。
「やっと半日…か」
「そう…だな。…やっと髪が乾いた……」
「豊後水道を抜けて、日向灘だ。あと1日か2日このままなら、上手く行くさ」
「…ククク」
「何ぃ、笑ってんだ? お前」
「有川……、お前達は本当に…面白い…」
「はぁ?」
「こんな奇策……、本当に…通用すると思うのか?」
「まぁな、頼朝だってそうそうバカじゃないだろう。
だがな、あまりにバカバカしくて、本気になれない。
本気になって追討の命令を鎌倉が発しても、
それが九州全域に届くまでには日数がかかる。
その時間が今の平家には生命線だ」
「お前達が……本当の意味で戦っている……相手には、お見通しなのだろう?」
「北条政子…、茶吉尼天か。まぁ、そうだろうな」
「ククク、だからお前とは……離れられない」
「やめてくれ、気色悪い」
「つれないな……ククク。お前の周りは…、強い女ばかりだ……」
「はぁ?」
「源氏の神子に…、黒龍の神子、その上、茶吉尼天……ククク
そういえば木曾殿の側室も……、源氏はいい女が多くて……羨ましい限りだ」
「お前の女の好みの方が、一般的じゃ無いと思うがな」
「ほぉ……そうか…」
「別に、俺は好みじゃねぇさ。俺はもっとこう、たおやかでおしとやかな」
「源氏の神子は……、全然違うな…。生田で剣を交わしたが…」
「だから、望美は幼なじみ。別に何とも」
「ククク……ならば、いい」
「何が『いい』んだ? おい」
「それより……、南の島は…楽しめるのだろうな……還内府殿…」
「ああ、家を建てて、街を造って、船で南方や宋と交易して」
「……面倒……だな」
「お望みとあらば、ハブと心行くまで戦える」
「ハブ?」
「毒蛇だ」
「……つまらん」
「お前、ハブの強さ知らないからそんなこと言うけどな、本州のマムシなんかより」
「帰るの……だろう?」
「え?」
「平家が……沖縄とやらいう島に……落ちついたら……、
お前は元いた……自分の世界に……」
「さぁ…、今はまだ考えていないな。
それこそ、向こうで平家が暮らしていけるメドがついたら、
その時に考えるだろうさ」
「そうか……。連れて行けよ」
「はぁ?」
「ハブと戦う……よりは、有川の世界の方が……
『えきさいてぃんぐ』……の、ようだからな」
「本当に、望美と熊野でどんな会話してたんだか……」
「ククク…、有川の弟とも……会って見たいもの……だしな」
東の空が白んできた。
四国の陸影は見えない。
太平洋だ。
俺は本当に、あの世界に帰るのだろうか
自分の考えが見えず、杯をあおる将臣だった。
完
08/09/23 UP
〜あとがきという名の裏ネタ(この下から反転です)〜
実はこの話、壮大な裏設定があるんです。
あの壇ノ浦の合戦は狂言!! みたいな。
熊野(の景時さんが張った結界の中)で、密かに神子たちが
「頼朝に気づかれないように平家を無事逃がしつつ、その後で荼吉尼天と倒そうぜ」計画を立て、
その計画の一環で知盛は壇ノ浦で落っこちをし、自力で這い上がり、南へ向かっている最中―――って話なのです。
一度海に落ちているので、知盛の髪の毛は濡れていたんですね。
さらにこの後は、いろいろあって将臣と知盛は望美ちゃんや八葉たちと合流して、茶吉尼天のもとへ行く予定です。
この話、当サイトの本線(メインルート)とは違う、これはこれでまた別シリーズになってしまう上に、
長くなりそうだったのでとりあえず知盛の部分だけ抜粋、という形をとらせていただきました!!
でも、いつかは書くつもりです!!(いや、書くのは私ではなくカイロなのですが(笑))