幾千もの夜を越えて
昨日一日で降り積もった落ち葉を踏みしめながら、背中の方から聞こえてくる歓声を聞き、
それでもリズヴァーンは緊張していた。
昨日、平敦盛は
「ならば、神子。明日は私にも庭を掃くのを手伝わせて欲しい。
今度は初めからやってみたいのだ。あなたと一緒に焚き火を熾すところから」
と言った。
そして今日。
神子と敦盛の約束は、八葉全員の知るところとなり、一大焚き火(というより焼き栗)大会の様相を呈している。
その歓声の輪からリズヴァーンは、そっと抜け出し、独り、深まり行く秋の山路を歩む。
元暦元年、秋。
右斜め前の銀杏の枝から、落ち葉が三葉、間もなく落ちる。
それを合図とするように、風が北から吹き抜け、天候が崩れ始め、二刻後からは冷たい雨が降り出す。
雨は一昼夜続き……
もう、何度目だろう。
落ち葉の落ちる場所や枚数まで覚えてしまっている、ということで、この運命を辿った数の多さがうかがい知れるというものだ。
その雨が止んだ日に、神子はこの先の運命を、「京」「鎌倉」「倶利伽藍」から選ぶことになる。
銀杏の落ち葉が三葉とも風に吹き飛ばされて見えなくなれば「京」を
重なるようにリズヴァーンの足下に舞い落ちれば「鎌倉」を
二葉が右側に、一葉が左側に分かれて落ちれば「倶利伽藍」を
神子は選ぶ。
どういう因果関係が有るのかは解らない。
しかし、そうなのだ。
葉達は…
「倶利伽藍……か」
何度目の倶利伽藍だろう。
何度、この運命を辿ったことだろう。
ここに私がいる…、
ということは、未だ、神子を生きて、神子の在るべき世界に帰し得る運命を見つけられないでいる、ということを意味している。
何度、彼女の骸を抱き悔恨の涙を流したことだろう。
流して流して流して流して流し続けて
未だ私は、神子を神子の世界に帰せない……
自分の甘さに対する索漠たる苛立ちと
運命の分岐がどこなのか、より細心の注意を怠るまいとする悲壮なる決意とが
リズヴァーンの感情の大半なのだ。
「リズ先生、どうしたんですか?」
眩しい笑顔でこの少女は、私を探していたのだ。
栗が焼けたことを伝えに来たのだ。
一緒に食べようと誘いに来たのだ。
私は、お前のこの先の運命の何を伝えたら良いのだ?
「京」を選んではならぬ…?
「鎌倉」を選んではならぬ…?
「倶利伽藍」を選んではならぬ…?
進んではならぬ…?
止まってはならぬ…?
…嗚呼……神子よ……!
私は
私はお前に告げるべき言葉を持たぬ
「……答えられない」
その私の、臓腑を引き絞るような思いの一言を
涼やかな笑顔でお前は受け流して
「また、そんな……、探しましたよ、急に見えなくなるんだもん…あ、追加の栗を探してたんですか?
でも、もう焼けましたし、先生も食べましょう。
みんな、きっと食べ始めちゃってますよ。
早く戻らないと、せっかく拾ってきた栗、みんな無くなっちゃいます!」
「……そうだな」
昨日の、焚き火とその後の焼き栗の一件から、敦盛が「良家の御子息」だと改めて知って驚いていることを私に伝えるのだ。
「そうそう、敦盛さんってやっぱり『いいとこのお坊ちゃん』ですよね
だって、栗の皮を自分で剥いて食べたこと無いなんて…、びっくりですよ」
この神子にかかっては、平家の御曹子も源氏の御曹子も、好奇心とか感動とかの対象でしかないのだろう。
どれほど惨い戦場を駆けめぐろうと、どれほど自分の身が危険にさらされようと
この、眩しいほどのあかるい笑顔は、曇らない。
この、真っ直ぐに相手の目を見て話す、凛とした瞳は変わらない。
いや、戦場を駆けめぐればめぐる程、
危険にさらされればさらされる程、
増すのだ… 眩しさが。
凛とした瞳の涼やかさが。
それにしても「倶利伽藍」
私の運命は、この「倶利伽藍」から始まる。
この世界のどこかに、ほんの4、5歳の私が暮らしているはずだ。
そして、その村が程なく襲われ
神子に私だけは救われ……。
何度、その運命を覆そうとしたことか。
しかし、何度覆そうとしたのか、その回数などとうに解らなくなった頃
理解できたことは
一つだけだった
「この世には上書きできる運命と、上書きできない運命がある」
覆せない運命
その度に願う、叶わない運命…
「もしも、『鬼の里』の出来事を覆せたならば」
たぶん、それは……
私は神子に救われる。
私を介抱する神子が、後ろから怨霊に襲われる。
私が神子の逆鱗を偶然、手にし、30年の時空を戻る。
30年間、私は私を救ってくれた神子を怨霊から守る力を得るためだけに鍛錬を重ねる。
源義朝を救い、九郎に剣を教え、弁慶と九郎を引き合わせ、……
要するに、後年、神子の力となる者達を鍛えあげるのだ。
30年後、私は神子の八葉としてここにいる。
(神子を怨霊から救う)という目的は
(神子を無事に、彼女の在るべき世界に帰す)という目標に変わりはしたが。
私にとって、その出発点である、『鬼の里』の出来事を覆す
つまり、神子が幼い私を救う前に、私が私を救ってしまう
または、怨霊どもが「鬼の里」を襲う前に、私が退治してしまう
……そうすれば「神子が怨霊に襲われる」という、そもそもの発端が消失する。
ただ……、
それが何になるのだろうか?
それでも、春日望美という少女が白龍の神子として、この世に召喚される事実は変わらない。
なのに、私・リズヴァーンという神子の持ち駒が消滅する。
それは、源九郎義経がこの世に誕生しない可能性をも示唆する。
それだけでもこの世界の流れは大きく変わってしまうことにはならないだろうか。
それとも私や九郎の替わりの人物が現れるだけのことなのだろうか。
そして幼い私は、「鬼の里」で平凡で穏やかな人生を歩むことになるのだろうか。
私の存在理由
解らない
どれほど、様々な運命を経巡っても解らない。
「んせい? リズ先生? 聞いてます?」
「……!」
「敦盛さんに限らず、けっこうみんな『御曹子』と『御令嬢』ですよね
そう言う点で、私とリズ先生だけが庶民ですね」
「庶民?」
今、穏やかな笑顔を私はしているはずだ。
「え〜? ダメですか? 気に障ったのなら、ごめんなさい」
「いや、謝る必要などはない。
庶民……、
私は…… そう言ってくれるお前に、感謝しているのだ」
「感謝……ですか?」
「うむ」
「???」
「…それより神子、早く戻らねばならぬのだろう?」
「そうそう、そうでした。九郎さんとヒノエ君、食べる気満々ですからね」
「では、急…!?」
「どうしま…あれ? みんなだ」
「神子! リズ先生! こちらでしたか」
「敦盛さん!」
「探したんだぜ、神子姫様」
「まだ冷めてないからさ〜、はやくみんなで食べようよ〜♪」
「わ〜い、持ってきてくれたんだ。ありがとう」
「先生とお前をおいて、我々だけで食べるわけにはいかないだろう」
「本当はヒノエと二人で、真っ先に食べようとしていたのですけれど、ね」
「べ、弁慶、そんな言い方は…、いや、その…、忘れていたのではない。すぐに戻ってくると思ったので…」
「どう言い繕ったところで、食べようとしたことは事実ですからね」
「も〜、九郎は食いしん坊だからね〜♪」
「兄上は、ここに来るまでに二つも食べてしまわれたではないですか!」
「さ、朔〜、しぃ〜!」
「景時!」
「わ〜、ごめんよ〜。美味しそうな香りに、我慢できなかったんだよ〜」
「もう、兄上ったら」
爆笑する神子二人と八葉
そんな様子に、リズヴァーンは気づく。
!
……無い…!
今までに辿ったことが無い!
この運命は初めてだ
……
間違いは……
ない!
焼き栗を、戻って食したこともある。
戻ったら、もう食べ尽くされた後だったこともある。
しかし、
八葉が、焼けた栗を持って、神子と私を探しに来てくれた
そのような運命を辿った覚えはない。
ここまで比和な、他人を思いやる神子二人と八葉は…
この運命が、新たな道を指し示してくれているのだろうか、お前を、在るべき世界に戻すことの出来る。
…信じよう
神子、お前の信じる道は常に正しい。
お前が私に指し示してくれる、この運命が、私の生きる未来なのだと。
そう信じて
この、昔からよく知っている、新たな八葉と共に。
遙か3『朧月夜』CDの「四神語り・玄武編」を聴いて生まれたSSです。
白龍と譲くんは焚き火の番です。
08/01/08 UP