招待状 〜景時さん お誕生日SS 2〜
踏切が上がる。
江ノ電がゴトゴトと気怠そうにトンネルに入っていくのが見える。
線路端には、まだ蕾さえ数ヶ月後になるだろう紫陽花の群れが、
3月になったばかりの一昨日降った冬のなごりの雪に凍えている。
今日は一昨日や昨日ほど寒くはないのだが、景時はその日陰に残る雪の気分から、
何気なく手に息を吹きかけて踏切を急ぎ足で渡る。
鳥居をくぐり、少しばかりの参道を進み、神社の社殿の前に立つ。
ポケットから小銭を取り出し、賽銭箱に落として、手を合わせる。
「え〜〜、御先祖様、ど〜〜か、今日も一日、朔と俺が元気で健康に暮らせますよ〜〜、見守って下さ〜い。
それから、母上が向こうの世界で息災でありますよ〜〜に。こちらもよろしくお願いいたしま〜す。
あ〜〜、望美ちゃんと将臣君の大学受験、合格しますように〜。
あ〜でも、2人が遠くの大学であんまり会えなくなる〜、なんてことのありませんよ〜に〜〜。
朔が寂しがっちゃうからね〜〜、ハハハ。俺もか。
それと今度こそ九郎のハリウッド進出が上手くいきますように〜〜、ど〜〜〜かお力添えを」
背後に笑い声がする。
「!?」
景時が振り返ると、朔が立っていた。
「朔〜〜」
「あまりいろいろなお願いをされると、御先祖様に呆れられてしまいますよ、兄上」
「え〜、大丈夫大丈夫〜〜。そんな狭い了見の御先祖様じゃないからね〜〜」
「はいはい。御先祖様、どうかこんな欲深な兄をお許しください。
決して悪気はないのです。
どうかバチなど当てないでくださいね、私が重々言って聞かせますので」
「さ、朔ぅ〜。トホホ」
二人とも最後に一礼を済ませてから、神社を出る。
「どうして、お兄ちゃんがここだって分かったのかな〜」
「兄上の行動など、すべて手に取るように分かります」
「え〜〜! 本当〜〜」
「本当は、先程長谷の駅を降りて路地に入って行かれる兄上が見えたので、たぶん御霊神社だろうと」
「朔は長谷に、買い物だったのかな〜〜?」
「はい、以前住んでいたアパートの近くのお店から、
改装記念のセールをするというお知らせのはがきをいただいたものですから」
と朔宛てのDMを景時に見せようと…
「!」
辺りの空気が変わったのが、兄妹とも瞬時に判った。
季節外れの靄が2人を包み始めた。
「朔〜」
「兄上」
「ちょ〜〜っとマズイ雰囲気だね〜〜」
「ええ、兄上。私の傍を離れないでください」
「え〜〜、朔、逆だからね〜〜」
江ノ電・長谷駅と星ノ井の間の住宅街である。
1人や2人歩いている人間がいてもおかしくない。遊んでいる子供がいてもおかしくない。
最低でも、庭で洗濯物を取り込んでいる人影や、窓辺で忙しく夕餉の準備をしている人影はあるはずだ。
それが
朔と景時の他に誰の気配も感じられない。
それどころか、靄が2人を取り囲むように濃くなっていく。
生臭い臭気も漂い始めた。
「兄上! 来ます!」
「御意〜!」
地面と言わず、生け垣と言わず、辺り一面からこの世のモノではない異形が現れる。
「ヌォォォォ〜〜」
「フッフッフッフッ」
「グプグプグプ……」
朔と景時は無数の異形に囲まれた形となった。
「朔〜、前、ちょ〜〜っといいかな」
「はい、兄上」
そう言い終わらないうちに、朔は素早く兄の背後に回り背中合わせの態勢をとった。
「今日は銃持ってないからな〜〜。それに最近ちっとも使ってなかったからね〜〜」
「兄上!」
「ハハハ〜、冗談冗談〜〜」
景時はどこから取りだしたのか、護符を手に呪を唱えだした。
「天を我が父と為し地を我が母と為す、六合中に南斗、北斗、三台、玉女在り〜、
左に青龍、右に白虎、前に朱雀、後に玄武、前後扶翼す、急急如律令! ハッ!!」
前方の異形が十数体消滅した。
「兄上、伏せて!」
朔がレジ袋から取りだした大根で左から襲い掛かってきた異形を殴り飛ばした。
大根と異形が共に砕け散った。
「もう! 今晩のおかずが1品減ってしまいました!」
「オン シュチリ キャラロハ ウンケン ソワカ!」
右側の異形が消滅した。
「兄上! 後ろ!!」
朔は、まるでテレビの忍者よろしく手裏剣代わりのナイフとフォークを手際よく投げつけた。
「グギェェ!」
「ギョォォ!」
「グポォォ!」
「グググググ!」
異形が数体、眉間にナイフやフォークをめり込ませて消滅した。
「あああ、せっかく買った来客用のセットが」
「さ、朔〜、せっかく買ったのなら投げちゃダメだよ〜〜」
「ならば、兄上! 一気に片を付けましょう」
「御意〜!」
「「梶原兄妹!」」
断末魔の悲鳴をあげて残った異形がすべて消滅する。
「はあはあはあ」
「朔〜〜、だ、大丈夫かい〜〜」
「兄上こそ、お怪我は?」
「大丈夫大丈夫〜〜」
「何だったのでしょう、今のは」
「さあ………」
世間が色彩と騒音と、活況を取り戻したようだ。
「さ、兄上。帰りましょうか」
「あ、朔、ちょ〜っと待ってね」
と景時は印を結び、遁甲を唱えた。
「これで、ちょ〜〜っと安心だよ〜〜。
朔〜〜。ところで、大根で何を作るつもりだったのかな〜〜?」
「ええ、昨日リズ先生からいただいた鰤がありますから、鰤大根をと。
明日は兄上の誕生日ですし、前祝いにと思ったものですから……。はぁ…」
「ああ〜〜大根、買って帰ろうね買って帰ろうね〜〜」
「兄上ったら」
高台からこの様子を観ていた人影が2つ。
1つの影が嬉しそうな口元を扇子で隠しながら、もう1つの影に言った。
「ほぉ、予想以上ですね。あれだけの化け物を相手に臆することなく立ち向かうとは。
さすが、太木加寿子を上手にあしらう兄妹なだけのことはある、ということですか。
それとも、如月さんが気にするだけのことはある、と言ったほうがいいのでしょうかね」
如月翡翠が梶原景時のことを気にするのは、この扇子を手にした影の想像とはかなり違っていたのだが、
この時、この影は知る由もなかった。
「それにしても『護符』に『四縦五横呪』、御丁寧に『遁甲』まで。
あの手慣れた呪の唱え方は、そうとう陰陽術の場数を踏んでいますね。
それに『大威徳明王呪』……。フッ、真言まで使えるとは。
なかなか楽しませていただきました。
まあ、私が直接出向いたのですから、このくらいは見せていただいて当然、と言えますか。
それにしても、最後の術はいったい……?
どうやら私の知っている、どの陰陽術の流派とも違うようですね。
私が知らない……、そのような事があり得るのですか?
その事の方が驚きです。
とりあえず、敵にしたくない兄妹だという事は理解しました。
せいぜいもう少し、楽しませて頂きましょうか。
では芙蓉、分かっていますね」
声もなく頷き、「芙蓉」と呼ばれた影が消えた。
dragon noirの入り口に付けられたカウベルがけたたましく鳴り、望美が飛びこんでくる。
「朔! 大丈夫だった?!」
「ああ、望美……、ええ、私達は大丈夫。それよりあなたの方こそ今日、dragon noirに来ていて大丈夫なの?」
「え? あ、ああ、うん。あんな電話もらったら、ジッとしてなんかいられないよ。
それにもう、試験は全部終わったから」
「そう。」
「うん、後はもう卒業式を残すだけだし。それより、長谷で怨霊に襲われたって?」
「あれは、私達が見知っている怨霊とは、少し違っていたわ」
「違うって?」
「そうね……、ああ、上手くは説明できないわ。
でも、少なくとも、あなたがいなくても消滅させることができたってことでも、違うっていうことが分かると思うの」
「あ、そうか……。じゃぁ、何だったんだろう…」
「それは我が主の幻術によって生じた異形です」
音も無くなく気配も感じさせず、カウンターで話し込んでいた2人の背後に女性が立っていた。
「!」
「え! いつの間に!」
夕方の事もあるので、思わず朔は身構えて、武器となるモノを探すのだった。
望美も油断無く身構えはするものの、朔とは少し違い、好奇心もあってか相手をしげしげと観察していた。
「(綺麗な人)あの〜、あなたは?」
「望美、気を付けて」
「大丈夫なんじゃないかな」
「…………」
答える代わりに、その女性はじっと望美を見つめ、そして言った。
「あなたは、いったいどなたでしょうか?」
「どなたって、それはこっちの言葉です! あなたは何者ですか!」
「朔、落ち着いて」
「私は戦いに来たのではございません」
「ほら、ね。この人もそういってるんだから」
「望美は、そんな言葉を信じられるの?」
「だって機先を制しようとしたら、さっき声をかける前に攻撃してると思うし」
「ええ、その通りです。殺ろうと思えば先程が最も好機でございました」
「ね」
「『ね』って、望美……。ハァ、分かったわ。緊張している私がバカみたいだわ」
「で、あなたはどなたです?」
「私の名は芙蓉」
「芙蓉…」
「それより、あなた様方はいったい何なのでございましょうか?」
「何って……、この家の者で、この店のパティシエをしています」
「その対っていっても分からないか。え〜〜と親友の」
「『対』……。御二方ともこの気は……。人間の気とはとても思えませぬ」
「あはは、それはw」
その時、奥から洗い物を終えた景時が現れた。
「はぁ、やっと洗濯物にアイロンかけ終わったよ〜〜。朔〜、お兄ちゃんに…… !」
と言い終わらない内に、芙蓉と呼ばれるこの女性の存在に気付き、
景時は折角丁寧に畳んだ洗濯物を放り出して飛び退き、身構えるのだった。
「兄上!」
「だ、だ、誰、かな〜〜!?」
「芙蓉さんだそうです」
「の、望美ちゃ〜〜ん、もう自己紹介は済んだの〜〜?」
「ま、何というか、その」
「梶原景時様ですね」
「そ、そ、そうだけど〜〜」
「我が主よりの伝言です」
「あ、主ぃ〜〜?? 伝言〜〜ん??」
「我が主、御門晴明様が、是非とも梶原景時様にお会いし、
陰陽術について御教授願いたいとの事でございます」
「御門はる、はる…誰だって??」
「御門晴明様でございます」
「御門晴明?」
「東日本の陰陽師を統括する御門家88代目の当主にして、『御門カンパニー』の若き社長も兼務されていらっしゃいます」
「つまりは……現代の陰陽師〜??」
「さようでございます」
「え〜〜! 平成の現代に、陰陽師っていたんだ」
「え? 望美。そういうものなの?」
「うん、陰陽師なんて、お話の中の存在だと思ってたから」
「そう……。でも、その陰陽師の頭のような方に対して、
兄上のような安倍家の落ちこぼれに、どのような『御教授』ができるのでしょう」
「朔〜〜」
「主・晴明様が申しますところでは、
『景時様のお使いになられる呪や術が、我々の知っているものとは異なっているようだ』
との事でございました」
「どうして景時さんの陰陽術が、その御門さんの術と違うって分かるんですか?」
「あ〜!」
「あ!」
「失礼とはお思いいたしましたが、先程」
「じゃあじゃあ、あの化け物達は」
「なぁ〜〜んだ〜。道ぉ〜理で手応えがないと思ったよ〜」
「あれが幻術!?」
「気に入らないな」
「の、望美!?」
「望美ちゃ〜〜ん」
「景時さんの呪や術が知りたいなら、どうして正々堂々と尋ねて来ないんですか?
まるで偉そうな上から目線で『腕試し』だなんて、朔や景時さんをなんだと思ってるんですか!」
「お怒りはごもっともでございます」
「だったら何故、本人が直接出向いて謝罪なり、お願いなり、しないんですか」
「申し訳ございません。
主はよんどころない事情がございまして、本日はこちらにはお伺いすることができませんので
くれぐれもよろしくと言付かっております」
「そんな」
「それから、こちらに本職の方がいらっしゃるとは知らなかったものですから
こんなものを持って来てしまいまして…」
と芙蓉はやや大きめの、綺麗に包装された箱を差し出した。
「本職?」
「申し訳ございません。お口に合うかどうか分かりませんが、私の作ったケーキでございます」
「ケーキ……。このケーキに何が入ってるんですか?」
「望美…」
「いくらなんでも単刀直入すぎるよ〜〜」
「だってあんな事をされた後ですから。また何かを『試そう』とでもしてるんじゃないでしょうね」
「いいえ、そのような所存はございません」
「じゃあ、何で『ケーキ』なんですか?」
「それは、こちらの景時様が、明日お誕生日だと伺ったものですから」
「そこまでリサーチ済みなんだ」
「いったいどうやって…?」
「我が主が申しますに、疑われるのはもっともだろうから、
その時は如月翡翠様か黒崎隼人様にでも直接問い合わせて欲しい、そう伝えよと申しつかって参りました」
「え〜? 如月さんの知りあいなんだ〜〜」
「如月殿と黒崎殿の…」
「そうならそうと早く言ってくれればいいのにね〜」
望美はほんの少し前まで怒っていた事も忘れたかのように2人の名前とケーキの登場に喜んだ。
「じゃあ、景時さん、早く開けてみてください」
「え〜〜、いいのかな〜〜」
「確認、なさらなくてよろしいのでございますか?」
「直接確認してくれってことは、それだけ自信と信頼があるってことですよね。
もし如月さんに『御門さんって知ってますか』って聞いたとして、あまりよく知らなかったり
または変なことを言われることはないだろう、って」
「御意」
「だから、大丈夫なんじゃないですか」
「そうね。望美の言うとおりだわ。あの如月殿のお知り合いならば安心だわ」
「あの、全っ然関係ない話なんですけど、いいですか?」
「はい」
「芙蓉さんも『御意』って言うんですね」
「どういうことでございますか」
「景時さんも『御意〜』って言うんですよ」
「望美」
「だって朔」
「兄上のは『御意〜〜』で、こちらの方のは『御意』。真面目さが全然違うわ」
「朔〜〜」
「芙蓉殿、聞き流してください」
「ごめんなんさい、変なこと言って」
「いえ」
「さ、ケーキ、いただきましょう。あ、芙蓉さんもこっちに来て、どうぞ座ってください」
「兄上、望美もこう言っているのですから」
「じゃ〜〜、遠慮なく〜〜」
包装を丁寧に開き、3人で覗きこみながら箱を開けると
「わぁ〜〜」
「き、綺麗だわ……」
「美味しそう」
「じゃ〜〜、紅茶、煎れてくるね〜〜」
「あ、兄上は座っていてください。私が煎れますから」
「私も手伝う。景時さんはなんたって主賓ですから」
「え〜〜、なんか悪いね〜。2人とも」
「それより兄上は芙蓉殿にもう少し詳しいところをお聞きしていてください」
「そ〜そ〜、邪魔者は消えますから」
「の、望美ちゃ〜〜ん、からかわないでよ〜」
キッチンに下がった2人は手分けして、手際良くティーカップを取り出して温め、
ティーポットに茶葉を煎れ、ティーコゼーで保温する。
ケーキ皿とフォークとナイフを望美が取り出す。
朔はその時、兄が落としたままになっていた洗濯物に気が付き、
「まったく、兄上ったら。望美、この洗濯物をしまってくるわね」
と取り上げて2階に向かおうとした。
その時ふと、何故兄上は洗濯物を落とす程に驚いたのだろうと、思った。
ここからは先程、私と望美が座っていた席も、芙蓉と称する謎の美人が立っているところも良く見える。
兄上が私と望美を見たからといって、洗濯物を落とすほどの驚きは示さない。
ということは彼女・芙蓉を見たからだ。しかし、美しい謎の女性が、店内に立っていたからといって、
それこそアイロンまで丁寧にかけ終わった『洗濯物を兄上が落とす』程の衝撃なのだろうか?
朔は、自分には気づけていない芙蓉の『何か』を、兄上は見たのではないか
そんな気がして、もう一度店に座る彼女を見つめるのだった。
「この洗濯物をしまってくるわね」
朔がそう言って2階に向かった今が、電話するチャンスだろう。
そう思って望美は携帯を取り出す。
店内に突如現れた彼女。(絶対に入り口のドアは開いていなかった)
その彼女の主と称する人物は『如月翡翠か黒崎隼人にでも直接問い合わせて欲しい』と言ったのだ。
景時さんの誕生日までリサーチ済みのうえで。
その名を出すことで、景時さんや朔のガードが緩むことを計算していないとも言い切れない。
ならば言葉どおり聞いてみれば、白黒つく……。
(それでも)
望美は思う。彼女の主という御門晴明なる人物と如月さんの関係が白だとしても
そのことで『彼女が言っていること』が白だと証明されたことにはならない。
彼女が『本当に』御門某の使いであることを証明するにはどうしたらいいのか。
ポットに煎れた茶葉が開く時間を計る砂時計の落ちるのを眺めながら考えたが、上手い案が思いつかなかった。
そして先ずは朔が降りてくる前に、と携帯のアドレスを開くのだった。
景時は緊張していた。
『絶世の』と形容しても言葉負けしないほどの美人を目の前にしての緊張ではない。
景時は油断無く辺りを注意していた。
朔も望美も気付いていないようなので幸いだと思った。
目の前の件の美女は、景時にはとてつもなく恐ろしいモノに見えている。
(御門晴明って人は間違いなく、恐ろしいほどの陰陽師だね〜)
社交的な笑顔とは裏腹に、背筋に幾筋もの冷たい汗が流れる。
景時には見えているのだった。
『安倍家の落ちこぼれ』陰陽師の景時ではあるが、幾多の戦場を経巡り幾多の命の遣り取りをしてきた経験数から。
目の前の女性は、女性ですらないということを。
安倍家で嫌と言うほど語って聞かされていた偉大なる祖・安倍晴明が使役していた12の神将の話。
常人が式として使うことなど、その1つであっても有り得ないような天将を12神も侍らせた先達の偉大さ。
景時の時代ですら御伽話となっていた、その12神将の1つ、多分『天后』が、今こうして目の前に居る。
その事実だけで、御門晴明の力量が推し量れる。
(御門晴明って人は、つまり安倍晴明と同等の術者だってことだよね〜〜)
朔の言ではないが、そんな人物に何を『御教授』できるのだろう。
10/03/05 UP