招待状 〜景時さん お誕生日SS 2〜
「さあ、芙蓉殿、兄上、紅茶がはいりました。
望美、ケーキを取り分けて……? 望美?」
「〜ということで。あ、朔が呼んでるので、後でまたかけ直します。あ、は〜い!」
携帯を切った後も、弁慶は望美からの電話を反芻し、しばし考え込んでいた。
「弁慶、誰からの電話だったのだ?」
「九郎さん、動かない!」
奥でメイク係に叱られながら九郎が尋ねたが
「ええ、ちょっと他のスケジュール確認です」
そう答える弁慶であった。
あと10分程で午後の撮影が始まる。
そんな九郎に、景時と朔殿が訳の分からない化け物に襲われ、
今また正体不明の女性の訪問を受けている、などと言おうものなら
撮影衣装のままでdragon noirに飛んで行きかねませんからね。
「あと5分程で休憩も終了ですからね、九郎」
「これの何処が休憩なんだ!」
「九郎さんってば。もう! 動くと、もっと長びきますよ!」
「分かった、分かったから手短に頼む」
「ADの方が連絡に来てくれるでしょうから、着いて行ってくださいね。
この前みたいにスタジオを間違えないでくださいよ、九郎」
「ああ、あれか。済まん」
「緑丘のスタジオは5つしかないんですよ、それをどうして間違えられるのですかね」
「扉を開けたら『幸洛』とかいう中華調理屋のセットだった。
珍しいところで戦闘シーンを撮るんだなぁと思っていたら、
石田ふく…なんとかという女のプロ、プロデーサに怒鳴られて叩き出された」
「それを言うなら『プロデューサー』ですよ」
「石田Pに叱られたのって九郎さんだったんですか!」
今度はメイク係が驚く番だった。
「はぁ、九郎……。何度も言っていると思いますが、何か変わったことがあったら必ず僕に報告して下さい」
「済まん。だが」
「『だが』何です」
「そのプロなんとかとかエェデェとかに叱られたのをいちいち報告していたら、きりがないものだからな」
「笑いながら言う話ではないですね」
「くくく、ぷー、あははは、ご、ご、ごめんなさい、が、我慢は、あはは」
「ほら御覧なさい、メイクの方にまで笑われているじゃないですか」
ひとしきり笑い転げた後、メイク係は説明した。
「『渡る世間は鬼しかいない』の今クール最大のヤマ場の撮影を中断させたって
石田プロデューサー、カンカンだったんですよ」
「ハア、また菓子折では済まない相手を1人作ってくれましたね、九郎」
「済まん」
「いいですか、今日は絶対に必ず確実に正しいスタジオに行ってくださいね。
申し訳ありませんが、九郎がとんでもないことをしでかさないように、
スタジオの入りに付き添っていただけますか」
とメイク係に弁慶は頼みこんだ。
「え〜〜! わ、私ですか……、この後、カッキーのメイクも」
「そこを、お願いします」
と弁慶は封筒を差し出した。
メイク係は何気なく受け取ると、中を確認して喜色満面の笑顔で
「ベンKさんのお願いを、私が断るわけないじゃぁないですか! まかせてください。
どうせカッキーのメイクなんてチャッチャと終わりますから」
と今、MHK大河の主人公をしているミュージシャンのコンサート関係者特待席チケットを数枚、握りしめながら約束した。
「では、ちょっと別の仕事の打ち合わせに行ってきますから。
ああ、明日は景時の誕生パーティーだということは、忘れてないでしょうね」
「大丈夫だ、プレ、プレデ、プレゼトもちゃんと買ってある」
「そうですか、では」
と控え室のドアを閉めながら、すばやく王子の骨董品店への短縮ダイヤルを押す弁慶であった。
呼び出し音を聞きながら、考えを廻らせる。
「『御門カンパニー』代表取締役社長……。
翡翠が以前言っていた『御門』某という高校時代からの友人は、あの『御門』だったのですね。
東京証券取引所のマザーズや名古屋証券取引所のセントレックスで
ここ何年か話題になっている優良の新興企業銘柄に確か、ありましたね。
珍しい名前なのに、その関連性に気が付かないとは、僕としたことが……。
まったく翡翠のコネクションは、本当に読めませんね」
と含み笑いをして、
「ああ、もしもし、弁慶です。今、御電話をしていて大丈夫でしょうか」
「どこに電話をしていたの?」
「あ、うん、ちょっと、ね」
と朔と芙蓉を見比べながら望美は返答をはぐらかした。
しかし、いつもなら「○×さんのところ」と明確に言う望美のはぐらかしに、朔は
(ああ、珍しく用心深いのね。たぶん、如月殿か、でなければ弁慶殿にかけていたのね)
と、ある程度望美の行動を読んで、何もそれ以上の言及をしなかった。
「さ〜、紅茶も入ったし、ケーキも切り分けたし、いっただきま〜〜s」
「兄上、ちょっとお持ち下さい」
「え、朔〜、何かな〜〜?」
「どうせなら、これをと思いまして。芙蓉殿、よろしいでしょうか」
と朔は蝋燭とライターを取りだした。
「ハッピーバースディは何度やっても良いものなのでしょう、望美?」
「うん、1度しかやっちゃいけないって決まりは聞いたこと無いよ」
「では」
と蝋燭を2本だけ立てて火を点けた。
「兄上の年齢分だけ蝋燭を立てたら、折角のデコレーションが台無しですからね」
「そんな〜〜、朔だって」
「朔だってたいして蝋燭の本数に変わりないじゃないか」と言いたかったのだが、
景時の研ぎ澄まされた本能がそれを押しとどめたのだった。
「『朔だって』、何ですか、兄上」
「いや〜、ほら〜、さ、朔だって、その〜、こ、このケーキのデコレーション、好きだったんじゃなかったかな〜って」
「そうです。だから台無しにしたくないって申し上げたではありませんか。変な兄上」
「そ、そうだね〜〜、あはは」
「ホント、綺麗なデコレーションだもんね」
「ええ、望美。とても勉強になるわ」
「本職の方にそう言って頂けると光栄でございます」
と芙蓉が言った。
「じゃ、朔、いくよ。芙蓉さんもいっしょに」
「どこに、でございましょうか?」
「「え?」」
朔と望美は顔を見合わせて、そして笑った。
「何かおかしなことを申しあげましたでしょうか?」
「芙蓉さん」
「はい?」
「天然、って言われませんか?」
「望美」
「だって、とても狙って言ったギャグじゃ無さそうなんだもん」
「『天然』でございますか? 残念ながらございません。ただ、『天后』となら、たまに」
「『天候』? それって何ですか」
望美と朔は気付いていない。
景時だけが、自分の考えの正しかったことを今の一言で確認してしまったのだった。
(ほほほん本物の『天后』なんだぁ〜〜!!)
今までの不安や心配が徐々に消えていき、景時の陰陽師としての単純な好奇心がムクムクと沸き上がってきた。
「さ、では。イチ、ニッ、サン、ハッピバースディ トゥ ユゥ ハッピバースディ トゥ ユゥ」
「 ハッピバースディ トゥ ユゥ ハッピバースディ トゥ ユゥ」
「…………………………………………………………………………………………………………………」
歌い終わり景時が蝋燭を吹き消した。
3人が拍手をする。
「バースディ・イブとしては最高なんじゃないですか、景時さん」
ケーキを切り分けながら望美が景時をからかった。
「こんな美女3人を独り占めにして。弁慶さんやヒノエ君が聞いたらきっと嫉妬されますよ」
「の、望美ちゃ〜〜ん」
「美女3人というよりも、芙蓉殿に兄上は御執心のようですわ」
「さ、朔まで〜〜」
「だって、ねぇ」
「ええ、歌の最中はずっと芙蓉殿を見つめておられました」
「そ、それは〜〜」
それは朔が言っているのとは違う興味からだ、と言うに言えない景時であった。
「さ、どうぞ、召し上がれ。って私が言うのもヘンか?」
「いえ、どうぞ」
「じゃ、芙蓉さん、いっただっきま〜す」
「いただきます、芙蓉殿」
「いっただきま〜〜〜す」
3人ほぼ同時に口に運ぶ。
「……? ……」
「こ、これは……」
「………〜〜〜」
「あの、…い、いかがでございましたでしょうか」
「お、おいしい……です。ね、景時さん」
「あ、ああ、ああ美味しい美味し〜〜よ」
「……やはり、ダメなのでございますね」
「あの」
「はい」
「このスイーツ、どこでお買い求めになりました?」
「先程も申しましたが、私が自宅で作りましたものでございます」
景時は、伝承の12神将が、それも聞いた話を総合すれば、
式として御門晴明という人物に使えているという『天后』に「芙蓉」という名があり、
その上に他でもない景時の為にケーキを焼き、
デコレーションまでしている姿というものを想像して、複雑な気分になった。
「やはりダメなのでございますね……。
我が主は、他のことはともかく、私の料理したモノには絶対にお手をおつけなさりません……。
壬生様も如月様も、私が料理したものの感想をお聞きすると、皆様一様に御苦笑なされて……。
村雨にまで『食えないわけじゃぁない』などと言われてしまいまして……。
私には味覚がございません。
その私に、料理などやはり叶わぬ夢なのでございましょう……」
芙蓉の表情は良く読み取れないのだが、話の内容には充分同情できる。
「な、なんで味覚が無いんですか?」
「貝、貝を食べると良いと聞いたことがあります。
『亜鉛』というものが足りないと味覚が落ちると、以前、譲殿が言っておられました」
「いえ、私は……」
「そこまで嘆かれる事は無いと思います」
「朔……様…?」
「デコレーションは完璧です。粉の篩い方も申し分ありません。
要はスポンジ生地やホイップクリームに入れる砂糖とかバニラエッセンスの比率の問題に過ぎません」
「そうそう、芙蓉さんのケーキ、ちゃんと食べられるし、不味いって言う程でもないんですから。
私なんて、作ろうとすると譲君、あ、私の幼なじみで朔の彼氏なんだけど」
「の、望美」
「その譲君なんて、私がキッチンに立とうものなら、全力で阻止しようとするんだから」
「そんな事が……。望美様、あなた様も御苦労なさっていらっしゃるのございますね」
「そ、それは、望美が作ると、スポンジは爆発するし、チョコレートは踊り出すし、
ホイップクリームはどうしてそんなにって程増殖するものだから……」
「譲君の肩を持つんだ……」
「望美、そうじゃなくて、あの」
「なんてね。だから芙蓉さん、味の評判が少々振るわないのくらいでめげちゃダメですよ」
「望美……様……」
「と、言うことで、突然ですけど芙蓉さん、明日の午前中、暇ですか?」
「え?」
「朔と譲君が、景時さんのバースディ・ケーキを作るんですけど、それ、お手伝い願えませんか?」
「望美…」
「大丈夫。私は当初の予定通り、将臣君と買い物に行ってるから安心でしょ」
「そ、そういう事じゃなくて、芙蓉殿に御迷惑なのではないのかしら、と」
「本職の方のケーキ作り……ですか……」
「ほら、困っていらっしゃるじゃないの」
「いえ、困ってなどございません。もしよろしければ、こちらからお願いいたしとうございます」
「え? よろしいのですか?」
「やはり御迷惑でございますよね」
「とんでもない、もしよろしければ、お願いいたします。
スポンジやホイップのレシピでしたら、いくらでもお教えいたしますから、
その代わり、デコレーションの方法をお教え下さい。よろしいでしょうか」
「もちろんでございます」
「では、明日10時頃にお越し下さい」
「我が主の許可がおりましたならば、必ず参りましょう」
「よかったね、景時さん。明日も芙蓉さんに会えるって」
「だから〜! 望美ちゃ〜〜ん、違うからね〜〜」
「兄上はm」
望美と朔が景時の物言いに冷やかしやらツッコミやらを入れようとして景時の方を向いた一瞬に
「では、明日10時に」
「あ!!!」
と景時だけが仰天して指さしたのだったが
その景時に反応して、朔と望美が振り向いた時には、もはや芙蓉の姿はそこになかった。
「消えてしまわれた」
「来た時と同じだよ」
「あ、あ、あ〜〜」
「そんなに、落ち込まないでください、兄上」
「ちが、ちが、違うって〜〜」
それ以上どう説明したものか、景時には巧い言葉が見つからなかった。
確かに消える一瞬、それまでのいかにも切れ者の秘書といった黒のタイトスーツ姿の彼女が
グラマラスで透けるように白い襟元を艶めかしくはだけた、和装姿に見えたのだった、景時だけに。
「どうしたと言うのです、兄上」
「景時さん、何、赤い顔してるんですか?」
「いや、だ、だからね〜〜」
「どうでしたか」
「思っておりました以上に、素直で分かり易い方々でございました」
「あまり鎌倉を挑発するなと今し方、如月さんからお叱りの電話がかかってきましたよ。
ここの直通番号は誰にも教えていなかったはずなのですがね。相変わらず怖い人ですね、如月さんは。
と言うことで、彼ら兄妹の力量もある程度分かりましたから、今回はこれで」
「『呪のかけ方の違い』についての教授は、どうなさるおつもりなのでございますか?」
「また次の機会に、ということですかね。
梶原兄妹より如月翡翠さんの方が、僕には重要なファクターですからね」
「あの」
「なんですか」
「明日……、もう一度、あの店に参ってもよろしいでしょうか」
「ほお、珍しいこともあったものですね、芙蓉。あなたが自分からそんなことを言い出すとは。
何か約束でもしてきたのですか?」
「御意……。申し訳ございません」
「いえ、謝ることなどありませんよ。で、何をしに行くのですか」
「……ケーキの」
「はい?」
「ケーキの作り方の御指導を賜りに」
10/03/11 UP
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