遙かなる時空ときの彼方へ 3.5

     譲の架け橋 ・ 後編











ドクン…



 ドクン…



  ドクン…



白麒麟の背に乗って、白龍に近付く譲と弁慶



後ろの黒麒麟にはアシュヴィンと葦原千尋



最初のうちは実感の湧かなかった譲と弁慶も、白龍へと麒麟が翼をはばたかせるたびに、空気が重くのしかかる。



それは後ろの麒麟のアシュヴィンと千尋とて同様に感じているのだろう



誰もが押し黙り、歯を食いしばり、この威圧するような空気に抗っている



      ドクン!



       ドクン!



        ドクン!



心臓が脈打つのが分かる



譲は努めて、小さかったあの人懐っこい白龍の姿を思い描き、平静さを保とうとしていた。



 (『ハチミツプリン、ハチミツプリン♪ 譲のハチミツプリンは優しい味がする♪』)







弁慶は、自分の呪詛によって断末魔の声をあげ、消滅していったかつての応龍の姿と



 (こうしてまた龍を呪詛する事になるとは……。僕の前世にいったい何があったというのでしょうね…

  ああ、白龍……、君は、そんな僕をも『分かっている』と言って許してくれるのでしょうか……

  できることなら、呪詛など……

  ………フッ、僕も甘いですね……)



ホンの数十分前に、麒麟とアシュヴィンに手伝って貰い、まじないだと嘘をついて

自らの身体中に書いたものを、もう一度確認する。



 (相手は龍……。覚悟はできているつもりなんですけどね……

  朔殿、たとえ僕は龍と差し違えても、譲君だけは絶対に、あなたの元にお返ししますから……)







そんな二人の思いを砕くように、アシュヴィンが言う



 「来るぞ!! 龍だ」





 《それ以上、我に近付くことはならん》



頭に直接、白龍の声が響く



 (これが白龍……の声…?

  俺の知っている白龍とは、……違うのか??

  なんて厳しい…)



譲は一瞬



 「『俺の知らない白龍』だったら?」



と言った那岐の言葉を思い出した。



 (朔……、俺に力を貸してくれ)



そう祈って、手にした包みを強く握った。







 《麒麟……汝は、人と関わりを持ちすぎた》



 「ですが、だからと言ってこの世を滅ぼしてよいのですか」



 「それは、あなたの絶望であって、神々の総意ではないだろう」



 《お前は、この豊葦原の者でも、この世の者でも無いな》



 「ええ、俺の名は有川譲…。白龍、お前はこの世の守護が務めではなかったのか?」



 《我はお前を知らぬ。小さき者よ》



 「でも、俺はお前をよく知っている」



 《知らぬな、消えよ、小さき…》



 「お待ち下さい!」



 《お前は?》



 「僕は武蔵坊弁慶。あなたとは、あと五百年ほど後にお会いすることになる者です」



 《五百年……、麒麟、お前の謀か》



 「違うわ! 私の!」



 《神子…、龍の声の聞こえ得る神子よ。

  我の選びし汝といえど、やはり『人』としての性には抗え得ぬものだったか》



 「当然だろう! 白龍!! お前は人の世を守護する為に、白龍の神子を選ぶんだろう!」



 「譲君…」



 《それは……、我の過ちであった》



 「何だって!!」



 《無限の螺旋…… 永劫に回帰する世界も… 百代経ようと 世は永劫の平穏を得ず》



 「圧力が……、強くなって…きた」



 「風早さん! 頑張ってくれ!!」



 「黒麒麟よ! 踏みとどまれ!」



 《闘争と憎悪の果てに 楽土は生まれえぬ》



 「ゆ、譲君……、すまない……も、もう、俺はぁぁ!」



 「風早さぁぁん!!」



 「譲君!! 麒麟が失速し始めた! しっかり掴まって!」



 「コレを口に入れさえすれば…」



 《人の性は 無明に沈む貪》



ゆっくりと、しかし確実に二頭の麒麟は墜落していった
永遠の無明の混沌カオスへと



 「譲くぅぅぅん!!」



 「弁けぇぇぇさぁぁぁん!!」



 「ちひろぉぉぉ!!」



 「アシュヴィィィィィィ!!!」















その時だった、墜落する彼等をすくい上げる手が差し伸べられた



 「ヒャッホウゥー!! 間一髪だったな!! どうよ!! オレの言ったとおりだったろう!!」



 「サザキ!」



 「天鳥船!!」



 「すまぬ! 助かった!」



 「ありがとう、みんな!!」



 「やはり、御無事でいらっしゃっいましたね。我が麗しの君」



 「…柊」



 「龍神、どうか、私の質問にお答えください。

  龍神の、その嘆きはどこから来るものなのでしょうか?」



 「柊! 危ない!!」



 《千年を八つ 重ねようとも 人は性を改めえぬ》



龍の爪が柊を撫でたように見えた



それだけで、柊の身体は大きく後方へ弾け飛んだ



 「しか…し……」



柊は立ち上がりながら再度、気丈にも龍に語りかける




 「柊!! しっかりして!!!」



またしても襲い掛かろうとする龍の爪の前に弁慶が立ちふさがり



 「それは違いますね 白龍」



 「弁慶さん…?」



 「あなたはご存じないのですか?

  この、あなたの神子が、どんなに重い覚悟をされ、

  どんなにあなたのせいでつらい思いをし

  それでも、この世のすべてのために歯を食いしばって来られたかを」



 「わが麗しの姫は…、常に悲壮なお覚悟でこの世の幸せのために……!」



 《汝らは人を哀れむか》



 「違います!

  真実も知ろうとせず、

  あなたが選んだ神子を、あなた自身が傷付けていることすら認めようともせず、

  自分の思い通りにならないからと拗ねる赤子のような

  白龍! あなたの了見と見識の狭さを哀れむのですよ」



 「弁慶さん!!」



 《人は善に満たされぬ  己が欲心を捨てられぬ》



 「あなたの選ぶ神子は、

  といっても、僕はお二人しか存じ上げませんが

  それでも、お二人とも、あなたのようにこの世に裏切られようと、仲間に裏切られようと、どんなつらい思いをされようと

  決して、この世を怨むことも、仲間を見捨てることも、ましてやそれまでの御自身の行いを否定なさる振る舞いなど、決して

  決して為されませんでした」



 《永き時空で、繰り返し 我の選んだ娘が示した》



 「では! あなたは、御自分の選んだ姫君に、どのような救いの手を差し伸べられたというのでしょう!!」



 「あなたは神子を選べば、それで御自分の指命は終わったとお考えなのですか」



 「あなたは、待つこと以外、いったい何を為されたというのです!」



 「あなたの為したことは、神子を選び、見捨て、見殺しにしてきただけなのではないですか

  しかも『千年を八つも重ねる』永きにわたり」



 《違う!》



 「違いません! 暗黙は是認と同じことではありませんか。

  人が、あなたの神子を裏切ったと言い立てるなら、

  ならば、あなたは黙認という行為で、その不幸な出来事を追従し続けたに、過ぎません」



 《ち! が! う!》







龍は、天鳥船の舳先に立った弁慶と柊に襲い掛かった



 「弁慶さん! 柊! 危ない!」



 「千尋さんっ!」



 「我が君!!」



二人を助けようと飛びこんだ千尋は、龍の攻撃をその身に浴び、倒れ込んだ。



 「本性が顕れたのではないですか」



 《何!》



 「都合が悪くなると暴力を振るう。これではあなたは、あなたが蔑む人間以下ではないですか」



 「暴力を振るう神と… 他人を助けようと我が身を捨てて飛びこむ我が君と…

  どちらに真理と正義があるとお思いなのでしょう」



 「ひ…ひいら…ぎ」



 「我が姫 お怪我は!  !! 右の御手から血が!」



 「白龍、どうやらこれまでのようですね。あなたはあなたの神子をまでも傷付けました。

  あなたはあなたの正当性を捨ててまで、自らの理屈に拘泥したのですから

  …もう終わりにしましょう」



 「べ、…弁慶…さん……、待って」



 「しかし、千尋さん」



 「わ、私は大丈夫…です…」



遠夜に抱き起こされ、やっとの思いで立ち上がった葦原千尋は、こう言った。


 「お願い、龍神! 誓約うけいをしましょう!! そして、私が勝ったなら、この世界を元に戻して!」



 《よかろう》



千尋は弓を番えようとした



が、先ほどの龍の攻撃で、右の肘が傷ついていた


 「痛!! 弓が! 天鹿児弓が引けない!」



 「怪我をしてるじゃないか! 葦原さん!

  遠夜! 葦原さんの治療を!」



 「……(分かった)」



 「頼む!」



 「でも、誓約を!」



 「この弓は、俺が」



 「え! 弓を…射ることができるの!」



 「ま、こういう状況は2度目…なんで。何とか……」


 「分かったわ! この天羽羽矢で!」



 「白龍! 俺が代わる! 神子は違うが、白龍の神子の八葉だ! 異存はないだろうな!」



 《人にその弓は引けぬ   人にその矢は射られぬ》



譲はキリキリと弓を引き始めた



 《!  バ、バカな!!

  天鹿児弓がこの男を認めたというのか!

  天羽羽矢が この男に従うというのか!》



 「この矢が、当たったなら! 俺の知っている白龍に!! 戻れ!!!」







 《ぐおおおおおおおお》



 「白龍!!!」



 《………小さき…人よ……誓約は……成った…》



 「では!」



 《我は、お前の知っている『白龍』とやらは知らん》


 「とにかく、人の姿になって、譲君の所こちらへ来てください」



 「そして、俺の作ったこの『ハチミツプリン』と『フルーツクレープ』を食べてくれ」



 《我に、人の世のモノを食せと言うか》



 「そうですね。譲君の知っている白龍なら、この『ハチミツプリン』が大好物なんですよ」



 《そ、そうなのか……。分かった》



人の姿になった白龍が、ゆっくりと天鳥船に、

譲と弁慶の前に降りてきた。



 「やはり白龍は、白龍ですね」



 「ええ、弁慶さん。やっぱり、どこか面影はありますね」



 「でも、大きな白龍より、さらに年齢的には上に見えますね」



 「五行が充実しているんでしょうね」



 「……そうでもないと、思いますよ」



 「べ、弁慶さん……。後で、五行の流れに仕込んだ呪詛、しっかり回収してくださいね」



 「し! 彼が来ます」



天鳥船の人々は、恐怖と好奇とでそれを遠巻きにする。



 《これを食すのだな》



 「ああ、食べてみてくれ」



人の食べ方を知らない白龍は、手掴みでハチミツプリンを口へと運んだ。



 《!! おおおぉぉぉ!!》



 「ど、どうしたの? 白龍!」

 「ど、どうした? 白龍??」



 《!……これは……、神子の世界とは……、甘美なものなのだな…》



 「ひゃっほう!! 美味いんだろう! 美味いだろう!」



 「お兄ちゃんの作ったプリンは甘くて、もうこの世のものとは思えないんだから!!」



 「………………………………俺も、…………手伝った」



 《知らなかった…………》



 「あと千五百年もすれば、こういうものは当たり前に食べられる世の中になる」


 「人は確実に進歩していくのです。白い龍よ。あなたが思っているよりは、遅々としたものかもしれませんが」



 「僕の世界までは、ほんの五百年ほどですよ」



 《千五百年……、人の世の変化を見守るとしよう

  お前の言う人の進歩とやらを見せてもらう》



 「では!!」



 「姫!!」



 「ヒャッホウー!! この兄さんが、やってくれたってわけだ!!!」



 「神子!」



 「千尋!」



 「…アシュヴィン……」



 「どうしたんだ?」



 「里心ついちゃった…」



 「え??」



 「ああ、大阪のポアールのシュークリーム! お好み焼き! 京都のきななアイス! 辻利の抹茶パフェ!

  コーラにビッグマック!! カップラーメン!! コンビニのおにぎりでもいい!!!」



 「ひ、姫!! 姫がご乱心に……!」



 「ち、違うよ!! 布都彦!!」



 「お姉ちゃん、それって美味しいの??」



 「何だか、知らないけど、すっごく美味そうな気がするぞ!」



 「どうでもいいって思ってたけど、参ったね……ちょっと、食べたい」







 「リブ、いるんだろう? どう思う?」



 「ま、 この二人、使えますね」



 「ああ、俺もそう思う」



 「や、 いっそ常世に来てもらいましょうか」



 「そうだな、存外使える。しかも、あっちの金髪は薬師だとも言うし」



 「兄様! この人達を帰さないで!!」



 「シャニ…、俺もそう思っていたところだ」



 「兄様…♪」



 「それは、ご辞退申し上げますね、アシュヴィン殿下」



 「なぜ?」



 「こう見えても、僕も譲君も、自分たちの世界に大切な人や思いを残して来ているんですから」



 「そうか…。残念だが、そういうことなら……仕方ないな。フッ

  では、また縁が会ったら会いたいものだ」



 「それは、僕もそうですね。ご縁がございましたら」



 「ヒャッホー! じゃ、今夜は龍神さまも交えて、酒盛り酒盛り!!!」



 「………………………理屈をつけては、また酒か」



 「カリガネェ!! 堅てぇこと、いうなって!!

  今日はこの世が救われた、めでてぇぇぇぇえ日なんだぜ!!」



 「………………………お前が救ったわけじゃない」







そして、その夜は遅くまで、天鳥船は笑い声と歌声に包まれていた。

更に遅くまで、弁慶と譲は何やら竹簡に書き物をしていたという。











 「葦原さん」



 「あ、譲君」



 「君にだけは挨拶して、と思ったので」



 「え?」



 「白龍も大人しくなったし、俺達、あっちの世界に帰るよ」



 「えぇ!! もう少しこっちにいても…」



 「そうやってズルズルいると、かえって帰るタイミング、外しちゃうから」



 「……そう」



 「では、お元気で」



 「白麒麟…、いや風早さん、おねが…」



 「ずるいぞ! 黙って往こうとして!!」



 「お兄ちゃん! 帰っちゃやだよ〜〜」



 「足往、シャニ……、この世界で手に入りそうな食材を使ったレシピは、

  それと、残った食材も、カリガネに渡してあるから」



 「れすぴぃ〜〜〜?」



 「この船にあった竹簡のほとんどを使って、いろいろ書いておいたから」



 「僕は、この世界でも採れそうな薬草と漢方、それに予防医学と免疫学についてです」



 「それもカリガネに?」



 「いえ、そちらは、アシュヴィン殿に」



 「俺も栄養学の初歩を、って言っても素人だけど」



 「あ、…ありがとう…なんとお礼を言ったらいいか」



 「結構ですよ、可愛いお嬢さんの、華の笑顔が見られたのですから」



 「あ、それと『紙』のすき方も。いつまでも竹簡だと、フラストレーション溜まるだろうから」



 「ホント、アシュヴィンじゃないけど『存外使えるお二人』ね」



 「れしぴぃ???」



 「ああ、あの料理や、それ以外の料理も、作り方を書いたものだ」



 「ふ〜〜〜〜ん」



 「僕が持ってきたモノは、使い方のメモも含めてすべてアシュヴィン殿にお渡ししましたから」



 「そう……、カリガネとアシュヴィン兄様に……。じゃ、いいや♪ お兄ちゃん達、さよなら」



 「あ? ああ、なんてゲンキンなんだ……」



 「じゃ、皆さんも、お元気で」



 「譲君! また、いつかどこかで!

  それに今度、会うときは『葦原さん』じゃなくて、『千尋』って呼んでね!!」



 「え!? は、はぁ…」



 「大胆な姫君ですね。これは朔殿にしっかりとご報告を」



 「弁慶さん!!」



 「さ、それでは帰りましょうか。風早殿、お願いしますね」



 「では、しっかり掴まっていてください」















 「ただ今!」



 「譲殿、お帰りなさい。こんな天気になってしまって……、お使いを頼んですみませんでした」



 「かえってよかったよ。こんな天気の中で、君が買い物に行く方が心配だ」



 「それに、朔殿が向こうに行くのも、でしょう」



 「弁慶さん!」



 「あら? 譲殿、ところで頼んだ買い物は?」



 「それが、……」



 「お使いの帰り道に、世界と千尋さんを救う為に、使ってしまったのですよ」



 「はい? 世界? 千尋……さん??」



 「さ、朔。実は…」



長い長い物語は、これから始まるのかもしれない。
















後書きという名の裏ネタ(この下から反転です)

・弁慶さんが持っていた(豊葦原に来る前に買っていた)物は、漢方薬とハーブの種でした。 (白麒麟は、使える人達の能力を最大限に活かすことのできるときに跳躍したんですね!! 偉いなー!)
・千尋ちゃんが里心ついちゃってるときに「ちょっと、食べたい」って言ってるのは那岐くんです。(育ち盛りの男の子だもの!)
・弁慶さんが蒔いた呪詛は、後日、風早と千尋ちゃん(とアシュヴィンと黒麒麟)で回収しに行きます。幸運にも役立たなかったもののために、とんだ重労働です。でも、この場合大変なのは風早か…?



08/07/21 UP