ドライブしようよ! ――― 敦盛君と一緒 ―――
このSSは『いざ お台場!』シリーズの後日談です
「どうだい、ゴキゲンだろう?」
「ヒノエ、一つ聞いても良いだろうか?」
「何だい?」
「何故この車には、他の車のように屋根というものが無いのだろうか?」
大学に合格して早々、ヒノエは本物の免許証を取得した。
そして今日、敦盛を連れ出して、こうして首都高・湾岸線を東に向かっている。
「ああ、こいつはコンバーチブルカーだからね」
「こんばちぶる??」
「屋根は後ろのトランクに格納されているから、着けようと思えば簡単に着けることはできるんだけどね」
「では、どうして着けようと思わないのだろうか?」
「おいおい、つれない言葉だね」
「??」
「わざわざオープンになる車をレンタルしたって言うのに」
「れんたる?」
「借り物ってことさ」
「どうして『わざわざ』?」
「気持ちいいじゃん。狭っ苦しい天井がなくて、手を伸ばせば雲でも星でも届きそうじゃん」
「そこまで長い手は持ち合わせていないのだが……」
「敦盛、お前……、少しは比喩ってものを理解してくれない」
「す、すまない…。それに…」
「それに?」
「こうも隧道ばかりでは、雲も星も、どうなのだろうか?」
「ま、あと15分程、我慢してくれない」
「15分?」
「そうさ。そうしたら、良いものを見せてやるよ」
「分かった…」
そう言うなり、敦盛はシートに深く身を沈めるように座り直した。
「寒いのかい?」
「いや、そんなことはない。この『えあこん』というものが噴き出してくるので…」
「正しくはエアコンから暖気が噴き出すんだけど…、っていうツッコミはともかく
だったらどうして屋根のないことを気にしたり、シートにそこまで深く座るんだい?」
「そ、それは…」
「それは? ……答えづらいことなのか?」
「いや…、大したことではない。気にしないで欲しい」
「そう言われると返って気になるじゃん。どうしたんだい?」
「……あの……、先程から、隣を走る車、特にあの『ばす』という大きな車に乗っている人々が
こちらを食い入るように見詰めていたものだから……」
「ハハ〜ン、何だ。そんなことか」
「そんなこと? ヒノエは気づいていたのだろうか?」
「当然じゃん」
「そうか…、そうだろうな。この車をあんなにも食い入るような目で見ているのだ。
最初は、暖かくなったとはいえ、こんな天気の日に
屋根の無い変わった車に乗っているからだろうと思ったのだが……」
「コンバーチブルの軽自動車なんて、珍しくもないじゃん」
「『ばす』の中にいた女子学生の多くが、こちらを見て、しかも車では無く、確かに、私やヒノエを見て
何やら話していたり、『写め』というのだろうか、携帯をこちらに向けているのが見えたもので……」
「ああ、さっきの修学旅行のバスだね。ま、女子高生はさすがに目聡いからね。ワケが知りたいかい?」
「余程の酔狂だと思われたからではないだろうか?」
「チ、チ、チ、残念だが、その推理ははずれだね、ワトソン君」
「では、何故?」
「お前が可愛いから見とれているに決まってるじゃん」
「冗談ではなく、本当のところが知りたいのだが……」
「冗談のつもりは、これっぽっちも無いんですけど…」
ヒノエはいきなり左手を敦盛の肩に回し、
「気にしない気にしない。可愛いお前の姿をみんなに見せてやるんだね。
そのためにオープンにして走ってるんだから。
ほら、携帯向けられたら、笑顔でピースサインの一つもしてさ」
「ぴ、ぴぃすさいん?? あ、あのヒノエ、止めてくれないだろうか」
「どうして?」
「片手運転は危険ではないのだろうか?」
「ハァ……、少しはムードを感じてくれないかな」
「むぅど?」
「気分さ。こう、恋人同士、楽しく語らう時間を満喫するには、こう、肩に手を回すんだぜ。
そのためにわざわざ高速を走るってのに、軽のカプチーノをレンタルしたんだ。
そうでなければ、BMWでもコルベットでもキャデラックでも、でかいコンバーチブルはいろいろあったんだ」
「そうしたいのなら、神子を呼べばよかったではないだろうか?」
「何で?」
「何で、とは?」
「ハァ……、お前はなかなか手強いね。ま、今に始まったことではないか…、昔からそうだったね。」
「す、すまない」
東扇島インターチェンジを過ぎて間もなく羽田空港という川崎浮島JCTで
ヒノエは車を最も左の車線に移し、さらに左にウインカーを点滅させた。
「? ヒノエ、お台場に行くのではなかったのか?」
「この道を走ると必ずお台場に行くって考えるのも、正月以来の悪い癖だ」
「そ、そうなのか? では何処へ?」
「ああ、そう言えばあの時、お前は望美や将臣達と大黒から真っ直ぐ帰ったんだね」
「あの時ヒノエは…、ああ分かった。
あの時、リズ先生と跳んだ『海ほたる』という場所に、この車は向かっているのだな」
「ん〜、残念♪」
「違う……のか。てっきり私は…」
「まあ、お前が寄りたいって言うのなら『海ほたる』に寄っても構わないが」
「いや、別に……」
「ただ、残念ながらそこが目的地じゃあ無い。って言うよりも、目的地は無いのさ。
今日は、グルッとドライブしたかっただけなんでね」
「そうだったのか。すまない…」
「また『すまない』……ね」
「すまな…」
「また! 今日はもうこれ以上、その『すまない』って単語を言ったら、ペナルティー!」
「ぺなるてぃ?」
「罰則だよ罰則。そうだね……『すまない』って単語を言ったら、オレの言うことを何でも聞いてもらうからね」
「それは……。いいだろう、分かった」
「ヘエ、妙に聞き分けが良いじゃん」
「私が『すまない』と言わなければいいのだ。
『ヒノエの言うとおり』とは、どうせロクなことではないのだろうからな…」
「アハハ、そういう勘だけは良いね。ところで今『すまない』って言ったけど?」
「え!? いや、その、今のは……」
「ハハ、本当にお前と話していると飽きないね。ま、面白かったから、今のはおまけにしといてやるよ。」
「すま……ごめん」
「プ! アハハ。お前の口から『ごめん』なんて単語が聞けるとはね。
ところで、そうだね、ちょっとだけ寄ろうか、『海ほたる』。買い物もしたいしね」
「気を遣わせてしまったようだな」
「そっちこそ、そういう気遣いは無用に願いたいね。
オレとお前の仲じゃん。もっと、遠慮せずに言いたいことを言ってほしいね」
「そんなことは…。迷惑はかけられない」
「ハハハ、そこのところが見解の相違ってやつだね」
「見解の相違?」
「そう。お前は我慢が美徳、自分の主張は他人の迷惑になると思ってる。
オレは、お前も言いたいことは言って欲しいと思ってる。
でないと、オレだけが言いたい放題で、お前を引っ張り回してるって感じで嫌じゃん。」
「そんな、私は…」
「ま、そういうお前の謙虚さも、お前の個性なんだろうけどね。
少なくとも、オレにだけはもっと、お前の思いや考えを、どんどん言って欲しい。
そう思ってるのだけれどね」
海ほたるでヒノエは飲み物と菓子を買うとすぐに、
スズキ・カプチーノ3気筒657cc DOHCインタークーラーターボ64馬力をスタートさせた。
「ヒノエ」
「何?」
「千葉の木更津に何の用事なのだろうか?」
「木更津?」
「ああ」
「何で木更津?」
「いや、でもこの車は木更津を目指しているのではないのか?」
「さっきも言ったろう、今日は、グルッとドライブしたかっただけさ」
「そうなのか」
「そう。……ただ」
「ただ?」
「あえて目的ってやつを挙げるとすれば、ね」
「すれば」
「敦盛」
「え?」
「オレばかり見詰めてくれるのはうれしいんだけれどね…」
「え!? い、いや、そんなつもりは毛頭……」
「周りをご覧。目的ってやつだ」
そこに広がるのは海の直中をまっすぐに走る一本の道。
車は時速80kmで遠くの千葉県をたぐり寄せている。
左手の方には葛西臨海公園の観覧車が小さく見える。
目を凝らせばネィズミーリゾートの作り物の城や山が見えるかもしれない。
翻って後ろを見れば、さっき車を停めた『海ほたる』が同じ速さで遠のいていく。
その更に後方には東京のビル群が指の爪よりも小さくなっている。
あとはすべて
海と空
敦盛は、飽きることなく眺め続けた。
「船が見える」
「ああ」
ヒノエはすこし無口になった。
「沖にはもっと大きい船が停泊している」
「ああ」
「今日は波が穏やかなのだな」
「ここは東京湾。内海じゃん」
「熊野の海とは違うのだな」
「ああ」
「里心がついたのだな」
「ああ……って、違う違う」
「隠さなくても良いのだ」
「別に隠してなんか…」
「海を見ている時のヒノエは、常に、どこかで『あっちの世界』の熊野の海と比べている」
「そんなことは…」
「…懐かしい、…そう私も懐かしくてたまらないのだろう。この気持ちは…」
「敦盛……?」
「ヒノエとは違う思いだろうし、ヒノエほど責任やしがらみが無い分、単純に懐かしいと思えるのだ」
「……」
「私は苦労知らずの、平家の公達だ」
「珍しいね。何故、そんなことを?」
「そんな私の中で、あの熊野で過ごした日々が一番、私の中で輝いているのだ。
名誉も、栄達も、富も、人々の羨望も賞賛も、そんなものは私は欲していなかった……。
私が心から欲していたのは、
いつもあのキラキラした熊野での、自由で、自分が自分で存った、あの日々かも知れないのだ」
「『あっちの世界』でも『こっちの世界』でも、
お前の今言ったもののために苦労している人間が圧倒的に多いからね」
「だから……罰が当たったのだ…。私にも一門にも……。奢る平家は久しからず…」
「『こっちの世界』の物語だね。でも『あっちの世界』の世界はそうじゃないじゃん」
「え?」
「望美の…、龍神の神子の努力で、源氏と平家は和議が成った。仏罰も神罰も関係無くなった」
「しかし、私は……」
「穢れている、とか言うなよ。そんなに穢れたのが、望美の八葉になれると思うかい?
それって龍神の神子まで貶すことになるじゃん」
「そ、それは…」
「それに」
「それに?」
「お前はお前じゃん。どうなろうと、それは変わらないね」
「ヒノエ……」
二人とも、ただ景色を眺める。
「ああ、それにしても……良い眺めだ…」
「うれしいね」
「?」
「お前にそう言ってもらえれば今日のドライブは、オレ的にはOKだからね」
そして二人は間もなく尽きる海の直中の道の風景を、慈しむように眺め続けた。
「しかし、ヒノエ」
「何?」
「も少し大きい車の方が道路脇の柵が気にならず、もっと眺めが良かったのではないか?」
「言うなよ。オレもそれ、失敗したって思っていたところだからね」
「結局は、下心はろくな結果に至らないという教訓だな」
「お前、最近、言う言葉がキツイね」
「ああ、そうだ、ヒノエ」
「まだ何か?」
「遅くなったのだが……、ハッピーバースディ トゥ ユゥ」
08/04/02 UP